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3 燻り狂えるバンダースナッチの傍に寄るべからず

 放課後、俺と未名は、駅前のビルの中にある、おもちゃ屋に来ていた。

「こんな店があるんだ……」

 おもちゃ屋と言えば、ぬいぐるみとか超合金! が売ってる、子どもが喜びそうな場所だと思ってたんだけど、このおもちゃ屋には、子どもの姿は全く見えない。というより、この場所をおもちゃ屋と言って良いのだろうか? 壁に並んでいるのは、柔らかいふわふわのぬいぐるみではなく、鈍い輝きを放つ、禍々しい形をしたライフルだった。

「おー、未名ちゃん! お、今日は彼氏連れかい?」

 店員が、彼女に気軽に声をかける。

「別にそう言うわけじゃないわ……シューティングレンジ、空いてます?」

 簡単にいなして、そう尋ねる。

「空いてるよ。何使う?」

「そうね……じゃあ、L85A2をお願い」

「──ほい。それにしても、未名ちゃん、ブルパップ好きだねぇ……」

「だって、かわいいじゃない?」

「まぁ、銃の趣味は人それぞれだからなぁ……はい、マガジン。気をつけてな」

「ありがとう。──さぁ、行くわよ」

 と、カウンターの店員から銃を借りた彼女が、俺を促す。

「あ、あぁ……って、何をするの?」

「何って……さすがに実際の銃で練習はできないから、モデルガンで練習するのよ?」

「誰が?」

「そんなの、響君に決まってるじゃない」

「えっ?」

「いつまでも、拳銃だけで戦うのも難しいじゃない?」

「つまりは、俺にも戦えっていうこと?」

「もちろんよ。『アリス』の戦いに参加するなら、それくらいはできないと」

 そう言って、はい、と俺に銃を渡す。

 ええと……戦争映画で兵士が構えていた様子を思い出しながら、肩に銃床をあてて、銃口をターゲットに向ける。これで、引き金を絞れば……

 すかっ

「あれ?」

 引き金を絞っても、弾は出ない。実弾じゃないから反動がない、というわけじゃなくて、BB弾すら、出ていない。

「──安全装置を外さないと、弾は出ないわ」

 安全装置? これか?

 銃身の横についてるレバーを動かす。

「これで……」

 パパパっ

 実弾よりは反動が少なく、弾が飛び出る。

「うん、そうそう」

 後ろで未名も納得してるし、これで良いのかな?

 調子に乗って、ばんばんと撃つ。同心円上のターゲットに次々と穴があいていく。おおっ、これは気持ち良いぞ!

「あ、弾切れ……」

 と、してる間に弾切れ。

「ちょっと、弾切れ……」

「じゃあ、すぐに弾倉交換リロード!」

 えっ、ちょっと、未名さん、性格変わってません?

 せかされながら、いそいそと弾倉を交換。

 構えて射撃。

 パスパス、とターゲットに穴をあける。そのうちに、また弾切れ。

「すぐに弾倉交換リロード!」

「ひいぃ!」


 §


 そんなスパルタな練習のあと、まだ夜まで時間があるということで、この前と同じ駅前のハンバーガーショップで軽く腹ごしらえ。

「腹が減っては戦はできぬ、って言うでしょ?」

 確かに、それは言う通りだけど、それにしても……

「未名、よく食べるな……」

「えっ、そ、そんなに多いかなぁ……」

 ハンバーガー二つにポテトがひとつ。十分だと思う。

「で、でも、お昼食べて、この時間になったらお腹空くでしょ? わたしなんかよりも、男の子のほうが、こういうのよく食べるんじゃない?」

「確かにそうかもしれないけど……でも、この時間にそんなに食べたら、夜ご飯食べられなくならないか?」

「そ、それはそれよ! と言うより、今日はこれから戦うんだから、運動もちゃんとできるし、大丈夫よ!」

「そうやって、必死になるところがなんか怪しいなぁ……」

「もう、響君ったら……そんなに、女の子の秘密が知りたいのかな?」

 ぶほっ

 そう言って、上目遣いで俺を見てくる未名に、飲んでいたコーラが気管に入ってむせる。

「ちょ、別に、そんなこと言ってるわけじゃ──」

「冗談よ」

「心臓に悪い冗談だなぁ……」

「そうかしら?」

「ほんとに、この前から未名には驚かされっぱなしだなぁ……」

「──なんか、その言い方引っかかるわね」

 そう言って、むすり。

「いや、別に、悪いって言ってるわけじゃなくて、席は隣だったけど、それだけで、あんまり未名のことを知らなかったんだな、っと思って」

「そんなこと言ったら、わたしだって響君のことをほとんど知らないわ。わかってるのは、わたしの隣の席っていうのと、もしかしたら『キャロル』の能力を持ってるかも、っていうくらい。だから、こうして、お互い理解するために話しているんじゃない?」

 アイスコーヒーのストローを加えながら、にっこりと微笑む。

「で、俺のことをそんなに知ってどうするの?」

 ちょっと意地悪な質問を投げてみる。

「あら、戦場で生死をわけるのは、お互いがどれくらいパートナーのことを理解して、信頼しているか、よ。見ず知らずの相手に背中を預けるほど怖いことはないでしょ」

 とは言うけど……

「で、こうして話してて、俺のことなんかわかった?」

 うーん、と、顎に指を考える仕草。

 ほっそりとした顎に、白魚のような指。

「──前よりはいろいろわかったかしら」

「例えば?」

「そうね、例えば、敵わないとわかっていながら勝負を挑んでくるようなけなげさがある、っていうところとか」

 ぬ……それは……

「それは、なんか、俺が弱くてバカみたいな言い方だなぁ」

 心外だ。

「だって、なんかさっきから挑戦的な質問してきてるけど、結局わたしに負けるってわかってるわけでしょ? それでも挑んでくるなんて、ただの愚者か、よっぽどの勇者のどっちかじゃない?」

「それで、俺は愚者だって言うの?」

「恐れて何もしない愚者に価値はないけど、傷付いても立ち上がる愚者には、賞賛が送られるべきだわ。少なくとも、わたしはそう思ってるわ」

「と言うことは、俺に賞賛を送ってくれるの?」

「──今のところは、ね」

「ふぅん……それじゃあ、ここは素直に『ありがとう』って言っておくかな」

「意外に素直なのも、こうして話すようになって気がついたことのひとつかしら」

 そうそう褒められてばっかりなのもなんなんで、ここらでもうひとつジャブを打ってみるか。

「未名は、あんまり素直じゃないよなぁ」

 彼女が、きょとんとした表情を見せる。よしっ! これはやったか?

「女の子は、そう簡単に自分の本心を明かさないものよ? 男の子の優しさが、わたしたちの心のベールを柔らかくはだくのよ」

 その未名の微笑む表情に、結局俺は負けを認めるしかなかった。


 §


 そして、夜の学校。

「さて、今日は『アリス』をひとりは倒すわよ」

 FA−MASを持った未名が、俺の前を歩く。

「でも、倒すって言っても、どうするの? まさか、本当にこの銃で撃って……」

 相手は『アリス』──力は持ってるかもしれないけど、普通の女の子なんじゃないのか?

「大丈夫よ。この銃は『幻想』なんだから……撃たれても、実際に傷付いて、死んでしまうわけではないわ」

 そう言う彼女の言葉に安心する。

「あれ? でも、そうしたら、どうやって……」

「相手に倒される、ということは、相手の『幻想』が自分の『幻想』よりも強い、というのを認めることになるの。そう認めてしまっては、もう自分で自分の『幻想』を現界させることはできないわ」

「ええと、つまりは、『アリス』の触媒としての力を失うということ?」

「そう言うこと」

 うん、実際に殺すというわけじゃなければ、引き金を引くにもためらいはなさそうだ。

「──でも、実際に引き金を引けるかしらね?」

 そう呟く未名の声が、暗く冷えきった廊下に響いていた。


「──今日は、いないのかな?」

 校舎の中をぐるぐるとまわりながら三階まであがる。

 思えば、昨日は俺もうちでDVD見てたし、そう毎日やるものじゃないのかな?

「昨日は、あの化け物と、剣を持ったアリスが戦ってたわ。きっと、今日もいるはずね」

 鋭く左右を確認しながら、未名が呟く。

「えっ、昨日も来てたの?」

「もちろんじゃない──ただ、昨日は偵察だけで、戦うつもりはなかったのだけれど」

 そんな話をしながら、先を進む。

「さて、あとは屋上だけね。屋上にも何もいなければ、そこから校舎全体を監視するわ」

 そう言って、屋上へと続く階段を昇る。

「ああ。わかった」

 後ろを警戒しながら、彼女の後へと続く。

「後ろは……大丈夫」

「前も、クリア。三で扉を開けるわよ。用意して」

 一歩下がって、扉に向けて銃を構える。

「一、二、三!」

 バンっ! と一気に扉をはね開ける。

 そこにあったのは──

「すごい……」

 一面の光の粒。

「都会でも、少しは星って見えるのよ?」

 スパンコールをちりばめたような夜空と、地上のビル灯りをバックに、セーラー服姿の未名が立つ。長い髪とスカートは、緩やかな風になびき、右手のライフルがその風に力強く抗っている。月明かりのスポットライトを浴びながら颯爽と歩く彼女に、思わず見蕩れてしまう。

「──さぁ、警戒するわよ」

 しかし、彼女の口から出てくるのは、ロマンチックからはほど遠い言葉。

「はいはい……」

 屋上に地べたに寝そべった彼女の横で、俺も同じように腹這いになった。

「あれ、その銃……」

「バレットM82。バレット・ファイアアームズ社が開発した大口径の対物ライフルよ。陣地、対車両用のライフルとして、世界各国で採用されているわ。五.五六ミリのNATO弾じゃ撃ち抜けない化け物でも、これだったら一発で終わりよ。──響君は、これで監視して」

 そう言って、ぽん、と双眼鏡を俺に渡す。

「これは?」

「暗視機能付きの双眼鏡よ。これなら、広い視野で明るく見えるわよ」

「へぇ、武器だけじゃなくて、こういうのも出せるんだなぁ」

 いやぁ、アリスの能力って便利だなぁ。

「いえ、それは私物」

 と思ってたら、違うらしい。って、

「私物って……わざわざ用意したの?」

「いえ、元々持ってたものよ」

「元々って……普通は、こういうの持ってないんじゃ……」

「そう? いろいろ便利だから、一家にひとつあってもおかしくないんじゃない?」

「まぁ、双眼鏡はあるかもしれないけど……」

 暗視機能とか、普通はついてないぞ?

「それより、何か異常はない? このスコープでも見えるけど、どうしても視野が狭いから……」

 くりくり、とスコープについたダイヤルをまわしながら、彼女が尋ねる。

「いや、特におかしいところは……」

 緑色付いてるせいで見た目はちょっと違うけど、双眼鏡を通して見えるのは、いつもの中庭の様子だった。と──

「あれ? ちょっとあれ……東側の校舎沿いの植え込みのところ……」

 ざっ、と未名がそちらに銃口を向ける。

「確認。アレは……この前の犬ね」

 そして、射撃。

 中庭に轟音が響き渡る。未名の身体が衝撃で後ろにぶれる。

 そして、双眼鏡越しの視界の中では、例の犬がその身体を四散させていた。

「着弾」

 彼女の声が、小さく、冷静に響く。

「次、出て来た!」

 その音につられたのか、犬どもがわらわらと出てくる。

「これは、一気にやりたいわね……この距離からならグレネードの射程距離内だわ」

「わかった」

 L85A2の銃身の下に着いたグレネード投射機を準備。ターゲットに向けて照準。そして、発射! 犬どもの真ん中に着弾して、破片が犬どもに突き刺さる。

「これで一網打尽──いや、次のが来た!」

 次に出て来たのは、この前最後に出て来た熊のような熊のような奴。しかも、一匹じゃなく、二匹──三匹いる。

「任せて!」

 冷静に、未名が射撃。

 十二.七ミリの徹甲弾三発が、三匹の化け物の上半身を粉砕。

「──このまま降りて、『アリス』を探すわ」

「えっ?」

 未名が、そう言い残して、一気にフェンスを乗り越えて屋上から飛び降りる。

 まさか? とフェンス越しに下を見ると、

「──器用だなぁ……」

 ロープをうまく使って、壁を降りている未名の姿が、そこにはあった。

「ほら、早く!」

 彼女の隣に、もう一本、ロープが垂れている。

「って、これって、俺もこのロープで降りろっていうことか?」

 そんなの、できるのか? と思いながらも金具をつなぎ、ぐっとロープを握る。一瞬、脳裏に落ちる自分の姿が浮かぶ。映画で、ヘリから落ちた兵士の姿に重なる。

 いいや、大丈夫。

 何が大丈夫かわからないけど、これは、幻想の戦いなんだ。

 大丈夫と思えば、それが現実になるはずなんだ。

 必要なのは、テクニックじゃない。思いの力なんだ。

 足に力を入れて、壁を蹴る。数メートルずつ身体が壁沿いに落ち始める。振り子のように空へ浮いた身体が、また壁の方へと吸い寄せられる。ダンッ、と白壁に足の裏をぶつけて、また蹴り出す。そして、数メートルの落下。繰り返して、地面に──

「危ない!」

 もうすぐ、次の蹴りで地面に着きそうだ、というところで、未名の声が響く。

 すぐ横に、あの熊のような化け物の黒くて太い、大きな腕が迫っていた。

 とっさに、頭を両腕で覆う。

 その手を襲う衝撃。

 数瞬の後、背中に衝撃を感じる。

「ガッ、ハッ……」

 息ができない。

 気が遠くなりかける。

 遥か高みに、月が見えた……


「響君っ!」

 未名の叫び声が、俺の意識を繋ぎ止める。

 校舎の白壁に囲まれた星空。遠くに冷たい月。

 頬に返り血を浴びた未名の顔が、俺を見ていた。

「──あぁ、未名……」

 こんなに汚れて……月のようにきれいな顔が台無しじゃないか……

「大丈夫? 生きてる? 負けないで、幻想に負けちゃダメよ!」

 負ける? そんな、負けるなんて……ちょっと、化け物に吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられて、それで……それで……

「って、あの化け物は?」

 ぐおおおおおおおおおぉ!

 咆哮が響く。

 背中にまわしていたライフルを構えて、フルオートで弾を叩き付ける未名。

「まだ。まだいるわよ」

 彼女の双眸に力がこもる。

「──響君は、自分の身を守って。弾が切れたら、これを使って」

 そう言って、俺にいくつかのマガジンを渡す。

「未名……俺も──つっ!」

 化け物の一撃を受けた腕がひどく痛む。

「大丈夫。響君が幻想にさえ負けなければ、すぐに痛みはひくわ。だから、待ってて……」

 すくっと立った彼女を、化け物どもの唸り声が迎える。数は、一、二……なんだこいつら!? 次から次へと増えてくるぞ?

「そんなっ! こんなにたくさん、無茶だ……」

「わたしは、負けないから……こんな化け物になんて。わたしには──わたしには、やらなきゃいけないことが、負けられない理由があるんだから」

 がちゃり。

「理由……だったら、二人でっ!」

「大丈夫、大丈夫だから……響君に痛い思いさせた責任も取らないとね」

 そう言って笑った顔は、ここ数日で嫌って言うほど見てきたきれいな顔だったけど、どうしてだろう、なぜか、俺にはとてもさみしいものに見えた。

「そんな、責任とか……そんなの……」

「もう、ゆっくり話してる暇なんてないからっ!」

 その言葉を後ろに、彼女は駆け出す。

 目の前に迫る化け物の頭部に向けて、ライフルを乱射。化け物の頭部は、挽き肉のようにぐちゃぐちゃになる。

「──ホローポイント弾なら、フルメタルジャケットよりも効果的に殺せるでしょ?」

 そう叫びながら飛び上がり、肉塊と化した化け物の頭があった場所に足をかけ、そして、さらに高く飛翔。上空から、さらに次のターゲットに向けて射撃。三発の銃弾を頭に叩き込んだところで、ライフルの弾が切れ、彼女は地面に降り立つ。その三発だけで、化け物はその存在意義を止めていた。どさり、とその身体が伏せ落ちると同時に、未名が落とした空弾倉が地面に落ちる。彼女の左手は滑らかに動き、銃把の後ろへと次の弾倉をセット。左右から迫る化け物。左手はそのまま自らの腰へと伸び、拳銃を掴む。流れるように右側から迫る化け物へとパラベラム弾をぶち込み、右手のライフルは左側から襲い来る化け物へ五.五六ミリの穴を穿つ。左右の獣を屠った彼女は、弾が切れた左手のベレッタを捨てて、また両手でFA−MASを握る。ぽんっ、と軽い音をたてて放たれるグレネード弾。前から近づいてきていた化け物の身体の真ん中に、大きな穴が空く。背骨を吹き飛ばされたそいつは、その場に崩れ落ちる。

「すごい……」

 まるで、修羅のような、戦場に降り立った堕天使のような、そんな強さだった。

「──さぁ! 隠れてないで出てきなさい! こんな獣をいくら出したところで、わたしには敵わないわよ!」

 清冽な未名の声が響く。

 化け物の咆哮がやみ、辺りが静寂に包まれる。

 やがて、校舎の陰から響く、かつかつとした、小さな足音。

「どうして……どうして、高砂さんがこんな……」

「どうして? ──わたしには、喜久さんがあんな化け物どもの幻想の主だったなんて、その方が驚きだわ」

 足音の主は、小柄で、どこかおどおどとした雰囲気を漂わせて、そのメガネがさらにそんな印象を強めている、喜久和泉だった。

「だって……動物は強いから……だから、だから、きっと……」

「獣は狩るわ」

「そんな、それより、どうして高砂さんが、こんなことを……」

「わたしには、『アリス』の能力で、現実にしなきゃいけない幻想があるのよ。だから、負けるわけにはいかない。だから、勝たなければいけない」

 未名が構えるライフルの銃口が、真っ直ぐ喜久さんの方を向く。

「そ、そんな……でも、まだっ!」

 バサッ、バサッ、と上空から羽ばたく音。大きな翼を持った、狼のような獣が、中空に浮かんでいた。

「──あれだけ化け物みたいな化け物が出てきて、こういうのが出てこないのがおかしいとは思ってたわ」

 未名の額を、冷や汗が流れる。

「勝つのは私!」

 喜久さんの声を合図として、空飛ぶ化け物が未名めがけて急降下。

「くっ」

 転がって、なんとか避ける。

 ライフルを撃っても、そいつには効いていない。

 そして、そうやって撃合を繰り返すうちに、未名が持つライフルの弾が切れる。彼女の手から、FA−MASが離れる。

「未名っ!」

「──大丈夫、心配しないで……」

 地面に片膝をつきながら、不敵に笑う。

 その正面から、化け物が空中を滑走し迫る。

 腰の後ろに手を回す未名。

「も、もう、拳銃とかなんかじゃ、この子は倒せないんだからッ!」

 喜久さんの金切り声が告げる通り、五.五六ミリのNATO弾が通じなかった敵に、九ミリのパラベラム弾が通用するとは思えない。

「そう、それじゃあ、これはどうかしらね?」

 そう言って未名が構えたのは、拳銃よりも大きな口径、短い銃身の──

 パンッ!

 辺りが、真昼以上の明るさに包まれる。

 未名を、敵を真っ直ぐに見ていた俺の視界を、光が支配する。

 見えない。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ

 地獄の底に響く太鼓の音のような連続音。

 やがて、光が去り、夜の闇がその版図を回復する。

 そこには、

「なっ! そんな!」

 目の前の光景に絶望の表情を浮かべる喜久さんと、

「──ブローニングM2重機関銃。十二.七ミリの徹甲弾を分速八〇〇発で叩き込むことができる、最高の機関銃のひとつよ」

 サングラスを外しながら、目の前の肉塊を見つめる未名の姿。

「こんな……さっきまでそんなもの……」

 後ずさる喜久さん。

「何を言ってるの? 幻想を現実にできるのが、わたしたち『アリス』の能力でしょ? あの化け物を殺す幻想──あの獣を屠るには、これくらいの口径があれば、十分だって『幻想』したのよ」

 立ち上がった未名が、つかつかと喜久さんに迫る。

「大丈夫。あなたは死なない。ただ、この──『アリス』としての能力を失うだけ」

 手には、一挺の拳銃。

「そんな……うそよ、うそよ!」

 スライドを引き、初弾を装填。

「──それとも、他人の能力を『殺す』覚悟もなしに、自分だけ現実を求めていたの?」

 銃口が、真っ直ぐ喜久さんに向く。

「そ、そんな、覚悟なんて……殺すなんて……私、私……」

「さようなら、喜久さん」

 未名の指に力が入る。

「って、ちょっと待てーーー!」

 いくら、『幻想では死なない』と説明されたからって、もし、それが本当だったとしたって、今、この光景を目の前にして動かない奴なんているだろうか? 喜久さんが操る化け物に殺されそうになったこととか、さっきまで未名が恐ろしい敵と戦いを繰り広げていたこととか、そういうこと全部どっかに吹っ飛んでいって、俺は彼女たちに向かって走り出していた。

 響く銃声。

「──遅いわ、響君」

 ──乾いた音って、こういう音を言うのか?

 そんな、どうでも良いことが思い浮かぶ。

「未名っ! いくらなんでも、こんな……こんな……あれ?」

 しかし、撃たれたはずの喜久さんには傷ひとつなく、血の一筋も流れていない。

「空砲よ」

「えっ」

「言ったでしょ? 『アリス』同士の戦いでは、相手よりも自分の幻想の方が強い、と示した方が勝つの。もう、わたしは彼女に勝っていた。あとは、それを彼女に認めさせるきっかけ──彼女が、自分の幻想を捨てるきっかけさえあれば良かったのよ」

 そう言いながら、気を失った喜久さんを横たえる未名。

「──さて、今日はこれくらいかしらね。喜久さんも、どうにかしなきゃいけないし……とりあえずは、目覚めるのを待つかしら──」

 また、轟音が響いた。

「未名っ!」

「ええ。どうやら、わたしたち意外にも戦ってたアリスがいるみたいね」

 そう言って、音がした方向──グラウンドへと向かって走り出す。

「ま、待ってよ!」

 ──君はどうして戦うんだ? 未名と化け物たちの戦いを見ながら浮かんだ、そんな疑問を飲み込みながら、俺は彼女の後を追った。


 §


「はああああぁ!」

 烈風の気合いとともに、上段から振り下ろされる刀。

「えいっ!」

 それを迎え撃つのは、ピンクのファンシーなステッキ。

「くっ」

 離れながらも、上下左右と斬撃を繰り返す剣士。

「ほわっ!」

 もうひとり──こっちは、ええと、魔法少女? 剣士の方が、こざっぱりとした、ファンタジーのような鎧を身に纏っていて、まさに戦闘、という格好をしているのに対して、彼女の方は、ひらひらふわふわ、フリルのついたスカート姿。マンガかアニメのような、奇妙な光景がそこでは繰り広げられていた。


「これって……」

「彼女たちも『アリス』ね」

 ライフルのダットスコープからその様子を覗きながら未名は冷静に告げる。

 陰に隠れた俺たちに気がつく様子もなく、彼女たちは戦いを続けている。

 先ほどまでの未名と化け物たちとの戦いも激しかったけど、こちらの戦いも十分に激しい。いや、直接刃(?)を交わしてるだけあって、今、目の前で繰り広げられている戦いの方が、激しく見える。

「単純に戦ったら、刀の方が強そうだけど……」

 そう、未名が呟く。

「でも──」

 徐々に、戦いはただの打ち合いではなくなりはじめる。

 刀の斬撃に合わせてステッキを振り回していた魔法少女が、ステッキではなく、見えない壁のようなもので刀を受けはじめる。衝撃の瞬間だけ、空間に波紋が広がるようにその壁が見える。刀は、彼女の身体に届くことなく、ことごとく跳ね返される。

「この勝負は、あの──魔法少女? の方が勝つわね」

 不可視の壁に阻まれる剣。

 けれども、阻むだけでは勝つことはできない。


「阻むだけでは勝てぬぞ」

「うーん、確かにそうかなぁ……」

「その壁、すぐに打ち壊してみせる!」

「でも、そうは簡単にいかないよ?」


 魔法少女が振り下ろしたステッキから、二乗の光が伸びる。

 ひとつは躱され、ひとつは刀にはじかれる。

 躱された光条は、そのまま地面に突き刺さり、大きな爆発を巻き起こす。

 はじかれた光条は、その向きを変え、こちらに向かって奔る。

「うわっ!」

 思わず顔を覆うが、

「大丈夫よ」

 と言う未名の声に目を開くと、こちらに向かっていたはずの光条が、また曲がり、剣士へと突き刺さらんとしていた。

「ええいっ!」

 上段一閃。

 それをたたき落とす剣士。

 爆発とともに、土煙が彼女たち二人の姿を覆い隠す。

「そーれっ!」

 響くのは、場違いなくらいに明るい声。

 見えたのは、輝く光条は五閃。

 あらゆる方向から、一点を目指して疾駆する。

「シュート!」

 そして、さらなる爆発。

 やがて収まった土煙の向こう、立っていたのは魔法少女。

「あれは……」

 ピンクと白を基調にしたふりふりふわふわ、フリルがいっぱいの服。

 アニメなんかでしか見たことがないような、ピンク色の髪。

「──アリスの能力って、自分の姿も変わるものなの?」

「それが、『アリス』が望む幻想なら、ね」

「でも、未名は、制服のままだよね?」

「だって、そんな姿まで変わるなんて、おかしいじゃない?」

「──やっぱり」

 そんな軽口を叩きながらも、グラウンドの真ん中でたたずむ魔法少女から目を離すことができない。

「それは置いといて、響君、さっきの声、聞き覚えない?」

「そう言われれば……」

 なんか、とても聞き慣れた声だったような……

「いやいや、でもまさか──」

 くるっと振り向いた魔法少女の視線が、こちらを射抜く。

「ッ! 見つかった!」

 未名が魔法少女に向けて射撃。

 ドンっ!

 魔法少女は急加速。不可視の壁でこちらの銃弾を防ぎながら、俺らに向かってくる。

 未名は、ただひたすらに弾を撃ち続けるしかできない。

 カンっ、という乾いた音とともに、弾が切れる。

 俺と彼女の前に降り立つ、魔法少女。

「あー、やっぱりひーちゃんだ。それに、未名も」

 そのちょっと甘いところがある声。『ひーちゃん』なんていうふざけた呼び方。もう、間違えようがない。彼女は──この魔法少女は──

「香澄……なのか?」

 髪の色はピンクなんて、本当にわけのわからない色をしていてメガネもかけていないけど、顔も間違いなく彼女のものだった。

「えへへーせっかく魔法少女になってるんだから、ちゃんとわからないフリしなきゃだめなんだよ?」

「そう言ったって、誰がどう見たって、変な格好してる香澄だろ?」

「変な格好なんてひどいなぁ……魔法少女の正装は、ふわふわドレスだよ? ──あたしには、せっかく魔法が使えるって言うのに、銃なんて使ってる未名のほうが信じられないなぁ」

 そう言って、未名を見下ろす。

「──戦うには、銃だろう?」

 と、俺に説明したことを繰り返す。

「うーん、まぁ、こればっかりは人それぞれ、あたしにはあたしの、未名には未名の戦い方が、それぞれの『幻想』があるんだろうから、あんまり深くはツッこまないけど、もったいないなぁ……」

 いや、まず、お前の姿にツッコませろ……

「やるのか?」

 腰の後ろの拳銃に手を回す未名。

「今日は、やめとこうよ。そんなに焦るようなものじゃないし、あんまり遅くなったら、明日の授業、眠くて大変だよ?」

 そう言って微笑む香澄。

「──そうだな。お互い一戦して、疲れもたまっているだろう。万全の状態で戦おう」

 銃把から手を離しながらも、そう言って微笑む未名の表情も、挑みかかる肉食獣のように映る。

「じゃあ、今日はここまで、っと。また明日、学校で会いましょ?」

 ふわりと光の粒が香澄の身を包む。

 その光がやんだあとには、いつもの制服に身を包んだ香澄が立っていた。

「ほら、ひーちゃん、行きましょ?」

 そう言って俺を誘う姿は、いつもの香澄と何も変わらないように見えるけど……

「あ、ああ……でも……」

「喜久さんのことなら、わたしがなんとかするから、大丈夫」

「あ、喜久さんも『アリス』だったんだ……ちょっとびっくりかも……」

「いや、喜久さんもだけど、その、さっきの刀を持ってた……」

「あ、三年の森泉もりいずみ先輩? だったら、もうそろそろ大丈夫じゃないかなぁ?」

 確かに、そういう香澄の後ろで、立ち上がる姿が見える。

「それじゃあ、また明日、響君」

「あ、また明日、な……未名……」

 彼女を見送りながら、このよくわからない状況──まさか香澄までアリス? とかいう状況の説明をお願いしたいとか、もっと、何か未名に聞かなきゃいけないことがあるんじゃないか? とか、いろいろな思いがぐるぐるとまわっていた。


 §


 がたんがたん、と電車が揺れる。

「あー……」

 俺と香澄が隣り合ってつり革に掴まっている。

 同じ制服でも、未名と香澄じゃ、ちょっと印象違うなぁ、とかぼんやりと考える。

「いやぁ……でも、まさかなぁ……」

「まさかって、何がかな?」

 うぉ、香澄さん……ちょっと怖いよ……

「何がって……その……まぁ……」

「別に、あたしは、ひーちゃんが未名と仲良くしてもいいんだよ? ひーちゃんがあたしよりも未名のほうが好きっていうのなら、それはしょうがないって思うし……」

 車窓に映る彼女の表情がわからない。もう、何年も何年も、ずっと隣にいて、見慣れたはずの顔なのに。

「いや、別に、俺と未名はそういう関係なわけじゃ……」

「じゃあ、どうして、ひーちゃん、未名と一緒にあんなところにいたの? 教室で、隣の席になったから? それだけ? こんな夜に、あんなところにいたって言うの?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、香澄……ちょっと落ち着いて……」

 周りの乗客──会社帰りのサラリーマンやOL、どこかで遊んだ帰りの学生たちの視線が刺さる。お前ら、こんなところで痴話げんかとかしてんじゃねーよ、と言われてる気分……

「うん、落ち着くけど……ごめん……」

 そう言って、しゅんとしてしまう。

「──なんか、香澄とこうやって帰るのも久しぶりだな……」

 ふとそんなことを思う。

「そうかな?」

「うん。お互いまともに部活とかやってないから、帰ろうと思えば一緒に帰るとかできたのかもしれないけどな……そういえば、どうして、帰るときは一緒じゃなかったんだろうな?」

「そんなの、ひーちゃんが、CDショップ行って何時間もふらふらしたり、楽器屋さんで何時間も楽器見てるからでしょ? そんなの、あたし付き合いきれないよ……」

 そんな、はぁ、とため息までつかなくても良いじゃないか。

「それを言ったら香澄だって、アニメの店行ったり忙しいだろ? 俺に、それに付き合えっていうのか?」

「べ、別に、そうじゃないけど……いいじゃない。だって、面白いし……かわいいんだもん……」

「別に、悪いとは言ってないからな……俺だって、別に嫌いなわけじゃないし……そうだ、ほら! 香澄に借りた魔法少女のアニメ! あれすごく面白いな。確かにはじめはびっくりしたけど、続きを見たら、どんどん引き込まれていって、もうすぐ、全部見終わっちゃうよ」

「そ、そう! 面白いでしょ! すごいでしょ! ──魔法……魔法少女……」

 あ、しまった……

 それから、電車に揺られて、最寄り駅について、改札を出て、いつもの道を歩いていても、俺らには交わす言葉はなかった。

「──ねぇ、ちょっと話していかない?」

 駅から家への道、子どもの頃遊んだ公園の前で沈黙を破ったのは、香澄だった。

「うん……」

 ブランコの側の手すりに腰をかける。

 彼女は、低いブランコを揺らす。

「あたしね、別に、ひーちゃんが未名のこと好きで、付き合うって言っても大丈夫だと思ってた。でもね、今日、グラウンドでひーちゃんの隣に未名がいるのを見て、それで、あれ? どうして二人でこんなところにいるのかな? って思って……それで、それで、どうしていいかわかんなくて……良かったね、ひーちゃん。あたし、まだ力が残ってたら、全力で二人に撃ち込んでたかも……」

「そ、それは……」

 良かった、というべきか? あのとき、刀を持った少女にくらわせた一撃をまともに受けていれば、今、こうして香澄と話せてはいなかっただろう。

「あたし、ひーちゃんが未名と付き合うことになるのは、最近の様子見てて、そうかも、って思ってたし、いつまでもひーちゃんがあたしのものなんて、そんなことはないってわかってた。だから、きっといつかは、街でひーちゃんが誰かと一緒に歩いてるのを見かけるんだろうなぁ、って。そのときは、あたしも絶対にかっこいい人と一緒にいるんだ! って思ってたの。それが、あんな場所でそんなことになるなんて……ひーちゃんは、銃を持った未名と一緒にいるし、あたしは魔法少女で刀を持った先輩と戦ってるし……なんか、もう、いろいろわけわかんないよね?」

「まぁ、俺もわけわかんなかったな……やっとのことで喜久さんの操る化け物を倒した! と思ったら、グラウンドで魔法少女と剣士が戦ってるんだよ? しかも、魔法少女が香澄でさ……というより、どうして魔法少女だったの?」

 アリスとして戦うなら、それなりに戦う格好と言うか武器を選ぶのが当然だと思う。

 未名はそれが銃で、喜久さんは幻想の化け物を使った。森泉もりいずみ先輩は刀だった。そこにどうして魔法少女?

「え? 魔法少女、強いじゃない」

「ま、まぁ……確かに……最近の魔法少女は意味不明に戦ったりして強いかもな……」

 香澄から借りてるアニメの魔法少女も、魔女相手に戦ってたっけ……

「あたしに言わせると、未名こそどうして銃なの? 『幻想』を現実にするのが『アリス』の力なんだよ? それでどうして銃なの?」

「なんか、未名にすると、魔法とかそういう方が『幻想』と言っても信じられないだとかなんとか……」

「むぅ……せっかくかわいい服で魔法少女になれるチャンスだっていうのにね……ね?」

 いや、そこで俺に同意を求めるな。

「そ……そう言えば、香澄のあの服、かわいかったな」

 でも、ここは、機嫌をとる、という意味でも、とりあえずは褒めておくか。

「えっ、ほんと? 良かったぁ……やっぱり、魔法少女はフリルいっぱいのかわいい服じゃないと!」

「それと、ピンクの髪か?」

「そうそう! 変身すると、なぜか髪の色まで変わっちゃうの! あ、そう言えばひーちゃん、どうしてあの姿を見てすぐにあたしだってわかったの? 普通はわかんないはずなんだけどなぁ……」

 そう言って首を傾げてるけど、

「そりゃ、どんな服着てたって、髪の色がいつもと違ったって、俺が香澄に気がつかないはずないじゃん」

 まぁ、顔の形まで変わってるわけじゃなかったし……

「え、そ、ちょっと、ひーちゃんったら……」

 赤くなる香澄。

「って、そんなんじゃごまかされないんだから! そもそも、どうしてひーちゃんがあんなところにいたの? まさか、実はひーちゃんは女の子で、アリスの能力を持ってて──なんてわけじゃないよね? あ、でも、最近は男の娘でも魔法少女とか全然ありっていうか、むしろそっちのほうがおいしい!」

「うん、ご期待に沿えなくて申し訳ないんだけど、俺、魔法少女じゃないからね。全然違うからね。ごく普通のどこにでもいるような男子高校生だからね。残念ながら女装とかの趣味もないからね。っていうか、男だったら魔法少女って言わなくない?」

「良いのよ! 魔法少女は概念なんだから! それに、ひーちゃん、女装似合うから!」

「似合わねーよ!」

「ううん、絶対に似合う! だって、うちにひーちゃんの女装写真あるもん! かわいいもん!」

「いつの写真だよ!」

「ええと、幼稚園の頃? あたしのスカートはいて、かわいいんだよぉ」

「消せ! 燃やせ!」

「大丈夫! ちゃんと大事にアルバムにしまってあるから!」

「全然大丈夫じゃないから!」

「ネットで全世界に配信しようかと思ったこともあるけど、やっぱりあたしだけのひーちゃん(女装)でいて欲しいからやめてあげたんだからね!」

「やめろ! いや、やめてくださいお願いします。カッコ付きで女装とか言わないでくださいお願いしますあれは一時の気の迷いだったんです──って、思い出したぞ! あれ、香澄が無理矢理俺に着せて写真まで撮ったんじゃないか! まさか、あのころからこうなることを予測していたというのか……香澄、恐ろしい子……」

「まぁ、ひーちゃんのかわいい写真は置いといて、本当に、どうしてあんなところにいたの?」

「いや、どうでも良くはないんだけど……まぁ、話すとちょっと長くなるけど……」

 そして、彼女に自分があの場所にいた理由を説明する。

 夜の教室で、未名に会ったこと。

 化け物に襲われたこと。

 俺が、もしかすると『キャロル』かもしれないということ。

 話しながら、香澄と未名は『アリス』として争っているんだから、未名側の情報だけを香澄に流すのは、もしかするとあんまり良くないんじゃないか? と思いながら、できるだけ未名の手の内は明かさないように──とは言っても、俺が知ってる未名の手の内なんてほとんどなくて、彼女が銃で戦ってるということくらいしかなくて、それだって、さっき相対した香澄は既に知ってることだったりするので、実際のところは、あんまり隠すところなく、俺が知ってることを話して聞かせた。

「ふーん……ひーちゃんが『キャロル』かもなのかぁ……それじゃあ、あたしもがんばって、たったひとりの『アリス』にならないとね」

 そう言って、俺に笑顔を見せる。

「──そう言えば、香澄が『アリス』として戦う理由って何だ? あと、どうして『アリス』の能力を持ってる人たちは、そうやっていろんなことを知ってるんだ? どっかに、『アリスSNS』とかあったりするの?」

 もし、未名だけがアリスの能力などについて知ってたのなら、彼女の家が実は──とかも考えたけど、どうやら、香澄も『アリス』の能力とかについて良く知ってるみたいだし。

「うーん、なんて言うかね……わかるのよ」

「わかる?」

「そう。どこで聞いたというわけでもなければ、夢で見たっていうわけでもないの。気がついたときには、自分に『アリス』としての能力があることを理解していて、『アリス』の能力に連なるいろいろな事実を認識しているの。そして、『アリス』が目指すべきものについても、目的についても、いつの間にかわかっているの」

「なんか、不思議な感じだな……」

「そう? 別に教えられたわけじゃないけど、お腹がすいたらご飯が食べたくなるし、夜は眠たくなるでしょ? それに、誰に強制されているわけでもないのに、あたしたちは『生きていたい』って思うじゃない。それと同じで、『アリス』の能力を持つならば、この世界の『幻想』を現実にしたい、自分だけの『幻想』を現実にしたい──そう思うのよ」

「それじゃあ、香澄が現実にしたい『幻想』って……?」

 きぃきぃ、とブランコの揺れる音。

 遠くを、自動車が駆ける。

「──さぁ、今日はこれくらいにしておこっか。明日は、きっと未名とも決着つけなきゃいけないだろうし、早く寝ないと、ね?」

 そう言って笑った香澄の笑顔は、俺の知らない笑顔だった。

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