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知識が花を見つける時

ウェイス一件から数日が経ち、知識の海に飽きが見えはじめていた。

それは必然と言える現象。 同じ本から得られる事には限度がある。

その為、ベーゼンは商会から礼を受け取る際に新書の購入もしていた。

しかし、たかが数冊。

市場に流れる本の内容などあまり代わり映えもしない。

窓の外では、剣を振る兄の姿。

何気なく庭園に出て椅子に座る。

何も考えず花を見つめるも知識欲はそれを制止。

ブーツが石畳を蹴る音が大きくなり正面で止まる。

爽やかな声が彼女の癖を諭す。


「ベーゼン、また噛んでるの?

 ダメだよ、子供じゃないんだからさ」


爪を噛む彼女の表情を覗き込むアイネス。

そこには軽蔑する感情など在りはしない。

ウェイスの一件からアイネスは、より優しく、より世話を焼く。

鬱陶しいとは思わない。

しかし、この距離感は何処か嫌だった。

優しく気に掛ける声色。そしてタイミングを計る様にのぞき込む笑顔。

町中で騒がれる兄に向けられた黄色い声。

どれもベーゼンの心を揺り動かす。

意識すればするほど鼓動は早くなるだけだ。

明らかにおかしい感情に眉を顰めるベーゼン。

その原因はある書物。

父の蔵書の中にあった女性の日記。

それはベーゼンの生まれる3年前に日付が止まっていた。

記述は兄の成長記録と日常の幸せ。

父の前妻の日記だ。

そんな物すら読み漁るベーゼンは兄の出生を知った。

5歳程離れた兄からは、慈愛以上に恋慕に似た感情。

嫌悪は無いが理性がそうさせる。

ベーゼンは何気なく上目使いに視線を合わす。

返るのは優しい笑顔。


「んっ、なんだいベーゼン。

 またイタズラでも考えているのかい?」


小さな円卓の対面に座るアイネス。

頬杖を突き悪戯な笑みをベーゼンに向けた。

反応せざるおえないベーゼンは眉を顰め一瞬唸る。

そして心の動きを読まれまいと話題を変えた。


「ねぇ、お兄様・・・本がたくさんある所をご存じありませんか?」


アイネスは姿勢を正し顎に手を当てる。

そこにはベーゼン同様に思考を巡らせる姿があった。

ベーゼンは少しの間、巷で流行の味の薄い焼き菓子を齧って過ごす。

兄は一瞬目を見開き口元を緩めた。


「そうだね・・・図書館ならあるんじゃないかな。

 アンシュタインならベーゼンの欲しい知識があるかもしれないね」


「アンシュタインねぇ・・・中立の?」


頷き意を返すアイネスは笑みを浮かべるが悩みながら続けた。


「詳しいね、ベーゼン。

 あそこなら魔人の知識もあるはずだよ。欲しいのは、魔導の知識だろ?」


何故悩むのかはベーゼンには心当たりがない。

首を傾げつつも、その表情に意識を奪われていたがフッと我に返る。

ベーゼンは席を立ち兄にお辞儀。


「ありがとうござます。お兄様」


ベーゼンは、庭園を後に父を探した。

この時間は書斎で書類整理をしている事が多い。

母屋で足を止め、眉を顰め思い悩む事数秒。

彼女の脚は、母屋から庭へと向かう。

そこには意志などない様に思えた。

玄関の扉を開けると、まだ昼には早い日差しが差し込む。

外では庭を手入れする使用人達が男装染みた令嬢に頭を下げる。

彼らの奥で聞きなれた樋鳴り。

無意識ながらベーゼンはため息をつく。

音の元では、均整の取れた肉体から迸る汗が光を反射。

一段と美しく映る男の姿はため息もの。

しかし、彼女は想う。なぜ裸? だが感情と思考は逆行する。

嫌悪の中に憧れに近い何かが葛藤している様だった。

見とれているのではないのだと自分に言い聞かせる事半時。

樋鳴りはやみ優男の影は近づく。


「どうしたんだいベーゼン? 今日はいろんな顔をしているね」


兄アイネスだ。涼しげな笑みを浮かべ唐突に不意を衝く。

それは真剣な雰囲気を滲ませながら言葉を続けた。


「相談できる場所にいるんだ、もっと頼っていいよ。

 フフッ、悩んでいるベーゼンもいいけど、頑張り屋な所も僕は好きだ」


ベーゼンは、兄の言葉に混乱しかない。

実の兄妹だと思っていた相手に”好き”と言われ表情は固まる。

ただ知ってしまった事が、彼女の感情に起伏を与えた。

顔は少しだけ火照り、手は汗ばむ。

ウェイスの一件のせいだと理性を全開にベーゼンは息を吸う。

一方アイネスは涼しい顔。


「フフッ、ベーゼンも剣でも振るかい? 悩み事なんて忘れられるよ」


目の前の兄はそう言うと、また剣を振り始めた。

ベーゼンは、心を見透かされている様に感じその場から走り出す。

何故焦っているのかが分からない訳ではない。認めたくないのだ。

庭を急いで離れ、自室に隠れるように入った自分が恥ずかしい。

ベーゼンは、昼食の時も兄と目を合わせる事が出来なかった。

そんな兄はベーゼンの話を出した。


「父上、ベーゼンが図書館に行きたいと言っていたよ。

 どうかな、アンシュタインなら丁度いいんじゃないかな?」


父ドワイトは顎を擦る。

そして不敵な笑みを浮かべ、ベーゼンに視線を向けた。


「そうだな、あそこなら良いモノがありそうだ。確かに丁度いい。

 お前もどうだ? 久しぶりにみんなで行こうか」


父の視線は、ベーゼンから母アンジェリカへ移っている。

アンジェリカは頬を擦り考える。

その視線は何故かベーゼンに向けられた。


「ベーゼン、商談は得意よね」


「人並みには・・・なによ」


ベーゼンは、あの悪魔の笑みの出所を知ることになった。

目の前の悪魔は、笑い声こそ聞こえないが明らかに闇深い。

周りでは父ドワイトの苦笑いがベーゼンの訴えを拒否している様にも映った。

母はベーゼンを見つめ言葉を続けた。


「では、ベーゼン。 貴方の願いは叶えます。 叶えますが取引です。

 二か月後のお茶会に出席なさい。 今回は逃がしませんよ」


発せられた言葉には優しさの中に圧倒的な圧があった。

気圧されるベーゼンと、わざとらしくハッとし喜ぶ父。


「アンジェリカ、それはいい考えだ。

 いつ以来かなベーゼンが行くのは」


母の顔から笑みは消え眉は顰む。

ため息とともに告げられた言葉に兄の顔も苦笑いだ。


「5歳以来ね。もう10年も逃げているのよこの子は・・・・ハァ」


ベーゼンにとって社交界は無用の産物だと思ていた。

しかし、伝手としての価値は無限大だとごく最近気づく。

過去の彼女(彼)は全てを一人でこなした経験がある。

それが、彼女を社交界から10年もの間遠ざけた要因の一つでもあった。

だが、今回は違う。商談であり利益のやり取り。

ベーゼンは、一瞬不満そうな表情を母にぶつけるが笑顔を返す。


「わかりましたお母様。ベーゼンは、再来月のお茶会へ出席します。

 その代わり、これは商談。

 もちろんアンシュタインにつれていってくださいますね?」


母は笑う。そして告げた。


「フフッ、二か月後のお茶会はアンシュタインで開かれますよ。

 それまで、みっちり準備しましょうね。ベーゼン」


ベーゼンは兄と父を睨む。その視線に二人は苦笑い。

ため息と共にベーゼンは静かに呟く。


「謀ったわね・・・」


家族の団欒は昼下がりの午後に笑み与えた。

それからの2か月はベーゼンにとって長くつらい日々だった。

久しぶりのダンス練習。

運動神経が余りある方ではない彼女は頭で分かっていても体が追いつかない。

そして服装。確かに華やかで可愛くも思える様になってきた。

そんな自分に過去の自分が嫌悪することがしばし続く。

女性の体なのに、心はまだ男性として主張しているからだろうか。

しかし、月日と共にソレも薄れていく。心もいずれ完全な女性のソレになるのだろう。

様々な事が脳裏に浮かび消えて行く。

それは、動作を鈍らせダンスの邪魔をした。

しかし、何度も間違えるても兄アイネスは優しくリードし笑みを向ける。

苦しくも充実した尾日々が過ぎ一週間後にその日は迫った。

ヴィアファルリック領から数台の馬車がアンシュタインへ向け列をなす。

そこにベーゼンの人生を動かすモノがあるとは彼女にはまだわからないのだった。


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