感情は嫌味と共に恋を奏でる
ウェリントン商会の会議室には二つの影。
一方は黒板の前に立つ男の姿。
そして、もう一つは目を瞑り講義を聴き入る男装染みた女性。
「という訳で東には獣人種や魔人種が住んでいます。
彼らはと繋がりを持つ永世中立都市アインシュタインは、
彼らとの技術交易が唯一ある為、その地位が約束されてるとも言えます。
では次に ─────────── 」
そこには、ベーゼンの欲しい情報が詰まっている。
講義を重ねるごとにウェイスの表情も明るく柔らかになった。
しかし、時折現れる訪問者はその空気を望むの色に染め上げる。
「ウェイス様、ご機嫌よう・・・あら、領主のお嬢様いらしてたんですね」
「あぁ、アイネッタ。 会長は二階だ」
「ご機嫌よう、アイネッタさん・・・」
アイネッタは眉を顰め、口元を緩める。
視線はどこか威圧的だが、ウェイスには違う。
「ウェイス様、今日は異文化についての講義?」
アイネッタは、ゆっくりと彼に近づき微笑むとその表情のまま視線をベーゼンへ。
どこか上から見下されたかのような視線に続く言葉は棘。
「懐かしいですわ、あたくしも幼少期にお父様に習いましたわ。
フフッ、アインシュタインが流通の要など知らぬ方がおかしいですわよね。
ねぇ、ベーゼンお嬢様?
あぁ、あの美しい湖、ウェイス様と二人、ご一緒したいですわ。
講義なんて使用人に任せましょうよ」
1人、明るい声で騒ぐ良家の娘。
ウェイスは、表情を変えることなく合図と共に優しくあしらう。
アイネッタは仰々しい手振りで話し終えるとウェイスに会釈し部屋を出る。
空気など重くならない方がおかしい。
日々繰り返されたそれは、男の心へ負担を強いっていった。
一月ほど続いた講義は最終日となる。
集荷準備のため教室は応接室へと代わった。
ウェイスの空気は幾分マシになっていたが、やはり暗い。
「────── という訳です。
ベーゼン様、貴女らな・・・俺よりはマシに立ち回れるはずです」
そこには、昔の様に自信のある姿は皆無。
実に面倒な状況にベーゼンは聞こえないため息。
それでも、過去の記憶に重なるその姿にベーゼンは席を立つ。
ゆっくりと近づき、視線を合わせる様にのぞき込む。
そして、過去の記憶に重なる姿を覚えたベーゼンは声を掛ける。
「ウェイス様は知識のない私にわかりやすく教えてくださいました。
貴方の考えも共感致しましたわ。
モーガン様が言うように能力も才能もある方だと感じます。
そんな卑下にならないでください」
一拍置き、ウェイスはベーゼンを睨む。
その瞳は、ベーゼンだけを見ている様には思えない程悲しみに満ちている。
詰められる距離、ベーゼンは後ずさり背後を本棚に塞がれた。
突き出された腕は、衝撃で蔵書を床へ。
「俺には、アンタの様な才能は無い!
情熱も知識もだ!」
(自虐か・・・でも・・・・)
表情の見えないウェイスからは涙が落ちる。
ベーゼンの中(心)には、共に店を立て直した日々が蘇る。
それは過去の自分と重なった。
ベーゼンは、涙し嗚咽さえ静かに聞こえる項垂れた男を見つめる。
あれほど大きかった男は、儚く脆いガラスの様に見えた。
あの頃のベーゼン(彼)なら馬鹿馬鹿しいと吐き捨てていただろう。
繊細な指先は彼の腕を伝い男の顔を胸へと誘う。
子供のように泣く男の声は少しだけ落ち着いていった。
ひとしきり泣いたウェイスは一言だけ残し部屋を後にした。
「すまなかった・・・俺は、アンタに嫉妬してたんだ
アンタには関係ないのにな」
扉は静かに閉まる。
部屋の外では、甲高い嫌な声。
「ウェリス様、どちらにいたんですかぁ?
アイネッタは寂しかったんですよぉ」
「・・・すまない、アイネッタ、独りにしてくれ」
ベーゼンは少しだけ気分が良かった。
しかし、その感情がどこから来るものは分からない。
部屋を出たベーゼンの視界には眉を顰める組合長の娘。
鼻で笑う様に通り過ぎるベーゼンは忘れない。
「ご機嫌よう、組合長のお嬢さん。 失礼しますね」
カツカツとパンプスの音は廊下に響く。
パンツ姿を推す視線には憎悪が籠る。
「なによ、女男が・・・ウェイスはあたくしの許嫁なのよ!
アンタなんてウェイスは振り向かないんだから!!」
気分よく階段を掛ける足音。
慣れ親しんだ従業員達は声を掛ける。
「ベーゼン様、お帰りですか?
旦那様をお呼びしますので今しばらく」
ベーゼンは、視線だけ向け声を返す。
その進行は止まることは無い。
「いいわ、ウェイス様はわかているもの。
皆さん、ごきげんよう」
優しく駆ける先には、泣きじゃくった男の姿。
その表情は少し赤いが暗くはない。
男は頭を下げ優しく声を掛ける。
「先ほどはすまない。
俺・・私の講義を受けてくれて感謝しますベーゼン様」
ベーゼンは、久しぶりに笑みを返す。
そこにはあの時の彼の姿。
「”私”? フフッ、俺でいいんじゃない?
そっちの方が貴方らしいわ、ウェイス様」
男は、歯に紙笑みを向ける。
そして頭を掻き彼女に声を返した。
「ウェイスでいいよ、ベーゼン様
俺は、アンタの様にオヤジを振り向かせてみる」
ベーゼンは、野外から指す光で逆光になるウェイスに笑みを漏らす。
「フフッ、アンタならできるわよ。
私もベーゼンでいいわ。 またね、ウェイス」
男の横を過ぎる優しい風。
影を追う男の先に張るのは、沈む太陽に消える才女。
彼女の言うことは奇天烈。
『原子をぶつけた時はこうよね。
光を収束するにはこうだから、逆にすれば ──── 』
何を言っているか理解できないが情熱だけは伝わる。
巷ではあのと言われる彼女。
しかし、情熱を傾ける横顔は彼の心を熱くした。
男は商店街から消えるその影を無意識に優しく追っていた。
あれから数日が経ち、ベーゼンは商業から魔術に頭を変えていた。
部屋は以前に比べ、訳の分からない魔導具が転がっている。
商会との契約で彼女の技術が使われた商品の売り上げが起因している。
彼女は笑う。それは侍女に引きつった笑みを与えるのみ。
(5%でも十分すぎるわね。グフフフッ)
本を読み、甘さ控えめすぎる焼き菓子を齧る。
しかし、その表情に満足は無い。
彼女は、扉を叩く音に視線を向ける。
そこにある表情は明るくない。
眉を顰めたベーゼンは思う。
(居留守使えるかな・・・・ダメよね)
ため息をつき、ベットから上体を起こす。
そして、ノックへと声を返した。
「どうぞ、お入りください」
ドアが開き1人の青年が能面の様な笑顔で入る。
兄アイネスだ。涼しげな笑みを浮かべ本を覗いてきた。
「お兄様、お顔が近いわ・・・」
「フフッ、ごめんね。 何読んでるんだいベーゼン?」
そこには、いつもの笑みに変っていたアイネスがいる。
違和感を感じつつベーゼンは問いに問い返す。
「お兄様、ご用は何ですか?
私を見に来たわけじゃないでしょ?」
兄の表情は少し向き佖な笑みへと戻る。
その口から返された言葉は”来客”。
相手は商人という。
心当たりのない来客に戸惑うベーゼン。
昼下がりの応接間に着替えを終え向かった。
お目汚しありがとうござます。
次回より下記の予定で投稿を考えています。
・木曜日から日曜日に其々1本づつアップロード致します。
※状況により増える場合がございます。
楽しんで頂けましたら幸いです。
引き続きよろしくお願い致します。




