交渉は家族愛を浮き彫りに
2日後の昼下がり、領主館の広間では二人の大人が領主へ駆け合っていた。
1人は魔導具屋の老師。もう1人は王都まで勢力を伸ばした豪商。
話はベーゼンへの依頼だ。
それぞれ違った方面からベーゼンを褒めつつも、彼女が現場に必要だと伝える。
しかし、現実はそう容易くはない。
父ドワイトと母アンジェリカは首を横に振る。
それでも、引き下がらない2人の大きな子供にドワイトは口を開く。
「しかしなぁ、あれでまだ16。危険には晒したくはないのだよ。
わかるだろパトリック老、モーガン」
「そこを突かれると何も言えません。
しかし、パトリック殿のおっしゃる通り良い機会ではありませんか。
お嬢様をお一人で向かわせるわけではございません。
もちろん私も、私の私兵もお守りします。
それに、お嬢様もやる気ではございませんか」
「う~ん、しかしな・・・ どう思う、アンジェリカ。」
豪商の笑みと手もみに耐え兼ねたドワイトは、アンジェリカに助け船を求める。
視線の先では、目を瞑り思考するアンジェリカ。
その姿はベーゼンに重なる。
「そうね・・・言いたいことは理解できるし筋も通っているわ。
ん~・・・もう、あの子ったら碌でもない事に首を突っ込むんだから。
ねぇ、パトリックさん。あなたから見てべーゼンはどうなの?
才能は抜きにして、現状でどうなの? 無事に戻ってこれますか?
私はこの子が心配なの・・・大切な可愛い娘なのよ。ねぇどうなの?」
アンジェリカの表情は、言葉を重ねる毎に暗く悲壮感を増す。
そこには、日々ベーゼンへの叱責の裏にある深い愛情が窺えた。
感情に飲み込まれ今にも泣きだしそうなアンジェリカ。
察する様にハンカチを渡し、アンジェリカの頭を胸に寄せるドワイト。
「パトリック老・・・・・
私は、娘をこんな風に危険な場所へ送るために学ばせた訳ではない。
正直 " 領地外の民 " や " 王の評価 " など ・・・
極論 " 娘の成長 " も、この子の安全に比べたらどうでも良い。
私はだた、ベーゼンが幸せに暮らせればそれでいいんだよ。
親ばかだろ・・・笑ってくれて構わない。
これが私たちの二人の答えだ・・・
領主などと言われても、こんなモノなのだよ」
ドワイトと領民2人の視線は、交わることは無い。
場の空気は、ベーゼンの求める状況とはかけ離れたいた。
勢いで動いたモーガンなど、予想外にオロオロとするばかり。
この状況は、記憶に残る朧げな過去において、ベーゼンには想像できなかった。
放任的と聞こえがいいが、其々が自らを優先する2人の親。
子供の為と金と地位を求め、家庭を蔑ろにする両親。
欲しいモノは買い与えられるが、残るモノは無機質な虚無。
確かに何も無いよりはマシかもしれない・・・・
しかし、それはまた話が違う。
何かと口うるさい母と、時に厳しいが無駄に優しい父。
二人のそれにウンザリもするが、思い返せば心は温かくなる。
その時の育みが、ベーゼンの心を強く抱きしめる。
ベーゼンは溢れ出しそうな感情を堪え、結んだ口を静かに解き一息吐く。
「お父様、お母様。・・・我がままを言ってごめんなさい。
このお話は無かったことしてください。
これ以上、二人を・・・困らせたくありません・・・」
無理に作った笑顔。
少女の瞳からこぼれる涙に、二人の領民は我に返る。
” ベーゼン嬢だから大丈夫だ ”と考えてしまった事に頭は上がらない。
「儂らが間違っておったよ。すまなかった領主殿。ベーゼンも悪かったの」
「私もつい、ベーゼン様なら解決してくれると考えてしまった。
この背で若人を導くべき者として恥ずかしいばかり・・・
息子には、ああも言っているのに私は・・・・
皆さま、本当に申し訳ありませんでした」
二人の謝罪に対し、ドワイトとアンジェリカは表情を和らげる。
そこには、互いの理解があるように感じられた。
深々と頭を下げる二人に対し、ドワイトはそれを受け入れる。
「わかっていただけたのなら、それでいいのです。
他領地の出来事とは言え、お力添え出来ない事は残念に思います。
すまないな、お二人共」
「いえ ───────── 」
続く言葉は良くある。いえいえ合戦。
時間が経つほど滑稽感じる光景でああった。
謙遜合戦が終わる頃、大広間の扉は開かれた。
開かれた扉からは、落ち着いた足取りで入室する若者。
次期領主たる風格の優男は兄アイネスだ。
ここ数カ月ベーゼンは、兄とゆっくり会話をしていない。
彼は領内警戒の為、昼夜問わず兵士と共に警戒に出ているのだ。
「失礼します。遅くなりました父上。アイネスただ今戻りました」
妙な空気に眉を顰める兄アイネスは、ベーゼンの顔に驚く。
笑顔だが、目が紅く少し腫れている。
兄は即座に駆け寄り、ハンカチを渡すあたり、
二人の息子であることは疑いようがない。
「どうしたんだいベーゼン。
ほら、顔を拭って。
よかったら、僕に話してくれないかい?」
ベーゼンは、両親に視線を送る。
二人は、互いの目を合わせる事無く何故か息が一致。
同時に頷くそれに、ベーゼンは笑みが漏れた。
「お兄様、実は ──── 」
ベーゼンの話を頷きながら聴き入るアイネス。
時に眉を顰める場面もあったが、都度ベーゼンが訳を伝える。
妹の話を聞き終えたアイネスは目を瞑り思考する。
ベーゼンはそこに母の面影を見た。
(家族って似るのね・・・フフッ、私もか)
少し口元が緩むベーゼンにアイネスは笑みを返す。
少し経つと、考えが纏まったという様に表情を引き締めた。
「ベーゼン、それでいいのかい?
本当は行ってみたいんじゃないかな」
「それは・・・」
口ごもるベーゼンに、アイネスは笑みを浮かべる。
兄は表情をそのままに、視線をベーゼンから両親へ。
「父上、母上、覚えているますか?僕は16の時に兵士の皆と魔獣を狩ったよ。
ほら見て、腕も足も満足に動くよ。傷とか痣は・・・治るからいいよね」
真剣な表情から、少しだけおどけて見せるアイネス。
彼の話を真剣に聞く両親二人だったが、父また眉を顰めた。
「アイネス。お前には5つの時から剣術を教えているのだぞ。
ベーゼンには、それが無い。違うか?」
父ドワイトは、アイネスを諭すよに告げる。
しかし、アイネスは食い下がらない。
「ん~・・・ベーゼンも幾つからだたかな・・・
パトリックさんの所で魔術の鍛錬していたよね。
剣術も魔術も力にはかわらないよ。ねぇパトリックさん」
” そうじゃな ”と頷くパトリックに、アンジェリカの睨みが襲う。
まあまあと抑えるドワイトは、目を細めアイネスに問う。
「だがな ─────── 。
で、お前はこの状況をどう動かしたい。
私を納得させてみろ、アイネス」
そこには、父親の顔ではなく現領主の顔がある。
アイネスは、笑みを浮かべ頷く。
彼は、少しの間天井を見つめ思考した後、口を開く。
「僕は、ベーゼンを行かせるべきだと考えてる。
それは、ベーゼンにとって価値が多いし、
うまくいけば、ウチの領に利益を齎すからだよ。
でも、僕だってベーゼンの事は心配だよ」
父の目は鋭い。それは父が授業で時々見せる表情だ。
息を飲む観衆に、アイネスは笑みを浮かべる。
父ドワイトはその表情に口元を緩めるが、視線の圧は変らない。
「では、アイネス。お前や私の懸念点をどう解決する?」
「フフッ、簡単な事さ。僕がベーゼンを守るよ。
いいだろ父さん、来週から非番だよ。
先週は3人でアンシュタインに行っていたじゃないか。
たまには僕も羽を伸ばしたいよ」
真剣な表情から口調も崩しおどけるアイネス。
それは重く沈んだ空気を払う意図が感じられた。
ドワイトは、表情を崩し鼻で笑う。そして視線をベーゼンへと流す。
「アイネス。非番のお前に頼めるか?
ベーゼン、兄を付ける。いいな?」
「ハァ・・あなたは子供には弱いわよね・・・もう。
アイネス、ベーゼンに甘くしちゃダメよ。ベーゼンもわかっているわね」
ベーゼンの表情は心から明るくなる。
身体は、思考と関係なく兄アイネスへ飛び付く。
今までは無かった事にベーゼン自身も驚くほどだ。
同じように驚くも笑みを浮かべるアイネスはベーゼンを諭す。
「あっと、ハハハッ。どうしたんだベーゼン。らしくないよ」
「お兄様、ありがと!」
「こらベーゼン、人前よ・・・もう、言っている傍から」
母の一言にソソクサと席に戻るベーゼン。
その隣に掛けるアイネスは、2人の領民の話を詳しく聞く。
モーガンの目的地は、パトリックの依頼と同じ町。
依頼内容も " 魔封石の採掘 " で一緒だ。
良い顔しなかった両親もアイネスの提案で完全に折れた。
それはベーゼンの希望が通った事になる。
一刻ほど経ち、旅の話も纏まり席を立つベーゼン。
「ありがとうお父様!お兄様!」
「くれぐれも無茶はするなよベーゼン。
信じてはいるが、お前には前例があるのだからな、良いな。
それと、忘れてはおるまいなベーゼン。
ちゃんと・・ベーゼン、最後まで聞きなさい!」
「わかています。ジェラール様に前もって連絡よね。これから書きますわ!」
ベーゼンは父のに被せる様に声を張り、大広間を飛び出し階段を駆けていく。
残る5名は互いの顔を見つめ合う。その過程は違えど苦笑いし浮かんでいない。
ベーゼンは、これからの事を手紙に綴り、ジェラールへと送る。
そして3日後、アイネスと共にクルシュノへと旅立った。




