すれ違い:掛け違う想い
ジェラールの瞳を見つめ口を開くベーゼン。
語りだした真実の中に必要以上の情報は無い。
しかし視線は何度もジェラールから外れる。
「ジェラール様、あの時は必死でした。
ですから、これから伝える事が正確じゃないと思います・・・」
「構わない。私は君の口から聞きたいんだ。
それが法に触れる内容であれ構わない。
現に私はここに居るのだから気にすることは無いさ」
ベーゼンへ向けられた表情は優しさこそ残すが視線は強い。
そこに悪意はなく、信頼と探究心だけがある。
ベーゼンはテーブルに視線を落とすと静かに言葉を続けた。
「わかりました・・・
あの時、ジェラール様は重度の魔力酔いの様な症状が見受けられました。
その為か全身が痙攣も・・・ですが、近くに神官や医療師はおりません。
私にできる事は魔力の流れの改善ぐらい・・・
施した事は、魔力の発散と魔力循環の改善くらいだと思います・・・」
口元を緩め笑みを溢すジェラールは、視線を落としたままのベーゼンを見つめる。
彼のゆっくりとした口調は、彼女の不安を払う様に柔らかで優しい。
「ベーゼン、本当にありがとう。
君には助けられてばかりだな。
しかし、君の言う”思う”とは何故だ?
事実、私は助かった。それは君の行動が成功したという事であろう?」
「そうなのですが・・・
施術に使用した術式はあの禁書。
問題は該当するページのみが消失した訳ではないのです」
不安から視線は交わるが、ベーゼンは維持することができない。
眉尻が下がり訴える瞳は保身のためだけではない。
ジェラールはその姿に眉を顰めるも嫌悪ではなく寄り添いだろう。
ゆっくりとグラスに口を付ける。
「君も果実水は好きだろ?
書の消失の原因が私だったのだな・・・
しかし、媒体になっただけだろ?
あの書は、君に勧められて私も目を通している。
記載内容を全て覚えているかというと怪しいが・・・
以前に君が話してくれた魔術に対する媒体の論理についてでは、
媒体となった物は魔力以外の影響は与えないと・・・
私も君の見解には同意だ・・・しかし、その可能性でも?」
「はい・・・あの書は魔導について記載された書。
現魔術体形とは別の論理で出来ている様に感じるんです・・・
しかも、禁書として保管されていました。
術式体系についての書をそこまで邪見にするには・・・」
ベーゼンの視線が上がることは無い。
ゆっくりと鼻で息を吐くジェラール。
彼の視線はベーゼンから天井、そしてベーゼンへ戻る。
「ベーゼン聞いてくれ。
君は何も悪い事をしていない。 先ほども伝えたが私は生きている。
君には感謝しか無い。 どうか顔を上げて欲しい。
君に説明を求めた事で辛い想いをさせたなら謝る。
私は君の言葉が聞きたいんだ。
気の利いた話を振れなくてすまない」
ベーゼンは咄嗟に視線をジェラールへ向ける。
そこには、先ほどの自分と同じようにテーブルに視線を落とす姿。
ベーゼンは身を乗り出す様に声を返した。
「そんな・・・そんなつもりじゃないんです。
ジェラール様に謝って欲しいとかじゃなくて・・・・
もしも、あの書に隠された何かがお体に影響を与えたのであれば・・・
良い事だけなら良いのです。
もし、お体に悪い影響があるのなら・・・」
ジェラールは強い視線を緩め、優しい笑みを浮かべる。
そしてどこか仰々しい所作で両腕を広げて見せる。
「ベーゼン、私は何処も悪くない。
ほら、両腕だって思いのままに動く。
料理の乗った皿だって片手で持ちあがるぞ。
君も食べてみろ。茶会には似合ないが、ラウドトラウトの燻製だ。
君も好きだろ? エールがよく合うが・・・茶会だからな・・あっと」
ジェラールの持つ皿は少し傾き料理が淵による。
少しだけ焦りおどける姿はベーゼンに笑みを与えた。
「フフッ・・・ジェラール様、ダンスも素敵でしたよ。
でも、経過の観察は大切です。どなたか信頼できる方は?」
返された問にジェラールは、ハイネスに視線を送る。
彼からの返答は否。しかし、首を横に振り頭を下げる従者は並の術士ではない。
だが、ベーゼンの話からジェラールが想定はしていた結果でもある。
一時前の表情に戻るジェラールは、正面の稀有な女性術士を見つめる。
「ベーゼン。君が話してくれた" 夢 "には地位も金も必要だろ?
私は、君とその世界が見たい。
私なら・・・いや、今までの私では難しいかもしれない。
だが、君に貰った命なら願い叶える事ができる。
会って数日だが、私は君と国の行末を見たいと感じた。
私の・・・・いや、ハイネスと共に私に仕えてくれないか?」
ベーゼンは、一瞬戸惑うも笑みを返す。
投げられた笑みにジェラールは応え手を差し出した。
そこに返すベーゼンの表情は明るい。
「ジェラール様、ありがとう。
でも、少し考える時間を下さい。
私なんかが、国仕えなんて大それた・・・私は自分の夢を追いたい。
それがジェラール様の考えと交わるのなら嬉しい・・・
嬉しいですが・・・・」
そこには二つの欲望がせめぎ合う。
一方がジェラールの提案を肯定し、また一方がそれを拒む。
ジェラールの傍に居たい感情は嘘ではない。
しかし、その先に在る自分の居場所は自分を苦しめるだけなのではと。
ベーゼンの返答に手の矛先を失うジェラールだが、一瞬の沈黙は安息を与える。
視線こそ交わらないが差し出されるベーゼンの手。
「ジェラール様、考えさせて欲しいとはお伝えしました。
しましたが、仮契約という事でお願いしても?
私・・・ジェラール様のお体の経過がきになりますし・・・」
「ありがとう、ベーゼン。
王都に来れなくても今は構わない。準備ができたらでいい。
経過は君の家に文で送るよ」
ベーゼンは表情を緩めジェラールを見つめる。
逡巡の後、互いの手は静かに離れた。
ベーゼンは余韻と共にゆっくりと椅子に腰を落ち着ける。
椅子の背に持たれたい気持ちを抑えつつ、心だけでも委ねる。
ほっとした反面、複雑な心境は変らない。
そこからはいつもの会話。
ジェラールは、彼女の言葉に笑みを浮かべ共感し時に感化された。
話すベーゼンのの表情も明るい。
別れ際にジェラールは伝える。
「君との時間はいつも未練が残る。
また、つまらない日にが始まるといっそうな。
あの話は、正式な良い返答を待っているよ。
それではな、ベーゼン・ヴァンファブリック」
「はい、ジェラール様・・・えっ」
低い位置にいた月は既に真上まで上っていた。
ベーゼンは茶会も悪くないモノだと心の隅で少しだけ感じていた。




