約束のお茶会、邂逅の末に
2台馬車はアンシュタインの町を抜け湖畔を進む。
先頭を進む馬車には、ヴィアファブリックの当主とその妻。
それに追従する馬車にはベーゼンと従者ヨハン。
流れゆく景色に視線を投げているベーゼンにヨハンは問いかける。
「大丈夫ですか、ベーゼン様?」
視線を景色に投げたまま、ベーゼンはヨハンの問いに一瞬意識を戻す。
ため息と共に返される言葉はどこか気だるさを含む。
「面倒よね、お茶会・・・気乗りしないわ。
それよりも、あの事よ。ねぇ、ヨハンは情報持ってるんでしょ?」
彼女の言葉は内心ビクビク脅えがある反面、何事か諦めの様な落ち着きもあった。
書物破壊から数日経つが、図書館は沈黙している。
とは言え、父にはベーゼンから話している為、隠しているわけではない。
何事も無く3日経ち、現在に至る。
その間、軟禁状態のベーゼンだが、ヨハンの侍女勤めは皆無であった。
景色に飽きたベーゼンは視線をヨハンへと向ける。
顰めた眉とは対照的にベーゼンの口元は緩む。
「ヨハン、その表情逆に怪しいわ」
「お嬢様・・・・ハァ、わかりました。
図書館は、あの件について調査を一切行っておりません」
ベーゼンの眉は一瞬動く。
だが彼女は何処か腑に落ちない。
ヨハンの言葉を促す様にベーゼンは瞳を細める。
「おりませんの続きがあるんでしょ?」
「はい・・・あの青年、エルグリム家の血筋かと・・・ただ、確証がありません。
情報の行きつく先に在る者は常にエルグリム家・・・
エルグリム家であれば、魔導書の一冊や二冊焚書したところで・・・」
「エルグリム家ねぇ・・・たしか、王家とは親戚関係だったかしら。
現当主の息子は、王子の側近か何かだったわよね?」
ヨハンはベーゼンから返る言葉に目を丸くした。
彼女の知るベーゼンは他人の事を記憶していたことは今までにないのだ。
向けられる奇異の表情にベーゼンはため息。
「そのくらい知っているわよ・・・
ハインリッヒでも魔術の名門、王家に嫁いでるご令嬢もいるみたいね。
この国で知らない方がおかしいわ」
「失礼しました。お嬢様を侮っていたわけではないのですが・・・」
ベーゼンはいっそう目を細め、謝るヨハンを見つめる。
続けて口元を緩めヨハンの言葉を追う。
「じゃあ、あの青年はエルグリム家の御子息なんだ・・・
確かに、文官揃いの家系だもん。ああいう子もいるわよね・・・」
「本日のお茶会には第一王子の従者として出席するかと思われますが、
主催は王の弟君、推す先は毎度ながら第二王子。
会場で会えるかどうか・・・お嬢様、お気を落とさずに」
「お気をって・・・私は、彼の体を気にかけているだけよ。
それ以上でもそれ以下でも無いわ」
ベーゼンは、ヨハンから視線を外し窓の外へ
彼女達を乗せた馬車は湖畔を進み、大きな門の中へと消えた。
会場の中は、着飾った同年代の男女が談笑し時を待つ。
静かに流れる演奏は、初対面同士の気まずさまでも柔らかく包み込んだ。
ベーゼンにとっては10年ぶりの社交界。
それは意外にもあっさりとしている。
ベーゼンは場に紛れる様に隅を探す。
定位置を見つけた頃に演奏は止んだ。
会場の奥、ベーゼンとが真逆の扉は開き主催は王子を引き連れ現れた。
良くある主催のお言葉。王子に群がる貴族令嬢。それを取り巻く青年貴族。
ベーゼンは遠目に覗い、視線を外し深いため息。
後方からは囁く様なヨハンの声。
「お嬢様、ダメですよ。」
「わかているわよ…空気が悪いから少し出るわ。
バルコニーも会場だもの・・・いいわよね」
ベーゼンは、演奏を背にバルコニーから庭園を望む。
バルコニーからは庭園へと続く階段。
その先に噴水。そして2つの人影。
1つはエルグリム家の軽鎧を着た従者。
もう1人はあの時の青年。
ベーゼンの足取りは少し軽い。
「お体は、大丈夫ですか?」
噴水に腰かけた本を読む青年は顔を上げ視線を声に向ける。
一瞬の間は、互いに笑みを与えた。
「あの時はありがとう。君には助けられた」
「いえ・・・誰だってそうします・・・元気そうでよかった。」
挨拶の後の静かな間、青年の優しい瞳。
向けられた感情にベーゼンは心地よささえ感じている。
ふと流れて来る演奏に意識を取られたベーゼンは問いかけた。
「あの、お茶会はよろしいのですか?」
青年は、羽織っていたマントを噴水の淵に。
そしてベーゼンを誘う。
「大丈夫だ、出席はしているからな。君もだろ?
どうかな、少し話さないか?」
一瞬浮かぶ悪戯な笑みは青年を少年の様に見せる。
つられる様に笑うベーゼンの心はいつの間にか軽くなっていた。
続く会話は、燃えた魔導書、魔力操作。そして本の話。
青年は、ベーゼンの話を嬉しそうに聞き。
時に共感し、時に意見した。
それは、ベーゼンにとって楽しい時間。
しかし、幸せなど急に崩れる。現実とは残酷なものだ。
良い雰囲気など遠目でもわかる。
声の群れはゆっくりと二人に近づく。
迫る影に従者たちは、頭を下げ一歩下がる。
ベーゼンは、変化した空気に視線を向け腰を上げた。
目の前には茶会主催者。
「こんな所でどうしたんだ。
ダンスも始まったんだ。ジェラール、君も楽しみなさい。
さぁ、そのお嬢さんを連れて行ってきなさい」
そこに在る感情は優しさではない。
ベーゼンが視線を外した主催者の瞳の奥は深淵に思えた。
しかし、青年は変らぬ笑みを湛え頭を下げる。
「そのようで・・・」
青年は振り返る。
吐き捨てる様に小さく呟き、ベーゼンを優しく誘う。
「叔父上の言葉では逆らえないか・・・
君を誘ってもいいか? 優しき淑女」
ベーゼンは遠くに聞こえていた演奏が嫌に煩わしく感じた。
それでも青年からの誘いは温かく心に響いた。




