第3話
ゲームのリリース予定時刻である夕方の17時から2時間後の19時。野良仕事と鍛錬を終えた俺は、自室でゲームを起動した。
この手のソーシャルゲームによくある問題──サービス開始直後のメンテ地獄はなかったが、ログインが通ったのは2時間後。運営の通知では少し混雑した状態であったらしい。
念のため常に録画を行い、事前DL時に製作したゲームアカウント登録には普段使わない新しいパスワードやら、新しい連携アカウントなどを使用している。
「2時間か、プロを目指してるスズメちゃんには、きっとかなり好評価だろうな。新しいパスワードはクマさんブラック、と」
オープニングのムービーが流れる。暗転した画面の中で『ケイヤクをハキしますカ』の赤い大文字──それを、上下真っ二つに切り裂く一閃。
現れたのは一目で研究者だとわかる、女神のような白衣の女性。彼女は霧に覆われた世界で剣を振るい、たった1人で名状しがたい姿の怪物たちを次々に斬り伏せていく。
霧が少し晴れる。とても小さな彼女が遠く見据えていたのは、まるで無数の腕が天に助けを求めるように連なっている、不気味で巨大なシルエットの塔。
『これは極めて理不尽な遊戯。勝ち切れる保証は微塵もなく、終わり無き闘争です。それでも──』
があんッ!!! と身体が思わず竦むほど、地面に突き立てられる刃。両手で下に向け剣柄を押さえた、不動や威厳、何より絶対に折れない意思を示す姿。
顔は一切見えない。だが何よりも見る者すべてに、そのあまりにも小さな背が静かに告げていた。共に来るか、と。
『我らと共に契りを結び、刃向かいますか、契約者?』
現れるゲームタイトル『マージナル・コントラクト』の英語ロゴ表示と、スタートボタン表示。
派手なアクションに効果音はあったが、ムービーに一切BGM無しとかどんなクソ度胸だ。限られた予算と時間の中で、極限まで研ぎ澄ませた何かを感じる。あえて塔と霧と白衣の女性だけの殺風景なタイトル画面も好感が持てる。
グラフィックも理想的──切り絵のように繊細で平坦な人物像と、神秘的なラインディングが霧でぼやけた建物や、古い石畳に深い陰影を落としている。昨今流行りのドット絵と3Dを上手く融合させたアレに近い。
個人的には読み込んで傷んだ古本のような色調が、もっともポイント高い。
「渋い、マジで渋い。激烈なロマンを感じるほどに。本当に日本産のゲー厶か?」
これは、ほっといてもすずめちゃんやるだろう。このゲームのすべてが彼女の理想すぎる。
「よし、さっそく」
ゲームプレイ画面が出るかチェックするつもりだったが、止めだ。気を抜くとマドカちゃんのことを忘れそうになるが、まずは一刻も早く楽しみたい。
始めよう。言語選択──日本語。お住まいの国、地域──アジア太平洋、日本。生年月──1999年2月。
利用規約、プライバシーポリシー、マイク使用権限──同意。
「ふむ⋯⋯?」
珍しい。この時点ですべて羊皮紙を模したユーザーインターフェースだ。しかも蝋燭の火が流動的に動くので驚くほど見やすい。
普通、この手の凝ったレトロモダン画面系レイアウトは毛嫌いされやすい。
なぜならば使える配色幅に限りがあり、ユーザーの注目力がどうしても低下して、ストレスを与えてしまう場合が多い。
逆に、ユーザーインターフェースで好評な作品では、ゲームデザインの根幹から盛り込みコントラクトの強い配色や、赤、黒、白色の雑誌系タイポグラフィ、あるいは水や泡のような青オンリーで流動的な動きを取り入れていたりする。
それらは画面編纂の速さに直結し、プレイヤーの没入感を高めて目を常に楽しませ、ストレスを与えない心地よさを生んでくれる。
まして、このゲームは横画面とはいえタップ・スワイプ操作──まるで次に何をするのか、予見でもされているようで笑えてくる。
操作性、追従性、直感的な操作も申し分ない。これは相当な腕の『ウェザリング』のプロを雇ったな。
「で、契約における断片を自由にご記入ください。適切な契約者との運命を探索いたします──シナリオ分岐か?」
俺はとりあえず音声入力で黄金の支柱──チェイサーとして最も気に入っていて、実績解除していた通り名を入力してみた。
「⋯⋯え、多くねえか?」
『学園の人柱』『大怪魚の腹』『無実の絞首刑』『キリのカイブツ』『田舎の因習』『怪物の婿』
ざっと老若男女合わせて30人以上いる。見れば、全員が手に蝋燭を握っていて、その長さがどんどん短くなっていく。
端末の画面に長く触れると詳細な情報が表示され、彼らが絶対絶命の淵にいることを冷酷に示していた。いや、もしかするとこれは遺言の類だったのかもしれない。
おそらくすべて演出だろう。スタート直後に30人は多すぎる。その証拠に『キリのカイブツ』だけ、蝋燭が血のように赤く減っていない。選択肢を示す文字も赤く、内容も乱雑に赤塗りされていた。
「ふむ、やっぱり蝋燭の火が消えると、居なくなるのか」
少し観察していると、蝋燭が小さくなって消えた『無実の絞首刑』の女性が、火が燃え移った切り絵のように消えた。代わりに『デスゲームのモリ』と、新たに赤い選択肢が追加された。
「とりあえず適当に選んでみるか」
俺好みの内容は『大怪魚の腹』だった。
端末の画面が切り替わり、ストーリーが流れ始める。
――『荒れ狂う海。渦巻く潮流の底に待ち構えていたのは、神話のごとき巨躯を持つ魚だった。客船は木の葉のように飲み込まれ、彼女の意識は深い闇に沈む。再び目を開けたとき、周囲には未知の怪物たちが群れ、足下には煮え立つ胃酸が広がっていた。死の淵へと身体が溶けていく最中、静寂を破る声が問う。契約しますか?』
「契約しよう」
画面下に広げられた羊皮紙の欄に、触れる。俺はしっかりと自分の登録名を書き記した。
『承りました。ポゼッション・リンク・システムVer1.26を起動します』
「ポゼッション?」
蝋燭の火とテキストに導かれるまま、俺は横楕円で囲まれた画面右上の小さなPLSの文字をタップした。
──────あれ? 動く。画面を触っていないのに、指よりずっと早く。俺の自由自在にレスポンス良く、ゲームが動いている。
「なんだ、これ⋯⋯?」
表示はただのキャラメイク画面なんだが、試しに俺はもう1度PLSの文字をタップした。今度は普通にタップやスワイプの反応がする。もう1度タップ。触って無いのにやっぱり細かく操作できている。
⋯⋯嘘だろ、おい。
「マジかよ。指先1つもいらなくなっちまった」




