日常の気付き
朝日と共に動き出す使用人達。
少し経つと庭からは樋鳴りが二つ。
窓から見える田畑には、新しい芽吹きがあるが肌寒さを感じる。
ヨハンは両手を擦り、自らの息で温めながら目的の部屋へ向かう。
少しだけ眉を顰める彼女は丁寧に扉を叩く。
「お嬢様。ヨハンです。 朝ですよ。入出します。」
最近は返事が無い日も増えた。
ヨハンは一呼吸置き、ゆっくりと扉を開く。
そこは雑に重ねられた本の山。
しかし、整えられていない訳ではない。
積み上げられたそれを気に掛けながら進む。
先の光景を見つめながらヨハンは腕を組み首を傾げる
そして最低限整えられたベットを直しながら思考。
(あら・・・今日も早いのね。ということはあっちか)
ヨハンは、シーツを直し終え部屋を後にする。
廊下を進み庭へ。
聞こえていた樋鳴りは次第に大きくなり、その主が映る。
ヨハンは邪魔にならない様に距離を取り進む。
彼らの視界に入ると挨拶をし丁寧に頭を下げた。
「おはようございます。ドワイト様、アイネス様」
「うむ、ヨハン」
「おはよう、ヨハン。 ベーゼンなら今日もあそこだよ」
「アイネス様、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ヨハンは丁寧に頭を下げ、アイネスに礼を返す。
彼女の背では、音が樋鳴りから剣戟へと変わる。
進む先は庭から少し離れた木々が茂る小川。
主人にあたる女性は、自作であろう机に向かいブツブツと呟く。
「これはダメね・・・う~ん、じゃあこれならどうかな」
ベーゼンは体を向けることなく、小川に向け半身で片手を翳す。
魔力は高まり、静かに言葉を紡ぐ。
そして、魔力は現象を引き起こす。
大気が渦巻き、それは抱え込むほどの大きさの空間を囲う。
囲われた空間の中心には、何か金属のような輝きが生まれる。
次の瞬間、空間は急激に指先程に圧縮。そして、白い炎が発生。
隔離された小さな空間は弾け、周囲の空気を引き込む様に強い風が起こる。
ヨハンはそれを見つめ髪を押さえ、彼女が落ち着くのを待つ。
現象が終わり、女主人は机の羊皮紙を見つめ首を傾げる。
彼女は腕を組み、ため息をつき空を見上げた。
その視線の端に映り込んだ従者に、ベーゼンは声を掛ける。
「んっ? おはよヨハン。
着替えは終わってるんだけど、変じゃないかな?」
ヨハンは、足元から頭の先まで眺める。
そこにはあるのはスカート姿。
一息つき、ベーゼンに笑顔を向けた。
「はい、問題ないかと・・・失礼します」
ヨハンは静かにベーゼンの後ろに回る。
エプロンのポケットから櫛を出し、少し跳ねたベーゼンの髪に櫛を入れる。
そして、小瓶から布に水を含ませ優しく撫で梳かす。
「お嬢様、余り危険な事はなさらないでくださいね」
「ヨハンはいつもそう・・・オルガに似て来たんじゃない?」
ヨハンは、そこに嫌味が無い事を理解している。
彼女は笑みを浮かべベーゼンに言葉を返す。
「お嬢様が、落ち着かれただけです・・・はい、整いました。
お食事のご用意が出来ましたので大広間へお願い致します」
「もう・・・私そんな子供じゃないわよ」
ベーゼンはヨハンに連れられ朝食へと向かった。
いつもの温かい団欒が終ると、父はベーゼンに2通の手紙を渡す。
「ベーゼン、お前に手紙が来ている。
一つは、いつものウェリントン商会からだ。
でだ・・・もう一通は王家の印がある。私も目を通して良いな?」
神妙な表情の父にベーゼンは息を飲むも、手紙の内容に心当たりはある。
ベーゼンは、小さく頷き父に笑みを返す。
「はい、お父様。きっとジェラール様からです。
お体の経過についてだと思いますわ。」
「そうか、すまないが先に目を通すぞ」
個人的な手紙とはいえ、王家からの書状に変わりない。
そこにプライベートな内容があるとしても、
お家ひいては領地に影響を与える場合があるのだ。
とは言え、ジェラールから父と母に手紙の説明もあった。
恋文などと言えるモノではないのだとベーゼンは思う。
一読した父ドワイトは、口元を緩め手紙をベーゼンへと渡す。
「先に目を通し、すまなかったな。次からは、私が目を通す必要はない。
何かあったら報告しなさい。いいね」
「はい、お父様。では失礼します」
ベーゼンは手紙を2通受け取り大広間を後にする。
後方からは母の声。
「ベーゼン! 読みながら歩かない!」
「は~い! お母様」
ジェラールからの手紙の内容は彼の体調報告とベーゼンへの気遣い。
良くある気候変化からの体調の気配りだった。
ベーゼンは、部屋の椅子に座り笑みを浮かべる。
(うんうん、良さそうねジェラール様。
寒くはなったけど、私も風邪ひいてないわ、フフッ。)
それは、彼の小さな気配りと魔導論の実現成功によるもの。
領地に戻ってからのベーゼンの生活は規則正しい。
それは意識を改めた訳ではなく、単純に研究の為だ。
彼女は、魔導論を彼女なりに解釈し、属性の混合を進めている。
連結化は出来た。しかし混合・合成までには至っていない。
それでも大きな一歩だ。
「君ならできる・・・か。
魔術研究所の勧誘は変らないわね。
う~ん・・・あれって確か・・・
ねぇ、ヨハン魔研の所長ってジェラール様の叔父よね?」
ベーゼンの部屋を掃除するヨハンは手を止める事無く言葉を返す。
「はい、そうですね。確かお名前をクリーバス様でしたか。
そういえば、魔術研究所と言えば、以前の所長に面白い名がありましたよ」
重ねられた本の山が消え、本来の空間に戻るベーゼンの部屋。
続けて掃き掃除に移るヨハンを眺めるベーゼンは彼女の言葉に続く。
「面白い名? 有名な人でもいたの?」
「いえ、有名かと言われると怪しいですが、お嬢様も知る人です」
「もう、もったいぶらないでよ。どうせ、どこぞの爺さんでしょ?」
ヨハンからは笑みが漏れる。
たしかに勿体ぶるほど大した相手ではない。
とは言え、意外性だけはある。
ヨハンは笑みを含みベーゼンに視線を向け口を開く。
「フフッ、確かに奥様や祖母からしたら大した老人ではないかもしれませんね。
パトリック様です。 あのご老人の名が副所長として記載があったのです」
「ふーん・・・えぇえええ! パトリックさんが!ただのお爺ちゃんだよ!?」
ベーゼンはウェイントンからの手紙から視線を外しヨハンを見つめる。
そこには満足そうな笑みがあった。
目を見開き口の空いたベーゼンの姿に微笑むヨハン。
ベーゼンは我に返り、眉を顰め言葉を続ける。
「まぁ・・・言われてみれば、片田舎の魔導具屋にしては変よね。
伝承や、使えない属性にも詳しいし・・・」
ヨハンは表情をそのままに、ここ数週間のベーゼンを振り返り言葉を返す。
「ベーゼン様、パトリック様の元を訪ねてみてはいかがですか?」
「・・・・そうね、久しぶりに行ってみようかな。
オルガは嫌がりそうだけどね。フフッ」
昼食を済ませ町へと向かったベーゼン。
相変わらす母の声が無くなることは無い。
身軽な装いに着替えたベーゼンは荷馬車から飛び降りる。
「ルガーテ、帰りは良いわ」
「はい、おじょーさま」
ベーゼンは、頭二つ程小さい御者に手を振る。
以前は、ムスッとした表情のヨハンだったが今は違う。
彼女がベーゼンの従者になってから彼に変わったのだ。
ルガーテはヨハンの弟。
性格はヨハンと比べ対局に思えるほど明るいが同じ血筋。
そう想うとベーゼンの表情は少しだけ固くなる。
一息吐き、いつもの重い扉を引く。
魔導具屋の扉は、軋みながら少しつづ動く。
呼び鈴など碌な音色はしない。
しかし、今日はいつもとは違う空気。
中からは珍しく人の声がした。




