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4 物想いに耽りて足を休めぬ

 そして、次の日の昼休み。

「──あ、未名、卵焼き食べる? 今日のはおいしくできたんだ」

 朝から、今日は修羅場になる……と緊張していた俺は、

「ありがとう。じゃあ、お返しに、はい、アスパラをベーコンで巻いたの」

「うわー、おいしそう!」

 二人の和気あいあい具合に、思いっきり肩すかしをくらっていた。

 クラスのみんなの反応も、三角関係だと思っていたら、いつの間にか女の子二人ができていて、男が捨てられていたでござる、という感じで、周囲から突き刺さる哀れみの視線というのは、きっと嘘だと信じたい。

「そうそう、今日は、グラウンドで待ってるから」

 和やかな雰囲気の中、香澄が唐突に告げる。

「そう? すまないけど、わたし、正面から真っ直ぐぶつかりなんてしないわよ?」

 一瞬にして二人の間の空気が凍りはじめるけど、それを感じているのは、この場所では俺ただ一人。──あとひとり事情を察しそうな喜久さんは、残念ながら今日は休んでいる。まぁ、昨日の今日で来難いというのもあるのかもしれないし、単純に、まだ回復しきっていないのかもしれない。

「それは全然構わないよ。ただ、今日、決着をつけようね、っていうだけ」

「ええ。それに異存はないわ。今日で終わらせてあげる」

 ええと、二人とも仲良くね? なんて言える雰囲気じゃないのはわかってるんだけど、間に挟まれてる俺のことも、少しは思い出してください……はい……


 §


 夜の学校。

 運動部が練習していたグラウンドも、今は人っ子一人おらず、水銀灯の灯りも消されていて、照らすものはただ夜空に浮かぶ月と星、そして、地上に瞬く遠いビルの灯り。

 そんな中、香澄が纏った魔法少女の衣装は目立っていた。

「さぁ、どっからでも来なさい!」

 ピンクと白を基調とした豪華なフリルだらけの衣装。動きにくいんじゃないかな? と思うけど、「魔法少女に不可能はないのよ!」らしい。いや、高校生であの衣装はちょっときつくないか? と言いそうになったけど、それはぐっと飲み込んで、グラウンドの隅から、威風堂々と姿を見せる彼女を見つめていた。

 そして、未だ姿を見せない未名のことを考える。

 昼の様子からだと、逃げるなんてことは絶対にやらないはず。

 また、彼女の戦い方──銃を使った戦闘というのを考えると、下手に姿を見せるということもしないはず。そう、まずは、遠くからの狙撃──

 ガンっ!

 そのとき、香澄の前の空間で何かをはじいたような大きな音がした。刹那遅れて発砲音。

 ガンっ、ガンっ!

 連続して聞こえる破裂音と発砲音。

「そんな、遠くからの攻撃じゃ、あたしは倒せないよ!」

 香澄がピンクの髪の下から、ぎらりとした視線を投げ掛ける。射抜く先は、校舎の上──屋上! きらりとスコープが反射するのが見える。一瞬の後、マズルフラッシュと硝煙の煙が彼女の姿をかき消す。発砲音が聞こえるよりも速く到達する、音速を超えた弾丸が、香澄が構える不可視の盾に──

「そんな弾、何発当てたってあたしの盾は破れな──!?」

 ガンガンとあたった弾から、炎が溢れ出す。炎自体は盾を破ることはなかったが、熱さに思わず後ずさる香澄。そこを狙って、次々と飛来する弾丸。徹甲弾と焼夷弾を織り交ぜているのか、鋭く地面に穴を穿ったり、炎を吹き出したりと、徐々に香澄を追いつめていく。いつの間にか完全に防戦一方となった香澄が、グラウンドのある一点へと誘導されていく。それはまさに、完全なる狩り──

 パシュウ、と音が響き、狩りの最後を彩る、対人指向性地雷の散弾が香澄を襲う。

 土煙が収まるのを待たずに、十二.七ミリのNATO弾が襲いかかる。

 そして、その土煙が収まったところには──

「なっ!?」

 予想していたのは、倒れ伏した香澄の姿。

 しかし、俺が見たものは──

「いない?」

 何もないグラウンドだった。

「ふぅ、危ない危ない……やられるところだったよぉ……」

 彼女の声が響いて来たのは、遥か上空からだった。

「いやぁ、まさか、あんなに一気に攻められるなんて、あたし、ちょっとびっくりだよ」

 香澄の両足、ちょうど踝のあたりに、小さな羽が光っているのが見える。

 ヒュン、ヒュン、と銃弾の飛ぶ音がするが、地面にいるのを撃つのとは違って、狙いがつけられないのだろうか、香澄にあたる気配はない。

「よーし、それじゃあ、次はあたしの番だよッ!」

 ブンっ、とステッキを振ると、光の弾が屋上めがけて飛んでいく。

 ドンっ! と爆発。

「それそれっ!」

 香澄が放つ光弾が、次々と屋上の未名をめがけて飛び、爆発を起こす。

「──ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

 がらがらと崩れる校舎。これ、ちゃんと直るんだよな……? 不安に思ってしまう。

 しかし、今の俺には、校舎が直るかどうかよりも、あの爆発の衝撃をもろに受けているはずの未名の方が心配だった。

「って? あれ? 未名はどこに……」

 上空から眺めている香澄が呟く。どうやら、屋上には香澄はいないらしい。となると──

 ブウウウウゥゥゥンという羽虫が飛び回っているような音。

「なっ!」

 地上から空中へと伸びる光の帯。それは──七.六二ミリ弾の恐ろしい弾丸の雨。地面に降りた未名が、瓦礫に身を隠しながら、ミニガンを撃ち続けていた。ミニガン──とは言うけれど、決して小さかったり軽かったりするわけじゃなくて、もともとのガトリングガンよりは小さいというだけで、総重量は一〇〇キログラムもあり、毎分三〇〇〇発の弾を吐き出すことができる。もし、一秒でも隙を見せれば、即座に五〇発の弾が叩き込まれて肉片にまで分解されるところだったのかもしれないけど、なんとか盾の展開が間に合ったのか、香澄の前で弾ははじかれている。が──

「えっ、まさか……」

 その盾にもヒビが入りはじめる。つまり、香澄の『幻想』が、未名の『幻想』に負け始めている。

「くっ、そんな銃なんて……銃なんて……」

 もしかすると、香澄の純粋な空想を形にした盾よりも、あくまで現実の武器を元にした未名の幻想の方が、その強度が強い、ということか?

 やがて、ずっと弾丸の嵐に晒されていた不可視の盾が、砕ける。その瞬間、香澄は空中にその身を踊らせる。光の尻尾を後に残した、夜空の高速機動。美しい三次元曲線。未名のミニガンは、その軌跡を追いかけきれず、無駄に弾を吐き出し続ける。そして、逆に、香澄が光弾を放つ。ひとつ……ふたつ……みっつの光弾がそれぞれの軌道を描いて、瓦礫に身を隠す未名を狙う。ひとつは、未名がミニガンで撃墜。しかし、他の二つを叩き落としてる余裕はない。前に飛び込むようにして、二つの光弾が着弾する瞬間に躱す。そのまま前転。

「くらえっ、RPG!」

 くるっと片膝を立てた姿勢になったとき、彼女が肩に構えていたのは対戦車擲弾発射器。ロケットブースターから炎をあげながら、弾頭が上空の香澄へと向かって飛んでいく。香澄は難なく避けるが、

「次っ!」

 地上の未名の周りには、いつの間にか林のように林立するRPG−7が並んでいる。

 撃っては捨て、撃っては捨て、と、次から次へと弾頭が香澄へと遅いかかる。躱しきれなくなった香澄は、不可視の盾で弾頭を受け止める。そこで、大爆発が起こる。爆煙の中から表れた香澄のきれいなピンクだったはずの服は、煤で薄汚れてはいたが、彼女自身には怪我はなさそうだった。良かった──と一息つくひまもなく、未名のRPG−7による攻撃は続く。今度は香澄も躱したり受けるのではなく、光弾で迎撃を試みる。ひとつ、ふたつ、と弾頭が叩かれ、爆発をするが、それにひるむことなく、彼女はだんだんと地上へと迫る。未名も、もはやRPGを構える余裕はないと悟ったのか、武器をFA−MASに持ち替えて、指切りの点射で香澄を狙う。アサルトライフルの五.五六ミリ弾なら盾で受けても大丈夫と思ったのか、香澄は躱したり迎撃をやめて、盾で弾を受けながら一気に未名へと迫る。それはまるで、戦車へと迫る急降下爆撃機のよう。

「ええーい!」

 香澄のステッキを光が包む。がちゃり、とステッキは形を変えて、まるで中世騎士が持つ馬上槍のような形になる。上空からの重力を利用した急降下突撃。香澄と違って、盾などは持たない未名には、躱すことしかできないはず。

「やああああぁ!」

 しかし、未名はその場で、右手に銃把を握り、左手は銃床に添えて、先端に銃剣を着けたライフルを真っ直ぐ香澄に向ける。

 一瞬の交錯。

 香澄の槍は、後に遅れた未名の黒髪をはらりと落とす。

 未名の銃剣は、香澄の服のフリルを切り裂く。

 刹那、背中合わせになる二人。

 くるりとターン。

 打ち合わされる槍と剣。

「ふふふ……剣じゃあたしに勝てないって、昨日見てわかってるよね?」

「昨日、香澄が戦ってたのはわたしじゃないわ」

 つばぜり合い、離れる。

 ライフルを捨てた未名が、腰の後ろから大振りのグルカナイフを引き抜く。

 香澄も、その手に持つステッキの形状を、槍からロングソードっぽいものへと変える。

 刃と刃がぶつかり、火花を散らす。

 香澄が振り下ろしたロングソードを、未名は身体をひねって躱す。そのまま、グルカナイフの刃が香澄へと向かう。ロングソードの刃が、それを受け止める。その次の瞬間にはすでに刃は離れていて、今度は斜め上から袈裟に振るわれている。しかし、それも、ロングソードに阻まれ、香澄の身体までは届かない。

 美しい刃鳴りの音が響く。

 少女二人が舞う、幻想のダンス。

 俺は、どっちが勝つだとか、二人を止めるとか、そういういろいろがどうでもよくなって、ずっと二人の幻想舞踏を見ていたい──この光景を残したい、そう思っていた。

 横から薙ぐロングソードの斬撃。受け止めるグルカナイフ。

 受け止められた反動を利用して、香澄がくるりとターン。

 前を向いた彼女が手にしていたのは、二本のグラディウス。

 そう、一瞬で彼女は自分が持つ武器の形を変え、両手に刃を持っていたのだ。

 香澄が右手に持ったグラディウスが、未名の右半身を横から狙う。きれいな円環を描いた軌跡を、未名のグルカナイフが受け止める。しかし、左手のグラディウスはその動きを止めることなく、未名の喉元へと突きつけられる。

 これで、勝負あったか? と思った瞬間、俺は、香澄の眉間に突きつけられたベレッタの銃口を見ていた。拳銃を持つのは、未名の左手。

 二人の動きが、止まる。

「──やるわね」

「未名こそ」

「でも、勝つのはわたし」

「うーん、未名でも、それは譲れないかなぁ……」

 次の一撃が、終わりになるという予感。

「譲る? 違うわ。わたしが勝ち取るの」

「なんか、それかっこいいなぁ。ねぇ、次のときに、あたしがそれ使って良いかな?」

 未名と香澄、そのどちらかが勝ち、どちらかが負ける──俺は、どっちを望むんだ?

「別に良いけど──残念だけど、香澄、あなたに次はないわ」

「まぁまぁ、そんなこと言わないでよ。──あたし、ここで未名に勝って、次も戦わなきゃ行けないんだから」

 倒れてる未名──倒れてる香澄──いや──

「これで──」

 俺は──

「決めるわ」

 そんなの、どっちも見たくはない!

 わがままって言われるかもしれない。

 でも、俺は、未名にも香澄にも、どっちにも傷付いて欲しくない。それが、今の俺の正直な気持ちだった。贅沢者とか、ハーレム願望とか、そう言うのじゃなくて、二人とも、傷付いて欲しくはない、ただ、それだけの気持ちで、自然と身体が動いていた。

「──ひーちゃん!?」

「響君!?」

 突然飛び込んで来た俺に、二人が驚きの声をあげる。

「この勝負、俺が預かったーーー!」

 どちらの倒れてる姿も見たくないのであれば、今、俺が二人を止めるだけだ!

 上段から振り下ろされる剣を右手で掴む。

 下から流れるグルカナイフを左手で掴む。

 両手に──全身に力を込める。

 二人の刃が『幻想』であるなら、俺は、それよりも強い『幻想』──想いの力をぶつけてやる! 光が、溢れる。この光は、きっと、俺の想いの力──

 そして、光が収まったとき、二人が振るっていた刃は虚空へとかき消えていた。


「──『幻想』を現実に定着させられるなら、逆もできると思ったけど──本当にできたな」

「ばかっ! ばかばかっ! ひーちゃんのばか!」

「そうよ! あんなことして、もしできなかったらどうするつもりだったのよ!」

「ええと……そのときは、斬られて痛かったかなぁ、と……」

 二人の少女が、俺に抱きつく。

「もう……本当に……ひーちゃんのばかぁ……」

 くすん、と半分泣いたような声を出す香澄の頭を撫でる。

「ごめんな……でも、俺、こうするしかないかなぁ、って」

「──何がこうするしかない、よ……響君が本当に『キャロル』かどうかだって、全然確信がなかったんだから……」

 そう言う未名の声にも、涙が混じっている。

「──でも、未名が俺のことを『キャロル』だって言ってくれたから。俺、それを信じたんだぜ?」

 そして、彼女の頭にも、優しく手をのせる。

 二人の体温を、すぐそばに感じる。

 きっと、この感覚は、幻想じゃなくて、現実。

 この暖かさを守る。

 そう、心の中で誓う。

「それにしても、『この勝負預かった!』なんて、ひーちゃん、どうするつもりなの?」

「そうだ。『アリス』は、たったひとりになるまで、戦わなければならないわ」

 そう、二人に言われるけど、

「別に、戦わなくても良いんじゃないかな? 二人とも、そこまでして戦いたいの?」

 どうして、そこまでアリスは戦わなければいけないのか? アリスじゃない僕には、それがどうしてもわからない。

「それは……」

 未名が目を伏せる。

「それが……そういうものだって……」

 香澄も口を濁す。

「そういうものなんて、誰が決めた? 未名も香澄も、それぞれに戦う理由があるのかもしれない。でも、その理由って、戦わないと叶えられないものなのかな? もしかして、他の何かで叶えられるものなんじゃないかな?」

 目指す場所はひとつかもしれないけど、進む道はひとつじゃないんじゃないか?

「それじゃあ……仕方ないか、一時休戦ね、未名」

「わかったわ。今のところは、響君に免じて、勝負は今度の機会にしてあげるわ」

「次は、絶対に負けないんだから!」

「あら、わたしだって負けないわ」

 二人の間に、また火花が散る。

「ほらほらほら! 一時休戦! 仲良くする! 握手!」

 そう言って、二人の手を握らせる。

「し、仕方ないわね……」

「ひーちゃんがそう言うなら……」

 しぶしぶと言った感じで、互いの手を握る。

「でも、あたし、絶対に負けないから──諦めないから!」

「ええ。わたしも、負けないわよ。絶対に、手に入れるから!」

「──あたしの方が、ずっと昔から知ってるもん!」

「あら、その割には、まったく何も進んでなかったのね?」

「そ、それは……今はまだ、おいしく育ててただけなんだもん!」

「ありがとう、わたしのためにそんなことまでしてくれて」

「むー、そんなこと言ってたら、秘蔵コレクション見せてあげないんだから!」

「あ、ごめん、香澄。それはちょっと見たいかも……」

「それじゃあ、明日うちにおいでよー」

「──いいの?」

「うんうん、全然おっけー! 大歓迎だよ!」

 ──なんか、いつの間にか仲良くなってるみたいだし、良かったのかな? どこか不安なところも感じないではないけど……


 夜空に輝く星と、微笑む月が、地上の俺たちを見つめていた。

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