すれ違い:互いの想い
湖を望む丘は小さな公園になっている。
様々な種族が入り混じる中に二人は居た。
互いに視線を交わす事なく長椅子に座る男女。
一方は空を眺め、もう一方は地面を見つめる。
しかし空気が重い訳ではない。
周りに溶け込む姿は、両者が貴族であることすら暈す。
互いに思う事は、昨日のお茶会での会話だ。
ジェラールは苦い笑みを浮かべ思い出す。
ダンスホールの片隅のテーブル。
静かに流れる演奏は心の緊張を解く。
「なぁ、ベーゼン。 私は初めてだったよ。
ダンスとは、ああも心弾むモノなのだな。
君以外とでは、何時も謝るばかり・・・つまらぬものだったよ。」
「それは・・・私が下手だからですか?」
窓から見える月を眺め語るジェラールに、ベーゼンは控えめな視線を送る。
その先の彼の表情には蔑む様な感情も無く、優しく爽やかな横顔。
「いや、そうではない。
君のステップは素晴らかった。リードなど不要だったよ。
・・・今までの私は、息が続かなかったんだ。
日々の鍛錬を怠っていたわけでは無い。
夜遅くまで剣を振ったり、走り込んだりもしている。
理由は分からなかった・・・君に出会うまでは」
ベーゼンは視線を一瞬外し、もう一度もジェラールを見つめる。
そこには悩みの晴れたジェラールの横顔がある。
眉を顰め首をかしげるベーゼンに彼の視線が注がれた。
「ジェラール様それは・・・魔力酔いの?」
「ああ、そうなるだろうな。
しかし・・・それだけではない・・・」
ベーゼンは視線を外しテーブルのグラスを見つめる。
そこに意図はない。ただ彼の顔を見つめていられない。
あの時、図書館で倒れたジェラールの傍にいたのが自分だっただけ。
それが別の者でも同じなのだろうと。
ジェラールの微笑みと沈黙。
それは余りにも心を押し潰される様だ。
耳に入るバラードはそれをより強くさせる。
暗くなるベーゼンの表情に、ジェラールは笑みを苦笑へと変えた。
「私は・・・こういうのが苦手だ。
初めてだと言ったろ・・・・・
女性と・・君と共に過ごして楽しいと感じたんだ」
「えっ・・・・私なんかと・・・」
ベーゼンの視線はグラスからジェラールへと戻る。
表情こそ大きく変わることは無い、増すのは疑心。
だが、ジェラールの表情に偽りはない。
「誰でもない君だからだ。
誰に対しても好きなことを話し、相手に寄り添い否定しない考え方。
私の様に良い噂の無い男だと知っても変わる事の無い君だからだ」
「私、本の話しかしてないです・・・寄りそうだなんて・・・
ジェラール様が王子と知ったのだって今です。
噂なんて周りの価値観でしかありません・・・
私の知っているジェラール様は、本好きで夢見がちな男性・・・」
ジェラールの口元は緩む。
それはベーゼンの表情を和らげた。
「それが良い。君といて私は楽しいんだ。
もっと、君の話を聞かせてはくれないか?」
「ジェラール様・・・
私、そんなに話を求められた事、お兄様以外初めてです」
ジェラールは、目の前のグラスを優しく手に取るとゆっくりと口をつけた。
そして視線を月へと戻す。
少しだけ表情に赤みを増すジェラールだが、ベーゼンの視線は無い。
「君といると気が休まる。
王子であると様々な女性と会うが嫌なものだよ。
思い出すと何かある度に私は"すまない"と謝るばかり」
「・・・ジェラール様はお優しい方。
でも小さな謝罪は、少しずつ心を痛めていくモノ。
気付いた頃にはやせ細り折れてしまいます」
ジェラールは一瞬視線をベーゼンへ、そして流れる音の元へ。
横顔は変らずだが、何処か憂いがある。
ベーゼンの表情も笑みにはまだ遠い。
視線の交わる事の無い二人。
ジェラールは静かに息を整える。
「そうかもしれないな・・・
君の頭には、世の真理でもあるかの様だよ。
やはり君と話すと面白い。心の闇が晴れていく。
よかったら、あの時の話も聞かせてくれないか?」
ジェラールはハイネスに視線を飛ばす。
意を理解したハイネスは、辺りを確認し魔力を高めた。
それは淀みなく流れる水の様に滑らかな所作。
4人の周囲だけを囲う様に空間が広がる。
一瞬の出来事を意識せず理解できる者はこの場には居ないだろう。
空気の振動が一方のみ遮断された空間。
未だに聞こえる会場の喧騒とバラード。
しかし、こちらから音が漏れることは無い。
ジェラールはハイネスの頷きを確認すると視線をベーゼンへ。
「ベーゼン、君は図書館で様々な話をしてくれた。
君は書物に何を求めているんだ?
負担にならなければ聞かせてくれないか?
君の見る未来、あの時の様に君の話が聞きたい」
ベーゼンはジェラールの瞳を見つめる。
状況は彼の求める解のためであることは明白。
目の前の笑み、そして瞳の奥にある揺るぎない力に彼の本心を探った。
何処か尋問染みている様にも感じるが圧は決してない。
ベーゼンは皿に盛られた甘みの薄い焼き菓子を手に取り端を齧る。
現実から思考の海へと潜るも今日は波が強い。
昔の自分なら、相手の感情など不要だと判断すれば無視できた。
しかし、その意志すらもここ数年で変化している。
思考は混乱し糖分を求める他ない。
ベーゼンはグラスに注がれた果実水に口を付ける。
酸味の中に甘み漂うそれは、甘さ控えめの焼き菓子より幾分マシ。
思考から解放され、その闇も晴れる。
そこにベーゼンは、彼の優しい声、表情、空気を求めている自分を見つけた。
しかし、ジェラールは ──── 。
息を整え視線を返すベーゼンに、ジェラールは笑みを返した。




