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エピローグ 彼は意気踏々(いきとうとう)たる凱旋のギャロップを踏む

「で、結局、昨日はどっちが勝ったんだ?」

 あの遊園地から数日後、何事もないように穏やかな学校の昼休み。

「うーん、未名かなぁ……」

「あれ? 昨日はチェスでも将棋でもなくて、ボードゲームだったんじゃないのか?」

「──響君も失礼ね。わたしだって、ボードゲームのたびに負けているわけじゃないわ」

「最近は、未名も強くなってきて……もう、あたし勝てないよぉ……」

 香澄がくすん。

「まぁ、元々チェスとか将棋とか強いんだから、頭使うゲームは未名がやっぱり……」

「ひーちゃん! それじゃ、まるであたしが頭悪いみたいじゃない!」

「相対的な話だよ。香澄の方が未名よりも──ほら、成績は良くないじゃない?」

「むむむ……あたしも決して悪い方じゃないんだけどなぁ……未名が良すぎるんだよ!」

「まぁまぁ、香澄。ほら、ダイスを使ったりするゲームは、あなたの方が得意じゃない?」

 むーっとふくれ出した香澄を、未名がなだめる。

「ま、まぁね! あたしには、運の女神様がついてるから!」

「それじゃあ、まるでわたしには運がないみたいじゃない……確かに、クジとかそういうのはあたったためしがないけど……あ、でも、響君の隣の席になったんだから、クジ運は悪くないのかな?」

「むーむーむー! それじゃあ、あたしが無駄なところで運を使ってるみたいじゃない!」

「あら? 無駄なんて言わないわ。ただ、運が悪いわたしでも、重要なときは外さないんだなぁ、っていうだけ」

「く、悔しくなんかないんだからねっ!」

 俺の隣の席になるかどうかを、運のものさしに使うのもどうなんだろうか?

「──そういえば、響君はゲームとかしないのかしら?」

 と、未名が俺に尋ねる。

「あ、そういえば、あんまりやったことなかったなぁ……」

「まぁ、幼馴染みで同じクラスと言っても、最近はあんまり遊んだりしてなかったしなぁ」

 香澄とよく遊んでいた頃──小学生の頃は、ボードゲームよりも、テレビゲームで遊んでいた記憶がある。ボードゲームなんかやるのは、お正月とかそういうときで、お互いに家族が集まったりして、すごろくなどをやるときくらいだったなぁ。──すごろくって、ボードゲームの範疇に入るのか?

「──よしっ! それじゃあ、今日はひーちゃんも一緒にやろ!」

「そうね。たまにはそれも良いわね」

「えっ」

「どうせひーちゃん、また暇なんでしょ?」

「勝手に決めるな」

「毎日を無駄に浪費していくなんて、さみしい青春の使い方だと思わない?」

「人の青春をさみしいものだと決めつけないでいただきたい」

「でも、別に予定がないのはほんとでしょ?」

「ま、まぁ……いつでもどこでも誰から誘われても良いように、予定が入ってないのは確かだな」

「で、そうして予定を空けていて、本当に誘われたことはあるのかしら?」

「──すいません、ほとんどないです。むしろ、こうして誘ってもらえて嬉しいくらいです」

「素直なのはいいことだよー」

 香澄が俺の頭をなでなで。

「ぬぅ……何かものすごく屈辱的な気がするけど……」

「女の子の好意を素直に受け取るのも、男の子としては大切なことよ?」

「好意と言うより、いいように遊ばれてるだけな気もするんだけど……」

「まぁまぁ、あんまり気にしない方が良いんじゃないかしら?」

「気にするな、と言われてもなぁ……」

 若干、周囲の視線が痛いし……

 周りの評価が、二股かけてあきれられたバカから、女の子二人に遊ばれてるおもちゃに格下げされてる気がするし。──いや、格下げなのか? 格は下がってないかもしれないな。ただ、どちらにしても、羨ましい、というのではなく、あーまたやってるーくらいの扱いになっているのは確かだな。

「本当に、仲いいですねぇ」

 近くの席では、喜久さんもそう言って笑ってる。

 ──未名に負けて、『アリス』としての能力を失って何日か休んでいた彼女だけど、学校に戻って来てからは、まるで憑物が落ちたかのように、今までは見せなかった笑顔を見せるようになっていた。

「──これが仲良いように見えるのであれば、喜久さん、メガネ変えた方がいいよ?」

「あら。このメガネ、この前の休みに変えたばっかりなんですよ? ──一之蔵君なら、気がついてくれると思ってたのに……」

 え、どうしてそこで沈んだ顔を見せるの?

「あー、ひーちゃん和泉いずみちゃん泣かせたー」

「──本当に響君は鈍いわね」

 え、え。

「まぁまぁ、きっと一之蔵君には、二人しか見えてないんですよ」

 いや、その喜久さんのフォローもなんかおかしくない?

「そうだったらねぇ……」

「ふっ、響君がそんなわけないじゃない。ただ単に鈍いだけよ」

 俺、二人になんか悪いことしたかな?

「まぁ、でも──」

「そういうところが良いんだけどね」

 しかし、とりあえず、俺は許してもらえるみたいで。

「それに、ひーちゃんはあたしの『キャロル』なんだしね」

「なによ、その『あたしの』って。響君はわたしの『キャロル』なのよ」

 いや、俺、二人の所有物とかそういうのじゃないはずなんだけど。

「それじゃあ、今度こそ、決着を着けるよ!」

「うふふ、受けて立つわ」

 それでも、三人でこうやってわいわい楽しむ日常っていうのも良いんじゃないかな? って思う。

 どんなことがあろうとも、三人なら、きっと乗り越えられる。

 世界を変える力とか、世界の平和に責任をとか、大きすぎて良くわかんないけど、この穏やかで、楽しい日常を大切だと思えるなら、きっと大丈夫だろう。

 そう、思えるんだ。


 §


 久しぶりに彼女が訪れてきたとき、私はバルコニーでアメリカの出版社が発行しているニュース誌を読んでいた。

「何を読んでいたのかしら?」

「久しぶりに会って挨拶がそれなの?」

「ご機嫌麗しゅう、わたしの『アリス』──とでも挨拶すれば良いかしら?」

「──冗談です」

 読んでいた雑誌をテーブルに投げ捨てる。

「あなたもそんなの読むのね」

「世界を変えようとする力を使うことになるのだから、その世界のことは知っておかないと」

「まるで、技術書を読む技術者のような言い方ね」

「──エンジニアがその技術によって世界を変えると言うのなら、私は『アリス』の力で世界を変えるだけです。そこには何も違いがないと思います」

 自分の能力を使って、自分ができる範囲で世界に変革を起こす。

 より良い世界になるために。

「それは良い心がけね」

 彼女は、私の隣の椅子に腰を下ろす。

「それで、今日はどういう用ですか? まさか、ただこうして話すためだけにいらっしゃったのではないでしょう?」

「そう言わないでよ……あなたとこうして話すのも、わたしの目的のひとつなのだから」

「個人的な目的ですね」

「ええ。個人的な、ね……組織的な目的は、これ」

 そう言って、タブレットを取り出し、私に渡す。

「これは──」

 渡されたタブレットに表示されていたのは、あるレポート。

「極東担当から、応援要請があったの。あなたの担当は『従わぬアリス』に対する処置」

 レポートをめくると、二人の少女の顔写真。

「彼女たちが『従わぬアリス』?」

「ええ。あの『ジャバウォック』を倒すくらいの力は持ってるらしいわ」

 へぇ、あのジャバウォックを……まぁ、いくら私が生み出した幻想の獣とはいえ、私がその場にいなかったのだから、倒されたとしても不思議はないけど。

「この男は?」

 レポートの男の子の写真に目を留める。

「彼? どうやら『キャロル』らしいという情報が入っているわ。詳細は不明」

「彼が『キャロル』……」

 その、短い黒髪の男の子から目が離せない。

「──もしかして、惚れた?」

「直接会わないと、何とも言えないです」

「少なくとも、顔は悪くない、って言うことね」

「──それでも良いです」

「大丈夫、直接会う機会はすぐに訪れるわよ」

「そうですね。私が私の仕事をまっとうするつもりなら、いずれは彼に会うかもしれませんね」

 遠い空の向こうにいる『キャロル』──

「『ヒビキ・イチノクラ』……」

 その名前を、私は胸に刻み込んだ。


"Paradigm Lost/Gyre" is over.

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