第13話
こんな街でまともに経営している宿があるのか少し不安だったが、比較的安全そうな宿屋はすぐ目についた。
この街の住宅地はホテルの建材物を中心に、元は大海魚の粘膜らしき硬化剤で建築されているようだ。
滞在費は3日間食事付きで15トランプ。空いていたので、大水槽を窓から眺められる部屋を案内してもらった。
テレビなどはないが古ぼけたラジオはある。少し操作してみたが、ほとんど雑音しか吐き出さなかった。
「あなたはシャワー、浴びないわよね?」
「ああ。ふやけない程度に煤を拭いてくれると助かる」
着替える前のウェンディは何度も鼻を鳴らしていたし、ゲームの中だが何度も火炎を扱ったから、少し煤臭いかもしれない。
でもこのゲーム、普通は何らかの手段で時間を飛ばせると思うが、操作キャラクターが眠ったらどうなるのだろうか。先ほどからウェンディは欠伸を噛み殺しているし、バッドステータスも眠気が付いている。
「眠ってから明日のことを考えようか。おやすみ、ウェンディ」
「うん。おやすみ」
彼女が床につくと、やはり時間を飛ばせるメモリ画面が表示された。現在時刻はゲーム内時間で午後10時21分。右にメモリを合わせて設定することで、経過させられるらしい。
「パパ⋯⋯」
寝言だろうか。俺は眠り姫を起こさないように、そっと本の背表紙を操作して、彼女の目元を拭った。
◇◇◇
午前8時頃まで時間経過メモリを一気に動かしてみたが、何かイベントがあると自動的に止まってくれるのか午前6時半に止まり、ウェンディが目を覚ました。
「おはよう。よく眠れたか?」
「よく眠れたけど、なにか遠くでうるさい声がずっと響いてたわ、犬かしら。あなたは?」
「犬の声は聞こえなかったな。それに俺は寝てない、俺の時間はそっちと違うからな」
こちらでは2回も時計の針が回れば日付が変わる。今日はもうどこに行くか地図を見ながら話して、出発する前に終わりだな。寝て起きたら攻略wikiでも見て、他のプレイヤーを参考にしてみるか。
「そういえば、世界地図って見たことがあるか?」
「あるわよ。えっとね⋯⋯」
彼女はホテルに備え付けのメモ用紙とペンを手に取り、もっとも左端に角度の浅い斜線を引き、中央に緩やかなS字、右上にC字、そのすぐ下にC字と上下に連結したX字を書き添えた。
「この棒が陸地というか、もしかして山脈か?」
「そうよ、学校で習ったおおよその覚え方そのままだけどね。これに狭い海がずっと続いてるの」
「海が、狭い?」
「だって海なんて、3割くらいしかないでしょう?」
現実では確か海と陸地の比率はおおよそ7:3だったはず。このゲーム世界では真逆らしい。斬新な設定だな。
「おおよその現在地って、見当付くか?」
「たぶん、都市国家がこの辺りだから、ここから、ここ、になるのかな⋯⋯?」
ウェンディは最初に書いた斜線の中央から、右上側に指を這わせた。現在位置はおおまかに西大陸の北西海付近であることは間違いないようだが、それ以上、詳しいことは判別できそうになかった。
「なるほど、勉強になった。じゃあ、飯食いながらどこに行くか話そうぜ」
彼女が着替えるのを待って食堂に行くと、魚の焼ける芳ばしい香りがエフェクトで再現された。どうやら魚醤に近い醤油で焼いているらしい。
近未来っぽいのでもっとディストピア飯のような物を想像していたが、杞憂だったようだ。
「ねえ! またあのオニギリちょうだい!」
「はいよ。ちゃんと魚も食えよ。鮭みたいなステーキが美味そうじゃねえか」
じゅうじゅうと脂身が滴っていて美味そうだ。ホタテのスープや生牡蠣に近い物もある。先に夜食を済ませておいて良かった。
「最初はラジオ塔に行ってみるか?」
「でも地図に書いてあるの、折れてるじゃない」
「だが何かしら、俺たちの欲しい情報があるかも知れんだろう? しばらく聞き込みをしてから行ってみようぜ」
食事を終えてフロントに鍵を預け、外に出る。目につく露店で珊瑚や真珠のアクセサリーを売っている。ウェンディはふらふらと露店に近づいた。
「ここでしか買えない宝飾品はいかがですか?」
男が一人、スッと割り込んで ────。
「うぅぅ⋯⋯、この街はジウルーンのものだぁ!」
怒号が響いた瞬間には、もう遅かった。さっきまで楽しそうに品物を選んでいたはずの少女。その背に、男は容赦なく短剣を突き刺していた。




