60.U15日本代表VSU15イタリア戦―――6
「国近!」
日本の守護神、大童子の叫びが熱狂の渦に包まれたスタジアムのピッチに響き渡った。
大童子はその勝利への想いをボールに乗せるように、自陣の深く、ペナルティエリアのわずか外側でパスを待っていたボランチの国近の足元へ、丁寧で正確なスローイングを送った。
ボールが足元にピタリと収まった瞬間。
国近の意識は周囲の6万人の大歓声も、選手たちの荒い息遣いも、スタジアムを照らす眩いライトすらも完全に遮断し、自分だけの深く、研ぎ澄まされた思考の深淵へと一瞬にして落ちていった。
(・・・後半はもう40分近くになっている。アディショナルタイムを長めに見積もったとしても、残された戦いの時間はあと10分あるかないか。スコアは1-1の同点)
国近の脳内に情報が次々とインプットされていく。
現在、U―15日本代表が置かれている状況はただの【同点】ではない。グループステージ突破という至上命題を考えれば、このまま1-1で試合終了のホイッスルを聞くことは事実上の【敗北】に等しい。次節の相手が優勝候補のドイツであることを考慮すれば、ここで勝ち点3をもぎ取れなければ日本の世界への挑戦はここで終わる。
『引き分けは負けに等しい』
その残酷すぎる現実が国近の両肩に目に見えない重圧となってのしかかっていた。
(点を取る。絶対にもう1点を奪わなければならない。だが・・・)
国近はボールを足元で細かく小刻みにタッチしながら、イタリアのロカテッリほどではないが、自身の持つ【空間認識能力】を極限まで引き上げた。
国近の脳内にピッチ全体の状況が上空からの俯瞰映像のように鮮明に描き出される。味方11人、敵11人。ボールの位置、風の向き、そして選手一人一人の疲労度合い。
国近の脳内キャンバスに描かれたイタリアの陣形は、まさに難攻不落の鉄壁と呼ぶにふさわしいものだった。
(イタリアのボランチ、アンドレア・ロカテッリ。正直に認めよう。空間を支配する能力、ゲームを読む力、パスの精度・・・どれをとっても今の俺ではあいつにはまだ遠く及ばない。あいつはまさに戦術を体現するバケモノだ)
国近は中盤の底で幽霊のようにポジショニングを変え、日本のパスコースをことごとく消し去っている背番号10の姿を脳裏に浮かべた。
ロカテッリを中心に、イタリアは交代で投入されたフレッシュな両ウイングバックが最終ラインにベタ引きし、強固な5バックを形成している。さらにその前には三人の強靭なミッドフィルダーがフィルターとして分厚い壁を作っていた。
同点で迎えた終盤。イタリアは決して無理をして攻め上がってはこない。彼らはカテナチオの鍵を完全に閉め、日本が前がかりになって自滅するのを待ち、隙あらばカウンターで喉元を食い破るという、最も冷酷で確率の高い戦術を選択していた。
国近の脳内で凄まじい速度でパスルートのシミュレーションが行われる。何十、何百というパターンの攻撃の形を思い浮かべてはその結末を予測し、切り捨てていく。
(神野への直接的なパスルート・・・なしだ。スカモーニとガッティが完全にマンマークに近い形で張り付いている。あの二人の間を通すグラウンダーのパスは、100回蹴って1回通るかどうかのギャンブルだ。浮き球のパスも空中戦で神野がスカモーニに勝てない可能性がある以上、リスクが高すぎる)
国近の高速思考は止まらない。
(なら、トップ下の九条へ楔のパスを入れるか・・・いや、それもダメだ。ロカテッリが九条の動きを完全に監視している。九条がボールを受けた瞬間に周囲のインサイドハーフが潰しにくる。あそこにパスを出せば、高い確率でインターセプトされ、先ほどと同じような致命的なショートカウンターを食らうことになる)
右サイドの横畑への展開。左サイドの外丸への展開。どれもイタリアの組織的な守備網の前に、決定機を生み出すほどの確率を弾き出せない。
相手はカウンターを仕掛けるために全体を低く引き気味に設定し、日本の攻撃スペースをペナルティエリア付近から完全に消し去っている。正攻法で中央突破を図ることも、サイドからクロスを上げることも、全てがイタリアの想定の範囲内。
国近は無数のシミュレーションの果てに一つの結論に辿り着いた。
通常のパスワークや個人のドリブル突破では、残り10分でこのカテナチオの完全要塞を崩すことは不可能に近い。
(・・・ちっ! 正直言って、小賢しい手はあまりやりたくないが・・・背に腹は代えられない。これしかねぇか)
国近は脳内の俯瞰図から現実の視界へと意識を戻し、横目でチラリと、ある一人の選手を捉えた。
それは後半途中から交代で入ってきたU-15イタリア代表の巨漢フォワード、背番号13のジャンルカ・スカマッカだった。
(・・・よし)
国近がスカマッカの心理状態を的確に分析する。
交代でピッチに入り、意気揚々と前線に君臨したはずのスカマッカ。しかし彼は日本の絶対的な壁であるヤンセンとの空中戦で完全に競り負けた。
イタリアのチーム全体が冷静に守備ブロックを構築し、規律を守って戦っている中で、スカマッカ一人だけが前線でフラストレーションを溜め込み、戦術的な連動性からわずかに浮き上がっていた。
(狙うのは【苛立ち】。戦術の綻びは常に人間の感情から生まれる)
国近は静かに、しかし冷酷に罠を張り始めた。
ボールを足元に置いたままスカマッカが前線で日本の中盤を警戒し、パスコースを限定しようとプレスをかける素振りを見せていることを確認する。
そして国近は前線の九条や蹴太へパスを出すと見せかけて、不意に身体の向きを変え、自陣の左サイド深くに開いていた左サイドバックの朝陽へと緩いグラウンダーのパスを出した。
「!」
パスを受けた朝陽は、一瞬戸惑った表情を見せた。
(国近君・・・なにを考えてるんだ? 時間はもうない。負けてるのと同じ状況なんだ。一刻も早く前線へボールを運ばなきゃいけないのに、なぜこんな最終ラインで、意味もなくパスを回すんだ?)
朝陽がボールをトラップし、パスコースを探して前を向こうとしたその瞬間。
(! もらいっ!)
国近の横パスに反応し、目を血走らせたスカマッカが巨体を揺らして猛然と朝陽に向かって突進してきた。前線でボールに触れず、フラストレーションを溜めていた巨漢ストライカーにとって、最終ラインでの緩いパス回しは格好の獲物に見えたのだ。
「鵜飼! 俺に返せ!」
国近はボールをパスした後、全く動くことなくその場に留まり、スカマッカが朝陽に迫る直前で鋭く指示を飛ばした。
朝陽は国近の指示に条件反射で従い、ワンタッチでボールを国近へと送り返した。そのためスカマッカの猛烈なプレスが空を切る。
「鵜飼! もう一丁!」
国近は朝陽からリターンパスを受けると、ボールをトラップすることなく、ダイレクトで再び朝陽へとパスを出した。ボールが左右に行き来する。
(なんだと!?)
スカマッカは目の前で自分をからかうようにボールが行ったり来たりする状況に、苛立ちをさらに募らせた。そして急ブレーキをかけて方向転換し、再びボールを持った朝陽へと重戦車のように突っ込んでいく。
「鵜飼! こっちだ!」
国近がまたしてもスカマッカが朝陽に到達する寸前でリターンパスを要求する。
(国近君は一体なにを・・・まるで鳥かごの練習みたいに、あえてあの巨大なフォワードを走らせている? でも確かにパス交換をしながら少しずつ、ほんの数メートルずつだけど、相手の陣地へとラインを押し上げている?)
朝陽は国近の意図が完全には理解できなくても、そのパス交換の中に隠された【前進】の意志を感じ取り、疑問に思いながらも正確に国近とパス交換を繰り返した。
右へ、左へ。
国近と朝陽の間に短いパスが何度も交わされる。
そのたびにスカマッカはボールを奪おうと巨体を走らせるが、国近の絶妙なタイミングのパス回しによりボールに触れることすらできない。
イタリアの強固な守備陣形全体は依然として崩れていない。しかし、前線のスカマッカの周辺だけが異常なほどの熱を帯び、フラストレーションのマグマが沸点に達しようとしていた。
国近と朝陽のパス交換により、日本の最終ラインは自陣の深い位置から徐々に、じわじわとセンターサークル付近へと陣地を押し返していく。
(まぁ、この辺りが限界か。これ以上ラインを上げればロカテッリがカバーに出てきてボールを刈り取られる。だが、下準備は整った。よし!)
国近はスカマッカが荒い息を吐きながら怒りで目を血走らせているのを確認すると、足元のボールをピタリと止めた。そして顔を上げ、前線に向かって鋭く、スタジアムの歓声を切り裂くような声で叫んだ。
「九条!」
その声に呼応するようにトップ下の九条隼人が、イタリアのインサイドハーフの間を縫うようにして中盤のスペースへとスッと降りてくる。
国近は右足を鋭く振り抜き、九条の足元へ向けて矢のような縦パスを通した。
(国近、お前どうするつもりだ。ここで俺にパスを寄越しても・・・!)
九条は国近からの強烈な縦パスを足元で完璧にトラップした。
しかし彼がボールを受けた場所はイタリアの強固な守備ブロックのど真ん中。前を向こうにも、すでにイタリアの右ウイングバックのフラッテージと右インサイドハーフのペッレグリーニが獲物を狩る狼のように猛スピードで距離を詰め、九条の身体に激しくコンタクトしてきていた。
前を向くことはおろか、バイタルエリアへドリブルで切り込む隙など1ミリも存在しない。だが九条は自分が【前を向けない】という絶対的な不利な状況に置かれたからこそ、国近が自分にパスを出した【真の意図】を瞬時に理解した。
(・・・なるほどね。俺に前を向かせて攻撃の起点にするためのパスじゃない。俺にイタリアのミッドフィルダー二人を食いつかせ、俺自身をただの【壁】として使うためのパスか。意外と性格悪いよね、国近!)
九条は心の中で国近のクレバーで冷酷な戦術眼に舌を巻きながらも、無理やり前を向くことはしなかった。
フラッテージとペッレグリーニの激しいプレッシャーを背中で受け止めながら、ボールをキープすることなく、自分にパスを出した後、猛スピードで前線へと駆け上がってきていた国近の足元へ向けて完璧な強さとコースのバックパスを送った。
(俺の意図、完璧に理解してくれたか)
国近は九条からのリターンパスを、スピードを落とすことなく足元に収めて、そのまま一気にドリブルを開始した。
九条がイタリアの中盤二人を自らに引き付けてくれたおかげで、国近の目の前にはぽっかりと広大なスペースが生まれていた。
国近はフラッテージとペッレグリーニの裏のスペースをドリブルで抜け出し、一気にゴールまでおよそ36メートルの距離までボールを運んだ。
「いけぇぇぇぇっ! 国近!」
「撃てぇぇぇぇっ!」
突然の中央突破。停滞していた日本の攻撃が再び牙を剥いたことに、スタンドの日本のサポーターたちが割れんばかりの歓声を上げて沸き立つ。
だが、国近の背後に、彼のこの突破を誰よりも許せない男が地響きを立てて猛追してきていた。イタリアの巨漢ストライカー、ジャンルカ・スカマッカである。
(俺をコケにしやがって! ボールをよこせぇっ!!)
スカマッカの頭の中は先ほどから国近に鳥かごのようにボールを回されて翻弄された屈辱とフラストレーションで完全に沸騰していた。
ヤンセンに封じられた苛立ち。ボールに触れられない焦り。その全ての感情の爆発を目の前をドリブルで進む国近涼真へとぶつけるかのように、彼は理性的な守備を忘れ、ただ重戦車のように背後から猛スピードで迫った。
(来た!)
国近は背後から迫る巨大な質量と、荒々しい足音、そして殺気にも似た気配を自身の空間認識能力で完全に察知していた。
通常であればボールをサイドへ散らすか、スピードを上げて逃げ切る場面だ。だが国近はあえてドリブルのスピードをほんのわずかに緩めた。そして、スカマッカの巨体が自分に激突するまさにその瞬間。国近は身体の軸をあえて残し、踏ん張ることを意図的に放棄した。
ドゴォォォォォンッ!!
「ぐはっ!」
スカマッカの怒りに任せた強烈なショルダーチャージのタックル。
国近の身体はまるで弾き飛ばされる小石のように前方に盛大に吹っ飛び、芝生の上に激しく転がった。
ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!
主審の笛がファウルを告げる鋭い音を立てて夜空に鳴り響いた。
国近は背中と肩に走る痛みに顔を歪め、芝生に倒れ込みながらも口元で不敵に笑った。
「おい! 今のどこがファウルだ! 正当なショルダーチャージだろ!」
「シミュレーションだ! ダイブだ!」
U-15のイタリアメンバーたちが一斉に主審を取り囲み、顔を真っ赤にして激しい抗議を展開する。しかし主審は毅然とした態度で抗議を退け、フリーキックを提示した。
判定は覆らない。日本のフリーキック。
位置はイタリア陣内の左サイド、ゴールから約34メートルの距離。角度はおよそ45度。絶好の、そして逆転の可能性を秘めた直接フリーキックのチャンスを日本は手に入れた。
(なるほどね。だから国近君は俺とあんな無意味に見えるパス交換をしてたってわけね)
自陣からその光景を見ていた左サイドバックの朝陽は、ようやく全ての点と点が線で繋がったことを理解し、思わず息を呑んだ。
全てはあのスカマッカのファウルを誘発するためだったのだ。
わざと自陣でパスを回してスカマッカを走らせ、フラストレーションを極限まで溜め込ませる。そして彼が理性を失ってチャージに来るよう、己の身体を囮にしてぶつけさせること。
ファウルを誘い出すための、中学生とは思えないほど狡猾でクレバーなプレー。国近涼真という男の底知れぬ戦術眼と冷徹な頭脳に、朝陽は戦慄すら覚えた。
そして芝生の上に倒れ込んだままの国近の元へ、前線からゆっくりとした足取りで歩み寄ってきた影があった。背番号9、神野蹴太。
蹴太は倒れている国近を見下ろすと、右手を無言で差し出した。
「お前。意外とずる賢いな」
蹴太の口元に、国近のその狡猾なプレーを称賛するような、不敵な笑みが浮かんでいた。
「うるせぇ・・・全て勝つためだ。綺麗なサッカーだけじゃ、世界には勝てねぇんだよ」
国近は蹴太の差し出された手を力強く握り返し、引っ張り上げられるようにして立ち上がった。足や肩に鈍い痛みは走るが、そんなものはどうでもよかった。
「あとはお前の仕事だ。頼んだぞ、俺たちのストライカー」
国近は泥だらけになったユニフォームの肩口を払いながら、蹴太の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「・・・まかせろ。お前が身体を張って作ってくれた舞台だ。必ず俺が終わらせてやる」
蹴太の漆黒の瞳に獲物を確実に仕留めるハンターの光が宿る。
審判がフリーキックの地点にスプレーで白いラインを引き、準備が終わる。そしてボールのポイントに歩み寄るのはファウルを受けた国近と、日本の絶対的なストライカーである神野蹴太の二人。ボールの前に二人が並んで立つ。
対するイタリアはゴール前に強固な、そして絶望的なほどに高い【壁】を築き上げていた。
キャプテンのスカモーニをはじめ、ガッティ、バストーニといった190センチ台の巨漢たちが、肩を組み、一切の隙間なく並び立つ。まさに文字通りの城壁。
ゴールマウスを守るGKのドナルーマは、壁の位置を細かく指示しながら、蹴太の右足を異常なまでの警戒心を持って睨みつけていた。
(距離は34メートル。角度は45度。かなり距離がある。U-15のキック力なら直接狙うには遠すぎる。だが・・・あの9番なら確実に直接ゴールを狙ってくるはずだ。同点弾の時の、あの異常な威力と精度。絶対に油断はできない。俺が止める!)
ドナルーマは腰を低く落とし、全身の筋肉をバネのように張り詰めて、キックの瞬間に備えた。
主審がホイッスルを口に咥える。
スタジアムの6万人の観衆が息をする音すら殺し、固唾を飲んでその瞬間に集中する。
テレビの前の健一も、蒼空斗も、春樹も、明里も。日本中の何千万という人々が祈るように両手を握りしめ、画面越しの蹴太の姿に思いを託していた。
ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!
静まり返る夜のスタジアムを切り裂くように、主審の笛が鳴り響いた。
最初に動き出したのは、ボールの左側に立っていた国近だった。
国近、ボールに向かって勢いよく助走に入る。右足を大きく振りかぶり、強烈なシュート、あるいはゴール前への鋭いクロスを蹴り込むモーションを見せる。
(来るっ!)
イタリアの巨漢たちが構築した分厚い壁が国近のキックをブロックしようと、それに釣られて一斉に空高く踏み切った。だが、国近の右足はボールを叩かなかった。
ボールの真上をまたぎ越すフェイントを入れ、そのままボールの横を全速力で走り抜けていった。
(決めろ。神野!)
直後。本命である日本の最強の矛、蹴太がゆったりとした、だが極限まで力の溜まった助走から左足でピッチを強く踏み込んだ。
(俺の【パワーシュート】、【フリーキッカー】、【決定力】。その全てを乗せて、あの壁の上を越え、そして・・・堕とす!)
振り抜かれた蹴太の右足。それはボールの腹を叩くのではなく、ボールの芯のわずか下を、下から上へ向かって鋭く、そして強烈に削り取るように捉えた。
ズバァァァァァァァァァァァンッ!!!
ボールを蹴る強烈なインパクト音が、スタジアムに響き渡った。
放たれたボールは凄まじい初速と共に夜空へ向かって高く、高く舞い上がった。
ジャンプしたイタリアの巨大な壁、スカモーニやガッティたちの頭上をわずか数センチというギリギリの高さを掠めるようにして通過していく。
(・・・枠を超えた!)
ゴールマウスで身構えていたGKのドナルーマは、壁を越えてきたボールの軌道を見た瞬間、確信した。
ボールの弾道はあまりにも高すぎる。あんな角度で打ち上げられたボールが、重力に逆らってクロスバーの下に収まるはずがない。軌道的に、確実にゴールの枠を大きく外れてスタンドの遥か上段へと消えていくシュート。
だが、ドナルーマがシュートは外れたと判断し、安心感からわずかに全身の筋肉の緊張を解こうとした、まさにその刹那。
壁を超え、最高到達点に達したはずのそのボールは、まるで天空から目に見えない巨大な神の手で強引に叩き落とされたかのように。
ギュルルルルルルルルルッ!!
ボールにかかっていた強烈極まりない【縦回転】が空気抵抗を切り裂き、牙を剥いた。
ボールはドナルーマの予測を完全に裏切り、異常な角度で鋭い急降下を始めた。まるでサッカーの神に愛されたかのようなドライブシュート。
「!?」
ドナルーマの瞳孔が限界まで見開かれる。
慌てて体勢を立て直し、自身の巨体を右斜め後方へと必死の形相で投げ出し、右腕を限界の限界まで伸ばした。
(届けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)
だが蹴太の放ったシュートのスピードと急激な落下の軌道は、ドナルーマの反応速度をコンマ数秒、上回っていた。
ドナルーマの必死に伸ばしたグローブの指先が、空から落ちてくるボールの軌道と交差する。しかし、それはほんのミリ単位の接触だった。
指先を微かに掠めたボールはその強烈な縦回転の勢いを全く失うことなく、そのままゴール右隅のサイドネットへ向けて、文字通り【突き刺さった】。
ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
白いネットがボールの威力に耐えきれずに激しく波打ち、歓喜の音を立てた。
「・・・俺達の勝ちだ!」
蹴太はゴールネットが揺れたのを確認すると、静かに、しかし絶対的な王者のような風格で、夜空に向かって右の拳を力強く突き上げた。
その瞬間。
スタジアムは6万人の観衆が放つ、爆発的で、鼓膜が破れんばかりの歓声の渦に完全に飲み込まれた。
テレビの前の健一と春樹は抱き合って絶叫している。蒼空斗も立ち上がり、画面の中の友に向かって、静かに、だが熱く視線を送っていた。
「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「神野ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ピッチ上では国近が、九条が、ヤンセンが、大童子が。日本代表のイレブン全員が、ベンチの控え選手たちも、スタッフも、一斉に蹴太の元へとなだれ込み、蹴太を押し潰すかのような巨大な歓喜の輪が形成された。
後半44分。試合終了間際のまさに土壇場。
蹴太の神のごときドライブ・フリーキックにより、U―15日本代表はついに強固なイタリアの壁を完全に打ち砕き、2-1と逆転に成功した。
そしてその後のアディショナルタイム4分間。
イタリアはなりふり構わず長身のスカマッカやレテギを目掛けてパワープレーを仕掛けてきた。しかし、逆転に成功し、魂に火がついた日本代表のディフェンス陣を打ち破ることは、もはや不可能だった。
ヤンセンが空中で全てを弾き返し、窪田が身体を張り、大童子が的確なコーチングでゴールに鍵をかける。国近や三國がセカンドボールを拾い、九条や蹴太が前線で必死にボールをキープして時間を削る。
そして。イタリアの最後のロングボールを、ヤンセンが大きく前線へとヘディングでクリアした瞬間。
ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!
主審の、試合終了を告げる長いホイッスルが夜空に響き渡った。
【U―15日本代表 2―1 U―15イタリア代表】
カテナチオという世界最高峰の盾を誇る強豪を相手に先制を許すという絶望的な状況からの、見事なまでの、そして歴史的な逆転勝利。
若きサムライたちが世界にその強烈な牙を剥き、本物の強さを見せつけた瞬間だった。
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【試合結果】
U―15日本代表 2―1 U―15イタリア代表
【得点者】
U-15日本代表
後半23分:神野蹴太 アシスト:九条隼人
後半44分:神野蹴太
U-15イタリア代表
前半32分:マテオ・レテギ アシスト:フーリ・キエーザ
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