5 おお芳晴(かんば)らしき日よ!
そして、次の日曜日。俺はなぜか山の上にある遊園地に来ていた。
「さーて、ひーちゃん。今日はいっぱい楽しもうね!」
「いっぱい楽しい休みにしましょうね」
周囲には、疲れた顔をしながらも子どもたちを連れているお父さんとか、ちょっと子どものころを思い出して懐かしい気持ちになろうとしている大学生カップルとかで、遊園地の入場口近辺はにぎわっていた。
「いやぁ、ここ、意外に人気なんだな……」
テレビでよくコマーシャルは流れているので、身近には感じているけれど、実際に来るのなんて、小学生のころ以来じゃないかなぁ。
「そうなんだよ? 知らなかった?」
と言う香澄の今日の服装は、ミニスカートにニットをあわせていて、なんか活動的なイメージ。いつものメガネじゃなくて、今日はコンタクトなのが、ちょっとお出かけ仕様なのかもしれないけど、全世界のメガネっ娘好きのお兄さんたちはちょっとがっかりだぞ。
「わたしも、来るのなんて久しぶりだわ。香澄はよく来るの?」
どうやら、俺と同じであまり遊園地にはなじみがない様子の未名は、初秋のお嬢さまといった風情のワンピース。
「よく来るというか……ほら、ちょっと、ここでいろいろイベントとかあるから……」
そう言う香澄の視線の先を追うと、がらがらと大きな荷物を引いた女の子の姿が……
「──こんな遊園地にあんな大きな荷物持って来て、どうするのかしらね?」
俺と同じ女の子たちを見た未名が疑問を口にする。
「そ、そうね……い、いったい何かなぁ……」
──この言い方は、香澄、あの荷物が何か知ってるな。
「さ、さぁ、早く中に入って楽しみましょ!」
このごまかし方、絶対に何か知ってるな。
「そうね。ここで話しているよりも中に入った方がいいわね。さぁ、行きましょう」
未名が俺の右手を引いて歩き出す。
「あ、未名ずるい! あたしもっ!」
香澄も、俺の左手を握る。
「お、おいっ! そんな引っ張るな!」
二人の少女に引っ張られながら、俺は、数年ぶり──もしかすると、十年ぶりぐらいに遊園地のゲートをくぐっていた。
そもそも、どうしてこんなところに来たのか? 発端は、二人が戦った次の日の昼休みにさかのぼる。
「え、遊園地?」
「そ、遊園地。久しぶりに行こ?」
あんなふうに戦って次の日なんだから、二人ともぎくしゃくするかと思ってたら、なんか、その前の日よりも仲良くなってるし、これはどういうこと? なんて考えながらお弁当を食べてたら、香澄が「みんなで遊園地に行こう!」と提案したのだ。
「遊園地ね……そうね、たまにはそういうのも良いかもしれないわね」
高校生だったらもっと遊ばないとね、と未名も同意する。
「響君は何か用事でもあるの? わたしたちよりも大切なものなんてないわよね?」
と、いきなり大変なことを言い出す未名。
「もう、未名ったら……」
ここで香澄の援護射撃! さすが香澄! さすが俺の幼馴染み!
「ひーちゃんに、あたしたちより大切な用事なんてあるわけないじゃない」
え、何ですか? 俺、いつの間にそういう立場になってるの?
「そうよね……響君が一番大切なのは、わたしたちだものね」
あの、未名も、そんな簡単に納得しないで……というより、周りのクラスメイトの視線が痛いんだけど……あ、なんか、「おいおい、もう既に尻に敷かれてるぜ?」「やっぱり、二股なんてやるから……」とかぼそぼそ話してるのが聞こえてるんだけど、それは事実とは異なっているので訂正したいけれど、今は何を言っても説得力皆無なので、ただ黙って誹謗中傷に耐えるしかないこの身が辛い。
まぁ、実際に用事なんてものはなくて、一日だらだらするんだろうなぁ、と思ってはいたので、こうして女の子二人に誘ってもらえるなんて、男子高校生としては嬉しい限りだったりはしたんだけれど、とは言え、一方的に「用事なんてあるはずない」「自分たちの誘いを断るなんてありえない」と言われると、それはそれで忸怩たる思いがあるわけで、嬉しいような切ないような気持ちで今日の日を迎えたわけだけど、そんな俺の思いは置いといて、
「ほらっ、次はあれ乗ろうよ!」
「ちょ、ちょっと待って……香澄……あなた、本当に元気ね……」
「もう、未名っ! せっかく来たんだから、いっぱい楽しまないと!」
と楽しんでいる香澄と未名を見ていると、そう悪い気はしないどころか、どちらかと言うと、微笑ましくも、嬉しくて楽しい気持ちになるのは、確かだったりする。
「ほらほら! ひーちゃんもぼーっとしないっ!」
「はいはい……そんな、急がなくても、乗り物は逃げないから!」
しかし、ちょっと香澄の元気には負けそうかなぁ……
「──ねぇ、響君。香澄って、いっつもああなの?」
未名も、ちょっと香澄の元気に負けてるっぽい。
「いつもっていうわけじゃないけど……比較的、ああいうテンション高い系かなぁ……」
「そうなの……ふぅ……若いわね……」
「いや、同い年だし」
「あら、わたし、四月生まれだもの。あなたたちよりはお姉さんよ?」
確かに、俺は九月生まれだし、香澄は三月生まれで、未名とは約一年の差があるのか。
「もー、二人ともっ! 急ぐ急ぐ!」
そう言う香澄に、結局俺と未名は振り回されっぱなしだった。
香澄に引きずられるようにして、午前中のうちに園内にあるジェットコースター系三つを制覇し、いわゆるバイキングなどの絶叫系に近い遊具をほぼ乗り尽くして、お昼になる頃には、すっかり疲れきった俺と未名がそこにはいた。
「ここが、絶叫系のメッカじゃなかったことを幸運に思うわ……」
「俺も……」
テーブルにべったりと突っ伏した俺と未名。
「前から、ここ来るたびに乗ろうとは思ってたんだけど、実際に乗るとちょっと物足りないなぁ……やっぱり、もっとびゅーってなったり、ぐるぐるーってなったり、どんっ! って行かないとダメだなぁ」
それとは対照的に、生き生きとした表情を見せているのが香澄。
「あら? 何回も来たことあるっていうから、てっきりここの遊具なんて乗り飽きたくらいだと思ってたわ」
「え? い、いや……その……遊園地って、乗り物に乗るだけじゃないから」
あははーと笑いながら香澄は不自然に視線をそらす。その目の動きを追うと、先ほど入場口あたりで大きな荷物を引いてた女の子たちが、アニメか何かの服装をして歩いているのが見えた。つまりは、そういうことか……
「それにしても、お腹空いちゃったね」
まぁ、そりゃ、香澄みたいにはしゃいでればお腹もすくだろうし、それに付き合わされた俺もお腹はぺこぺこだ。
「それじゃあ、なんか買って来ようか。何が良い?」
と、椅子から腰を浮かせた俺を、
「あ、ちょっと待って」
そう言って未名が呼び止める。
「あ、あのね、わたし、お弁当作って来たの」
彼女がバスケットを出して、テーブルの上で開く。
「おー! おいしそう!」
香澄がじゅるり。
「これは、ほんとにおいしそうだな」
中には、きれいに並んだサンドウィッチ。白いパンの間に鮮やかな黄色の卵だとか、瑞々しいレタスの緑色。柔らかなトマトの赤とか、ハムのピンクも、食欲を刺激する。
「あ、でもでも、あたしも作って来たんだよ!」
そう言って香澄もお弁当箱をあける。
こちらは、唐揚げとか卵焼きとか、おかずがたっぷりと詰まっている。
「香澄のもおいしそうね」
未名が、香澄のお弁当箱を覗き込む。
彼女の言う通り、香澄のお弁当も、メニューに特別なものはないかもしれないけど、とてもおいしそう。別に、今空腹だからおいしく見えてるんじゃなくて、本当においしそう。
「で、ひーちゃんは何かな?」
「まさか、ただでわたしたちの手作りを食べられるなんて思ってないわよね?」
え? そういう流れなの? こういうときって、二人であーんとかしてくれるんじゃないの? いや、前にしてもらったかもしれないけど、ああいうときじゃなくて、今こそあーんの出番じゃないの?
「い、いや、その……と、とりあえず、飲み物買ってくるよ!」
だって、仕方がないじゃない……俺が、そんな器用に弁当とか作れるはずないじゃない……母さんも、「あら、じゃあ香澄ちゃんにおいしいの食べさせてもらわないとね」とか言って作ってくれなかったし……
かわいい女の子──しかも二人! と遊園地に遊びに来て、手作りのお弁当を目の前にするという夢爆発! と言ったシチュエーションのはずなのに、なぜか背中で泣きながら、俺は売店に飲み物を買いに向かった。
そうして、席を離れていた数分。
「はーい、お待たせ。二人とも、アイスティーで良かったよね? っと、なにやってるの?」
三人分の紙コップを持って戻ると、未名と香澄の二人は、サンドウィッチをぱくつきながら、難しい顔をしてテーブルの上に並べられた紙のタイルを眺めていた。
「ありがとう、ひーちゃん。そこ置いといて」
言われるままに、香澄の手元にひとつ、紙コップを置く。
「ええと、未名は……」
「ちょっと、邪魔しないで!」
──いきなり怒られてしまった。仕方がないので、邪魔にならないような場所に彼女の分の紙コップを置いて、俺も椅子に座る。
「──で、何してるの?」
とりあえず、未名よりは余裕があるように見える香澄に尋ねる。
「何してるって……カルカソンヌだよ」
「カルカソンヌ?」
「ほらっ! これでどうかしら?」
と、二人で話してるところに未名が割り込む。
「ほぉほぉ。そこに置いたのかぁ。それじゃああたしは──」
香澄が、布袋の中から、新たなタイルをひとつ取り出す。
「それはっ!?」
香澄が取り出したタイルに描かれた、なにやら中世ヨーロッパの都市らしき城壁のイラストを見て、驚きの声を漏らす。
「あれー? これがどうしたのかな、未名?」
なんか、香澄の意地悪い声。
「くっ、お、置きなさいよ! それを置いてわたしにとどめをさすといいわ!」
誰が聞いたって、強がりとわかる未名の声。
「ええと、それじゃあ……こうしちゃおうかな」
そう言って香澄が置いたのは、
「なっ、まさか、そんなっ!」
既にテーブルに敷かれている、都市のイラストが描かれたタイルの隣。よく見ると、城壁が都市を囲うようにしているが、その城壁が、今、彼女が置いたタイルによって、さらに広げられている。
「あれ? それ、横に置けば閉じた形にできるんじゃない?」
そう置いた方が、なんかきれいに見えるし、良いような気がするんだけど。
「うふふ、甘いな、ひーちゃん! 都市は大きければ大きいほど、点数が高くなるんだよ!」
まぁ、確かに香澄の言う通り、ここで閉じてしまえば、タイル四つ分の都市にしかならないけど、香澄が置いたようにすれば、少なくとも五つ、もしくはそれ以上の数の都市になるだろう。けれど──
「でも、それ、邪魔されたらダメなんじゃ……」
それに、ちょうどそこを閉じる形のタイルがあるとは限らない。
「くっくっく……だからひーちゃんは甘いんだよ……ね、未名」
そう言って、にっこりと笑う香澄が、ちょっと怖い。
「──香澄、あなた、都市を大きくすると同時に、わたしの道路の行き先も邪魔したわね……これじゃあ、そっちの方向に道路を延ばせなくなる……というより、もしかすると、この道路閉じられないんじゃないかしら? そ、そうなったら、もう勝ち目はないわ……えいっ!」
かけ声と同時に袋からタイルを取り出す未名。
そこに描かれていた模様と、香澄の顔を見比べる。その表情がだんだんと重たくなり、香澄をまるで悪魔でも見るかのような表情で見据える。
「あれ? 修道院じゃない! 一発逆転狙えるよ!」
どうやら、それほど悪くないタイルを引いたらしいが、
「──この状況で、どうやって置けっていうのよ!」
あんまり嬉しくないらしい。
「仕方ないなぁ……ほら、ここに置けば、獲得できるんじゃないかな? まぁ、うまくやればかもしれないけど」
香澄が、とあるタイルの隣を指差す。
「──確かに、ここに置けば取れるかも……周りに真っ直ぐなのと右曲がりの道路が出れば……よし! わかったわ! ここで勝負よ!」
未名が、香澄に言われた通りの場所に、そのタイルを置く。が、俺には嫌な予感しかしない。なぜなら、未名が置いた瞬間に、にやりと笑う香澄の表情が見えたから……これは、罠だ……絶対に、罠だ……敵に塩を送るという、正々堂々、武士道に則ったような行為に見せかけた、巧妙な罠だ。しかし、その罠がどういったものかは、今はわからない。
「ええと、それじゃあ、次はあたしの番だね……よし、それじゃあ、今のうちにここを閉じておくかな」
次に取り出したタイルで、先ほどの都市を閉じる香澄。
「わたしは……むぅ……これは……」
取り出したタイルをくるくるとまわしたり、いろいろなところにくっつけたりしてなんとかいい感じに置こうと苦労する未名。香澄はその様子を「うーん、未名、このサンドウィッチおいしい! さすがだねぇ」なんて、ものすごい余裕な様子で眺めている。サンドウィッチはそもそもイギリスかどこかの貴族が、カードで遊びながら食べられるようにと考案したらしいので、こうしてゲームをしながら食べるというのは由緒正しいのかもしれないけど、それにしても、こんな余裕な態度を見せられると、判官びいきというわけじゃないけど、香澄よりも未名に味方してやりたくなるのが、人情ってもんだろう。
「あ、ちなみに知ってる? サンドウィッチ伯爵がゲームしながら食べられるようにサンドウィッチを考案した、っていうのはデマらしいよ」
と、俺が知ってる軽いトリビアまで潰しにかかる香澄。これは、いよいよなんとか未名を勝たせてやりたくなってきたな。
「──サンドウィッチ伯爵は海軍大臣よ。そんな、ゲーム三昧できるような暇な人じゃなかったはずだわ。どちらかというと、激務の合間に寸暇を惜しんで食事をとりたかった、というのが真相じゃないかしら? ちなみに、現サンドウィッチ伯爵はサンドウィッチ店を経営してるわ。店の名前はサンドウィッチ伯」
トリビアでは、未名は負けないつもりらしい。タイルを手に悩みながらも、更なるトリビアを重ねてくる。
「へぇ、そうなんだ。それは、いつかはサンドウィッチ伯のサンドウィッチ食べてみたいね。ねー、ひーちゃん」
「そうだな。本物のサンドウィッチとか、興味あるな」
いくら寸暇を惜しんだ、窮余の末に作り出したメニューとは言え、イギリスの伯爵様──しかも、海軍大臣まで務めた人だ。きっと、すごく豪華なサンドウィッチだったのだろう。
「──サンドウィッチ伯が食べていたというサンドウィッチの具はキュウリのみよ」
さすがはイギリス人……
「それよりも、ほらっ、これでどう!?」
未名がタイルを置いたのは、先ほど修道院のタイルを置いた場所の近く。ただ、うまく繋がらなかったのか、修道院を囲むようにはなっていない。
「それじゃあ、ひーちゃんにも、このカルカソンヌがどういうゲームか教えてあげよっか」
袋からタイルを取り出しながら、香澄が説明をはじめる。
「カルカソンヌっていうのは、こうやって交互に袋の中からタイルを取り出して、既に置かれているタイルと柄が繋がるように置いていくゲームなの。置いたタイルの上に、この手下コマを置いて、その地形の所有を宣言。タイルを置いていって、道路の両端が閉じたら完成で、一枚につき一点、都市は二点、というのが基本ね。さっき未名が置いた修道院は、周りを囲んだら九点になるから、十分に逆転が狙えるタイルね。あと、他にも細かく得点になるのはあるけど、基本はこれくらいで、結構シンプルなルールの割には、どうやって置いていくか? とかの戦術を考えるところもあって、奥深い良いゲームなのよ」
へぇ。聞いてすぐにできそうで、面白そうだなぁ。っと、しかし、もしかすると……
「これって、実は、タイルの柄全部覚えれば、かなり有利になるんじゃないか?」
二人じゃなくて、三人、四人でやればそこまででもないかもしれないけど、二人で対戦する場合だと、どんなタイルがあって、それが何枚場に出ているかを計算できれば、非常に有利にゲームを進めることができるような気がするぞ。
「そそそ、そんな、タイルを覚えるなんて、あたし、そんなに頭良くないよぉ。あははー」
この香澄の反応。こいつ、確実にタイルを覚えているな。
「まさか、香澄! さっき、あたしに修道院を置かせたのも──」
と、未名も、自分がはめられたことに気がついたらしい。
「だ、だから、何のことかなぁ? あ、そうだ、あたし、ここに置こうっと」
そう言ってごまかしながらも、確実に未名のタイルを邪魔するような場所に配置する香澄。
「うっ、そんなところに……」
もうすでに泣きそうな未名。
結局、最後まで未名は修道院の周りをほとんど囲うことができず、勝負は香澄の圧勝に終わった。
「それにしても、何だってわざわざ遊園地に来てまでゲームなんか……」
二人の熱戦に見蕩れて忘れていたけど、俺たち、遊園地に遊びに来たんだよね?
「──これで、三勝三敗の五分ね」
「まぁ、仕方がないから、午後も二人でひーちゃんと遊ぼうね」
二人は、俺の質問に答えようとしてくれない。
「三勝三敗って、二人で何回もやってたのか?」
さすがに、さっき俺が飲み物を買って戻ってくるまでに、そんな時間はなかったと思うけど。
「昨日、未名のうちに遊びに行ったときに、ひーちゃんを賭けて勝負したんだけどね。未名って、チェスとかすっごく強いのよ!」
「でも、カードゲームは香澄の圧勝だったじゃない」
「うーん、ルールがシンプルなのは得意なんだけどなぁ……」
へぇ、未名はチェスとか、そういう頭を使うのは強そうだし、香澄があまり頭を使わない──シンプルなものが強いって言うのも、納得できるな。──それにしては、さっきのカルカソンヌでタイルを覚えるという頭脳プレイをしてくれてたけど。
「って、俺を賭けてってなんだ!?」
「だって、ひーちゃん、あたしたちにケンカするな、って」
「そうよ。だから、ケンカしないで勝負を決めるために、ゲームで白黒着けましょう、ってことになったのよ」
いや、確かに、こういうゲームなら二人とも怪我しないから良いかもしれないけど、そこでどうして俺を賭けようってことになる?
「やっぱり、賭けるものがあった方が、勝負に気合いも入るってもんだよね」
いや、そんな明るく言われても……
「何も賭けないで勝負するなんて、わたしの主義に反するわ」
いや、そんな未名の主義なんて、俺、知らなくても良かったかも……
「そんなわけで、ちょうど三勝三敗になったし、今日は三人で仲良くしようね、ひーちゃん!」
「そうよ、まだまだ時間はたっぷりあるんだから、楽しみましょう」
二人に言われなくても、そもそもそのつもりだった俺に、異論なんてあるわけなかった。
§
午後からもゆっくりと──とは言えないかもしれないけど、わいわいと三人でああだこうだ、あっちこっちと乗り物乗ったり、慌ただしくも楽しい時間を過ごして、最後くらいはゆっくりしようと、観覧車から遠くともり始めた街の灯りを眺めていた。
「あー、楽しかったけど疲れたね」
「もう、一番はしゃいでたのは香澄じゃない」
そう、隣り合った二人が話しているのを向かいから眺める。
そして、どこか不思議な気持ちになる。
もし、彼女たちが『アリス』の能力に目覚めなければ。俺が、『キャロル』の能力を持っていなければ。そうすれば、ここでこうしていることはなかっただろう。香澄とは、幼馴染みということで、たまにはこうして遊園地に遊びにくることもあったかもしれないけど、きっと未名とは、ただのクラスメイトで、たまたま席が隣になっただけで、また席替えをすればただのクラスメイトになって──ただ、それだけで過ぎていくだけの関係だっただろう。そして、何年かあとに同窓会で会ったりして、きれいになったねーとか、あのころちょっと気になってたんだ、とか、あんまり思ってないようなことを言ったりして……
考えれば、それが普通なのかもしれない。
でも、今はもう普通じゃない関係になってしまった。
彼女は──彼女たちは『アリス』で、俺は『キャロル』。『アリス』と『キャロル』の存在がこれから先にどのようなことに巻き込まれるかはわからないけど、その存在が、この世の中の『幻想』を具現化して、『現実』に定着させるのであれば、平穏無事に何事もなく、なんてことはあり得ないだろう、っていうことは、いくら俺だって理解しているつもりだ。きっと、今まで想像もつかなかったようなことに、これでもかってくらいに巻き込まれるんだろう。なんせ、未名も香澄も『アリス』がどんな存在で、何を求めるのか? というのを本能的に理解しているというのに、俺ときたら『キャロル』とはいったいどういう存在で、何のために存在しているのかわかってないっていうんだから。
「──響君、何考えてるのかしら?」
「ひーちゃんのことだから、どうせあたしたちに見蕩れてたんでしょ?」
でも、これから先どんなことがあろうとも、今、目の前で微笑む未名と香澄の二人は大切に守っていかなきゃいけない、ということだけは確実に理解していた。
「見蕩れてるって……香澄はいつからそんな自信家になったんだか……」
「だって、未名があたしのことかわいいって言ってくれるんだもん!」
「はぁ……未名も、香澄はすぐ調子に乗るんだから……」
「あら。わたしはただ事実を冷静に述べてただけよ。男子の間でも、香澄は人気あるんでしょ?」
「まぁ、別にないわけじゃないけど……」
「えー、でも、そんなこと言ったら、未名だって人気あるみたいだよ?」
確かに二人とも人気があると言えばあるかもしれないけど、みんな、まさか二人がライフルをぶっ放したり、魔法少女になったりとかなんて知らないだろうな。
そう考えると、それを知ってる自分がちょっとだけでも優位に立ってるみたいで、少しだけ嬉しかった。
§
いろいろ考えているうちに、観覧車の一周が終わる。
長いようで短い、満足したような、少し物足りないような、そんな絶妙な時間。
「あれ?」
ドアを開けて外に降りた香澄が疑問の声をあげる。
「──これは……」
未名も、何かに気がつく。しかし、遊園地におかしいところはない。薄やみに包まれた園内を、メリーゴーラウンドはきらびやかに光りながら緩やかに円環を描き、のたうつ龍のような肢体のジェットコースターがスポットライトに照らされている。
けれども、
「誰もいない?」
そこにいるはずの人が、ひとりもいない。
さっきまで笑っていた家族連れも、愛を語らっていたカップルも、コスプレした女の子も、遊園地の係員ですらいない。
「みんな、どこ行っちゃったんだろう……」
香澄が不安そうな声を出す。
「違うわ……みんながどこかへ行ったんじゃない。わたしたちが違う場所に引き込まれたのよ」
未名は、そう言って周囲に鋭い視線を投げる。
「──ようこそ、アリス。ようこそ、キャロル」
コーヒーカップの列の中に、ひとりの男が立っていた。
未名が、無言のまま拳銃を彼にポイントする。
「まぁ、まずはその銃をしまってもらおうか」
男が、白手袋に包まれた指をぱちんと鳴らすと、未名が持ったベレッタが虚空へと消える。
「なっ!?」
「──人類の歴史は、想いの歴史。連綿と続く、想いの歴史。幻想を紡ぐ人々、幻想を形にする『アリス』、そして、作られた幻想を現実のものへと転化させる『キャロル』……アリス、キャロル、これらの名前が作られる前から、紡がれた歴史。つまり、名が先にあったのではなく、事象が先にあったのだ」
そう語りながら、コーヒーカップのステージを降り、こちらへと近づいてくる。
絵画とか古い写真で見たことがあるような、古いヨーロッパの服装も、彼の奇妙な口ぶりには、違和感を覚えない。
「それでは、果たして『アリス』そして『キャロル』とは自然発生的事象であるのか? さぁ、君はどう考えるかな、一之蔵響君」
「──誰かが作ったなら、それが生み出された瞬間、作り出された瞬間から名前がつけられるはず……だから、自然に発生したんじゃないのか?」
「ふむ……それは、一方では正解でありながら、現状を正しく認識しているとは言えない」
男はそう言って、砂色の短い髪を撫で付ける。
「確かに、その能力、存在自体は、自然発生的だったかもしれない。しかし、それに『アリス』『キャロル』と名前がつけられた時点で、その事象は元の事象から変質し、新たな『アリス』『キャロル』という事象へとその層を転移させたのだ」
「それで、何が言いたいのかしら?」
先ほど銃を消されたからか、未名は徒手で彼を見据えている。
「つまり、自然発生的だった『アリス』『キャロル』は、名がつけられた時点で、それと名付けた者たちによって管理されることになったのだ。名をつけるという行為は、それを己がものとして所有することを示す。それを、規定し定めるのだ」
「つまりは、あたしたちを管理しようっていうこと?」
まだ魔法少女に変身していない、ミニスカート姿のまま、ずいっと進み出る香澄。
「──君たち『アリス』は不思議に思ったことはないか? 疑問に思ったことはないか? この世界に、いったい『アリス』としての能力を持っている少女は何人いるのか? 彼女たちはどこにいるのか? 全世界に無数に散らばる『アリス』たちとの間に、どうやって決着をつける? この世界のどこにいるのかわからない『キャロル』とどうやって出会う? ──まぁ、今、そこにキャロルがいるのであれば、最後の問いは無意味かもしれないがな」
香澄も、未名も、彼の問いに答えることができず、ただじっと彼を見つめている。
「よろしい。この私がその問いに答えよう。『アリス』は全て管理される。それが故に、全ての『アリス』はお互いを認識し、その『幻想』を戦わせることができるのだ。この日本、そして、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ──どこにいようとも、『アリス』は皆我らが手のうちにいるのだ。その『アリス』の力、我らが適切なときに、適切な場所で、適切に使うのだ。そうして、この世界は守られるのだ」
「ええと、結局、わたしたちに自分のところに来いとでも言うのかしら?」
「うーん、ナンパとしては、あんまり惹かれないなぁ……」
二人の言う通り、この男、あんまり信用できないというか、すごくうさんくさいぞ……
「勘違いしているようだな。我らの想いを叶える『アリス』はひとりいれば良いのだ。それ以外の『アリス』など、不要。君たちは、不要なんだよ」
男が、またパチンと指を鳴らす。
空気が歪み始め、ぼんやりとした陽炎が、だんだんと形をとりはじめる。
「さぁ、その力、渡してもらおうか……」
空気が固まり、その組成を変える。酸素が、二酸化炭素が、窒素が、原子まで──いや、陽子、電子、中性子にまで分解され、莫大なエネルギーによって、新たなる原子へと姿を変え、原子が結びつき、反応を連鎖させ、ひとつの形を作り出す。
「往け、幻想が作りし、この世ならざる現実の化身──ジャバウォック!」
くおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!
化け物の咆哮に、空気が震える。
空飛ぶ化け物が、二人に向かって、その爪を振り下ろそうとする。
「香澄っ! わたしが時間を稼ぐから、その間に変身してっ!」
未名が、FA−MASをフルオートで連射し、ジャバウォックの注意を引きつける。
「わかったよ! ──ひーちゃんは隠れてて!」
言われるままに、俺は観覧車の陰へと下がるしかない。
「うおおおぉ、まだまだよ!」
未名は弾が切れたFA−MASを肩にかけたまま、手榴弾を投げつける。ジャバウォックの目前で爆発する。その爆煙の向こうから突き出される鋭い顎めがけて、ブローニング機関銃から十二.七ミリ徹甲弾を叩き込む。しかし、現代兵器の装甲すら容易く撃ち抜くはずの弾は、ジャバウォックの固い鱗を貫くことができず、ぱらぱらと落ちていくだけ。
ジャバウォックが、その恐ろしい身体を地面へと降ろし、どしんどしんと地響きをたてながら未名へと迫る。
彼女は、ただひたすらに機関銃を連射する。
砲芯から湯気が立ちはじめる。
「も、もう保たない……」
しかし、それでも銃撃を止めるわけにはいかない。
ぐおぉぉぉぉおおおぅ!
闇の底から響くような叫びと、地獄の悪魔ですら切り裂きそうな爪が、未名に迫る。
「未名っ、伏せて!」
その化け物の横っ面を、光弾がぶっ叩く!
揺らいだジャバウォックの身体に、次々と光弾があたり、爆発を起こす。
「ありがとう、香澄。助かったわ」
「こちらこそ。これで終わったかな?」
くおおおおおおぉ!
そんな期待を、化け物の咆哮が否定する。
瓦礫の中から振るわれた爪を香澄の不可視の盾が受け止めるが、衝撃を受け止めきれずに、そのまま吹き飛ばされてしまう二人。
「くっ……」
「なにあれ……すごく強いよ……」
ぼろぼろになりながらも、なんとか立ち上がる二人。
「どうした? それくらいで終わりか? そんな能力ならば、わざわざ私が出てくるまでもなく、じきに他の『アリス』に潰されていたな……そう、君たちがしてきたように」
あざ笑う男。
「でも……」
「負けない!」
「わたしたちには──」
「叶えたい想いがあるんだもん!」
それでも立ち向かう、未名と香澄。
「──そのような脆弱な想いなど、踏みつぶしてくれる! やれ、ジャバウォック!」
ばさりと、ジャバウォックが翼をはためかせる。そこから無数の刃が彼女たちに向かって襲いかかる。
「盾!」
不可視の盾が、二人を守る。
「これでもくらえっ!」
その隙をついて、未名がRPGを放つ。
化け物の口から吐かれた炎が、弾頭を焼き尽くす。
「今度はこっち!」
香澄が、光弾を放つ。
しかし、ジャバウォックがばさりと翼をはためかせるだけで、簡単にはじかれてしまう。
「一発でダメなら、二発!」
双弾が、左右からジャバウォックを狙う。化け物は、上空へと逃れるが、
「ひとりでダメなら、二人で!」
そこを、未名がミニガンで狙い撃つ。
ブウウウウウゥゥゥゥゥゥンと無数の虫が羽ばたくように、彼女が放つ七.六二ミリ弾の嵐が襲う。あわせて、香澄も光弾を連続で叩き込む。
やがて、未名のミニガンはからからと音をたてて、弾が切れたことを示し、香澄も疲れきったのか、肩で息をしていた。
そして、爆煙がはれた向こうのジャバウォックは──
「それはちょっと反則だよぉ……」
香澄の顔に絶望の色がさす。
「これ以上、どうしろって言うのよ……」
未名の顔に、あきらめの表情が浮かぶ。
クオオオオオオオォオォ!
恐ろしい叫びは、揺らぐことなく響く。
鞭のようにしなる、恐ろしく太い尾に、二人がはじき飛ばされる。
「未名っ! 香澄!」
思わず、二人に駆け寄る。
「だ……だめじゃない、ひーちゃん……危ないから下がってて……」
「な、何を言ってんだよ! もう、お前の方がぼろぼろじゃないか!」
きれいなピンクの衣装は、所々破れて、そこから見える素肌には、血もにじんでいる。
「そうよ……響君は下がってて……あんなの……あんな化け物、すぐだから……」
そう言う未名も、破れたスカートから見えるすらっとした白い太ももから血が流れている。
「下がっててって……そう言われて、ここで下がれるかよ……」
考えろ。
どうすれば、二人を助けられる?
どうすれば、あの恐ろしいジャバウォックに勝てる?
「ふははは。やっと諦めたか? 時間は取らせぬ。すぐに終わらす。我らの『幻想』たるジャバウォックに蹂躙され、その力失うが良い!」
幻想──ジャバウォック……
「──香澄、未名。お願いだから、もう少しだけがんばってくれないか?」
頭の中に、ある考えが浮かぶ。
アイツが、あの化け物が幻想──ジャバウォックであるのなら……
「もちろん、ひーちゃんのためならいくらでも! って言いたいところだけど、本当にもうちょっとだけしかがんばれないかなぁ」
香澄が、
「わたしだって、まだやれるわ。まだ戦えるわ」
未名が、幻想を現実にできるのであれば。
「よし、それじゃあ、これで最後だ。せっかく楽しい一日だったんだから、最後まで笑って終わって、また、明日からも楽しくやろうぜ」
そして、俺が、その現実を定義し、規定し、定めるのであれば、やれる!
「ほぉ、最後は君も出てきますか、一之蔵響君。申し訳ないのだが、君には用はないんだよ」
未名と香澄の間、きっと男をにらんだ俺を、彼の嘲笑が迎える。
「へぇ。『アリス』はいらなくても、『キャロル』はいるんじゃないのか? お前たちの望みを叶えるためには」
「どうやら、君は『キャロル』がどういった存在か、あまり理解していないようだね。まぁ、それも仕方のないことか……よろしい、君たちがほんの少しだけ触れた世界について、少しだけ教えてあげることにしよう。──すぐに、君たちはその世界からこぼれ落ちることになるがね」
そう言って、男は語り出した。
『アリス』と対になる存在──『キャロル』の現在について……
「君たちが知っているように、『アリス』とは特別な存在だ。この世にあまねく『幻想』を、現実世界に形として表すことができるのだからな。『幻想』の力さえあれば、君のように手にしたこともない銃を具現化したり、アニメーションの世界でしか見たことがないような魔法だって使うことができる」
男が、未名と香澄を見る。
「それでは、『キャロル』の能力とは? そう、その『アリス』が具現化した『幻想』を『現実』に繋ぎ止めることができる能力だ。逆に、『キャロル』が否定さえすれば、『アリス』が具現化した『幻想』をかき消すことだってできる。──『キャロル』の意志が、『アリス』の『幻想』を上回ることができれば、だがな」
グラウンドで、未名と香澄を止めたときのことを想い出す。
そう、あのときは、未名と香澄の想いよりも、俺が二人を止めたい、という想いの方が強かった。だから、二人を止めることができた。
「ならば問おう。普通の人間には、『幻想』を『現実』だと認めることはできないのか? 何の力も持たぬ、普通の人間にはできぬことなのか? ──確かに、ひとりでは無理かもしれぬ。しかし、二人、三人──何千人、何万人、何億人の人々が同時にその『幻想』を『現実』だと認識すれば、それは既に『幻想』ではなく、『現実』なのではないか?」
そこで言葉を切り、真っ直ぐに俺を見つめる冷たい目。
「──つまりな、『キャロル』の力など、もう不要なのだよ。『現実』なんて、所詮は見ている者が多いだけの『幻想』に過ぎぬ。我々が『アリス』の力で、人間に『幻想』を見せてやれば、それが『現実』となるのだよ。
だから──君のその力も、我々にとっては、邪魔にしかならぬのだよ、一之蔵響君」
彼が言葉を終えるとともに、ジャバウォックの咆哮が、月夜に高らかと響く。
「わかったよ……さぁ、月夜に化け物退治なんて、絵になるシチュエーションじゃないか、なぁ、そう思うだろ、香澄?」
隣に立つ、凛とした魔法少女の表情を見る。
「うんうん! やっぱり、ラストバトルはこうじゃないとね!」
その瞳は、輝きを消していない。
「未名は……もうちょっと明るい方が、銃は撃ちやすいか?」
もうひとり、側に立つ戦士を見る。
「問題ないわ。これくらいの明るさがあれば十分。それに、夜襲は戦術の基本よ」
そう答える声は、戦意を失ってはいない。
「よぉし、それじゃあ、やってしまおうか……化け物退治だ!」
くおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!
ひときわ高く嘶く化け物。
ジャバウォックの身体が宙に浮く。
「未名っ、対空戦闘をっ!」
「了解! 対空──ファランクス!」
空気がぼぉっと歪み、未名が見た『幻想』が具現化する。
そこに現れたのは、アメリカ合衆国のレイセオン・システムズ社製の艦艇用近接防御火器システム・ファランクス。二〇ミリのタングステン弾が、自動追尾でジャバウォックをしたたかに撃ち据える。
「香澄、『幻想』するんだ! ジャバウォックを斬り裂く剣を! 暴虐な魔物の身体を貫き、その命を刈り取るヴォーパルの剣を!」
そう、ジャバウォックを貫き、滅ぼすのは、ヴォーパルの剣──ルイス・キャロルが詩に記していたではないか。怒めきずり、燻り狂う化け物を倒すのは、ヴォーパルの剣だと。
「よしっ! 幻想……強く、しなやかな、決して折れることのない、勇者の剣──」
空中に光が集まる。
「さぁ、ひーちゃん、手に取って! あたしの──ううん、あたしと未名の想いが創った剣を! 絶対に折れることのない、あたしたちの想いを!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
光を、掴む。
「香澄! もう、こっちは保たない!」
弾丸の雨をかいくぐったジャバウォックが、ファランクスを破壊する。
「ええーい! 未名っ! 今のうちに体勢を!」
香澄の光弾が、ジャバウォックに襲いかかる。
「ブローニング!」
重機関銃の十二.七ミリ弾がジャバウォックを撃つ。
しかし、人間を四散させる力を持つ弾丸でも、化け物は倒せない。
「未名っ! タイミングあわせて!」
香澄が、ステッキに力を集める。
がちゃりと変形するステッキ。
その姿は、もう、ステッキというよりも、アニメに出てくる、光線銃か、魔法の武器のような雰囲気だ。
「──エネルギー充填……完了! よし、行くよーーー!」
「強い武器……最強の武器……これならッ! レールガン!」
ドンっ、と、重たい音とともに、巨大な砲芯が姿を現す。後ろには、巨大なコンデンサがいくつも太いケーブルで繋がれている。
「いっけーーーーー、シュート!」
香澄のステッキから、光の龍が放たれる。
「仰角よし、俯角よし。発射!」
マッハ五の速度で撃ち出される弾丸。
辺りに響く轟音。
三〇メガジュール以上の運動エネルギーを受け止めきれずに、ジャバウォックの身体が揺らぎ、地に堕ちる。
そこへ喰らいつくのは、香澄が放った、蒼光の龍。
ぐおおおおおぉぉぉぉお!
ジャバウォックが、悲痛な叫びをあげる。
その、光に向かって駆ける。
「ひーちゃん!」
「響君!」
両手に握った、二人の想い──ヴォーパルの剣。
「これで、終わりだあああああぁ!」
のたうつ化け物に剣を突き立てる。
幻想しろ!
この剣が、二人の──香澄と、未名の想いが創り出したヴォーパルの剣こそが、幻想の魔物、ジャバウォックを葬ることができる唯一にして最高の武器だと。
固い鱗に、刃が食い込んでいく。
ざくり、肉を斬る感触。
俺を振り落とそうと、ジャバウォックが身体を震わせ、のたうち回る。
でも、離すわけにはいかない。
幻想しろ、幻想しろ、幻想するんだ!
この剣が最強だと。
この剣で、この化け物を葬るのだと。
強く想え!
やがて、化け物の動きが鈍くなり、辺りに光が溢れ出す。
「ま、まさか……あの『幻想』──ジャバウォックを……」
男の声が、遠くに聞こえる。
「あたしのひーちゃんが、負けるはずないじゃない」
香澄の声が、
「あら、いつ響君が香澄のものになったの? 響君はわたしと一緒に戦うのよ」
未名の声が、力を与えてくれる。
「そう、俺は、戦うんだ……そこに、求めてくれる人がいるから、だから、戦うんだ!」
戦うという強い『意志』。
それが、こんな幻想の化け物ごときに負けるはずがないんだ。
パンッ
風船が割れるような、あっけない音をたてて、ジャバウォックの姿は消えた。
後に残ったのは、
「もうこれで終わりかしら?」
FA−MASを真っ直ぐに構える未名と、
「さぁ、こっからが本気だよ!」
ステッキ──というより、もう魔法の武器とでも言った方が良いんじゃないか? というものを構える香澄。そして、
「そういうことだよ。尻尾巻いて逃げるなら、今のうちだぜ?」
輝く宝剣・ヴォーパルの剣を構える俺。
三人を目の前にして、男の表情に焦りの色が見える。
「──そうか……我らに歯向かうというのか。愚かな……あまりにも愚かな」
「愚か? そうかな。俺らは、俺らの想いを叶えるだけ。それだけだ! お前たちになんか利用されてたまるか!」
想うことは自由だ。
それだけは、決して揺るがない真実。
「利用? 保護してやると言ってるのだよ……それを拒むのか」
「保護? 檻の中に閉じ込められた動物になれっていうのか? どこかの『アリス』を使ってお前たちが紡いだ『幻想』の中で溺死しろっていうのか?」
「それが、お前たち──人類にとっての幸せなのだよ……それがわからぬのか?」
「縛られた自由なんて、誰が求めるというんだ!」
「──東欧のひとりの少女が願った『幻想』が、世界を巻き込んだ戦争となった。上海での、少女と少女の出会いが、再び戦争の火種となった。少女が願えば、世界は『幻想』で歪むのだ! 願えば、争いが起こるのだ! 我々は、それを止めねばならぬ。我々は、世界に平和をもたらさねばならぬのだ!」
「路地で泣いていた少女の涙が、この世界に『自由』の意味を教えてくれたの」
未名が言う。
「──ある少女の祈りが、ひとつの国を不幸な呪縛から解き放ったわ」
香澄が言う。
「確かに、『アリス』が世界を良い方向に導くこともあるであろう。しかし! そのためには、我らがその力を適切に使わせる必要があるのだ!」
「適切に使わせる? あなたたちのわがままに使いたいだけでしょ?」
「そう言うのって、ええと、なんて言うのかなぁ……そう、操り人形にしたいだけなんでしょ! あたしは、そんなの絶対嫌だからね!」
「お前たちに──他人が勝手に俺たちの『想い』を束縛する権利なんてない!」
ヴォーパルの剣の切先を男に向ける。
「──そうか、そこまでして自由を求めるのか。世界を破滅に追いやる結果になろうとも、自由を求めると言うのか!」
「おいおい、お前はどれだけ世界を──人間を見くびってるって言うんだ? 自分以外の人間は、みんなバカだとも思ってるのか? 確かに、俺たちはまだ大人じゃない。でも、自分の想いを貫くことの大切さは、十分わかってるんだよ!」
「よろしい。このまま話を続けていても平行線のようだな……君たちが自由を求めるというのなら、それも良いだろう。どんな未来を導くことになったとしても、責任を取るというのなら、それも良いだろう。しかし、我々は黙っては見過ごさぬ。君たちが君たちの信じるものがあるように、我々にも我々で譲れぬ未来があるのだ。我々にも、この世界に責任があるのだよ。それを忘れぬな。想いを通したいのであれば、もがけ、あがけ、そして戦え!」
そして、男は消えていった。
まるで、チェシャ猫がそのにやにや笑いだけを残して消えるように、挑戦の言葉だけをあとに残して……
「ね、ねぇ……勝ったのかな?」
香澄が呟く。
「──もう、敵の姿は見えないわ……勝ったか負けたかはわからないけど、状況は終了したわね」
未名は、冷静に状況を解析する。
「ふぅー、疲れたっ! 疲れたよ、ひーちゃん!」
「あー、はいはい、わかったわかった。そんなに大きな声出さなくてもわかってるから」
「そうね……こういうときは、冷たい紅茶が欲しいわね。頭にターバン巻いたパキスタン兵が持って来てくれないかしら?」
「冷たい紅茶は売店で買ってくるけど、残念ながらターバンは巻いてないな」
「──冗談よ」
「冗談にしては、ものすごくわかりにくいな!」
と漫才をしてるうちに、周りの様子が変わりはじめる。
ジャバウォックの爪に斬り裂かれた遊具が自然と直り始め、未名の銃弾が撃ち抜いた窓が元に戻り、香澄の光弾が焼き払った植え込みに緑が戻りはじめる。
「ぁ……『幻想』が『現実』に戻っていく……」
未名が呟く。
みんなが、『現実』だと認識している、夜の遊園地。
メリーゴーラウンドはきらびやかに、ゆるやかに回り、ライトアップされた観覧車からは、遠くまで夜景が見えて、そこら中に笑い声が溢れてる。
化け物の幻想は遠くに消えて、そんな現実が戻ってくる。
「ねぇ、ひーちゃん」
「なんだ、香澄?」
「ええと、こういうとき、二人っきりだったら、キスとかするんだよね?」
右の頬に感じる柔らかい感触。
「えっ?」
今のは?
「──そうね、映画だったら、ヒロインが主人公とキスを交わす場面よね」
左の頬にも、同じような──そして、ほんの少しだけ違う感触を感じる。
こんな、映画みたいに素敵な現実があるっていうのなら、俺はそれをずっと守っていこうって、そう思ったんだ。




