第25話
奥に進むにつれて道は狭く整理されている。ドット絵で分かりづらいが、ウェンディによると何かを引きずった跡や、人とは思えない大きな足跡もあるようだ。
半端に崩れた自動扉の向こうから、ガションガションと機械の足音が聞こえる。扉を隔てた画面端には、垂直に立てたタマゴに手足でも付けたような機械が、ぎこちなくよちよちと歩いていた。
「警備か作業用のロボットか。このあたりを片付けたのは、どうやらアイツらしいな」
「この電気紐が繋がって動いてるのかしら⋯⋯?」
ウェンディが伏せ、ゴソゴソと何かを探し出した。彼女の手に握られているのは、作業用ロボットに向かって伸びている細長い電源ケーブル。
「おい、まさかそれで動いてるのか?」
「さあ? 私、機械には詳しくないし?」
「⋯⋯どの道隠れる場所も無い、試しに抜いてみるか」
警備ロボットが扉に背を向けたタイミングで電源ケーブルを引っ張り、電源を外す。進行方向の画面端に注目しながら、ウェンディを突撃させた。
『通電のロストを確認、腕部レーザー砲を照射できません。マニュアル番号、B2026⋯⋯』
「それっ!」
ロボットのガラスに覆われた頭部に、手刀を叩き込む。電子音声で何か言いかけたロボットは、煙を噴き出して腕をダランと下げ、動かなくなった。
「危ねえな、レーザー砲があるのかよ。コイツってインベントリに入るのかな」
あのタラバの甲殻だって入ったんだ。きっと入るはず。試しに入れたら収納できたが『壊れたレトルロビー』としか表示されず。フレーバーテキストを読んでみる。
『壊れたレトルロビー』
『名機、ロビーシリーズの1体。既に破壊されて動かなくなった警備用の自立型機械ロボットであり、その滑稽なまでに丸みを帯びた外殻は、かつて時代に愛された親しみやすさを競った成れの果てである。中身は詰まっているが、夢と希望は特に実装されていない』
「なんか、機械にまで壊すなって毒でも吐かれた気分になるわね?」
「やめてくれ、毒なんてサケノミとその相方だけで、十分だっての」
軽口を叩きながら、油断なくウェンディを通して進めていく。どこかで取り込まれた医療施設内にでも合流したのか、白く清潔な通路が続いている。しかし進むにつれて、壁に剥がれたパネルが目立っているが⋯⋯。
「ねえ、ゴールド、これって⋯⋯」
ドット絵でもわかる。妙に脈動しているエネルギーケーブルや、何かの粘液っぽい虹色の液体が、崩れた壁の隙間から溢れ出している。
電光掲示板らしきモニターからは、ノイズ混じりに誰かの心電図やバイタルサインを示す波形や数字が、不安定にループしている。目にしていると誰だって気持ち悪くなる構造だ、これじゃまるで⋯⋯。
「生き物の中身みたいで、やだ⋯⋯」
「何かモニターの映像に書いてあるが、しばらく目を閉じて良い。俺が読んでおく」
『嘆かなくてもう良い。人体という不完全な殻が苦しみなら、ここですべて取り除いてみせよう』
『美しい、今日君の背に芽吹いた青は、どんな高価な珊瑚や真珠よりも価値がある』
『見てみたまえ、ウミウシの遺伝子配列こそ、この深海に遺された最後の正義、つまり君はもう、あの神の罰に負けない初の戦士となるのだ!』
『……実験は失敗だと、上の連中は言う。アセンブルSを使っていても、同じ薬を使用したデヴァイアントの足元にも及ばないと。だが私は君を離さない。足りないと蔑むなら、私のすべてを君に注ぎ込もう。皮膚も、内臓も、知識も。最後には混ざり合うべきだ、そしていつか地上へ、いつか、星の海で⋯⋯』
今度は俺の歯ぎしりが鳴る番だった。狂ってやがる──それも後戻りできないほどに、正気が残っていない。身勝手だが犠牲者が生きて《《いない》》ことを、もはや心のどこかで願ってしまう。
「ウェンディ、無理ならいつでも引き返して良い。叫んで良い。それに、街やこっちに逃げる用意もある」
「うん⋯⋯。でも戦うって、もう決めたの」
「わかった、やるぞ」
明らかに通路の様子が変わった。床一面が浅い液体で満たされている。その流れは奥の開け放たれた自動扉から漏れ出ていた。
「女の、子⋯⋯?」
扉をくぐった先は、大きな円柱形のデータサーバーらしき機械が立ち並ぶ、広大な円形ホールだ。その中心部に街と同じモデルの大水槽が配置されている。
だが魚の1匹も、海藻の1つもない。まるで宇宙の何もない空間、ボイド空洞のようだ。
その空っぽの中心に胎児のように丸まる少女が1人、よく見ると体中に人工物であるプラグやソケットが突き刺さっていた。
「な、なんなの、ここ⋯⋯?」
画面を切り替えて探ると、大水槽を挟んで背後のサーバー群から妙な音がする。周囲を見回していたウェンディは“それ”に気がつかなかった。
「ウェンディ、下がるぞ!」
ドロドロに溶けた肉塊が膨張し、大水槽を大きく覆っていく。分厚いガラスが割れる音がくぐもって聞こえるが、奇妙なことに大量にあった内部の水分は、1滴も水槽の外に漏れていない。
「あれだけあった水を、ぜんぶ吸い尽くしてやがるのか⋯⋯?」
────やがて“それ”は、1つの生き物に近い形を取った。青や黄色のネオンカラーが鮮やかな、警告色を放つ巨大ウミウシだ。
ただし、軟体組織の頂点に少女の上半身が突き出ている。その背後には白衣を着た太った中年男が、へばりついていた。
『緊急ミッション:囚われた少女の魂を救え!』
『緊急ミッション:2メンボス『星を喰らう浄土』をダンザイせよ』




