眉寿の奥に光る瞳
肌寒い昼下がりは町も同じように少し静かだ。
魔導具屋の扉が軋む音とやる気のないドアチャイム。
無駄に重い扉の先で老師に縋る男の声。
ベーゼンは恐る恐る室内の奥へと進む。
「ノーマン先生、どうかお力添えをお願いします」
「しかしじゃな・・・」
パトリックは、腕を組み悩むも時折苦痛の表情。
組まれた腕はその都度に解かれ曲がった腰へ伸びる。
「あいたたた・・・この時期は辛いんじゃよ。
フォフォ、歳は取りたくないモノよの」
ため息と共に項垂れる初めて見る旅人。
パトリックは、その背後に見え隠れする金色の髪に眉を動かす。
「ほほう、久しぶりじゃのベーゼン。何用かの?
ほれ、話は終わりじゃ。儂ももう歳、寂れた魔導具屋の爺じゃよ。」
「ノーマン先生・・・・・・また来ます」
項垂れた旅人は一瞬ベーゼンを睨むと、項垂れたまま店を後にした。
ベーゼンはその空気に顔をしかめるが、気を取り直しパトリックに笑みを送る。
「パトリックさん、お久しぶりです。
さっきの、半分噓でしょ。 顔にでてるよ。
こんな寒いのに外なんて出たくないって」
顎髭を撫でる老師はばつが悪そうに笑う。
その光景は、ヨハンには孫と触れ合うと年寄りにしか見えない。
パトリックは、二人に椅子を勧めお茶を出す。
「それで、店の本を読みあさった蟲はどうしたんじゃ?
ここにはお主の欲しがる知識なんぞ残っちゃおらんと思うがのぉ」
「それはそうなんだけど・・・パトリックさんって実はすごい人でしょ?
少し相談に乗って欲しいなって思ってね?ダメかな?」
以前は何処か嫌だった上目使いでパトリックに視線を送る。
それはやはり、孫が祖父に何かをねだる様にしか見えない。
昔からベーゼンを知るパトリックは一瞬顎を引き身構えた。
「何じゃ気持ちの悪い。そういう強請り方の出来る娘だとは思わなんだわい。
まぁ、お主にされて嫌な思いはせんが、昔を知っているとな・・・・
裏しか感じんのだわ・・・こう背筋がゾクゾクッとな・・・フォフォフォ」
ベーゼンの表情は笑みが崩れ、よくする眉を顰めたモノへと変わった。
それを見た、パトリックは明るい。
「はぁ・・・ダメね、いつからだろう。
でも酷いよそれ、パトリックさん良い死に方しないわよ。
まぁ、パトリックさんならそんなモノだとは思ってたけど・・・
いろんな意味でちょっとショックかな」
ベーゼンのため息は、兄や父、国の王子ですら手の上で踊らせた結果もあるが、
そんな行動をするようになった自分に対してでもあった。
パトリックは笑いながら茶を啜る。
互いの笑い声は、先ほどまでの空気を払い明るく変えた。
パトリックは静かにティーカップを置くとベーゼンに視線を送る。
「して、なんじゃ凄い人っていうのは?
儂やただの魔導具屋の爺じゃが、そのことぐらいは知っておろ?」
「はぁ・・・やっぱり白を切るのね。私知ってるんだから。
パトリックさんが魔術研究所の副所長だった事」
ベーゼンの言葉に首筋をかくパトリックは何処かばつが悪い。
ため息をひとつつくと、眉は少しだけ動く。
「昔の事じゃよ。そうさな、ジジイになる前の事じゃからな。
ジジイの儂には関係ない事じゃよ・・・フォッフォッフォ。
して、その高名な儂にどんな相談かね?」
「高名って自分で言うかな・・・もう。
あのね、魔法の混合って言うのかな。前に話てもらった多重詠唱のやつ。
うまい事複数属性で成立しなくてね。構築は魔導論を参考にしてみたんだけど、
パトリックさんならどうやるのかなって」
パトリックの眉は動く。彼は髭をゆっくり撫で天井を見つめる。
それは彼の思考スタイルだが、表情は困惑ではなく何処か嬉しそうだ。
ベーゼンもどこか表情が柔らかい。
隣では、影を潜める様に紅茶を啜るヨハンの姿。
時を刻む魔導具の音だけが静かに聞こえる。
少し経つとパトリックは、首を左右に傾げコリをほぐす。
考えが纏まったという事だろう。
席を立ち腰を擦るパトリックは一言。
「待っておれ、地図を持ってくるでの。
儂の意見はそれからじゃ。
よく勉強しておるのベーゼン。お主は良い教え子じゃよ」
パトリックは言葉を残し奥へと消える。
半時ほど経ち地図を抱え戻る老人は、机にそれを広げ話を始めた。
「待たせたの。
まずは、お主の知りたい事についてじゃ。
真に多重詠唱の出来る者は、儂の知る限る片手で数える程しかおらぬ。
まぁ、期待しているところ悪いんじゃが儂は出来ん」
パトリックの含みの無いきっぱり言い切った表情にベーゼンはため息。
しかし、パトリックは予想していた様に話を続ける。
「フォフォフォ、出来んが知り合い位はおるぞ。
お主が高名というほどのジジイじゃぞ。あんまり落ち込む出ないわ」
「パトリックさん遊んでる?」
ムスッとするベーゼンに、パトリックはおどける。
久々の孫の訪問を喜ぶ年寄りなどそんなものだ。
パトリックは一咳挟むと話を進めた。
「ごほん、フォフォフォ。たまにはよかろ?
ジジイになると寂しいもんじゃよ。特に一人者はの。
では、本題に入ろうかの ────── 」
「修行ねぇ・・・体のいい厄介ごとの処理じゃないのそれ。
でも、面白そう。パトリックさんは私ならできるって思ってだよね?」
話を聞き終えたベーゼンは、老師の提案に乗る。
一方ヨハネは、ベーゼンに水を差すまいと思うが体はその意志を離れた。
「お嬢様、旦那様がお許しになるとは思えません。
この場でのご返事はお控えを」
ヨハンの言葉に現実を思い出すベーゼン。
眉を顰め口を尖らせ腕を組み唸る。
「んん~・・・・何か方法は無いかしら。何か・・・・」
隣ではヨハンが肩を落とし深いため息をつき天井を仰ぐ。
二人の姿にパトリックは苦笑いを浮かべるだけだ。
少しの時間、ベーゼンは独り言と共に思考を繰り返す。
しかし良い案は浮かぶことは無く、ため息と共にそれを終える。
「ダメね、パトリックさん。数日返答は待ってね。
私・・・ぜーーーったい諦めないんだから」
「上手くいくと良いの。さぁ、こんな時間じゃ。
若い娘さん達はさっさとお帰り、寒くなっても変な奴は出るからの」
既にヨハンは椅子から立ちベーゼンの後ろに控える。
ベーゼンは、残った紅茶を煽り席を立つ。
「うん。紅茶美味しかったよパトリックさん。今日もありがと。
それから、さっきの話忘れないでね。じゃあね」
「失礼します。パトリック様」
手を振り店を出るベーゼンに続き、頭を下げ主人を追う従者。
パトリックは頷きながらそれを見送った。
既に太陽は赤く沈みかけている。
遠くの山を見つめる老人の瞳は少しだけ希望に満ちていた。




