第9話
まだ消化されていない海藻が垂れ下がる森を抜けると、崩れた円形広場があった。そこに、その丸い塊が座っていた。
「大きい、ドングリ?」
「……おぉ、良いところに来てくれた。私は今、この殻を脱ぐべきか、それともこのまま永遠の眠りにつくべきか、深刻な熟考の最中なのでね……」
そう言って立ち上がる鎧姿からは、カチカチと不気味な乾燥した音が響いている。間違いない、ドングリだ。艶の良いつるばみ色で、ふん、ふんと静かな鼻息を吐いている。
「⋯⋯決めた。君を地面に植えてから、ゆっくり考えることにしよう。それが1番騎士らしい解決策だと思わないかね?」
ずしっ⋯⋯と重そうで黒ずんだ鈍器──ドングリの破片でも樹液で固めたような武器を向けてきた。
こいつ、明らかに狂ってやがる。
『緊急ミッション:土に還れぬ古騎士、橡を退けて先に進もう!』
『永続ミッション:ツルバミをサツガイせよ 0/3』
また選択肢のミッションか、それもカタカナの方は永続を指示している。でもなんとなくカタカナの方は胡散臭い──それに手が増えているとはいえ、幼気な少女であるウェンディにこんな巨漢の不審者が近づいてくるのは、絵面が酷く彼女の教育にも悪い。
「コイツ、人間なの?」
「そんな騎士道は聞いたこともねえよ、このド変態ドングリ野郎が!」
先手を打って、火炎弾を撃ちまくる。橡は丸い鎧を球体状に固めて高速回転しながら突進してくる。大きく壁を蹴って避けようとしたが跳ね返ってきた。不規則な軌道で読みづらい攻撃で迫ってくる。
「このっ⋯⋯!」
「痛いな、それは困る」
ぼやく程度かよ。効いていないわけじゃない。だが妙に手応えが無い。ひび割れた鎧の隙間から見えるのは肉体ではなく、ぎっしりと詰まった古びた繊維と黒い空洞だった。
一見近いが人間じゃない──それに様々な箇所を焼いたがじれったいほど急所が存在しない。ただの炎じゃ物理的な崩しも取り辛い。
「ころころ、地面に何か転がってる⋯⋯?」
「なんだと?」
見れば、地面に転がっているのは──大小様々な種類のドングリ。回転する鈍器や丸い鎧の隙間から落ちてきたのか?
「さて、仕込みは十分。勝負と行こう、フゥン!」
「ぐぅあっ⋯⋯!?」
大きく空中に距離を取っていたのに、スマホに振動が駆け巡る。丸い鎧の隙間から溜め込んだ圧力を一気に開放しやがった。
見かけに反してなんてテクニカルな野郎だ。しまった、ウェンディの身体が千鳥足で操作を受け付けない!?
「ダメ押しと行こう、『グラスト・ルート!』」
「きゃああああ!?」
「うおぁあっ⋯⋯!?」
橡はこちらが動けない間に、地面に鈍器を突きつけた。すると散らばっていたドングリが次々に割れて、鋭い根を突きだしてきた。
コイツ、地上スピン──広範囲対空技──地上拘束と流れるように隙がない。しかもギチギチに根に拘束されて身動きが取れない。
「さて、捕まえた。手元が狂うので、余計な身動きはしないでくれよ⋯⋯」
ずしっ、ずしっと見せつけるように近づいてくる。⋯⋯ペースに乗せられすぎたが冷静になれ。ランタンは──よし、手放していない。だが橡とは反対を向いている。それなら──。
「ゴ、ゴールド、来るわよ!?」
「ずいぶんとナメ腐った真似してくれたじゃねえか、返すぜ!」
最大限火炎を貯めて、一気に解放する。余波が少し熱いが根をブチブチと引き剥がしていく。即興だが火炎を背に回し、ロケットブースターに見立て突撃!
「むむっ!?」
「遅い! 首からぶっ跳びやがれ!!」
横にしたランタンを2本の手で支え、流星のようにカッ飛ぶ。まとわりつく根ごと振り上げられた鈍器に手を添えて、身体を上下逆さに4本腕で高く高く跳ね上がる。
ロケットブースターと7回転捻り、全体重と重力加速を1度に組み合わせ、首筋の急所を狙う大技。急降下するハヤブサのような空中回転ソバットで喉元を狩り取り、瓦礫の奥まで思いっきり蹴り飛ばした。
「今のすごいじゃない、ゴールド!?」
「ヘヘっ、そんな兜じゃ上からの攻撃は見えなかっただろう。さんざん好き勝手に回転してやがったんだ。ざまあみやがれ!」
──────うん。ダメだな。
操作もウェンディ自身の女性らしい柔軟性も十分だが、それでも俺の技を使うと、良くて腕が潰れる。体感あと10か20レベルぐらい上がったステータスが欲しい。
横スクロール画面なので、瓦礫の中で橡がモゾモゾと動いているのが確認できる。橡が這い出てくる前に、俺たちはその場を後にしていた。




