第22話
どうなってんだ、マジで。いや待て、まさかウェンディのコスプレか? 何らかのドッキリ企画なのか?
「へえ。結構渋い外見ね。やだ、しかもすっごい胸板と腕太いじゃん。てゆーかゴールドって、本当に人間だったんだ?」
「⋯⋯君は誰だ? ウェンディのコスプレか?」
「コスプレって何よ。ほら」
4本腕だ。マジで4本腕。透明だった砂っぽい2本腕が出てきて、指がわきわき動いている。俺は思わずその付け根を確かめるために触れた。
「ちょっ、いきなり何!? そういうのは、そのっ⋯⋯! あ、アンタなら⋯⋯アンタだし⋯⋯そのぅっ⋯⋯やぁっ」
碧みを帯びた銀髪も、キメ細かい褐色肌も、唇やその中、歯茎も実際に触った感触がある。師匠と同じ人外──いや、集中して探った細かい関節も、間違いなく人間と同じに感じる。
「んっ⋯⋯ふぁっ⋯⋯は、ぁん⋯⋯んんぁっ!」
「おっと、危ねぇ!?」
ずっと目を閉じて俺に探られていた推定ウェンディは、カクッと腰砕けに倒れかけた。慌てて彼女を優しくフワッと抱きとめる。
師匠との組手で慣れていて良かった。地面にずっと身体が付かないフワフワ組手とか、何度もしてたのが役に立った。
「ゴ、ゴールド⋯⋯ダメだよぉ、パパの、パパが決めた婚約者がいるんだよぉ⋯⋯?」
「あ、ああ、すまねえ。俺も気が動転していた。それで、ほ、本当に俺のウェンディなのか?」
「うん⋯⋯あなただけの、ウェンディ⋯⋯」
顔を伏せて腕にぎゅっとしなだれかかってくる。
お? この子けっこう力が強いな。そのへんの大木なら抱きつぶせるくらいあるかも知れない。って俺のおバカ! 腕力にムラついてるどころじゃねえ! あの連戦の後で、疲れてるのかもだろうがっ!
とりあえず彼女を作業机の椅子に座らせようとしたが、ウェンディがしがみついて離れてくれない。酷く動揺して離れたくないのか、ずっと彼女は震えていた。
「そんなに心細かったのか? ウェンディ?」
「だって、ずっと知ってる人いないし、みんなおっきくて怖いし、身体溶けちゃって痛いし、私だけ生き残ったし、人のこと撃っちゃったし。4本腕だもん⋯⋯」
「そうだよなぁ、ずっと大変だったよな。とりあえず確認がしたい。遅れたが、我が家にようこそだ。ここは絶対に安全だし、何かあっても俺がお前を絶対に守れるから、安心してくれ」
「ゴールド、うん。えへへ⋯⋯」
とにかく、とにかくだ。落ち着くためにペットボトルを用意しよう。キャップを空けてない2リットルの麦茶があったはず。
部屋の小型冷蔵庫から取り出して、ウェンディに見えない角度で、かつ音もなく手刀で一閃。たらりと茶色い雫が垂れていて久々に失敗した。やはり酷く動揺していて動揺しているのだから、こういう時、師匠は思っていることを素直に口に出せと言っていた、うむ。
「お前みたいな綺麗な女の子を抱きしめてると、ちょっと落ち着けねえな。麦茶でも飲もう、胃に何か入れれば少しは落ち着ける」
「うん。ありがとう⋯⋯」
なんか、妙にしおらしいな。というか驚いて気がつかなかったが、柔らかい塊が2つぐいぐい押し付けられてるのだが、そこはウェンディさん的に良いのだろうか。
「ゴールド?」
「いや、何でもない」
冷静でいるべきだ。AR機能で突然連れてこられた形で、今はマジでそれどころじゃない。とりあえずコップにお茶を注いで一息ついた。
さて、何からどう確認しようか。そうだ、ゲームプレイをすべて録画しているんだから、それを最初から見せて確認すればいい。そうすれば本当にウェンディなのか、事実を確実に確認できるはず。
「ウェンディ。お前の4本腕を疑うわけじゃないが、やっぱり信じられねえから1つ1つ確認したい。良いか?」
「信じられないって、何が?」
「お前がゲームの世界から、こっちに来てくれたことだよ。まずは、このパソコンを見てくれ」
俺はゲームリリース当初からの録画データを再生して、彼女に1つ1つ質問した。結論として、彼女が手塩にかけて育てているゲームキャラクター。ウェンディ・リヴァイアサン本人だと断定するしかなかった。
◇◇◇
俺はいま! ゲームキャラクターに直に触れている! 世のゲーマーが喉から手が出るほど羨ましいはずの事実!
包み隠さず宣言すれば! 架空性的指向傾向がある俺にとっても! まさに望外の夢が叶ってしまった奇跡!
なのであくまで冷静な大人でいるために、サケノミやスズメちゃんと緊急の連絡を取ることにした。
「あ、もう20レベルになったんだ」
「知っていたのかスズメ院。まさかの俺だけ仲間ハズレかよ?」
「だってさぁ、連絡しようとは思ったんだけど、信じて貰えるかわからなかったし、自分でも信じきれなかったし、自分から言い出したら病院行けって言われるヤツじゃん?」
「言いたいことはわかるが、そんなアメリカの大統領が牛丼屋で箸と悪戦苦闘してましたとか、宇宙人に突然キャトられてツーショット写真とってましたみたいな言い分じゃねえか。何かあったなら1言は欲しかったぜ?」
「悪いなゴールド。だがこっちはこっちでツレに不倫うんぬん疑われる以前に、爆速で鼻つまんで『風呂ぉお!』の1言だったんだよ。ガキも小せえのに、手錠や首輪でサイケのヤツを拘束するのが精一杯だったんだ」
何やらサケノミは大捕物の鉄火場だったらしい。普段の彼のゲームプレイを考えれば、どうせろくなことにならなかったのだろう。
「けどよサケノミ、お前のことだから後先考えず気晴らし最優先なことしてやがったんだろう? どうせ身から出たサビじゃねえのか?」
「うるせえなぁ、まさにその通りだよ。この国にゲームキャラクターを山ほど殺しても、捕まらない法律があるのが悪い」
「うっわ他責じゃん、サイテー」
「ゴールド」
「なんだ、ウェンディ?」
「この女、だれ?」
イカン!? 何か猛烈に嫌な予感がする!?
「はじめましてぇ、ウェンディちゃぁん♡ あたしはゴールドさんとぉ身を焦がすようなアツッッッい一夜を過ごしたぁスズメって言いますぅ♡ 仲良くしてねぇ♡」
聞いたこともねえような猫なで声で、ウェンディになんてこと言いやがるんだスズメちゃん!?
「⋯⋯ごぉおおるどおぉおお!?」
「待て! ヤツの冗談だランタンをしまえ!?」
「この浮気者! バカ支柱! アタシだけを支えるって言ってくれたクセにぃい!!!」
「ちくしょう良く覚えてるじゃねえか! ほいっと」
「あっ⋯⋯」
トンッ、と指先でキラーブレイズを照射しようとしたランタンの蓋を閉め、いきり立ったウェンディの足先をフワッと払い、小鳥を乗せるように彼女を腕に乗せた。
「危うく新聞の1面だぞ、スズメちゃん」
「アハハ、こんなに良い反応すると思わなくってさ。私はゴールドさんの本名も顔も、ちっとも知らないのよ」
「えっ、えっ?」
「軽いジョークだったんだよ、やれやれだ」
「そっちも相変わらず入れ込んでるみたいじゃねえか、ゴールド?」
「ロールプレイは入れ込んでナンボだろう。⋯⋯でだ」
「ああ」
「うん」
「このAR機能、どう思う?」
「誰がここまでやれと言ったという気持ちしかねえな。前々から胡散臭かったが、1プレイヤーとしては、もはやこれが本当にただのゲームなのかも疑わしいぜ」
「同感。攻略wikiでもSNSでも話題になってるけど、定番ネタになってるっていうか、まだ冗談だと思ってる人が多いの。ただ⋯⋯」
「ただ?」
「調べた限り、プレイヤーキャラやNPCが、自身を創作物だって認知している証言はなかったわ。まるで画面の向こう側に、もう一つ別の世界でもあるみたいに」
「⋯⋯⋯⋯公式フォーラムの会見は?」
「仕様ですって一点張りだよ。だがこの件については、警察の捜査令状が出ないって噂だ」
「なぜだ? 今回の件、いうなれば『美少女キャラクターの絵』を購入したとして、その絵が2時間限定で『本物の美少女キャラクター』になっていたような出来事だ。だとすると健全な商売とは言えず、誰の頭にもチラつくのは、人身売買って見慣れない文字のはずだぜ?」
「分からねえが、サツより単純に強いんじゃないか。権力か、武力か、金か、技術か、それとも別の要因かは、噂では聞かなかったな」
それ以上調べられなかった、ということか。ますます胡散臭い。
「⋯⋯これからどうする?」
「俺は全部壊すって約束しちまった。やるさ」
「マドカのこともあるもん、続けるよ」
「ゴールド、人身売買って⋯⋯」
不安そうな瞳でウェンディが見つめてくる。何か腑に落ちない気分だが、いまさら投げ出せないな。
「心配するな、お前の自由を誰かや何かが害するなら、容赦なくブッ飛ばす。ゲームをつづきからはじめるさ。現実が見えてきたなら、現実ごと蹴っ飛ばすだけだ」
いつだってそうしてきた。これからもそうするだけだ。




