第1話 笑われた清掃員、終焉ドラゴンを掃除する
その日、終焉のドラゴンがダンジョンに現れた。
守護者は吹き飛び、配信は悲鳴に染まった。
そして俺は――モップでそれを掃除した。
ダンジョン清掃員の仕事は、倒した魔物の後始末だけのはずなんだが。
……順番に話そう。ダンジョンに入ったところからだ。
「本日も深層チャレンジです!」
白銀レオン――“守護者”と呼ばれる男が、カメラに向かって剣を掲げた。
銀の刀身が魔光灯を反射する。同時接続数が、跳ね上がる。
《きた守護者》
《今日も無双頼む》
《犬いるw》
「清掃員さんと、わんちゃんも同行です」
レオンが爽やかに笑う。
その“犬”は、清掃用カートの上にちょこんと座っている。
クリーム色のポメラニアン――くーちゃん。俺の相棒だ。
カートを押しているのが、ダンジョン清掃員の俺、比良坂透真。
「ダンジョンの危険から、僕たちが守ります」
守護者らしい決め台詞。
「清掃員さんがいると安心ですね」
そして、優しい言葉。
――カメラがOFFになる。
“守護者”の笑顔は、録画ランプの色で切り替わる。
次の瞬間、レオンが別人の顔になった。
「前に出るな。邪魔だ」
低い声で、吐き捨てる。
「はいはい」
散らかす側が主役で、片付ける側は見えない。いつも通りだ。
***
二十層。
壁にこびりついた魔力の残滓が濃い。
酸化した臭いが鼻を刺す。
最初の遭遇はブラッドウルフの群れ。
「任せろ!」
レオンが踏み込み、剣を振るう。
「シャイニング・ブレード!」
閃光が走る。
断末魔。吹き飛ぶ魔物。
血と黒い体液が床に広がる。
《安定》
《さすレオン》
《犬映せ》
数分で終わった。
「おい、片付け」
レオンが当然のように床を指す。
しゃがみ込み、俺は床にモップを当てる。
黒い体液が繊維に吸われ、床にこびりついた魔力の残滓が薄れていく。
血だけなら、まだいい。
問題は、その奥に残る魔力の濁りだ。
これを放っておくと、次に湧く魔物が興奮しやすくなる。
足を取られた探索者が、ほんの一秒、反応を遅らせる。
その一秒で、人は死ぬ。
だから、拭く。
誰にも映らなくても。
誰にも褒められなくても。
背後で、ぬるりと何かが動いた。
瀕死のウルフが――俺の喉元へ跳ぶ。
「やば――」
横から閃光。
鋼の一閃が割り込み、ウルフは真っ二つに裂けた。
「何やってんだよ」
レオンが俺を見下ろす。
「戦えないなら、映るな」
《清掃員よわw》
《いらなくね?》
《レオン優しい》
くーちゃんが、足元に寄ってくる。
「きゅーん」
「ああ、大丈夫だ」
戦えない。それは事実だ。
でも、こいつが散らかした場所は、ちゃんと片付ける。それくらいの意地はある。
――赤い録画ランプが灯る。
「ダンジョンを、少しでも安全で快適な場所にする。それが僕たちの目標です」
レオンがカメラに向けて笑う。
「恐れずに挑戦する。でも、準備は怠らない。それがプロです」
《かっけぇ》
《これが守護者》
《推せる》
「チャンネル登録と高評価、よろしくお願いします!」
配信が切れる。
笑顔も、消える。
「今日は数字伸びたな」
レオンは剣を肩に担ぎ、口元を歪めた。
「次は深層いくぞ。派手な絵が欲しい」
「お前が死んでも、配信は止めない」
薄笑いでこちらを見る。
俺は何も言わず、モップを握り直した。
魔物より、人間の方が厄介だ。
***
四十層。
一般探索者が来る場所じゃない。
空気が、変わった。
鉄錆と腐臭が混ざり、肺の奥に重く沈む。
壁の魔力残滓が黒ずみ、床には古い血の膜が乾いていた。
明らかに――手が入っていない。
……嫌な現場だ。
《いけいけ》
《守護者様!》
《今日も勝確》
レオンは迷わず進む。
足裏に低い振動が走った。
天井が軋む。
次の瞬間、巨岩が崩れ落ちる。
砂煙の奥で――何かが息をした。
赤い眼が灯る。
黒い鱗。
巨大な翼。
地面を砕く爪。
終焉のドラゴン。
本来は、国家単位で討伐する“災害指定”の存在。
《は?》
《これガチやばい》
《撤退だろこれ》
咆哮が、空気を震わせた。
それでも。
レオンは剣を構える。
「想定外だが……問題ない!」
叫び、踏み込む。
「シャイニング・スマッシュ!」
銀光が奔る。
――キィンッ!!
硬質な音。
刃は、黒い鱗に弾かれた。
ドラゴンが首を振る。
それだけで衝撃波が走り、レオンの身体が宙を舞う。
「がっ――!」
壁に叩きつけられ、血が散る。
《回復!!》
《逃げて!!!》
レオンが膝をつく。
さっきまで吠えていた声が、今は震えていた。
「……こんなの、聞いてない……」
情けない声だった。
ドラゴンが息を吸う。
喉奥で、赤黒い光が膨れ上がる。
《やばい》
《ブレス来る》
《終わる》
空気が焼ける。
光が、臨界に達する。
――終焉の炎。
《逃げて!!!!》
《ああああああああ》
《やめろやめろやめろ》
誰もが悟った、その瞬間。
俺は、ドラゴンの喉奥を見ていた。
赤黒い光。
煤のようにこぼれる魔力。
吐き出す前から、通路の空気が汚れていく。
ああ。
あれだけは、片づけないとな。
俺は前に出た。
「くーちゃん」
「きゅーん」
「掃除の時間だ」
ポケットから、ボーロを一粒取り出す。
それを、くーちゃんの口元へ差し出した。
ぱくり。
くーちゃんの体から、淡い白光が溢れた。
やわらかな光が、俺の腕を伝い、全身を包み込んでいく。
ドラゴンの喉元から、炎が放たれた。
黒と紅の奔流が、すべてを焼き払おうと迫る。
俺を、飲み込む。
――はずだった。
炎は、目の前で止まった。
白い光が、静かに受け止めている。
《止まった!?》
《なんで!?》
《犬が止めた??》
俺はモップを握る。
瓦礫。
歪んだ魔力。
飛び散った血。
ぐちゃぐちゃだ。
「……散らかすなよ」
モップを、軽く振る。
白い線が、空間を走った。
次の瞬間。
終焉のドラゴンが――消えた。
砕ける。崩れる。
光の粒になって、溶ける。
一瞬だった。
白い光が広がる。
瓦礫が戻る。
血が消える。
ひび割れが閉じる。
そこに残ったのは――整えられたダンジョンだけだった。
《……え》
《え???》
《……何が起きた?》
《清掃員が終焉ドラゴンを》
《モップで??》
モップを肩に担ぎ、くーちゃんを撫でる。
俺が本気で「整えたい」と思ったとき、くーちゃんが光ると、大抵こうなる。
背後で、レオンが震えていた。
さっきまで俺を見下ろしていた男が。
膝をついたまま、顔を上げられずにいる。
「あ、あんた……何者なんだ……」
答えるほどのことでもない。
「清掃員だ。……どけ、そこまだ拭いてない」
俺はレオンの脇にモップを滑らせる。
床の染みが、すっと消えた。
「守護者なら、後始末くらいしろ」
背後で、剣が床に落ちる音がした。
配信画面は止まったまま。
同時接続数だけが、異常な速度で跳ね上がっていた。
トレンド欄に、
「清掃員」「モップ」「ドラゴン」。
世界が騒いでいる。
俺はモップの埃を、静かに払い落とす。
――それだけの夜だった。
くーちゃんメモ
透真が「整えたい」って
本気で思ってるとき。
祈りをこめたボーロを食べると
くーちゃんは光るワン。
そうなると――
だいたい全部片付くワン




