第5話 守護者は地に額をつける
石畳を踏み鳴らし、俺はダンジョン入口付近へ向かった。
そこに、二人はいた。
白銀の鎧はひび割れ、レオンは壁にもたれかかっている。
リアーネは床に膝をつき、肩から血を流していた。
「……くそ……なんであんなのが出るんだよ……」
レオンが吐き捨てる。
俺は駆け寄った。
「大丈夫か、リアーネ」
返事はない。呼吸が浅い。
常備ポーションを取り出す。応急処置くらいは身についている。
「飲めるか?」
かすかな頷き。背を支え、ゆっくり流し込む。
血は、まだ温かい。布を押し当てる。
「……巻き込んで、ごめんなさい」
俺は何も言えなかった。
くーちゃんがリアーネの頬を舐める。
「きゅーん……」
リアーネが弱く笑った。
その様子を見て、レオンが舌打ちする。
「今日は、たまたま相性が悪かっただけだ」
肩を回しながら続ける。
「ヤツは光属性に耐性があった。よくある話だ」
そこで、ちらりとリアーネを見る。
「こういう時は、風属性が削ってくれないと困るんだよ」
空気が、止まった。
リアーネの指先が、わずかに震えた。
血の滲む肩を押さえたまま。
庇ったのは、誰だ。
怪我をしたのは、誰だ。
胸の奥で、何かが切れる。
俺はゆっくり立ち上がった。
「庇ってもらっといて、それ言うか」
「……は?」
レオンの目が冷たくなる。
「ただの清掃員が、偉そうに」
鼻で笑う。
「戦場も知らない奴が口出すな。結果が全てだろ」
結果か。
庇われて転がっていた男が、それを言うのか。
「守られた側が、結果を語るな」
低く、言い切った。
その瞬間――地面が震えた。
ダンジョンを覆う光が、じわりと暗くなる。
転移の残光から、闇が滲み出る。
巨大な影。赤い眼が、こちらを見下ろす。
終焉のドラゴン。
「……嘘だろ」
レオンの声に虚勢はない。
「きゅーん」
くーちゃんが身を縮める。
リアーネがかすかに俺を見る。
恐怖と、それでも前に出ようとする意志。
ドラゴンが一歩踏み出す。石畳が砕け、熱気が走る。
俺はくーちゃんを抱き直し、前へ出た。
「お前じゃ無理だ!」
レオンの怒鳴り声。
足は止まらない。
「掃除の時間だ。くーちゃん」
ポケットからボーロを一粒。小さな口がもぐもぐと動く。
白い光が、ふわりと広がる。
モップを振る。
空間を撫でる軌跡。歪みを整える感触。
――だが。
ドラゴンはわずかに首を傾けただけだった。
効いていない。
「ほら見ろ。昨日は偶然だったんだ」
レオンが立ち上がり、砕けた鎧を鳴らす。
「守護者は、俺だ」
剣を掲げる。
「シャイニング・ジャッジメント!!」
銀光が炸裂する。入口一帯が白く染まり、砂塵が舞う。
煙が晴れる。
ドラゴンは、変わらず立っていた。
次の瞬間、巨大な尾が薙ぐ。
レオンの身体が宙を舞い、石壁に叩きつけられる。
鈍い衝撃音。剣が転がる。
動かない。
ドラゴンが、ゆっくりと近づく。
「……待て」
後ずさるレオン。背後は壁。
「……俺は悪くない」
誰に向けた言葉かも分からない。
巨大な爪が振り上がり、レオンを踏みつけた。
「……死にたくない」
縋る目が、こちらを見る。
「助けてくれ」
俺は息を吐いた。
「……守護者が聞いてあきれる」
砕けた石。潰れた鎧。焼け焦げた壁。
リアーネの血が、まだ床に残っている。
「散らかしたやつは、整える。それだけだ」
俺はくーちゃんを抱き上げた。
「くーちゃん、頼む!」
ポケットから取り出したボーロが、指先で微かに震える。一瞬だけ、銀に見えた。
「キャン!」
迷いなく、咥え取る。
もぐもぐ、と小さな音。
その瞳が、ふっと揺れた。
虹が、かすめる。
次の瞬間――
毛並みの奥から、白銀の光が静かに噴き上がった。
眩しい。だが、荒々しくはない。
強い。だが、穏やかだ。
その光が、そっと俺を包み込む。
俺の中の「整えたい」という意志に呼応するように。
ドラゴンの咆哮が空気を震わせる。
喉の奥で赤黒い光が膨れ上がる。
次の瞬間、顎が開いた。
紅蓮の奔流が一直線に迫る。
地面を溶かし、空気を焦がしながら。
「……逃げて……」
リアーネの声が、遠く聞こえた。
俺は逃げない。
助けたい人が後ろにいるのだから。
「散らかすな」
モップを横に払う。
白い軌跡が走る。
紅蓮が縦に裂けた。
見えない線で切断されたように、左右へ滑る。
熱は触れず、壁を焼きながら消える。
ドラゴンの赤い瞳が、揺れた。
今度は縦に振る。
一本の線が、巨体を貫く。
音はない。
遅れて、色が滲んだ。
白がほどけ、淡く七色へ変わる。
翼は光の羽根となって散り、巨体は虹色の粒子へと変わり――粉雪のように、静かにほどけていく。
終焉のドラゴンは、そこにはいなかった。
しばらく、誰も動かなかった。
粒子の光が、石畳に溶けていく。
残ったのは、澄んだ空気と――
へたり込むレオンと、倒れたままのリアーネだけだった。
守護者の鎧は砕け、誇りはどこかへ落ちていた。
守るべき相手に庇われ、清掃員に助けを乞うた。
それが、結果だ。
俺はゆっくりと歩み寄った。
「おい」
レオンの肩が跳ねる。
さっきまでの虚勢が嘘のように、怯えていた。
「……ひっ」
無意識に後ずさる。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「リアーネに謝れ」
静かに、はっきり言う。
「庇ってくれた相手に、あれはない」
レオンの喉が鳴る。
視線が横へ動く。
血の滲む腕を押さえたまま座るリアーネ。
護るべき相手が、血を流していた。
その顔を見た瞬間――レオンの表情が、崩れた。
誇りも怒りも、そこにはなかった。
レオンは這うように進み、石畳に額をつけた。
「……すみませんでした」
「俺が、間違ってました」
リアーネは驚き、ゆっくり首を振る。
「……大丈夫です」
責めるでもなく、ただ静かな声だった。
その優しさに、レオンの背はさらに丸まる。
やがて、彼は俺に向き直る。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
深く、頭を下げた。
俺は、その姿を見下ろす。
胸の奥にあった怒りは、もう消えていた。
残ったのは、疲労と、少しのやるせなさ。
くーちゃんがてちてちと歩き、レオンの前で止まる。
くん、と鼻を鳴らし、ぺろり。
まるで「もう大丈夫」と言うように。
レオンが目を見開く。
それから、静かに泣いた。
俺は、小さく息を吐いた。
「……くーちゃんが許すって言うなら、俺は何も言わない」
モップを肩に担ぐ。
「だけどな」
振り返る。
「他人の善意を汚してまで戦うのは、もうやめろ」
一拍おいて。
「……あんたの後始末をするのは、もううんざりだ」
それだけ言って、踵を返す。
くーちゃんがてちてちと続く。
背後で、かつて守護者と呼ばれた男は、ただの一人の青年に戻っていた。
そして初めて、自分の失敗と向き合っていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
この先も、透真とくーちゃんが少しずつ世界を整えていきます。
続きも見守ってみたいと思ってもらえたら、
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くーちゃん「ここからも、一緒に見守ってほしいワン」




