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クイック&スロー

嫌な視線に満ちたダンスホール。

ベーゼンには既視感のある空気だった。

嫌な笑顔で先導する現王の弟。

集団の中心へと進む二人。

ジェラールは一瞬、首だけ向け言葉を送る。



「すまないな、ベーゼン。君には負担をかける」


「いえ、気にしないでください。

 想定はしていた事ですわ。

 ただ、予想とは違うみたいですけどね」



ホールの中心では、第二王子を中心に数組が演奏に合わせ静かに踊る。

ゆっくりと流れる空気に現王の弟は視線を強めた。

楽団はその意を汲み取りタイミングを取り曲を終わらせる。

第二王子たちは曲が終わると互いに礼。

そしてジェラールに視線を向けた。



「フッ・・お兄様ではないか

 今日は踊られるのですか?」



第二王子は微笑を浮かべ、ジェラールを頭からつま先まで視線を動かす。

そこには侮りすら感じさせる空気があった。

ジェラールは一瞬視線を落とし、軽いため息と共に視線を戻す。



「久しいな、ニケロム

 叔父上の命令だ。次曲は踊らせてもらうが構わないな?」


「もちろんですよ。

 フフッ、場は温めておきました

 ですが、お連れが見当たりませんが・・・

 オッと失礼・‥

 フッ、どちらのご令嬢かは存じ上げぬが、お似合いだよ。

 良いお時間を・・・フフフッ、ハハハハ」



ジェラールは、眉を顰め唇を噛む。

その表情は自分へ不甲斐なさ、そして連れを蔑まれた事への怒り。

一瞬空気が凍るも、場の空気は変わる。

今までの落ち着いた曲調から明るい華やかな曲調へ。

ジェラールは一瞬表情を曇らせるが笑みを浮かべ優しくベーゼンに視線を送る。



「すまない、弟が君に礼を欠いたこと謝るよ。

 しかし、このままでは君にまで恥をかかせてしまうかもしれない。

 ベーゼン ─────── 」



ベーゼンは、ジェラールの言葉を遮る。

その口調は、先ほどまでの彼女のモノとは違う。



「ジェラール様、ここまで来てしまっては同じことですわ。

 私(わたくし)、仰られたままで済ませる程お上品ではございませんの。

 もちろん、ジェラール様に誘われたことは嬉しい・・・

 私でよろしければ一曲お願い致します」



優雅に会釈するベーゼンは、服装(見た目)こそ王都の令嬢貴族には劣るが

そこに貴族としての優雅さがあった。


ジェラールもまた、その姿に応じる様に会釈。

身長こそ第二王子と変わらないが、その線は細い。

ジェラールの叔父を含め周囲からは静かで冷ややな蔑む嘲笑。

ジェラールは一息吐くと、ベーゼンに手を差し出す。



「ベーゼン、一曲エスコートさせてくれないか?」


「お願い致します。」





差し出された手を取るベーゼン。

躊躇なく笑顔で受け入れる姿は、周囲から清々しくも見えた。


曲調に乗りステップを踏む二人。

ベーゼンは、母と婆やを思い出す。

あの長く苦しい日々。

それは、彼女を成長させていた。

幾度か背をぶつける者達。

そこに来て、ジェラールとベーゼンの対応は完璧。

怒るでもなく、冷静に会釈し謝罪。

それは、第二王子の取り巻き以外に好印象を与えた。

曲は終盤へ差し掛かる頃、ベーゼンはジェラールへ問いかける。



「ジェラール様、貴方はエルグリムではないのですよね?」


「んっ?

 あぁ、私はこの国の王子、ハインリッヒ家の長男

 王位すら怪しい虚弱な王子さ。

 言っていなかったか?」


「ええ、言っていませんわよ・・・

 ですが、従者の方はエルグリム家の家紋入りの鎧を」



ジェラールは笑みを浮かべ笑う。



「彼は私の従者。

 私がハインリッヒ家では嫌か?」


「いえ、そんな事はありません・・・ありませんが・・・」


少し俯くベーゼンにジェラールは悪戯に笑みを漏らす。


「では、ダメな第一王子が嫌か?」


「それは、自虐です。

 私は、誰でもない貴方だから誘いに乗りましたのよ

 知らなかったとはいえ、貴方がエルグリムだからとか、

 ましてや、王子だからここに居る訳ではないわ」


ジェラールは優しく鼻で笑う。

そして小さく呟く。


「ありがとう」


ホールの中心で踊る二人。

場は二人の空気に同調する様に優しく温かい。

楽団も同じだ。

華やかな曲調は次第にゆっくりと変化。

ジェラールの体を気遣う様だった。

当の本人は何時もなら息が上がる程だが今日は違う。

そこには、相手をエスコートしながらも状況を楽しむ余裕すらあった。

一方、曲の変化に戸惑うベーゼンは、母の教えを思い出す。


(ベーゼン、スロー、スロー、クイック、クイック、スローよ

 頭じゃないの、体で覚えなさい!

 ほら、スロー、スロー、クイック、クイック、スロー

 ──────── )


頭を埋め尽くす言葉、彼女は感覚派ではない。

ギクシャクしながらも、ジェラールのエスコートに助けられ曲を終える事が出来た。

会場からは踊り手たちに称賛の拍手が送られた。

ホールの中心で会釈し、その場から離れ庭園の見える席に座る二人。

赤かった空は既に暗く、青白い月が佇んでいた。

ジェラールの元にはエルグリムの従者。



「ジェラール様、お体は大丈夫ですか?」


「ハイネス、今日は調子がいい様だ。

 図書館の件以来、体が言う事を聞く」



ジェラールはハイネスから視線をベーゼンへ。

そして、笑みを浮かべ彼女に問いかけた。



「なぁ、ベーゼン。

 君はあの時、私の命を救ってくれたのだな?

 私に何をしてくれたのだ?」


ベーゼンはその問いかけに息を飲む。

ゆっくりだった鼓動は、少し早まる。

ベーゼンの思考は、真実か保身の二択から最善を模索

其々の結果は、複数の可能性から大罪か称賛を示す。

そして思考は彼女の鼓動を優しく抑え込む。

しかし視線の先にはジェラールの笑み。

再燃する鼓動。

思考を支配し始める母のあの言葉。

スロー、スロー、クイック、クイック、スロー・・・・・

夏の湖畔には優しく爽やかな風がそよいだ。


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