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嫉妬は自己嫌悪と共に

活気が戻るウェリントン商会。

飢饉だというのに集う者の行状は明るい。

商店街に響き渡る豪商の声。


「さあ、持って行ってくれ!

 一人一杯、さあ並んだ並んだ!」


モーガンの明るいバリトンボイスに町民たちは列をなす。

豪商は未来を見つめ無償の接客にいそしむ。

その陰で若い商人は感情を殺し汗を拭う。


「ウェイス、汗がすごいわ・・・ほら、これでお拭きくださいな」


寄り添うように作業を手伝う女性。

差し出される手ぬぐいを優しく受け取る姿には嫌みは見えない。


「あぁ、ありがとうべネッタ。

 君が手伝う必要はないよ・・・手紙を届けに来ただけだろ?」


ウェイスの背後で父に倣い客に賄いを振る舞う女性は振り返り笑みを浮かべた。

そこには、年相応の瑞々しはあるが同様に潜む思惑も感じられる。


「何を言うのですかウェイス、親同士に決められた”許嫁(仲)”だからですか?

 これは、あたくしの気持・・・

 あなたが苦しんでいる時に、何も出来ないのは辛いです」


ウェイスの背に掛けられる言葉は、嬉しい言葉ではある。

それでも彼の表情は浮くことは無い。

昼も過ぎ、客引きを兼ねた炊き出しは終わり、客足は落ち着く。

ヴェネッタはモーガンから返答を受け取り、笑顔で店を後にする。

彼女の足取りは自信に満ち表情は満足そうだった。

強気な表情は明るく華やかだ。

そこに隠された感情は、蜜の香で蝶を誘う様に商店街の次期店主(若店主)達を惹きつけた。


「これはヴェネッタさん、香油を仕入れたんですよ。どうです?」


「ウフフッ、 あら素敵ですね。 でも父(組合長)の使いですの。

 お時間が出来ましたらお願いしますわ」


彼女は、男達をあしらい組合を目指した。





いつもの様に荷馬車からさっそうと飛び降りる男装めいた娘。

その背は御者のため息に押し出される様に軽快に進む。

しかし今日の視線は別の華へと集められベーゼンは気楽。

目指す先では客引きの露天を片付けるウェイス達。


「今日も盛況だったみたいですわね。」


「これはこれは、ベーゼン様。

 私共にも心(・)の余裕でしょうか、向けられる笑顔が気持ちいい」


モーガンの笑みは、若干脂がのっているものの嫌悪感は無い。

商人とはそういうモノだと笑みを返すベーゼン。

彼の後方で粛々と作業するウェイスにも声を掛ける。


「ウェイス様、あまり元気が無いようですがお体は大丈夫ですか?」


ウェイスは背を向けたままコクリと頭を下げ低い声。

礼儀が無いわけではないが何処か闇深い。


「ベーゼン様、お越し頂きありがとうございます。

 作業が忙しいので失礼致します」


ウェイスは、使用人たちに声を掛け倉庫へと姿を消した。

反応に眉を顰めたベーゼンだが、気を取り直しモーガンに視線を送る。

モーガンは、その視線に催促の様な意を感じ取り彼女を応接室へと誘った。






店内は、以前に比べ整頓され無駄に陳列された商品はない。

あれ以来、淑女になりきれない淑女には悪魔は宿らなかった。

階段を上がり、いつもの応接室。

柔らかい皮のソファにストンと腰掛けるベーゼン。

下座に腰かけるモーリスは口元を緩めゆっくりと口を開く。


「ベーゼン様、お待たせいたしましたな。

 お求めの品をご用意いたしました ─────── 」


彼女の欲した商品は人との繋がり。

父の言う所の情報だ。

この度のウェリントンの復活劇は彼女の願いを容易にしたと言える。

知識の女神と知る者は呼ぶほどだ。

今までにない技術、そして手法。

それは全て、彼女の過去の蓄積。

たかだか14,5の少女の知識にしては出来過ぎて入る。

しかし結果が全て。

モーガンも彼女の希望を容易く提供できるのはソレが在るからだろう。

決して領主の娘だから手に入ったわけではない。

モーガンは一通り話し終えると、何数かの手紙を渡す。


「ベーゼン様、これは貴女のお力になります。

 ですが、もっとお手っ取り早い答えもございますが・・・」


手渡された手紙を大切に肩掛けに納め笑みを浮かべたベーゼン。

しかし、歯切れの悪い言葉に首をかしげる。


「それは、何ですか? 聞かせて頂いても?」


目の前の豪商は紅茶を一口含み、部屋の外に呼びかける。


「ウェイスを呼んでくれ。大切な話がある」


小間使いの声は歯切れよく返り、足音だけがそこに在った。

モーガンはそれを確認すると視線をベーゼンへと向ける。

そこには、今まで感じたモノはない。


「ベーゼン様、情報とは輪の中にいるから手に入るのです。

 如何ですか、商家に嫁がれては?

 貴女の才は貴族には勿体ない。

 貴方を迎える為ならば、全てを白紙に戻してもかまいませんぞ」


モーガンは、温度感を感じ圧を下げた。

表情を少しだけ和らげたベーゼンを確認し言葉を続ける。


「まぁしかし、私ばかりが急ぎ押し付けてはいけませんな。

 先ほど流通についてご質問されましたが、

 私はウェイスを講師にと考えております」


信念のような感情は彼の口調に自信の様な風格を与えた。

圧に押され込まれる様にベーゼンから返る言葉は弱い。


「ウェイス様ですか・・・問題ございませんわ・・

 ですが、モーガン様のおっしゃる”嫁ぐ”は・・・

 両親の意向もございますので考えさせてください」


モーガンは獲物を見つめる様に口元を緩める。

そして遠くから聞こえる足音に意識を移す。


「では、講師はウェイスということでよろしくお願いします。

 教える事はアイツにも良い影響を与えます故よろしくお願いしますよ」


タイミングを計ったように扉の前で止まる足音。

丁寧だが強い打音と若いバリトンボイス。


「商会長、ウェイス参りました」


モーガンから促され静かに開く扉。

現れた表情に先ほどの様に影はない。

その姿を満足そうに眺める豪商。


「ウェイス、話した通りだ。

 ベーゼン様を頼むよ。

 いいな、お前がお教えするんだ。 期待しているぞ」


言葉を残し、モーガンは応接室から退席する。

部屋には、沈黙とぎこちない空気だけが漂う。


視線は合うことはない空間で動いたのはベーゼン。

目の前の男は、視線を地面へ落し立ち尽くしていた。


「ウェイス様・・・」

 あなたの御父上より流通について貴方からと伺いましたわ。

 是非わたくしにあなたの知識をくださいまし」


ウェイスは俯き暗い表情のままだ。

彼は自視線を合わせることなく呟く様に声を返した。


「俺程度がベーゼン様にモノを教えれるとは・・・」


濁っていく空気は先ほどに増し重い。

かと言ってベーゼンもまたこれでいてコミュ障。


「ウェイス様、商才ない私から見てもモーガン様が言うよう・・・

 貴方は能力のある優秀方だと思いますわ

 お願いします、ウェイス様」


彼女の手札には褒める他に打開策は無かった。

それから重い空気だが彼の講義が幾日か続く。

あの時は無かった時折訪れる組合長の娘。

数カ月前と同じ部屋なのに居心地の悪い空気。

場違いな笑みを浮かべるモーガンは二人の距離を更に遠くへと。


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