閑話『正義の街を震わせる者』
雨粒。画面に映る夜の街は、ネオンの光に濡れていた。アスファルトの隙間から立ち上る蒸気が、まるでこの街の呼吸のように脈打っている。
——どーんと画面中央に表示されて消えて行く文字は、ネオヤマト。演出良いな。
彼の焦った言動を聞く限り、犯罪と企業が手を組み、正義が商品として売られている都市らしい。その路地裏でバイクから転げ落ちた彼が、血を流していた。
「……くそ……こんなはずが……!」
元はただの配達員だった彼。だけど今、その腕には奇妙な装置が食い込んでいる銀色のベルト。中央には赤く脈動するコア。
——まるで、生きているかのように。
「まだ動くのか、元人間風情が」
振り返ると、そこには異形の襲撃者がいた。
人の形をしているけど、顔は裂け、内部から金属と肉が混ざり合った構造が露出している。あれが企業製バイオ兵器——シナリオで紹介されていた、通称「デヴァイアント」だろう。
「てめえ、あの実験施設の……!」
「理解が遅い。貴様もすでに、ご同類だぞ?」
その言葉と同時に腕の装置が激しく脈動する。断片的な最初の回想だと、実験施設の入館パスだったようだけど、何か仕込んでいたのかもしれない。
——『介入率、上昇』
——『戦闘プロトコル、始動可能』
「……誰だよ……!」
誰だろう。あの腕ベルト自身?
——『生命守護の最優先を推奨。契約を上書しますか?』
「守護……? あんな化け物の力でかよ……!」
彼の目の前では、デヴァイアントがゆっくりと近づいている。その足音が、やけに重く大きく響いている。
逃げ場はない。彼の表情が変わる。きっとこれは彼に差し出された選択ではないと思う。
「……だったら——使うしかねえだろ!」
ベルトの中央コアを押し込む。瞬間——光が弾けた。
『OVER WRITE』
電子音とともに、彼の身体を黒い装甲が覆う。筋肉の動きに追従するように展開するスーツ。複眼のように輝く赤い瞳。
心臓の鼓動と、機械の駆動音が同期する。そして新たにメカメカしいく赤いエンブレムの本が、彼に寄り添う形で宙に浮いていた。
「……これが……俺……?」
「いやいや何をそんな、ホントの自分デビューみたいな」
「えっ、なんだこの本!?」
「さっきから見てた君の契約相手だよ。そかそか、音声でやり取りできるし、契約の上書きって、君がしたわけじゃなかったんだね」
デヴァイアントが低く唸る。敵キャラであるアイツは、いきなり現れた本を少し警戒しているみたい。
「エラーで契約者の補助介入プログラムが実行されたか。だが不完全な個体が……最新の完成体に勝てると思うな!」
「まずは敵キャラを倒そうか。ヒーローくん?」
「よく分からんが、知るかよ。これも試してみるしかねえんだろうが!」
古式ゆかしいRPGらしい、どの時代でも迷わずコマンドを選べる戦闘画面。初期スキルはパンチとキック、守るの3つだけ。まずはパンチだ!
次の瞬間、彼が地面を蹴る——速い。拳を振るう。スマホの振動。アレでもなにか足りないみたい?
「効いてる……!」
「不完全な混ざりもの風情がぁあ!」
デヴァイアントが怒号を上げ、腕を振り下ろす。スローモーション中で、なんとなくコントローラーのスティックを下げる入力をイメージ。
「バカな、完璧なタイミングだったはず!?」
「身体が、勝手に!?」
びっくりするほど急加速して、彼は攻撃を回避して見せた。画面にも『NICE!』と表示されている。これは音ゲーっていうか、アクション要素があるのね。ポゼッション・リンク・システムの恩恵かしら?
「どうやら私もサポートできるみたいね。動揺してる内に、必殺キックだよヒーローくん!」
「ああもう! どうにでもなりやがれ!!!」
彼は戦慄に耐えられなかったのか、叫びながら疾駆する。今度のイメージは殿下の宝刀。Aボタン連打!
「フン、そんな見え透いた飛び蹴りなど⋯⋯!?」
えっ、ぐん、ぐん、ぐんと、Aボタン連打のイメージ回数だけ、彼の飛び蹴りが足場のない空中で減速とホーミングしていく。マジか。
「ば、バカな!?」
これアカン、ゲームプレイヤーみんながみんな大っ嫌い極まりないアクションゲームの大敵。敵ボスキャラクターの追尾遅延攻撃じゃん。
夜空を背景に、灼熱の光がジグザグに弧を描く。そのまま——。
「うぉおおおおおおおおお、だぁああ!!!」
デヴァイアントに、必殺の『EXCITE FINISH!』キックが炸裂した。
「あ、ありえ、ん、こんなムチャクチャなものが、ありえて、なるものか⋯⋯!」
爆発と閃光。そして静寂。煙が晴れた時、そこに敵の姿はなかった。
彼がゆっくりと立ち上がり、装甲が解除され、以前と違って私のキャラメイクした渋めのイケメンに変わっていた。
「大丈夫?」
「……はは……マジかよ……。とにかく説明をくれ、説明を」
「えっと、私はゲームプレイヤーのスズメだよ。なんか、チュートリアルを進めたら契約の上書きって出て、それで君がプレイヤーキャラクターになるのかな?」
「俺の名は岩動雷度だが、ゲームとか意味、わっかんね⋯⋯」
「ちょっ!? 血が酷いじゃん!? シーン切替わらないのマジ!? ええいなんか怪我を上手いこと治せるスキルツリーとかは⋯⋯!?」
遠くでサイレンが鳴っている。ネオンが再びサイバーパンクな街を照らしている。
思えばこれが、この世界の正義《悪》を上書きしていく彼と、その悪を乗り潰して行く。
そんな私たちの出会いと、始まりだった。
◇◇◇
あっ、シーンちゃんと切替わって『その夜。とある企業ビルの最上階』って書いてる。巨大なモニターに、戦闘の映像が映し出されていた。
「……賭けは成功だな、正義契約計画は、次の段階へと進む」
椅子に座る男が、静かに笑う。背後の研究員がパソコンから顔をあげた。
「次はどうされます?」
「決まっている。というか、もう見ているのだろう、契約者の《《スズメくん》》?」
1言1言ゆっくりと────えっ、私のこと? このイケてるくたびれダンディが、中二病じゃなく?
「私の声が届いているか、こちらは上手く関知できないが、親愛なる隣人として宣言しよう。我々ジウルーンは、本当にこの世界の《《正義》》を常に行なっている。君たちと違い、ゲームで遊んでいるのではなくだ」
こういう演出なのだろうか。凝ってるなあ。
「せいぜいしっかりと駒を握り、その哀れな頭脳で不様にあがき続けると良い。だが最後に勝つのは決して諦めない我々だとも。ではな、親愛なる隣人よ。駒にもよろしく伝えておくれ」
部屋の電灯が消されたのか、ほとんど真っ暗になった。彼らも黙っていて、これ以上の情報は出さないってわざわざ意思表示してるのかな。うーんすっごく凝ってる。
またシーンが切り替わって、今度はライドくんが救急車に運ばれているシーンで、私は一安心していた。
この時、私は本当にただ、残酷なまでに無邪気にゲームを遊んでいて、友達だったマドカの影を心配して追いかけているだけだった。
そこに本当には何があるのか、人気、勢力、権力さえあれば法さえも覆せるこの正義の街で、何1つ知らなかったのに⋯⋯。彼と、駆け抜けていた。




