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初恋はほろ苦く、兄妹愛は沼の様に

窓辺には小鳥のさえずり。

スカートを摘みそそくさと進むベーゼンはため息。

歩きずらく思いそれは、彼女の体温さえも上昇させた。


(だから嫌なのよ・・・ドロワーズだけじゃダメかしら)


漏れ溢れた感情は彼女のため息から他者へと伝播。

後ろに控える侍女長のため息を誘った。


「ダメですよ、お嬢様・・・あんなはしたない恰好で歩かれては」


「僕は可愛いと思うけどな」


ただ感想を呟いた兄アイネスは侍女長のため息を増やした。

三人はゆっくりと客が待つ応接間へと進んでいく。

扉へとたどり着くと侍女長が扉をノックし、来客に入室の準備をさせた。


「ベーゼンお嬢様が参られました」


扉は静かに重く軋むことなく開く。

そこには、何処ぞの重く軋む扉とは違った威厳がある。

客人は立ち上がりベーゼン達に会釈。


「ベーゼン様、ご機嫌麗しゅう。 ウェリントン商会のウェイスにございます。

 急なご訪問申し訳ありません。 この度は、先日のお礼とご報告に参りました」


いつもよりしっかりとした服装のウェイスはやり手の商人に見える程だ。

ベーゼンは口元を緩め淑女然とした振舞で礼を返す。


「ごきげんよう。ウェイス様。 ご報告ですか」


ベーゼンは、頭を戻すウェイスに目配りし情報を探る。

そこに返る反応の半分は先ほどの礼。

悪く言えば彼女が生み出した利益の話だろう。


ベーゼンは、首だけ兄へ向けり席を促す。

そこには兄妹の空気の読み合い。

兄アイネスは口元を緩め、オルガへ声を掛ける。


「婆や、僕達は退席しよう。

 ベーゼンも年ごろだからね、買い物だってするさ」


恭しく礼をし踵を返すオルガ。

その背を押し共に退室するアイネスはベーゼンに目配り。

しかし、その意は彼女には全く分からない。

一瞬眉を顰めるも、思考を止めるベーゼンは気を取り直す。


「お久しぶりね、ウェイス。

 馬子にも衣裳って奴ね。見違えたわ」


苦笑いする若い商人は、首元のスカーフを緩める。

そして、彼女にソファーを進めた。


「良く言うぜ、その言葉そのまま返すよ。

 まぁなんだ・・・すげぇ似合ってるぜそのドレス」


少しだけ、顔を赤く染めた男は鼻先をかく。

一瞬、眉を顰め口を尖らすベーゼンだが、静かに口元を緩めた。


「紅茶、いれるわ。

 アンタんとこにもある焼き菓子、味薄すぎない?」


男は、誘われるままにソファーへ座る。

そして、彼女が落ち着くのを待った。

会話は他愛も無い者から始まり核心へと続く。


「で、何の用よ? 押し売り?」


ベーゼンは笑み追浮かべ商人の顔色をうかがう。

戻るのは、いつもの礼(報酬)について。

そして控える言葉は彼らしくない。


「 ────── と今月はこの額になる・・・計算間違ってないよな?」


「えぇ、合っているわ。 何かあったの?」


挙動にキレがないウェイス。

男ならどうでもいい点だが、そこはベーゼン。

気持ち悪さからの質問だった。


「実はな、俺・・・店舗を任されることになったんだ」


そこには照れくさそうな男が一人。

表情は、褒めて欲しいと言わんばかりだ。

ベーゼンは想う。そして伝える。


「良かったじゃない。 モーガンさんに認められたって事よね。

 フフッ、ウェイス頑張ったんだね、なんか私も嬉しいわ」


男の耳は破裂しそうなほど赤く、照れ隠しの所作があまりにも可愛く映る。

その時、ベーゼンには小悪魔が宿る。


「でも、私に報告って。 いいの?

 組合長の娘が妬くんじゃない? 私だったら嫌だなぁ~」


視線をウェリスから外し、母が父を弄る時の真似をする。

照れ隠しから一転し、焦る男にまた笑みがこぼれた。


「ベーゼン・・・ごめん。 俺、そんなつもりじゃ」


「フフッ、冗談よ。でも嬉しいのは本当。

 ウェイス悩んでたもんね」


男から返る謝罪におどけるベーゼン。

だが心の中でぶつかる感情は彼女を落ち着かせる。

紅茶を一口飲みベーゼンはウェイスを見る。

ウェイスもまた、倣うように紅茶を飲み気持ちを落ち着かせた。

男は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。そして。


「それでさ・・・俺、王都に移るんだ」


男は首元を更に緩める。

そして、視線を強め一瞬ベーゼンを見つ、視線を外す。


「ハハッ、今日は少し暑いな。

 ・・・なぁ、少し外歩かないか?」


ベーゼンは、目を細めるもそれを承諾。

侍女を呼び、応接間のかたずけを頼む。


「いつもありがと、婆やには、少し散歩に行くって伝えてちょうだい」


そう言い残すと、ドレス姿のベーゼンはウェイスを連れ出した。





ヴィアファブリック家の庭には小さな小川のある。

晩春の風に誘われた蝶や小鳥のさえずりは二人の鼓動を落ち着かせた。

小川に着くとベーゼンは、何気なく水面に視線を落す。

背後には優しい笑みを浮かべるウェイス。


「日があたって気持ちいわ」


男は視線を強み唾をのみ込む。


「ベーゼン、俺と来ないか?」


「王都観光も悪くないわねぇ~」


ベーゼンは視線を向けることなく返事する。

しかし、二人の間には温度差。

男は彼女の肩を掴み視線を合わせる。


「ベーゼン、俺の妻になってくれ。

 王都で一緒に暮らそう」


それは、男からの強い意志。そして彼の恋心。

しかし、ベーゼンは彼から視線を外す。


「ウェイス、貴方の言葉嬉しい。

 嬉しいけど、それはモーガンさんに返事したわ」


「これは俺の気持だ。

 今は結婚とかは考えなくていい。

 俺と一緒に来て欲しいんだ。生活だって苦労はさせない」


男は下がらない、それはベーゼンも同じ。

彼女は瞳に涙を浮かべ問い返す。


「嘘よ・・・だって、貴方結婚したじゃない。

 あの組合の女と結婚したでしょ!」


男は息を深く吐く。

それはベーゼンには理解できない空気だ。


「アイツは親同士が決めた相手。政略結婚みたいなもんだよ。

 俺は、お前も同じだけ愛しているんだ」


ベーゼンの瞳からは、堰を切り涙が頬を伝う。

男はたじろぐも言葉を続ける。


「貴族も商人も妻を多く持つのが普通だろ。

 俺はお前も好きなんだ・・・なぁ、泣かないでくれよ」


「もういい・・・

 私はそんなの嫌よ! 領民の夫婦は対よ?

 ・・・・もう帰って!」


駆け出すベーゼンを止めようと手を伸ばすウェイス。

しかし、それは空を掴む。


涙を浮かべ駆け出した妹を見た兄は想う。


(僕のベーゼンが泣いている‥‥あの男か・・・)


小川を見つめるウェイスの背後には殺気以外が無い。

能面のような笑顔は彼に近づく。


「なぁ、商人。妹が泣いていたんだ。 理由を知らないか?」


ウェイスは苦笑いで兄に顛末を伝えた。

しかし、返る反応は彼の予想とは違う。

そこには能面がある。 しかし・・・・・


「笑ってんじゃねよ・・・妹に謝れとは言わない。

 金輪際、ベーゼンの前にその面をだすな。」


剣の柄を強く握る拳からは血がにじむ。

ウェイスは、荷物を持ちその場から消えるしかなかった。

残された、アイネスは剣を振る。

それは、いつに無くブレた樋鳴りだった。

翌日、モーガンが屋敷を訪れた。

内容はアイネスの知る所。

ベーゼンの商談(不労所得)は伏せられ、ウェイスの愚行を謝る商会長。

当人が不在のまま過ぎる時間は形式的に幕を閉じた。





モーガンが帰り、呼び出されるベーゼン。

そこには、親より長い記憶を持つ彼女が初めて味わう感情があった。

同席する母は何故か笑顔だ。


「ベーゼン、今は休みなさい。

 フフッ、母は見直しましたよ。でも、町の商会ではダメ、貴族がいいわね。

 余り落ち込まないの・・・貴方は可愛いもの、良い出会いがあるわ。

 だって私の娘だものね」


その慰めなのか分かりずらい言葉にホッとするベーゼン。

それを見る兄の視線はいつもの様に優しく爽やかだ。

二人は払われ、父と二人になるベーゼン。

父の表情は少し重い。


「ベーゼンよ、実技をするのは悪くない。

 だがな、隠し事はもっと上手に隠しなさい」


「はい・・・お父様」


「うむ、分かってくれるかベーゼン。

 だがな、5%はダメだ。あれなら10%でも呑んでいたよ。フフフッ」


「お父様・・・・なぜそれを」


父は呼び鈴を鳴らす。

そこに現れたのは御者だ。


「ヨハン、貴方!」


父は娘の行動を笑顔で止める。

そして、隣に控える者を改めて紹介した。


「そうじゃないよ。 ヨハンは家の耳(間諜)の一人、ヘネシィの部下だ。

 まぁ、ヨハンは男ではないんだがな。 

 今後はお前に付ける。 無茶はするなよ、ベーゼン」



それから数年後、ウェイスはアイネッタと別れ独り身に。

そして幾度かベーゼンのもとを訪問し和解。末永く親交を築いた。

しかしその話はまた別の機会。

ベーゼンの初恋は苦く儚いモノに終わった。


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