第16話
とっさにウェンディの目元を隠して宙に浮かぶ契約書を前に出す。俺が操作している時で良かった。でなければまた、彼女は青年に銃口を向けてしまったかもしれない。
話しかけて来た青年は腰にマサカリを下げている。手は釣り竿を持っていて、マサカリには触れていなかった。
「俺が用件を聞こう、話してくれ」
「本がしゃべってるのか? その、大水槽の方で何かあったみたいなんだが、見ていないか?」
「えっと、んっ⋯⋯」
「《《通りすぎて見てないな》》。保安官が走っていたが、何だったんだろうな?」
素直に話さないように、ポフッとウェンディの口元を背表紙で覆う。青年は2つに折り畳まれた紙切れを差し出してきた。
「そうか、これを落としただろう? 女神の加護があるようにな」
契約書の上に紙切れを置いて、彼はその場を去って行く。ウェンディの開いた紙切れには、聖エイル医院で待つと書かれている。
俺たちもトンネル商店街を通りすぎて、街の外に出た。もう自由に話しても良いだろう。
「どうしよう、ゴールド?」
「追跡してくる気配はなかったし、街に戻るのは騒ぎになるかもしれない。予定通り1度ラジオ塔に足を向けてみようぜ」
「⋯⋯わかった」
まだ動揺しているな。俺の経験に頼れば、すり合わせて導き出せる答えもあるだろう。
だが、違う。ぜんぜん違う。ここで語るべき真実に、多くの言葉は必要ない。
「ウェンディ。偉そうな言い方になって悪いが、後悔する奴は何を選んでも、どこ行っても後悔するもんだ。忘れるな」
「後悔する⋯⋯うん!」
ウェンディは少しだけホルスターの銃を触って、自分の両頬をバシッと叩いて、歩いてくれた。
◇◇◇
エビだろうか、ザリガニだろうか。それとも、ヤドカリなのだろうか。瓦礫を固めたらしい物を背負った人の倍はある甲殻類が、骸骨ヒトデをバリバリ食べていた。
「いっぱい、いるね⋯⋯」
ざっと見るだけで20匹はいる。長いヒゲのような触角が、うんざりしたウェンディの呟く声に指揮棒でも振るように一斉に反応した。瓦礫を長い脚でこすって大合唱している──これは襲ってくるな!
「ゲゲッゲゲゲゲゲ、ゲ!」
「カエルみたいな鳴き声しやがって! 喰らえ!」
真正面からキラーブレイズで頭部のど真ん中を貫く。1匹。だが長い脚が多いだけあって、直線を走るのが早い。
真横から滑り込むハサミを虎のように伏せていなし、瓦礫と柔い身の隙間に火炎噴射をねじ込む。これで2匹。
「ギョィイイイイイイ!!?」
「ハハッ、こんがり美味そうに焼けてら!」
「あっ、良い匂い」
触覚で地面を叩いて瓦礫の山を駆け回り始めた。案外頭良いのか、狩りに慣れてやがるのか。
「────新しい象形拳に、使えそうだ」
「しょうけいけん?」
思いっきり真横、画面の手前に飛んですれ違いざまにキラーブレイズで横に薙ぎ払う。5匹まとめて背負った瓦礫や頭部を消し炭にした。これで7匹。
ぶくぶくぶくぶく残ったヤドカリの口が、いきなり泡ブクを立て始め────。
「っ⋯⋯!?」
その場から飛び退くと、後ろから襲いかかってきた縦列2匹のヤドカリが左右に割れていた。味方もろともの即死級ウォータージェットカッターかよ!?
「ウェンディ、左腕2本の動きを任す。銃か剣で触覚を狙ってみな!」
「う、うん!」
だが常に動けば問題ない。デリンジャーが1発、2発、画面端まで3発。⋯⋯あれ? 結構激しく動いて目線も渡していないのに、俺の火炎より正確に触覚を狙えている。
「ゴールド、弾!」
「お、おう? なんだ戦えるじゃねえか、言ってくれよ人が悪いぜ?」
「手が硝煙臭くなるまで何度か撃ったことはあるけれど! あくまで説明書と訓練だけよ!」
右腕2本だけで、ハサミと脚の突撃を回し受け跳ぶ。落下加速を利用した高速回転カカト落とし。そこまで動いても3発キッチリ触覚に当てた。
スキルを取ってない以上、彼女の実力は本物だ。元が横スクロールシューティングアクションっぽいゲームだから、むしろ本来はこっちが正しいのかもしれない。
気づけば、触覚を砕かれて狙いが定まらないのか、ウロウロするだけのヤドカリが6匹残っていた。せっかくなので、ぜんぶ使えそうに解体した。
手に入ったのは『焼きヤドカリの肉』『瓦礫の鋏』『水圧袋』『真珠』だった。
「ヤドカリって、美味しいの?」
「いやそれは食べたことねえからなぁ? 海産物なんだし、カニやエビの風味には似てると思うが」
「よく焼けてるの、食べて良い?」
「腹壊すと悪いから、味見する程度な」
良い感じに焦げている箇所、本来殻の中に相当する腹の部位に、雑貨店で購入したナイフでざっくり切り分ける。
身は薄い皮に包まれていて、エビの名残りのような印象を受ける。肉はカニより少し淀んだ白色で、エビより筋肉が発達していないのか、筋や節が見当たらず、全体的にぷるっとしていてスライムのようだ。カニ味噌に近いかもしれない。
「あっ、すっごい柔らかいっ!」
「おーマジか、ちょっと食レポしてくれ。こっちは匂いも分からんし、食べられないからよ」
「香ばしく焦げた磯の香りが強いわ。カニより強いかも、味はカニ味噌っぽくて、焼きカニ味噌よ」
「くそうっ、食いてえ⋯⋯!」
なんだこのどうしよもない敗北感。ドット絵なのになんとも美味そうで、思わぬダメージを受けてしまった。後でカニカマでもしゃぶろう。
ウェンディはこの戦闘で13レベルまでアップ。射撃のスキルツリーを新たに取るか悩んだが、やはり特化型にしたいので、ランタンのラーニングを習得していた。




