郷愁は記憶の欠片
上品なバロック音楽が流れる店内は少し薄暗い。
個室とは言わずとも必要以上に隣席との距離がある。
時間も相まって席は全ての埋まっている様だった。
聞き取れない程度の会話と、カトラリーが静かに食器を擦る音。
目の前では、異国の王族が気取らずとも上品に食を進める。
勿論、隣の王子も同じだ。
ベーゼンは過去の自分を恨んでいた。
たしか、母は言っていた。
『カトラリーはxxx側から使いなさい。
左手がフォーク・・・ダメよベーゼン、貴女の利き手でフォークを持たない』
ベーゼンは悩む。
大事な部分が抜けているのだ。
対面の席ではスープを口に運ぶルヴァーテ。
その横では未だ食事に手を付けずワインを嗜むルーシア王子。
ジェラールも彼と変わらず、赤ワインを飲み彼と会話を楽しんでる。
挙動が少しおかしいベーゼンにルヴァーテは小さく囁く。
「ベーゼン、外側からよ。
フフッ、こういうのって少し気が張るわね。
王宮に入ってから結構立つけど、今でも疲れるわ。
こう箸を使って食べたいわ、フフッ」
「ルヴァーテ、ありがと。
私、こんな格好だし・・・こう言うの苦手。
立食みたなのが気楽でいいな・・・
ねぇ、 " ハシ " ってどんな道具なの?」
耳打ちする様に前のめりで話す二人は笑いながら体勢を戻す。
二人の話題は、連合国の中でも、とりわけルヴァーテの住んでいた地域の話に。
ベーゼンは文化の違いに触れ瞳は輝く。
想い描かれる世界は、ベーゼンの過去の朧げな記憶にある極東の島国。
そこは過去の戦争の後大きく発展したが、その後停滞し続けた国だ。
しかし、彼女の遠い記憶の中で食については常に発展していたと感じていた。
記憶の中でルヴァーテの言動と一致する " ハシ " という言葉。
「ハシって箸のことね。
じゃあ、ルヴァーテの故郷ってテンプラとかスシってあるの?」
何処か希望に満ちたベーゼンの視線に笑みを漏らすルヴァーテ。
彼女は、魚料理を一口。静かにナプキンで口を拭き言葉を返す。
「フフッ、ベーゼンは物知りね。天麩羅もお寿司もあるわ。
私は、天麩羅が好き!鶏肉を衣で揚げた " かわし天 " が最高ね」
「鶏肉の揚げ物かぁ~・・・おいしそう。
このラウドトラウトのムニエルも大好きだけど食べてみたいな」
「フフフッ、美味しいお店があるわ。
ヤーハンに来たら一緒に行きましょ?ベーゼンも気に入るわ。
フフッ、絶対楽しいわよ ───── 」
二人の会話は、着地点をそこそこに多岐にわたり広がり続く。
一方で二人の王子は、ジェラールの体調変化とベーゼンが話題だ。
エールを追加で頼むルーシアは、ワインを煽りジェラールに視線を向けた。
「ジェラールお前、変ったな。
血色がよくなってるよ。以前よりその口調もしっくりくる」
「フッ、誉め言葉として受け取っておくよ。
君が言うのだから間違いないだろう。だが変わったのはここ最近なのだ」
ジェラールは口元を緩め、視線を隣で会話に花を咲かせる女性に向ける。
そこには少年の様な服装だが、嬉しそうに年相応の表情で明るく話す姿。
ジェラールは視線を戻し、ゆっくりと息を吐く。
目の前では、ジョッキに注がれたエールを煽り旨そうに息を吐くルーシア。
「プッハァアアア~やっぱり気取った酒よりこれだな。
でっ、何があったんだジェラール。
あの書簡蔵の主が、太陽の下で女連れなんて・・・フフッ俺は驚いたよ」
「図書館だ。 まぁ、私も今思えば奇跡だと思う。
彼女に遭って変わったんだよ。私を変えたのはベーゼンだ」
ジェラールの言葉にルーシアの表情は悪い方に緩む。
そこには、まだ成人を迎えない男児のような空気があった。
「ほぉ、相変わらず惚気るなお前は。
そんなにいい女なのか、隣のベーゼン嬢は?
確かに、ルヴァーテの様に気が強そうだし、話方に聡明さを感じるが・・・
お前、抱いたのか?」
嫌な笑いを含むルーシアだが、それは相手が気の知れたジェラールだからだろう。
しかしジェラールは、不意を衝かれ咳込んだ。
それに気づくベーゼンとルヴァーテ。
「ジェラール様、大丈夫ですか? どうぞ、ナプキンを」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・すま・・ありがとう、ベーゼン」
ベーゼンからナプキンをくけ取り口を拭う。
そして自らの綺麗なナプキンをベーゼンへ返す。
「君のは、私が汚してしまったな。こちらを使ってくれ」
「あっ、ありがとうございます。」
一瞬、二人の指先が触れ合う。
ジェラールの温かい体温がベーゼンへ。
ベーゼンのほんのり冷たい指先は、ジェラールの熱を少し奪う。
それは、互いを弾く様に少しだけ距離と沈黙を作る。
二人の空気を眺める異国の王族は、小さく笑みを浮かべた。
「ほら、ルーシアが揶揄うからよ。
周りがとやかく詮索しちゃダメよ・・・フフッ、見ていて面白いけど」
「俺はてっきりな。
まぁ、これはジェラールらしいが・・・そうではなかったのか。
じゃあ、なにがお前を変えたんだ?」
ジェラールは咳込みながら眉を顰め悩む。
そこには、国家を揺るがす可能性があると彼は考えているからだ。
自身の体調の変化だけでも継承問題が再燃しているというのに、
稀有な魔術士の発見は派閥間、しいては国家間のバランスを変化させる。
その上、その者の口から紡がれる先の未来。
だが一番の問題は彼女の身の安全。
そこにジェラールの感情が無いはずはない。
しかし、彼の想いと裏腹にベーゼンは悩み距離を置く。
複雑な感情はジェラールの表情を重くさせる。
口にしてしまえば楽にはなるだろうが、しかし・・・・
ジェラールの視線は無意識にハイネスを捕らえる。
返るのは首を左右に振るのみ。
ジェラールは軽くため息をつき、ベーゼンへ視線を向けた。
「ふぅ・・・そうだな・・言えるのは、ベーゼンが私に安らぎをくれた事だ。
彼女と彼女の考えは、聡明で豊かで私の心を温くし未来を見せた。
本は著者の知識と思想は手に入るが、それ以上でもそれ以下でもない。
私は感謝しているんだ。彼女との出会いに」
「かぁ~また惚気か。
警戒心剝き出しで重たい顔をしたと思えばこれだ。
ベーゼン嬢、アンタよっぽど気に入られてんだな」
屈託のない表情のルーシア。
そこには高貴さよりも親しみやすい笑みがある。
隣で彼を諫めるルヴァーテもまた優しい表情だ。
「いいじゃな。ねぇベーゼン。
愛の力で変わるなんて素敵ね。
" 出会いに " なんて神界から愛の為に下ったって噂のアプサラス様みたい。
でも、それだけじゃないわよね。ベーゼンって不思議だもの。
初めてルーシアに会った頃に似ているわ。
考え方とかモノの捉え方が、どこか浮世離れしているのよね」
ルーシアは、隣で話すルヴァーテに眉を動かす。
昼過ぎに会った旧友とその連れ。
その時から感じていた違和感は、その光景から来るものだと思っていた。
しかし、どこか違う。もやもやは彼に酒精を求めさせた。
だが、そのもやもやは酒精ではなく伴侶が晴らした。
進む会話は、ジェラールの話すベーゼン像。
彼の言葉は目の前の現実と結びつき彼女を形作っていく。
ルヴァーテの話すベーゼン像は、それとは別に何かも存在する。
ベーゼン本人の話す単語は、長らく生きてきても知識にないモノも。
しかし、それはどこか懐かしさを与えた。
ルーシアは目を瞑り鼻先を少し上下に動かし雰囲気を嗅ぐ。
心に伝わる彼女の空気。だが、ぼやける記憶は混濁するのみ。
その存在を、心のどこかで守るべき相手だと思わせるだけ。
しかし、ルヴァーテに抱く想いとは決して違う。
食事も終わり、店を後に別れる4人。
ルーシアは2人に告げる。
「今日はいい酒が飲めたな。何かあれば力になるよ。
ジェラール、そしてベーゼン嬢。
では帰るか、ルヴァーテ」
背を向け手を振るルーシア。
” それでは、また ” と頭を下げ彼の後ろに付き従うルヴァーテ。
そこには先ほどまでの空気感は公のモノに変っていた。
隣で笑みを送るジェラールは、ベーゼンの視線を感じ笑みを返す。
「ベーゼン、遅くまで付き合わせてしまったな。宿まで馬車で送るよ」
「ありがとうございます、ジェラール様」
ベーゼンの見た彼の横顔には、まだ私的な空気が残っていた。




