『フレーバーテキスト』
『マージナル・コントラクト』開発ディレクター、ウシノキヨカ。彼女はゲーム公式放送の場で、厳かに告げた。
「私たちの作り上げたゲームは、世界で誰も実現できなかったことを成し遂げました。これがどういう意味か、お分かりですか?」
「えっと、キヨカさん、何を⋯⋯?」
「私たちの作ったゲームが、世界で1番強いという事実です。少しでも悔しかったら、追い抜いてご覧なさい。私たちは、いつまでも同じ場所には居ませんので」
リハーサルになかった言葉にスタッフが苦笑いする中、彼女は咳払いを1つ。
「失礼、本音が少し漏れてしまいました。さて、妥当な宣言はこの程度にして、今回もサプライズがあります」
ニッコリ営業スマイルでキヨカディレクターは1冊の本を取り出す。それは、表紙に飾られたエンブレムこそ別物だが『マージナル・コントラクト』内でゴールドとウェンディの契約時に現れた契約本と、同一の品物だった。
「これは劇中に登場する契約書を模した物ですが、実際にゲーム内のキャラクターと共有できる交換日記として販売いたします。お値段ポッキリ980円(税別)。どうぞファングッズとしてお買い求めください。装丁は古本版と新本版の両方を別々にご用意させて頂いており、音声記入、各種フォント設定、スタンプ使用などにも対応しています。お申込み頂ければ劇中と同じようなエンブレムを飾ることも可能です──世界に1つだけの契約者との繋がりを、どうか、その手に取って頂ければ幸いです。古きを重んじ、それでいて限界点を超えたサイエンスフィクションのような体験を、今後ともよろしくお願い申し上げます」
◇◇◇
結局、サケノミからも翌日には『マージナル・コントラクト』をプレイしたと連絡を受け取ったので、予定を繰り上げて俺達3人は、新しいチャットツールで連絡を取り合っていた。
「カマしてくれるなぁ、公式放送」
「仕方ないんじゃない、これだけのゲームだもの。でも普通はリリース前にバンバン宣伝とかするよね?」
「広告費にカネ出すなら、開発費にってスタイルなんじゃねえのか。ゲームデザイナー目指してる身としてはどう思う。スズメちゃん?」
「このゲームデザインなら、コマンド選択式のRPGじゃない方が良かったんじゃないかな。アクションっぽい要素アリとはいえ」
「何? ジャンルはアクション要素のある、タワーディフェンスじゃないのか?」
「⋯⋯なあ、俺のは横スクロールアクションなんだけど」
しばし、沈黙が落ちる。サケノミがまた呑み始めたのか、カシュッという小気味よい音だけが間抜けに響いた。
「全員、録画はしてますよね?」
「ざっとで良いから、先にそれぞれ見るか」
ストックしておいた自分の動画を送っていたら、サケノミとスズメちゃんのプレイ動画が届いた。パソコンにダウンロードして、2つ同時に再生させた。
「どこまでプレイしたんだ。俺は道中の強敵っぽい大砲を倒したが」
「まとまった時間がとれたんでチュートリアルボスは倒したぞ。ちなレベル11」
「私のは進学手続きがあったから、レベルは8よ」
「結構行ってるな、契約したシナリオ名は?」
「俺は『廃棄物の学徒』だ」
『あたしは『デスゲームのモリ』を選んだら、なんか演出があって、シナリオ名が確認できない、かな?」
「確認できないってどういうことだよ。スズメちゃん?」
「登録名を書いてる途中に『契約の上書を実行します』って出てきちゃって、なんかそういうシステムに強引に契約されちゃった演出だったの、すごくない?」
「レア演出とかじゃねえのか、相変わらず運の良い面食いめ」
「人間は見た目9割ですヨー。とはいえちょっと影があって強引な所も、ライドくんはカワイイんだけどねぇ、むふふ」
口の減らない娘っ子め。とはいえ進路が決まって暇を持て余している女子高生なんて、こんなものなのかもしれない。
「人間見た目ねえ、俺は契約相手が女の子だけど、腕4本にしちまったぜ」
「⋯⋯それは謝ったんだよね、ゴールドさん。仮にも女の子の身体だよ?」
「ドスの効いた声出さなくても、透明化や切り離し見据えてカバーしてるつーの。むしろ再キャラメイクで胸を大きくできるかもって遠回しに言ったら、少し喜んでたぞ?」
「うっわ、サイテーだァ」
ムッとしていた声がケラケラ笑ってきやがった。女心と秋の空だな。
「まるで人間みたいに入れ込むなぁ、お前ら」
「そういう風に促されてる作風だもん。マドカのことは心配だけど、それとは別に楽しまなきゃ、作った人に悪いっしょ?」
「今見てるがお前のキャラはどうなんだ、サケノミ?」
「なんつーか酷くマッドサイエンティストでな。自分の信念のためには、手段を厭わない娘だぞ」
「目的のために手段は厭わないタイプか、逆じゃなくて良かったな。んでよ、君の採点としてはどうなんだ、スズメちゃん?」
「⋯⋯技術力としては桁違いに規格外、マネタイズとしては微妙な点はあれど、変な悔しがり方や嫌らしさよりは断然マシ。きっと制作時間とかも度外視したものなんだと思う。ぶっちゃけ異様なほど好み」
「だろうな。でもなんていうか、どっか日本製っぽくないよな?」
「そうね。きっと全部が終わる冬を知らないのよ」
「冬って、どういうこった?」
「これ先生の受け売りなんだけどね。海外の季節の差があんまりない地域だと、期限とかあんまり気にしないの。逆に、日本みたいな春夏秋冬がハッキリしてると、電車の時間がいつでも数分遅れるとかもないっしょ?」
「時間感覚が同じようで違うって言いたいわけか」
「日本のサブカルマネタイズって、世界でもトップクラスに目まぐるしいもん。そこも良し悪しだけど」
「なるほどなぁ、でもこのゲーム、フレーバーテキストにも凝ってるよな」
「どのテキストのことだよ、サケノミ?」
「契約書の最後のページに書かれててな。出来立ての有志Wikiにも乗ってねえぜ?」
サケノミから画面を撮影したであろう、スクリーンショットが送られてきた。
『古びた刻印の断片』
かつて、地に這う者らは自らを「人」と定義した。
その傲慢こそが、滅びの手を招く呼び水となった。
狭間より染み出した病魔の指先は、瞬く間に矮小な肉を捏ね上げ、 忌むべき形へと鋳直してしまったのだ。
慈悲深き神々は、泥濘に沈む魂を辛うじて引き剥がし、これを奪還した。
故に神々は、声なき契約を交わす。
これは極めて理不尽な遊戯。出口なき闘争。魂がかつての器を忘れ、より高き位階へと昇り詰めるその日まで。
彼らは知る由もない。
自らが、神々の手で施される「救済」の渦中に。
────スクリーンショットの内容、契約書の最後のページには、そんな風に綴られていた。
「中二病な文章だが、俺たちプレイヤーについてのテキストか、これ?」
「契約書に書かれているんだからそうじゃないの。よく分かんないけど」
「神様なあ、近未来SFっぽい世界観なのに、ちょっとダークファンタジーっぽくもなったな」
結局、全員で情報を詳しく共有したが、マドカちゃんの手がかりに繋がる証拠は探し出せなかった。




