閑話『廃棄物の学徒』
契約直後の暗転した画面に向き合い、俺――サケノミは思わず眉をひそめる。
ただのゲームのチュートリアルにしてはやけに胡散臭い。視界の先には瓦礫の山。ここは崩れた石造りの研究塔2階。そして――。
ずっと遠くで蠢く何か。黒い泥のような塊が人の形を模して立ち上がる。その中心に、ぼんやりと赤い光が灯っていた。
「こりゃひでえな。いきなり絶対絶命だ」
「君、だれ?」
画面に新しく表示されたのは化学染料な紫エンブレム付きの本と、長い袖がダボダボな白衣の少女だった。キャラメイク通りのぼさぼさの黒髪に、愛くるしいツラで、ちんまい身体に眠たげな目。だがその瞳だけは異様に澄んでいる。
「俺はサケノミ、プレイヤー様だ。というか音声会話でやり取りできるのか、一応確認するが、お前は?」
「サイケ。サイケデリックのサイケ。廃棄物科所属」
本名だろうか。とんでもねえ名前つける親がいたもんだ。思わず笑顔になっちまう。
「殺す?」
「いきなり物騒だな!?」
「だって、そうしたくて声がウズウズしてる」
憂さを晴らしに来たのがバレたか、しかも――。
「ゲームジャンル、タワーディフェンスかよ」
画面の端に、半透明の小さな表示が浮かび上がる。
《資源:スクラップ120》
《資源:人間12》
《資源:総合生命維持100》
《設置可能タワー:廃棄炉/毒霧塔/再構成機》
《防衛対象:中枢コア(残耐久:100%)》
ずっと遠くから迫ってくる黒い群れ。ポップでキュートなゲームデザインの割には洒落てやがる。ゲームシステムを理解した瞬間、口元が自然と歪んだ。
「シナリオは読んでるが一応再確認したい。ここはどこで、あの黒いのは何だ?」
「ここは僕が連れてこられたネオヤマト州リアリディアの街。あれは僕の体液で培養した、デヴァイアントの失敗作」
「でばいあんとの失敗作? それに、連れてこられた理由は?」
「珍しい血だからってジウルーンに拉致されて、監禁されて、研究のお手伝い」
その挙句がこの惨状ってわけか。目も当てられなくって惨殺しても良心が傷まなくてせいせいするな。
背後を振り返ると、瓦礫の中に“塔の基部”らしき装置が埋もれている。触れた瞬間、選択肢が弾けた。
――《廃棄炉を設置しますか?》
「まずは定番だな。もう少し話せる時間を稼ぐか」
場所を指定して、選択。
地面が軋み、歪んだ鉄骨と配管がせり上がる。煙突のような構造から、黒い煙がゆっくりと吐き出された。
設置完了。次の瞬間。黒い泥の化物が射程に入る。廃棄炉の内部が赤く光り――。
ボンッ、と鈍い爆音。焼却された“失敗作”が弾け、その体が崩れた。
「……効いてはいるな」
だが数が多く1体、2体じゃない。波のように押し寄せてくる。どんだけ量産する気だったんだバカじゃねえの。
「僕は毒が欲しかった、ずっと。研究に没頭している間は、生きてることさえ忘れられたの」
それは淡々とした独白だった。彼女の記憶はどれも同じ色をしている。無関心と、執着だ。
女であることを奪われるよりも、毒物で責められるよりも、あるいはだからこそ真実を探求し礼拝し、そこに限りない歪んだ救いを求めている。いっそ骨の芯までブチ犯したくほどに生意気で、愛おしくなってきやがる。
彼女は壊れかけた塔の残骸に手を触れた。
「この街はもうすぐ、全部“廃棄”される。だから、再利用したいの」
「……そうなのか?」
「人間も、街も、死体も、敵も。全部資源に変えて、世界一の研究塔を、新たに建てたい」
画面の向こうにいる彼女は、少しだけ笑った。
「それが、僕の研究」
その瞬間、敵の群れが一気に距離を詰めてくる。ユーザーインターフェースが警告音を鳴らす。
《防衛ライン突破まで:30秒》
「毒も、爆発も廃棄物も、全部使っていい。もちろん、人間の命もね」
「……レーティングが15歳にしては、ずいぶん退廃的にフリーダムだな?」
「だって、もう終わってる街だもの」
軽い調子で彼女は言う。その言葉はなぜか妙な納得がある。最高だ、俺は笑ってしまった。
「いいぜ。どうせ最高効率は人の命を粗末に使うとかなんだろう?」
「なんだ、よくわかってるんだ?」
『ミッション:資源の人間を使わないで、1面をクリアしよう!』
『ミッション:ドクキリトウをタてろ 0/11』
選択式のミッションか。画面を叩くように、次のタワーを選択する。
――《毒霧塔》《消費資源:人間1》
数字だけの縁もゆかりも無い、淡々とした事実。どこかで悲鳴が聞こえた気がしたが、相手が極悪非道だと、それさえも胸が清々しくなる。
そいつに愛する女子供や恋人がいようと、所詮ただのノンプレイヤーキャラクターだ。憂さ晴らしには丁度良い。
地面から伸びる歪んだ管。どこに人間が使われているのか知らないが、緑色の煙がじわりと漏れ出す。
迫る群れがその中に突っ込み――ジュウ、と音を立て、溶けた。
「……いいね。予測以上の効率成果だよ。それにすっごく“毒っぽい”」
「だな」
俺はニヤリと笑った。資源ゲージが増えていく。倒した敵が、そのまま次の材料になる。壊すほど強くなる。
終わってる世界で、狂ってる方法でだ。
「なあ、契約者サイケさんよ」
「なに?」
「このゲームの最終クリア条件って、何だ?」
一瞬だけ彼女は考え、そして、指を弾いたような声で答えた。
「たぶん、“最後まで壊すこと”じゃない?」
意味不明だが、その解答は何を言われるよりしっくりきた。だから俺は、また笑いながら言った。
「上等だ。チャチな口説き文句なんざ並べねえ、お前に人生の楽しいブッ壊し方を刻んでやるよ」
迫り来る黒い波を見据える。
「プレイヤー様。僕はガラスの靴も12時の魔法もいらない。だから、いつか毒で殺してくれる?」
「⋯⋯俺にとってゲームは偉そうにする道具じゃねえ、楽しむもんだ。でもせいぜい期待しとけ、全部残さずブッ壊すんだからな」
その瞬間、システムメッセージが弾けた。
――《ウェーブ1:開始》
廃棄物の山の中で、塔が唸りを上げる。毒が広がり炎が爆ぜ、スクラップが積み上がる。
そして俺たちは終わった街の自由なる再利用を、心底サイテーに楽しみ始めていた。
シン・ダイ1ワ『人生 Poison サイケデリック』




