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無駄な知識は裏切らない

ウェリントン商会の応接室に3つの人影がある。

一つは相変わらずの表情を浮かべる女性、そして残るは商会の男共。

そこに在る小太りの男性は、組合で見せた悲壮感など微塵も感じさせない。


「ベーゼン様。ありがとうございました。」

 我が商会の危機が去り、その上好転したのはベーゼン様のお陰です。

 あぁ・・・その闇深い笑みが女神の祝福にも思えますぞ」


浴びせられる罵倒の様な称賛にベーゼンの視線は重い。


「フフフッ、モーガン様、殴りますよ」


「ハハハッ、冗談ですぞ。

 しかし、我が商会に幸運を呼び込んだ女神というのは本心です。

 本の蟲と呼ばれたベーゼン様の知識がこれ程とは恐れ入りますな」


「フフッ、本の蟲・・ね」


ベーゼンは、ここ一月程の事を思い出す。

あの時もこの部屋だった。

今でこそ笑い話ぐらいにはなりそうだが当時は深刻。

モーガンから開示された経営悪化の原因。

その要因の一つと言えるウィリスの失態とモーガンの甘い管理。

笑顔で思い出を語るモーガン。

それを聞くベーゼンの表情は次第に疲れを見せた。

商会長の話が終わると扉の前で控える愚息はため息と共に口を開く。


「オヤジ、あれは本当にすまないと思っている。

「俺が・・・俺が、アイツらの言葉に乗せられたばっかりに・・・・」


項垂れるウェリスに歩み寄るモーガンは、息子の肩に手を乗せる。

そして、首を左右に振り声を掛けた慰めた。


「悔いる事が出来ている者を責めはしないよ、ウェリス。

 時世が悪かったのだ・・・食糧品の仕入れも高騰した挙句、国へ無償献上だ。

 別で補填ができなかった事も良くはない・・・私の責任でもあるのだよ」


「オヤジ・・・・・」


そこには親子愛が溢れ、咽返る様な空気が漂う。

それでもと、ベーゼンは咳払いでその空気に割って入った。


「ううんっ、いいですかモーガンさん」


「これは失敬・・・して次なる策をお聞かせいただいても?」


視線がベーゼンへと集まる。

この状況は願ったり叶ったりだ。

しかし、父の教えとは少し手順が異なった。

懐に食いついたのは一緒だが、むしろ相手の弱みに付け込んでいる。

だが、ベーゼンは止まらない。

そこには、この世界には無い確固たる知識と技術があるからだ。

ベーゼンは、モーガンに羊皮紙を用意させ十数年勉強した言語を書いていく。

だが、記されている文字は美しさは無いが読めない訳でもない。

しかし、モーガンはそんな些細なことは気に留めなかった。

むしろ、そこに記される内容に感動すら覚え、感化のため息を漏らす程。

ベーゼンが羽ペンを置き、カップの紅茶に口を付ける。

そして一息吐き、笑みを浮かべた。

そこには、あの悪魔は存在しない。

何処までも透き通るような笑みに闇など在りはしないのだ。

商人の一人は優しく、そして敬意をこめ頷く。

残る一人はその笑みに飲み込まれた。


「ベーゼン様、あなたは素晴らしい。

 この様な知識は、鉱物を商材として扱う我々でも持たないモノでした。

 水で石を切るなど考えた事も無かった・・・

 その上でこの新たな製法だ。

 貴女は何処まで物事をお考えかと・・・・

 私共、いや石工たちですら考えなかった製法だ・・・」


子供の様に目を煌めかせる豪商、そして、”ま(・)た(・)だ(・)よ(・)”とうんざりするその息子。

目の前の女性には彼らを感動させるだけの価値がある。

それは、いくら出しても叶わないと思えるほどだ。

ベーゼンは、ペン先で記載された一部を強調する様にチョンチョンとつつく。


「其方は本質ではありませんわ。本質は此方です」


目の前には、先ほどまで存在した女神は居ない。

居るのは悪戯な笑みを湛える悪魔だけ。


「フフフッ、損など無いのだから乗るわよね、モーガン様?」


「ええ、ええ、乗りますとも、乗らせてくださいベーゼン様」


そこに、鼻の利く馬鹿は現実を引き込んだ。


「しかし、これがどう価値に変わる?

 飢饉でも石は喰えないぜ・・・」


更に口角が上がる聖女然とした悪魔。

脳裏には宝石などその筋の碌でもない心当たりがある。


「フフフッ、ウェイス様。

 商売など価値のないモノを有る様に見せてた事がはじまりでなくって?」


問に問いで返され眉を顰めるウェイスだが、彼女のそれに返す言葉はない。

事実、ウェイスは他人の言う価値を信じたが為に全てを失いかけた。

彼は深く頷き女史にもう一度問い返す。


「確かにそうだろうな・・・

 ハハッ商人なんて言葉巧みに生きる詐欺師みたいなもんだよ。

 じゃぁ、アンタはどうやって、その詐欺をコイツで行うんだ?

 こんな時世じゃ当代の大豪商でも売れないぜ?」


悪魔は二匹の羊に優しく、そして静かに囁く。


「貴族には既に売れたわよね。

 フフッ、こんな話があるわ・・・

 価値はね、作るモノなの。

 あの石は透明だけど小汚い。

 だから削って磨いて整えるた・・・・

 結構苦労したわよ」


モーガンは頷き視線を鋭くさせ、ベーゼンの言葉に合わせた。


「それは、生製品としての価値ですね・・・・

 ですが・・いや、それでこの記載か。

 ベーゼン様、あなたは何処までの行きなさる・・・・

 領主の娘なんぞにしておくのが惜しい。

 ウェイス、ベーゼン様のお考えがお前にはわかるか?」


趣向に浸る父の笑みに満ちた表情に対し、ウェイスのそれは暗い。


「作るったって・・・

 たかが切って磨いた石ころ、食えもしなけりゃ、獣も狩れねぇ。

 ただの中級魔石だ・・・

 ルビーやサファイア、パールにだって同等かそれ以下だ。」


嘆く様な言葉は自問しているようにも聞こえた。

その事は、父モーガンもベーゼンですら理解できる程だ。

しかし、今の父は酔狂な趣向人。父親の父性は成りを潜めていた。


「お前は、鼻は利くが思慮が足りん。

 我々が生み出すのだよ・・・

 そうでしょ、ベーゼン様」


「フフッ、分かってるわねモーガン様。

 さすがは一代で商家を大きくした方ですわ」


笑みを浮かべた悪魔は、ウェイスに視線を移し恍惚な表情で話を進めた。


「ウェイス様、宝石に規格を設けるのです。

 繊細な形、重さ、色味、そして透明度」


「規格ですか・・・しかし俺達が謡ったところで・・・・」


背を丸め俯く息子に父は檄を飛ばす。


「まだ、思考が足らんぞウェイス!

 先日の品を基準に王へより良いモノを献上する

 後は新たな献上品を基準とし貴族共の射幸心をあおるのだ」


目配せする中年の笑みに応えるベーゼンも碌な表情ではない。


「さすがは、モーガン様。

 後は私などでは無く、あなた方の畑ですわね」


笑みを浮かべたベーゼンはカップから最後の一口を飲み干す。

そしてソファーに優しくゆっくりと深く腰掛けた。

同じような表情のモーガンもまた椅子に腰かけベーゼンに視線を合わせる。

そしてゆっくりと唾を飲み込み、彼女への最後の回答を出す。


「わかりました。 成功の暁にはベーゼン様がお求めの品をご用意いたします。

 ウェリントン商会は、貴女様と末永くお付き合いしたいものです。」


「私もよ、モーガン様・・・・・

 でも、お父様には内緒よ。」


「もちろんですとも。我が商会はお客様の情報は一切漏らしません。

 それがお客様の身内でもです。」


ベーゼンは、満足そうな少女然とした笑みを浮かソファーから立ち上がる。

そして、彼らに別れを告げ家路に着いたのだった。

時は経ち、撒かれた種は実りを迎え、商会は今まで以上の生活を手に入れた。

しかし、光あれば影りもある。

笑みの輪の中心で闇を抱える者がそこにはあった。


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