第5話
人間が一切触れずにゲームを操作する。技術的には可能といえば可能だ。超音速で飛び回る戦闘機だって、適切な機器さえあれば人は思うだけで操縦できる。
しかしあれは、主に操縦者が墜落すると思えば本当に戦闘機が墜落コースを辿るので、試験的な試みだけで制式採用されなかった技術──のはず。
これはレスポンスが手動操作と桁違いに違う。何より指や手で画面を覆ってしまうという事が無い。インターフェース表示も爪の先ほどの横楕円で囲まれたRLSの文字のみ。なんだこのどうしようもない没入感。俺が狂ってやがるのか?
いかん、1度冷静になれ。本気でマドカちゃんの探索を忘れそうだ。確か、視線計測技術だったかな。試しに目を閉じて少しだけキャラメイク画面を操作してみた。
「動くのかよ、マジかぁ」
流石に目を閉じているので、詳細な操作には及ばないらしい。こうなると脳波か、機械側での同調操作か、でもそれだけでは説明のつかない何を感じる。
「これ、スズメちゃん我慢できないだろ絶対、賭けても良い」
これを無視するなら、もう彼女を別人確定にするか、できないほどに何かあったとするしかない。向こうも必ずそう思うだろう。
どうする。1度連絡を取ったり情報をネットで調べるか、しかし──。
「無理だな、やりたくてたまらん。もう進めるだけ進めちまおう」
極上の餌ぶら下げられて食いつかないなら長年ゲーマーをやっていない。それに、連絡を取るのは最低4日後と取り決めている。
さて、キャラメイクだ。ご丁寧にヒトデ共に追い詰められて、彼女は推定胃酸の海に沈んでいる。
そんな状況で追加の羊皮紙に表示されているのは夜空と星座、彼女の現在の全体像。どうやら夜空と数多くの星座は、レベルとスキルツリーを表している──ようなのだが。
「なんだこれは、身体の部位が、11種類?」
身体が半端に溶けてなくなっているせいか、11種類の内、五体満足に再生しても残り2つ、何か追加できるようだ。
やろうと思えばたくさんの目と下半身だけの異形種や、上半身に無数の手だけを取り付けた怪物にもできるらしい。どんな自由度と需要だよ、おい。
「面白え。だけどこういうのって、必要な部位がないと⋯⋯あ、そうでもないのか。ゴーストなら」
上半身を横にスワイプしていると、ゴーストや半霊といった種族切り替えができる。赤い字で表示されていた呼吸や視覚のバツマークを示すペナルティの星が消えていた。
画面を見る限り、ゲームジャンルは横スクロールアクションに近いRPGのようだ。しかし従来のゲーム画面の全体的な遠近倍率コントロールは段違いで──てっきりコマンド選択式のRPGだと思い込んでいたが、違ったらしい。
「よし、それなら、これでどうだ?」
デフォルトの項目にあるリセットボタンを押して、身体全体を胃酸の海に落下する直前に戻す。デフォルトネームはウェンディで陽の暖かみを宿した褐色肌に、栄える碧みを帯びた銀髪と、ほっそりとしたクビレが目を引く。
──── モロ好みだァ。銀髪が映えるエキゾチックでアラビアンな褐色娘サイコーと思わず叫ぶ。R15ゲームなのでエロ方面は限られるが、ぜひR14.999くらいギリギリまで迫りたい。
「なんならR15って、実質18禁の1歩手前、17.99ってことだよなァ⋯⋯いかんいかん、こんな冗談を口に出してると、また姪にバカにされちまう」
よし、これならある1点を彼女に追加しよう──肩甲骨から新たに追加した、砂のようにざらつく異型の両腕だ。人間耳と動物耳の抱き合わせや尻尾、動物の手足も魅力的だったが、あえてこうしてみた。
設定されたスキルツリーを確認すると、レベルアップ次第で獲得できるスキルツリーポイントで、腕部分を透明化や切り離した独立浮遊も可能らしい。
このタイプのゲームはあまり人間的でない外見を選ぶと、有効でないNPCも多い気がする。それにこの腕がどこまで自由に動いてくれるのか、一刻も早く体験したい。特化型にしたくてたまらない。
何より、だ。
4本腕の拳法は現実に実在してくれない。どんなに恋い焦がれていても、そんな相手を想定していても、たとえ拳法マニアとなって生涯を捧げてもだ!
天下一! 宇宙一の強さを描いた漫画家が挑まなかった極地! 人類種の未体験ゾーン! このゲームで少しでも実現できるなら、最高に興奮するしかねえ!
よし。ここまで身体を生やすことで消費して、残りのスキルツリーポイントは1つだけ残っている。今現在彼女はレベル1で、攻撃手段はまだない──ならば。
◇◇◇
狭間より飛来した文字が、彼女を包む。胃酸の海から浮かび上がって来たそれは、ゴキゴキバキメキと彼女の身体を強引に変化させ、ことを終えると宙に浮かぶ1冊の契約書へと集束していく。
「これどうなって、身体が勝手に動いて!?」
一方で異変を察し、背後から銃を向ける骸骨ヒトデ。彼女の視界に骸骨ヒトデは映っていない。
弾丸が放たれ──しかし標的が遥か頭上にかき消えた。自分の意思ではなく身体が勝手に動き、無数の瓦礫から、あるものを掴む。
「ランタン!?」
「こうやるのさ、お嬢ちゃん!」
思いっきり大股開き、銃ごと触手を踏みつけて、馬乗りに押さえ込む。女性の姿でこの構えはやや品に欠けるが、最初の手本としてはこれぐらい大胆な方が良い。骸骨ヒトデの中央――それが目なのか、牙を持つ口なのかハッキリしない部位へ、カラースプレーのようにランタンを向ける。
「さんざんやってくれたな、倍返しだ!」
「イギィイイイイイイイイイ!!?」
身体の内部に思う存分、彼女がやられた以上に容赦なく火炎を送り込む。赤ピーマンのように膨張して胸のすくような地獄の絶叫が響き渡り、骸骨ヒトデは骨の芯まで焼き尽くされて消し炭となった。
ドット絵とはいえ、ここまでイメージどおりキャラクターを扱えるとは、多数のゲーム経験を持つ俺も驚きを隠せない。
できる。この4本腕なら、心技体さえ揃えば間違いなく。俺は歓喜に打ち震えていた。
「さて、最初の挨拶は1つだな。ウェンディ」
身体の自由が戻ると同時に、手にした本──違う、新たに増えた腕に取られた本の青いエンブレムが、明滅して語りかける。
「何かに火ぃ付けられたんなら、戦うか決めな」
「あなたは⋯⋯?」
「俺はステイゴールド。お前が頼る渡り星で、お前だけを支える黄金の支柱だ。忘れるな」
この日、空飛ぶ彼は来なかった。だが不屈の渡り星は月が見えぬ夜空でも今宵、確かに舞い降りてくれていた。




