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2 かくて郷遠しラースのうずめき叫ばん

 次の朝起きてみると、昨日の夜の出来事はやっぱり夢か幻──それこそ、彼女が言っていた幻想だったんじゃないか?と思ったりするくらいに、何もない、普通の代わり映えしない一日の始まりが待っていた。

「ねぇ、ひーちゃん、なんかぼんやりしてる?」

 駅までの道、俺と並んで歩きながら、そんなことを聞いてくるのは、幼馴染みの西浦香澄。お隣さんで、親が仲良くて、保育園から小学校、中学校まで一緒の学校で、もうこれでお別れかと思っていた高校でもまさかの同じ学校という、まさに絵に描いたような幼馴染み。

「いや……別に……朝だし、眠いだけだよ……」

 ふぁ、と生あくび。

「もう、また夜更かししたんでしょ?」

「そんなことはないけど……」

 実際、走り回って銃撃つなんて生まれてはじめての経験をして、その上、あまりよくわからない話をして、疲れてぐっすりと眠ってしまった、という方が正しいかなぁ。

「あたしは夜更かししちゃったよ……もう、さっきから眠くて眠くて……ねぇ、もう帰っていいかな?」

「いや、良くないだろ。せめて、学校着いてから言えよ」

「今ならまだ引き返せると思うの!」

「眠いくらいで学校休んでたら、ダメ人間になるぞ。だいたい、なんでそんな夜更かししたんだよ? 別に、テスト前とかで勉強してたわけじゃないだろ?」

 香澄がテスト前だったら、俺もテスト前なわけで、それは大ピンチなんだけど。

「だって……京子ちゃんがかわいくて……」

 彼女が、頬を赤らめる。

「京子ちゃんて……ああ、この前話してたアニメか……」

「だってだって! 京子ちゃんかわいい上にとってもいい子なんだよ! もう、本当に友達思いで、『そんな、さみしい顔するなよ』って言って、魔法のせいで我を失った友達と……うぅ……思い出したらまた泣けてきたよ……」

 なんか、最近とある魔法少女のアニメにはまっていて、その京子というキャラクターにご執心らしく、携帯の待ち受けも、その赤い髪のキャラが八重歯を覗かせて笑ってるイラストになっている。

「ふぅん……そっか……」

 それだけ熱中できるものは良いものだ、とは思う。

「うん。あたしも京子ちゃんのコスプレとかしたいけど、どっちかと言うと京子ちゃんじゃなくて、あやかの方ができそうなんだよなぁ……」

 そのあやかというキャラの方が、赤い髪の少女よりも、黒髪のボブで、そこそこ背が高くてメガネをかけてる香澄に見た目が近いのだろう。

「ねぇねぇ、ひーちゃんも一緒にやろうよ!」

「やだよ! そもそも、そのアニメ見たことないし!」

「じゃあ、見よう! いろいろ貸すよ! 今日帰ったら持って行くからね!」

 そうやってわくわくとした顔を見せる香澄だけど、

「あ、ゴメン……ちょっと今日は予定が……」

「あれ? 今日、ひーちゃんバイトだったっけ?」

「いや、そうじゃないんだけど……DVDは今度借りるから、な?」

「うーん、それじゃあ、しょうがないなぁ。あんまり遅くならないんだったら、帰りにうちにとりに来てもいいからね」

「あぁ。早く帰れるみたいだったら、寄らせてもらうよ」

 今日は、かわいい女の子にいろいろ話を聞く、という、年頃の男子だったら胸躍るイベントが待っているんだ。


 ほぼ満員の電車に揺られて、学校の最寄り駅に着く。同じ制服を着た生徒と一緒になって同じ方向を目指して、すぐに学校に着く。駅から学校が近いのが、うちの学校──この、雪洲高校のいいところだ。

 校門をくぐるとき、一瞬、立ち止まってしまう。

 この向こう、校門の中はフィールド……幻想が現実になる場所……そう考えると、ここから先へ進むのが、怖い。

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ」

 隣の香澄に促されて、一歩足を踏み出す。


 校舎の前、昇降口までの前庭には、昨日の夜の痕跡はない。あの化け物は、霧か霞か──夢幻の如く消えてしまったから。

「あ」

 そうだ……化け物は消えたとしても、あの化け物が壊したものとか、流れ弾で壊れたものは直ってないんじゃないか? そうすると、階段付近には、弾痕がいくつもありそうだし、最初に遭遇した化け物があけた壁の穴も、そのまま残ってて……うわぁ、大きな騒ぎになってなきゃいいけど……と、隣に香澄がいなければ、思いっきり頭をかかえたいくらいの気持ちで、俺は校舎の中へ入って行った。


「うん。ちゃんと来たわね」

 しかし、俺を迎え入れたのは、弾痕のひとつもあいてない壁、空薬莢のひとつも落ちていないきれいな廊下、そして、昨日の出来事が夢じゃなかったと雄弁に語る、未名の満足そうな表情だった。

「あぁ……おはよう、未名」

「ええ。おはよう、響君」

「あれ? ひーちゃんって、高砂さんとそんなに仲良かったっけ?」

 あー、やっぱり、昨日のことは夢じゃなかったんだなぁ、って思いながら未名と挨拶を交わしているところに、同じ学校どころか同じクラスだったりする香澄が絡む。

「だって、隣の席だもの。それくらいは普通じゃない?」

 と、澄ました顔で答える未名。

「えー、でも、あたし、桃川君のこと、桃川君って呼ぶよ?」

「それは、西浦さんがそういう主義なんでしょ? わたしは、隣の人とは仲良くしたいから、名前で呼ぶのよ」

 昨日の夜までは、名前で呼んでなかったくせに……

「なんかずるいなぁ……ひーちゃんばっかり響君なんて呼ばれて……ねぇ、高砂さん! あたしのことも、香澄って呼んでよ!」

 って、そっちか! 自分も呼ばれたいだけか!

「え、ええ……良いわよ。その代わり、わたしのことも、未名って呼んでね、香澄」

「ありがとう、未名! えへへー今日はいい日だにゃー」

 とろとろっととろけながら、自分の席へと向かう香澄。これだけで幸せになれるなんて、安い奴だな……

「──響君って、彼女とどういう関係なの?」

 席に座った俺に、隣の未名が質問。

「どういう関係も何も、幼馴染みだけど──知らなかったっけ?」

「いえ、それは知ってるけど……彼女……何でもないわ」

「何か気になることがあるんだったら、聞いて良いよ。たぶん、この学校で一番あいつのことに詳しいから」

「じゃあ……付き合ってるの?」

「ないな」

 即答。

「じゃあ、ひーちゃんって?」

「それは……」

 言葉を濁す。

「なんでも教えてくれるんじゃなかったの?」

「確かに、あいつのことは詳しいかもしれないけど……それは、香澄のことじゃないんじゃないか?」

「でも、彼女があなたのことをひーちゃんって呼んでたのよ?」

「まぁ、そうかもしれないけど……」

 うぅ、どうしてそこに突っかかってくるんだ……

「アレだよ。小さい頃は、響って言いにくかったらしくて、気がついたらひーちゃんって呼んでたんだよ。それが、ずっと続いてるだけ」

 自分で自分のことを『ひーちゃん』なんて呼ぶのは、予想以上に恥ずかしいな……

「そうなの……そうやってずっと昔から自分のものだという主張をして、他の娘を寄せ付けないという作戦か……やるわね……」

 俺が恥ずかしがってる間に、未名がぶつぶつと呟く。

「なんか言った?」

「い、いえ! こっちのことよ。こっちのこと」

 とりあえず、なんかわからないものには近づかない。君子危うきに近寄らず、だ。


 §


 放課後、屋上。

 夏を過ぎて、秋にさしかかった空気は、ちょうどいい温度で心地よい風を送り出してくれる。空の高いところを雲が流れている。

「それじゃあ、昨日のことを、ちゃんと説明してもらおうか……」

 未名と俺の二人は、その屋上のフェンス沿いに座っていた。

「──表面のごまかしを聞いて納得してそれで終わるのと、真実を知って戻れなくなるのと、どちらが良い?」

 俺に説明をはじめる前、彼女はそう俺に尋ねた。

「そうだなぁ……例えば、俺が愚かで、知らないことを自慢できるような人間であれば、喜んでごまかされて満足するかもしれない。でも、俺は、そうじゃない。真実を知りたい……」

 昨日感じた、胸の奥のざわめき。

 ちりちりとした焦燥感。

 俺は、あの正体を知りたい。

「なんか、昨日感じたんだ。なんと言うか、俺にはここで──ここで、何かやるべきことがあるんじゃないか? って。だから、全部教えて欲しい」

「そう……わたしも、響君は知っておいた方が良いと思う。これから先、どういうことになるかもしれないけど、どんな物語が紡がれようとも、あなたはきっと重要な役割を果たすことになると思うから……」

「俺が重要な役割? それって──」

「まぁまぁ、ちゃんと順番に説明するから、焦っちゃダメよ」

 そう言って、未名は説明をはじめた。

「昨日は、思いが強ければ、それが幻想を生んで現実に現れる、っていうところまで説明したわよね?」

「ああ。幻想には、強い思いの力が必要で、さらに、思いの数が多すぎると、幻想が分散して現実に現れるまでの力を得られない、っていうところまで」

「そう、普段は現実に姿を現さない幻想も、強い力を与えられて、きっかけさえあれば現実になる。でも、当然なんだけど、そんなことは誰にもできるわけではないわ。その場にある思いの力を集める触媒が必要になるの」

「ええと、化学反応で使う触媒?」

「そうね。そう考えると、理解してもらえるかしら。どんな金属でも触媒にはならないように、誰でも幻想の触媒になれるわけじゃないわ。やっぱり、触媒には触媒としての才能が必要になるのよ。つまり、わたしは触媒になって幻想を顕現させることができるけど、響君には無理ということ」

 まぁ、そんなことしようとか思ってないので、そう言われてもあんまり悔しくはないけど。

「触媒にもいろいろあって、化学反応によって使い分けるように、幻想の触媒としてのわたしたちにも、いろいろあるのよ。例えば、わたしが幻想を顕現させて銃を扱っていたりとか、昨日学校にいた他の触媒は、化け物という幻想を作り出していたわ」

 幻想──想像──思い──十人いれば十人とも考えてることは違う、っていうことか。

「そして、この幻想の触媒となり得る少女のことを、『アリス』と呼ぶの」

 彼女の口から、思いも寄らぬ言葉が出る。

「『アリス』? あの、不思議の国の?」

 英語のテキストにも、載っていた気がするな……女の子が大きくなったり小さくなったり、マッド・ハッターと出会ったり、トランプの兵隊に追い回されたり、女王様と対決したり、猫がにたにた笑ったりする話だ。

「そう、その『アリス』よ。実際、彼女自身──物語の元になったアリス・リデルも幻想の触媒としての力を持っていたそうよ」

「へぇ……まぁ、あの荒唐無稽な物語の主人公なら、そういう能力を持っていたとしても、不思議じゃないよなぁ……」

「『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』は、アリス・リデルがモデルにはなってるかもしれないけど、話の内容はルイス・キャロルが考えたものよ? もしかすると、彼と幼いアリスが一緒に作り出した物語だったのかもしれないけど」

 気のいいおじさんが、子どもにせがまれてお話を聞かせる。そして、そのお話を子どもが『これはどう?』とどんどんと付け加えていく……そうして出来上がった、世界中で愛される物語。それが、不思議の国のアリス。きっと、その物語が、彼女の──幼いアリスに、幻想の触媒としての能力を目覚めさせたのではないだろうか?

「──わたしたち、幻想の触媒が『アリス』と呼ばれるようになったのは、彼女が元なんだけど、この能力自体は、不思議の国のアリスが書かれるずっと昔から存在していたわ。この地球に人類が生まれて、それぞれの意志を持つようになって以来、連綿と受け継がれて来た能力なのよ」

 なんか、急に話が大きくなってきたような……

「太古の昔から、大きく時代の流れが変わる場所には、必ず『アリス』がいたわ。古代中国の殷周革命、インダスの滅亡、ローマの勃興、日本の源平合戦、応仁の乱……大英帝国の隆盛も、第一次世界大戦、第二次世界大戦も、よ。最近だと、アメリカの同時多発テロにも、ある『アリス』の存在があった、と言うわ」

「ちょっと、にわかには信じられないな……だって、『アリス』の能力は確かにすごいかもしれないけど、大人数の思いがある場所だと、幻想は現実化できないんだろ? それに、いくら幻想がすごいといっても、そんな、世界を変えるほどの力は……」

 昨日のような化け物が現れたところで、確かに混乱はするかもしれないけれど、大きな変革は起こりえないだろう。

「もし、世界中の人が共通した幻想を持つことになったら? そして、その場所に幻想を現実化させる『アリス』がいたとしたら?」

「それなら……『アリス』が幻想を現実化させることができるかも……いや、でも、そもそもの前提として、世界中の人が共通した幻想を持つなんてできるのかな?」

 どうやって、世界中に同じ幻想を見せる? どうやって同じ夢の中を生きさせる?

「もちろん、『アリス』だけじゃ無理よ。でも、世界中の人たちが、同じチェシャ猫が残したニヤニヤした笑いを見ることはできるわ」

「ええっと、それってつまりは……」

「そう、幻想を書き留めて、広めて、そして、世界に定着させる能力を持つ人がいるのよ。この能力を持つ人のことを、『アリス』の例にならって、『キャロル』と呼ぶわ」

 『アリス』が紡いだ幻想を、拡散して定着させる『キャロル』……

「この世界に散らばる幻想の欠片を集めて、現実化させる権利を持つのは、たったひとりの、一番強い『アリス』だけ。だから、『アリス』は戦うの。世界でひとり、『キャロル』に認められるために……」

 つまりは、世界レベルの幻想現実化なんだから、アリスの力も強くなきゃいけない、で、大きな幻想を現実化させるために、キャロルに認められなきゃいけない、と。

「なんとなくだけど、わかったかな……で、ちょっと肝心なところが二つばかりわかんないんだけど」

「なに?」

「ひとつは、それが俺にどう関係してくるのか、っていうところ。もうひとつは、どうして未名が『アリス』になったのか? っていうところ」

 そう。今までの話、内容はおぼろげながらも理解できた。でも、その話を聞いても、俺には未名に『じゃあ、アリスとしてがんばって! せめて、悪い世界にはしないでね』と言うことしかできないし、そもそも、彼女がどうしてアリスになったのかがわからない。

「ひとつ目の答えはね、たぶん、響君、『キャロル』だから」

 へー、俺が『キャロル』だったら、そりゃ大いに関係あるよなぁ……って、

「え、ええ! 俺が『キャロル』!?」

 そんな、どうして俺がキャロル? なにそれ? どうしてそうなる?

「だって、響君、昨日わたしの渡した銃を普通に使えてたじゃない」

「あれは、幻想が現実化したから……」

「確かにそうかもしれない。でも、家に帰ってからよく考えてみたんだけど、いくらアリスの能力で現実化させていたとはいえ、元は幻想なのよ。あの場にいた『あなたの思い』が邪魔して、消えてしまうはずなのよ。幻想っていうのは、それほどに弱いもののはずなの。その証拠に、倒した化け物はすぐに消えたし、壊れた校舎も朝には元に戻っていたわ」

 そう、未名は言うけど……

「でも、あのときは、君が渡してくれたものが現実だと思ったから……」

「うん、だから断定じゃなくて、たぶん『キャロル』なんだろうなぁ、っていう予想。本当に『キャロル』なのかもしれないし、もしかするとわたしの見当違いかもしれないし。どちらにしても、こうして足を踏み入れてしまったのだから、しばらくは付き合ってもらうわ。わたしも、相棒がいた方が戦いやすいし」

「そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいけど、俺、何もできないよ?」

「戦闘の最低単位は、ツーマンセルよ?」

 そうなのか?

「心配しないでも大丈夫よ。ちゃんと、ライフルの撃ち方くらいは教えてあげるわ」

 いや、そんな物騒なこと言いながらウィンクされても、その、困る……

「え、ええと……それじゃあ、よろしくお願いします……」

 ここは素直に頭を下げておくべきところだろう。

「うふふ、センセイって呼んでも良いのよ?」

 昨日の夜からの付き合いでちょっとわかり始めてるんだけど、実は未名って、調子に乗りやすいところがあるんだな。

「それじゃあ、二つ目の質問の答え──『センセイ』がアリスになったのって、どうして?」

 そう聞くと、彼女はちょっと困ったような顔を見せた。

「きっかけね……実際、きっかけなんて、あってないようなものよ……」

「それって、気がついたらなってた、っていう感じ?」

「そうね……気がついたら、いつの間にか幻想が現実になっていた、というところね。──さ、質問はこれで終わり?」

 ぱっと表情を変えた彼女に、俺はそれ以上、彼女がアリスになったきっかけを聞くことはできなかった。きっと何かあるはず──そう思いながら。代わりに、

「そういえば、『アリス』って幻想を現実にできるんだろ? それじゃあ、どうして未名はあんな銃を現実化させてるの? もし、昨日渡されたのが魔法のステッキとかだったら、間違いなくそんなの嘘だぁ、って思ってたのに」

 詳しく知ってるわけじゃなくても、『現実に存在しているもの』を手渡されたから、俺は昨日のアレが夢じゃなくて現実だって思ったんだ。

「え、だって、戦うときは、銃を使うのが普通じゃない」

 こいつ、なに言ってんだ? と彼女の顔が語る。

「いや、確かに戦争とかそう言うのだったら銃が普通かもしれないけど、別にアリスの戦いは戦争じゃないんだろ? だったら、魔法のステッキとか、剣とか、それこそ、昨日の化け物みたいなのを召還したって良いじゃないか。むしろ、高校生くらいだったら、そっちの方が考えやすかったりするんじゃないかなぁ。アニメとかゲームとか、なじんでるだろ?」

 最近の魔法少女は魔砲少女で、拳で語り合ったりするらしいし。あ、ちなみに、そういうのにやたらと詳しい香澄情報。

「アニメはアニメ、ゲームはゲームじゃない……はぁ、響君って、空想と現実の区別がつけられない人なの?」

「え、ちょっと、今、空想──幻想を現実にする能力の話してたんだよね? もしかして、俺、間違ってた? 何か勘違いしてた?」

「はぁ……いくら幻想って言っても、あんな理論も何もわからないもの使えるわけないじゃない……ちょっと考えればわかることよ?」

 いや、昨日、明らかによくわかんない化け物出てきてたよね? ついでに、そいつら倒したよね? 昨日の夜のことは夢じゃないよね?

「まぁ、とりあえず、これ見て勉強して」

 そう言って、鞄からごそごそと取り出したものを俺に渡す。

「これは……?」

 どれも、軍服、迷彩服の兵士が銃を持ったパッケージのDVDだった。

「戦いのことを学ぶには、戦いの映像を見るのが一番早いわ。映画なら、飽きずに楽しく見られるでしょ?」

「ええと……つまりは、これ見て、自分のために戦え、と?」

「わたしのため、なんて言わないわ。──戦う理由も、映画の中に描かれているから」

 そう言ってにやりとパッケージを指差す彼女の表情は、まさに兵士のそれだった。


 §


 自宅に帰り、部屋のノートパソコンの電源を入れる。手元には、未名から借りた戦争映画のDVDと、香澄から借りた魔法少女アニメのDVD。どっちから見ようか……と、考えて、まずは、未名が『最初は絶対にこれを見て!』と言っていた映画のDVDを取り出す。どこかの街の片隅で、銃を持った兵士が座り込んでいる、セピア色のパッケージ。ノートパソコンのスロットルにディスクを入れる。プレイヤーを立ち上げて、ヘッドホンを被る。そして、再生、っと……


 おおっ。

 うわっ。

 ちょ、そ、待ってよ!?

 逃げてーーー早く逃げてーーー

 痛っ! それ痛い! いや、痛いどころじゃないけど!

 アイリーン! ファッキンアイリーン!


 と、そんな感じで二時間以上、俺は画面に引き込まれていた。

 いやぁ、これはすごいものを見た……戦争の悲惨さ、そして戦うことの意味というものを、これほど痛切に感じさせるとは……映画ってすごいなぁ……特に感銘を受けたのは、死ぬとわかっていながら、戦場へと降り立った二人の兵士。ちょっと調べてみると、彼らの名前はアメリカ海軍の軍艦として、今も残っているらしい。

「──さすがに、続けて戦争映画見る気力はないな……」

 本当は、続けて見てしまおうかとも考えていたけど、さすがに、この映画の後にまた戦争映画を見るような気力は残っていない。ここは、気分転換というか、軽い気持ちにならないと今日はゆっくり寝られなさそうなので、香澄から借りた魔法少女アニメを少しだけ見よう。魔法少女だし、パッケージには、ひらひらふわふわしたかわいらしい服を来た少女が載っているし、これならきっと頭を軽くして見られるだろう。

 というわけで、再生、っと。


 えっ。なんか、いきなり戦ってる……

 ま、じょ……?

 契約って、何?

 そんな、死亡フラグな台詞はやめてーーー!

 あ、あぁ……そんな……ぱくって……ぱくって食べられ……


 ぽちっと、非常に重たい気持ちでDVDを止める。

 いや、これ、パッケージ詐欺というか、テレビで見てた人、大変なことになってたんじゃないのか? だって、まさか、こんな序盤で、あのキャラクターがあんなことになるなんて……いや、あれは、ちょっとないだろ……ほんとにないだろ……普段アニメを見ない俺だからそう思うのか、アニメを見慣れてる人でもそう思うのか、明日の朝にでも香澄に聞いてみようか。


 そう考えながら、結局重たい気分のまま、俺は眠りに落ちた。


 次の日、目が覚めてもその重たい気分は晴れることなく、空は抜けるような秋の青空なのに、俺の心は梅雨の空のように曇っていた。

「おはよー、ひーちゃん! あれ? なんか顔色が良くないよ? どうしたの?」

 香澄は、今日も明るい笑顔を見せている。

「──ほんと、誰のせいだと思ってるんだよ……」

 その笑顔が恨めしい。

「え? あ、もしかしたら、昨日貸したDVD見てて寝不足なのかな? あれ、面白いでしょ!」

「面白いと言うかなんと言うか……なんだよ、あの展開は……まるっきりパッケージ詐欺じゃないか……せっかく、見て爽やかな気持ちになって寝ようと思ってたのに……」

 脳裏に、ひとりの少女が頭から食べられてしまうシーンが浮かぶ。

「あれ? あんまり気に入らなかった?」

「いや、別に気に入らなかったって言うわけじゃないけどさ……話はすごく面白かったし。でも、その時の気分とかってあるだろ? 例えば、ラーメン食べたいときの気分と蕎麦食べたいときの気分って違うだろ? 昨日は、あっさり蕎麦を食べたい気分だったんだよ。それが、思いっきり重たいがっつり背脂入りとんこつラーメンだったときには、それがどんなおいしいラーメンだって微妙な気持ちになっちゃうんだよ……」

 我ながら、微妙なたとえかもしれないけど、気分的にはそんな気分だった。

「そっか……もしかして、もっとファンシーでふわふわーなキラキラな魔法少女だと思ってた?」

「思ってたっていうか……普通、魔法少女って言えば、そういうものだと思ってたけど……」

 俺が知ってる魔法少女は、子どもが大人に変身して騒動を巻き起こしたりとか、ご町内の平和を守るためカードを集めてたりとか、そういうのだった。

「あー、最近のは、あんまりそういうのじゃないのよ。女の子が魔法で殴り合って友情を深めたり、サブミッションで覇を競ったりするのが人気なのよ」

 うんうん、と香澄が解説してくれるんだけど……

「──いや、それって、どこが魔法少女なんだ……?」

「うーん、魔法少女っていうか、魔砲少女? あと、肉体言語は王者の技?」

 魔砲少女は前に教えてもらったので、ああ、あれか……と思い浮かぶけど、肉体言語は明らかに魔法少女と関係ないだろ……


 と、香澄によくわかる現代魔法少女の講義を聞きながら、学校へと向かう。

「おはよう、響君、香澄」

 教室では、先に来ていた未名が迎えてくれる。

「あぁ、おはよう、未名。──借りたDVD見たよ。ひとつだけだけど」

 とりあえず、最初に、と勧めてくれたくれた映画を観たことを告げる。

「え、ひーちゃん、未名にも何か借りてたの?」

「あぁ。ちょっとね」

「わたしにも、ということは、香澄にも何か借りてるの?」

「う、うん……」

 あれ? もしかして、こう言うときはそういうの秘密にしてたほうが良かったのかな?

「まぁ、あんまり夜更かししないことね。わたしも、授業中隣の席でぐっすり寝られてたりしたら、あんまり気分の良いものじゃないから……」

 ふぅ、と柳眉をひそめる未名。

「──はい、気をつけます……」

 俺は、そう素直に謝るしかできない。

「ほんと、気をつけるんだよ!」

 そう言って自分の席へと向かう香澄にも、

「──はい……」

 と頭を下げざるを得なかった。


 朝のホームルームが始まる前に、未名と昨日見た映画について話す。

 作中でもあったけど、あの映画は実際の出来事を元に作られたものだそうで、実際にあの作戦に参加した兵士も、映画にカメオ出演しているらしい。

 と、胸ポケットに入れた携帯電話がぷるるる、と震える。

 かちっと開いてみると、香澄からのメールだった。

『ひーちゃん、いつの間に香澄とそんなに仲良くなったの?』

 いつの間に、と言われても……まさか、『アリス』のこととか教えるわけにもいかないだろうし……

『いや、それは、隣の席だから……』

 と、無難な返信をする。

『むー、今度、どうして仲良くなったか教えてね!』

 隣の席だから、って返したはずなのに……少しは俺のことを信じろよ……


 §


 そして昼休み。

 いつの間にか、俺は未名と香澄に包囲されていた。

「さぁ、お昼を食べましょう」

 ガチャ、と机を合わせてくる未名。

「そうそう、一緒に食べるとおいしいよ?」

 前の席の椅子をがらっとまわして、香澄がこちら向きに座る。

「あ、ああ……」

 昼くらいゆっくりとしたかったんだけど……諦めて、弁当を出して広げる。

 う、なぜか、周りのみんなの視線を感じる……いや、なぜかというか、理由は何となくわかってるんだけど。香澄と昼を一緒に食べることは今までもあった。それは、まぁ、幼馴染みだから、とか、そういう理由でみんな納得してたみたいだけど、さすがに、未名とも一緒というのは想定してなかったらしく、周囲から、とうとう浮気か? とか、まさかの三角関係? とか、好き勝手言ってる声が聞こえる。──浮気とか、そもそも香澄とはそういう関係じゃないし、未名ともそういうつもりはないんだけど……端から見てるとそう思えるのだろうか? いや、単に、高校生特有の騒ぎたい気分というか、そんなもので、実際にはどうだって良くて、何か楽しめる、噂にできるようなできごとがあればそれで良いのだろう。

 というわけで、気にしたら負けだ、と自分に言い聞かせながら、弁当箱を開く。

「──あら、香澄の手作りっていうわけじゃないのね」

 未名が、俺と香澄の弁当を見比べながら残念そうに呟く。

「そりゃあな……」

 俺の弁当は、冷凍食品のハンバーグに、茹でたブロッコリー、昨日の夜の煮物など、まぁ、ごくごく普通の、一般的な母親が作るような弁当だった。

「うーん、別に、あたしが作ってあげても良いんだけどなぁ……」

 そういう香澄の弁当は、ミニトマトの鮮やかな赤色とか、卵焼きのきれいな黄色とか、これもごくごく普通の弁当のはずなのに、どこか輝いて見えるのはどうしてだろう?

「あ、未名のお弁当おいしそう!」

 香澄が、未名の弁当に目をつける。

 確かに、彼女のいう通り、未名の弁当はおいしそうだった。

「そ、そう? 別に、そんな特別なわけじゃないんだけど……」

 そう言って恥ずかしそうにしているが、その弁当は言う通りに何か特別なところがあるわけじゃない。しっとりと焼き上げられた鮭、彩りを添える卵焼き、しんなりと鮮やかな野菜……どれも、普通の料理ではある。けれど、ひとつとして手抜きされた料理はなく、全体のバランスも素晴らしい。ごはんとおかずの量も、弁当黄金比に忠実に、そのごはんの真ん中に添えられた梅干しですら、神々しさを感じさせる。

「そんなに見ないでよ……恥ずかしい……」

 そして、その恥ずかしがり方……まさか……

「未名、それ自分で作ってるの?」

「え、ええ。朝はあんまり時間がないから、手が込んだもの作れなくて!」

「すばらしい!」

「え、ええ?」

「もー、ひーちゃん! あたしもちゃんと自分で作ってるんだよ?」

「うむ、お前も素晴らしい」

 そう! 弁当──いや、お弁当、しかも、女子高生のお弁当では何が重要か?

 母親が愛情を込めて作ってくれる弁当は、それはそれで素晴らしいものだ。

 我が子のことを考えて、その成長期の身体に十分な栄養を与え、勉強の合間の昼休みに一服の清涼剤となるべく作られる弁当──それはそれで、非常に美しく、尊いものかもしれない。しかし、女子高生が自らのために作る弁当というのは、また別格なのだ。自分のために、自分がどういうものを食べるのか? を自ら考え、そして、自分のために精一杯のお弁当を作る──微妙な乙女心のスパイスがきいた、最高のお弁当がそこにはある!

 まぁ、いくら褒めたところで、俺の弁当は母親が作ってくれた普通の弁当なんだけどね。

 と、物欲しそうな顔で、きゃっきゃとしながらお弁当をつまむ彼女たちを見ながら、自分の弁当を食べる。──いや、おいしいよ? ちゃんとおいしいよ?

「──ねぇ、ひーちゃん、食べる?」

 そんな俺を見かねたのか、香澄がミニトマトを分け与えてくれる。

「おお、ありがとう! って、それは……」

 箸でとった赤いミニトマト、俺のお弁当箱に置いてくれるのかと思ったら……

「ん? あーん」

 と、そのまま俺の口にいれようとする。

「い、いや、それは……」

 さすがに恥ずかしいぞ?

「なーに? 良いじゃない、これくらい!」

 ほれほれっ、と迫ってくるミニトマト。助けを求めて、未名の方を向くと、

「じゃあ、わたしは……」

 あの、その箸に持った卵焼きはなんでしょうか?

「え、ええと……二人とも……」

 ちょっと、二人ともそういうキャラだっけ? 香澄はふざけてこういうことやるのもあったかもしれないけど、未名は、そもそもただ席が隣になってただけで、ちょっと深夜の学校でいろいろあったけど、そういう関係じゃないというか、まぁ、よくわからない関係なんだけど、深夜の学校でいろいろあったって、なんかそれっぽく聞こえるんだけど、って、それっぽいってなんだ? と、頭の中がぐるぐるぐる。

「わたしたちの手作りが食べられないのかしら?」

 そう、上から目線で迫ってくる未名。

「ほらほら、いつものようにあーんって」

 いつもって言うほどいつもじゃないぞ? な香澄

「ちょ、ちょっと、二人とも落ち着こう、な? な?」

 そう言ってぱたぱたっと手を動かした拍子に……

「あっ、もー、ひーちゃんったら!」

 香澄が持っていたミニトマトが落ちて、ころころっと転がってしまう。

「あー、ごめんごめん……」

 本当に悪気があったわけじゃないんだけど、とても悪いことをしてしまったような……

「はい、一之蔵君」

 転がっていった先から、おっとりとした声が聞こえた。

 転がるミニトマトは、その声の主に拾われる。

「あ、ありがとう、喜久きくさん」

 未名とは逆側の席に座ったメガネの喜久和泉いずみが、そのミニトマトをはいっと渡してくれる。

「──今日はにぎやかなんですね」

 そう言って、ぽわわ、っと柔らかに笑う。

「あー、うん、ごめんね、ちょっとうるさいかな?」

「にぎやかなのはいいことだから……」

「そう? うるさかったら言ってね?」

 そう言い残して、自分の席に戻る。

「──ごめんなさいね。ちょっと調子に乗ってしまったわ」

 卵焼きを俺の弁当箱に入れる未名と、

「むー、ごめんね? 代わりにこれあげるから」

 同じく卵焼きを自分の弁当箱から、俺の弁当箱へと移動させる香澄が、俺を迎える。

「そうそう。はじめからこうしておけば良かったんだよ……」

 まずは、香澄の卵焼きから口にする。

 ちょうど良い砂糖の甘さが口の中に広がる。ちょっと甘すぎる気はしないでもないけれど、これはこれで、好きな味。

「どう?」

 おずおずと香澄が尋ねてくる。

「うん、おいしいおいしい」

 そう言えば、香澄の作る卵焼きも、久しぶりに食べたなぁ、と思いながら、彼女の頭をぽんぽん、と撫でる。

「──響君って、そうやってすぐに女の子の頭撫でるのね」

 っと、なぜか未名の視線が冷たい。

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど。と、さーて、次は未名の卵焼きを食べるかな」

 ごまかしながら、次は未名が作った卵焼きを一口。

 おおっ、これはまた香澄の卵焼きとも全然違うけど、おいしいな! 香澄の卵焼きとは違い、大人な味の卵焼きだな。微かな出汁の香りが食欲を誘う。

「未名のもおいしいよ」

 そして、平等に彼女の頭もなでなで。

「だから、そうやってすぐ頭を撫でて……」

 と、彼女は言うけれど、それほど嫌そうに見えないのは?

「でも、ひーちゃんって、天然に女の子に優しいよねぇ」

 香澄が、箸をふりながら言う。お行儀悪いからやめなさい。

「やっぱりそうなのね……わたしに優しくしたのも……」

 未名がふぅ、と息を吐く。食事中にため息というのも、なんか良くないからやめた方がいいんじゃないのか?

「ええと……」

 しかし、そこに反論できないのが俺ですよ。

「ねぇ香澄、響君はどういうのが好みなのかしら?」

 そんな俺を置き去りにして、二人で話し始める。

「うーん、ひーちゃんの好みかぁ……なんだろうなぁ……あたしが迫ってもダメだし……」

 いや、迫るなよ。

「わたしにも、そんなに興味なさそうだし……」

 え、俺、そんな興味なさそうにしてましたか?

「二人っきりでいても、手も出さないのよ……」

 いきなり何を言い出しますか。

「えー、もう二人っきりとかしたの? 未名すごーい!」

 香澄もすごーい、じゃないよ!

「もしかすると、あたしとか未名みたいのじゃなくて、和泉ちゃんみたいのが良いのかなぁ?」

 と、先ほどの喜久さんの名前を出す。

「そうね……ああいう、包容力があって優しそうな娘の方が良いのかしら?」

 未名も、そんな香澄の言葉に同意する。

「いや、別にそう言うわけじゃないけど……」

 この状況で、彼女が良いとは言えないんじゃないか?

「ほらほら、和泉ちゃんもおいでよ!」

 って、どうして香澄はそう気軽に俺の包囲網を縮めようとしますか?

「え、は、はい」

 喜久さんも、いくらもうお弁当食べ終わってるからって、そうやって素直にこなくてもいいんだよ?

「ねぇねぇねぇ、ひーちゃん、和泉ちゃんみたいなタイプはそれほど好みじゃないんだって」

「えっ?」

「ひどいと思わない? 喜久さん、こんなにかわいいのにね……」

「えっ? えっ?」

 ほら、喜久さんも困ってるじゃないか……

「でも、一之蔵君って、かっこいいし、人気あるし、私なんて……」

 え? そういう困り方?

「もう、何言ってるの! 和泉ちゃんだって、こんなにかわいいんだから! ね!」

 そうやって喜久さんを励ます香澄の声を聞きながら、わいわいと昼休みは過ぎていった。

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