互いの想いは置き去りに
朝霧を払う様に一台の馬車が黄金色に色づいた田園を抜ける。
固く閉ざされた街の正門で、1人の門兵は目を細め馬車の家紋を探す。
事の重大さに気付いた門兵達は慌てる様に市門を開き始めた。
深く頭を下げる門兵を他所に、歩みこそ落ち着く馬車は進む。
過ぎ去った馬車を見つめる門兵達は互いに視線を交え考察した。
「ありゃ、なんだよ? ドワイト様から連絡は無かったよな?」
「そうだよな・・・あの家紋、初めて見たよ・・・エルグリム家だよな?」
二人の門兵は欠伸をしながらな暇つぶしの様に話し合う。
しかし、雰囲気をうろ覚え程度の浅い知識。
口論に正しい答えなど出るはずはない。
そこに三人目の論者が合流。ようやく答えの輪郭が浮かび始めた。
「主任、さっきの貴族は何家ですかね?
俺はエルグリム家だと思うんすけど、コイツは違うって言うんすよ」
「だってよ、エルグリムのはもっと違う獣の家紋だった気がすんだよ。
主任もそう思いますよね? ありゃ、エルグリムっつうか・・・」
「そうだな、私も1度しか見たことは無いな。
あれは王族に仕える本家のエルグリム家の紋じゃないかしら。
話は来てないけど、昨日ドワイト様と奥様だけだったわよね。
それが答えね・・・アンタ達、口外すると首飛ぶわよ」
主任と呼ばれる女性兵は一瞬真剣な視線で二人の兵を諭す。
二人は主任の表情に苦笑いを返し、白み始めた東の空を見つめる。
主任は兜を外し、髪を梳かす様に頭をかき笑みを浮かべ同じように視線を向けた。
「ベーゼン様よね。私じゃ望めないけど羨ましいわ。
さっき言った事のだけど、比喩じゃないから気を付けて。
じゃあ、残りの時間も頼むわよ。
私は詰め所に戻って報告書作っているから、何かあったら連絡して」
兜を小脇に抱えた主任は静かに詰め所へと消えた。
残された二人の門兵は互いの顔を見合わせる。
「あのベーゼン様が朝帰りか。女っちゅうのは急に変わるよな」
「おまっ・・・主任の言葉、もう忘れてんじゃねぇか。
俺を巻き込むなよ・・・子供だって生まれたばっかなんだ。
お前だって死にたくねぇだろ?」
「あぁあ・・・お貴族様っつうのは、おっかねぇな、怖や怖や」
東の空はまだ白け始めたばかり。
二人の門兵は、また静かに門を閉めた。
領主館に横づけされた馬車は、領主を筆頭に数名の従者達に迎えられた。
皆が深々と頭を下げる中、執事長は馬車の扉を開ける。
ゆっくりと乗降用の足場を使いヨハン、ハイネスと降車。
ヨハンは主人に頭を下げ、その列に加わる。
ハイネスは周りを確認し、御者に視線を向け合図。
御者はその意を理解し主へ。
「ジェラール様。問題ございません。」
「あぁ、わかった。指示するまでは、お前はゆっくり休んでいろ。
ベーゼン、私が先に降りよう。
朝露で足場がすべるから、君は私の手を掴むといい」
ジェラールは、ベーゼンに視線を向けることなく馬車から降車。
外では、父がジェラールへ挨拶しているのが分かる。
その定型的な流れは、ベーゼンに降車タイミングを迷わせた。
ジェラールはそれに気づき、適度なタイミングでドワイトを制止。
「ヴィアファブリック郷、ご息女をこんな時間まで引き留めすまない。
まして、こんな早い時間の出迎えとは、感謝しかない。
挨拶は十分頂いた。ご息女をお返しする。
さぁ、ベーゼン嬢。私の手を取るといい」
差し出された手にベーゼンは掴まり、ゆっくりと脚場を使う。
いつもなら飛び降りているであろう場面に、母は小さく頷き笑みを漏らす。
ゆっくりと降りるベーゼンだが、長い馬車旅はその健脚に疲労を与えていた。
ふらつく体は、彼女の意思とは関係なくその制御を離れる。
「あっ・・・・ジェラール様、申し訳りません」
ふらつき転ぶ先で、ベーゼンは頬を染める。
想像していたよりもがっしりとした体。
そこには香水とは違うが、どこか嫌いじゃない香り。
何方のモノか判らない鼓動は早く、相手に聞こえてしまう様にも思えた。
「・・・大丈夫かベーゼン嬢・・ゖ・怪我は無いな。」
「は、はい、大丈夫・・です・・・」
ベーゼンは、瞬時にジェラールから一歩距離を置く。
視界の隅では、母と侍女たちが " まぁ " といった笑みと驚きの表情。
そして、何処か殺意の様な殺気を強引に隠す能面のような笑みを浮かべる兄。
父ドワイトは表情を切り替え、場の空気を整える。
「ジェラール様。ベーゼンを送ってい頂きありがとうございます。
お疲れでしょう。どうぞ中でお休みになっていください」
「すまないな、ヴィアファルリック郷。言葉に甘えさせてもらう」
父は笑みを返しジェラールを屋敷に招き入れる。
彼らを先導する執事達は扉をあけ大広間へと進む。
侍女たちは朝食の準備のため足早だが静かに屋敷を駆け回る。
数週間ぶりに自室へ戻ったベーゼンだが休めはしない。
ヨハンと侍女たちは、ベーゼンを人形のように扱う。
「ヨハン、それとって。
お嬢様の髪色にはこっちがいいわ。」
「服の色はこっちね。
お嬢様、動かないでください。
ほらヨハンそっち・・・しっかり締め付けるわよ」
賑わいを見せながら進む ” 着替え ” という名の大規模工事。
桶に汲まれたぬるま湯で体を拭かれ、
適当にまとめられていた髪は丁寧に櫛が入る。
お茶会では、踊るために極端にきつくされなかったコルセットも本気を出す。
服装も童から淑女へと変化し、化粧がそれを更なる高みへ。
結果、鏡に映るベーゼンの表情は、いつものジト目にへの字口。
しかし、侍女たちは作品を完成させた芸術家の様に胸を張る。
「お嬢様、完璧です。
ヨハン、お嬢様を大広間へお連れして」
見送る侍女たちは、何かを期待する表情。
しかし、侍女長は彼女達を諭す。
「こんな日が来るとは、私も嬉しいわ・・・あなた達、口外無用ですよ。
王家の情報は、彼方たちの実家に不幸を与えるやもしれませんからね」
「「「はい、オルガ様」」」
ベーゼンの進む先には大広間の扉。見慣れた風景は何処か違うように感じる。
しかし、扉越しにわかる父の嬉しそうな声に心は落ち着きをみせた。
タイミングを合わせる様に歩みを止めたヨハン。
彼女は扉を静かに叩き入室許可を求める。
「ベーゼン様をお連れ致しました」
「うむ。入れ」
今までにない入室合図。
いつもは、自ら声を掛け適当に入る程度の格式。
不要な緊張感が降りかかり、ベーゼンは静かに開く扉に息を飲む。
目の前の光景はどこか違う。
窓から入る淡い日差しが、部屋の中を照らし数名の映し出す。
「ベーゼン、ここに参りました」
ここ数日は、つまむ事の無かったスカートの裾。
淑女に映る丁寧で品のある所作。
静かに頭を下げる姿にジェラールは息を飲む。
一方、父は頷き彼女を隣に導く。
二人を見る母の表情は笑みを隠し切れてはいない。
小さくガッツポーズさえあった。
正面お席に座る王子は、意識を戻し改めてドワイトに謝罪。
「予定無く、ご息女を引き留めて済まなかったと思っている。
ヴィアファブリック郷、改めて謝罪する」
「ジェラール王子、おやめください。茶会とはそういう場でございます。
むしろ、今までよい話が無かった娘です。私としては嬉しい限り。
頭をお上げください。これでは私共の首が飛んでしまいます」
ベーゼンには、ジェラールが公の場に合わせた口調に態度ではあるが、
二人でいる時の様にどこか優しく見えた。
対面するベーゼンの視線は、一瞬ジェラールのそれと交差。
しかし、先ほどの映像が過りテーブルへと落ちる。
ジェラールが父へ伝える内容は、それまでの経緯を可能な範囲でまとめたモノ。
だた、最後に伝えた言葉は彼女の心を少し苦しめる。
『私は、ご息女を国立魔導研究所に入れるべきだと考えている。
彼女の才を埋もれさせておく事は勿体ない。
このことは彼女にも私から伝えている。
ヴィアファブリック郷、考えてみてくれ。彼女は私が守る。
いや・・・彼女の後ろ盾は私がする。どうだろうか?
回答は直ぐでなくとも良い・・・・良い返事をまっている』
数日間、父と母は何か話し合っている様だった。
しかし、ベーゼンに対し何かある訳でもなく日常が始まる。
それから1か月が経過した頃、ジェラールから一通の手紙が届いたのだった。




