61.歴史的瞬間の咆哮と終わらない熱狂
「ピィィィィィィィィィィィィィッ!!!」
秋の冷たい夜空を切り裂くように、主審の試合終了を告げる長いホイッスルが三度、スタジアムに鋭く鳴り響いた。
その瞬間、ピッチ上で90分間の死闘を繰り広げていた両チームの選手たちの動きがピタリと止まる。そして次の瞬間、スタジアムに詰めかけた6万人の大観衆の抑え込まれていた感情が、まるで決壊した巨大なダムのように一気に爆発した。
「ついに・・・ついに日本が! あの厚く、高く、絶望的だった世界の壁を完全に突破したぁぁぁぁぁぁっ! 欧州の頂点、強豪イタリア代表に見事な逆転勝利ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
実況アナウンサーの、もはや言葉の形を保っていない絶叫という名の実況が、スタジアムのスピーカーと全国のテレビ放送を通じてビリビリと響き渡る。
地鳴りのような大歓声。嵐のような拍手。見ず知らずのサポーター同士が抱き合い、涙を流し、サムライブルーのタオルマフラーを振り回して狂喜乱舞している。
日本サッカー界において、アンダー世代とはいえ、あの世界最高峰の盾【カテナチオ】を誇るイタリア代表を公式戦で、しかも先制を許してからの逆転で撃破したという事実は、紛れもなく歴史的偉業というほかなかった。
そしてその歴史的勝利の熱狂は、ピッチを上空から見下ろす大会関係者席でも同じように渦巻いていた。
「よしっ! よぉぉぉぉしっ!!」
普段はどんなスーパープレーを見ても、どれほど劇的なゴールが決まろうとも、決して表情を崩すことなく冷徹にデータを分析し続けるナショナルダイレクターの柳野が、周囲の目も憚らずに勢いよく椅子から立ち上がり、仕立ての良いスーツが乱れるのも構わずに両拳を天高く突き上げて渾身のガッツポーズを炸裂させていた。
その隣では部下の氷川もまた手元のノートPCを放り出し、両手で顔を覆いながら歓喜の涙を流していた。
「やりました! 柳野さん! 彼らが、あの中学生たちが、本当にイタリアを・・・世界最高峰の盾を打ち破りましたよ!」
「あぁ! あの圧倒的な絶望感を前にしても、誰一人として心を折らなかった! 見事だ、本当に見事としか言いようがない!」
柳野の顔には普段の冷徹な面影はなく、純粋にサッカーというスポーツの熱狂に当てられた、一人のサッカー少年のような興奮が浮かんでいた。日本サッカーの未来を背負う若き才能たちが、自分の予想を遥かに超えるスケールで世界を凌駕した瞬間を目の当たりにし、その魂が震えていたのだ。
一方、その狂乱の渦の中心であるピッチ上では。
「「「「「神野ッ! 神野ッ! 神野ッ! 神野ッ――!!」」」」」」
後半44分。イタリアの巨大な壁の頭上を抜き、急降下してゴールネットに突き刺さるという【神の御業のドライブ・フリーキック】を決めた背番号9の神野蹴太へのチャントが、まるでスタジアム全体で事前に示し合わせていたかのような完璧なユニゾンで鳴り響いていた。
地鳴りのような【神野】コールが、スタジアムのスタンドからピッチへと降り注ぐ。
(・・・あーうるせぇな。鼓膜が破れそうだ)
しかし当の本人である蹴太は、自身に向けられる万雷の拍手と神を崇めるかのような称賛の嵐など、どこ吹く風といった様子だった。
蹴太は右手の小指で無造作に右耳の穴をほじりながら、鬱陶しそうに顔をしかめていた。激しい死闘の疲労と限界まで集中力を研ぎ澄ませた反動から来る猛烈な気怠さだけが、全身を支配していた。蹴太はサポーターに手を振ることもなく、さっさとロッカールームへと続くトンネルへ向かおうとした。
だが、そんな【日本の救世主】を周囲のチームメイトたちが大人しく帰すはずがなかった。
「おい、蹴太!」
背後から蹴太の肩をガシッと力強く掴んだ者がいた。
「・・・んだよ」
蹴太が面倒くさそうに振り返ると、そこには泥と汗にまみれ、激闘を制した充実感で顔を紅潮させたキャプテンのヤンセンが満面の笑みで立っていた。
「ナイスシュートだ! お前のあの理不尽な右足がなきゃ、俺たちは今頃イタリアの門前で四つん這いになって絶望を味わっていたぜ!」
ヤンセンの心からの称賛。それに対し蹴太はふっと鼻で笑い、ヤンセンの泥だらけのユニフォームを一瞥した。
「・・・お前こそ最後によくやったな。ナイススライディングだ。まぁ、俺としてはあのままタイミングを間違えてレッドカードをもらい、PKを献上して日本中から【戦犯】として袋叩きにされるお前の姿も、それはそれで一度見てみたかったけどな」
蹴太の全く素直じゃない毒舌。だが、ヤンセンはそんな蹴太の捻くれた性格など、とうの昔に理解しきっている。
「はっ! よく言うよ! あそこで俺が退場してたら、お前は逆転のフリーキックを蹴る機会すら与えられなかったんだぜ? 俺に感謝しな!」
ヤンセンは蹴太の背中をバンバンと力強く叩きながら、自分の歯を見せて笑った。
「まぁ、ともかくだ。これで俺らはグループステージ2勝だ。まだドイツ戦は残ってるが、実質的にグループステージの突破は決まったようなもんだ。今は先のことは考えず、とりあえずこの最高の勝利を全員で喜ぼうぜ!」
「ふんっ! 俺は疲れてんだ。さっさと戻る」
蹴太はヤンセンの手を振り払い、再びロッカールームへ歩き出そうとしたが、ヤンセンの腕力は蹴太のそれを軽く凌駕していた。
「ほら! 今日の最大の主役であり、勝利の立役者がいねぇと応援してくれたサポーターも盛り上がらないだろ? こっちだ!」
「あっ! おい、引っ張るな! ふざけんな、離せ!」
抵抗虚しくヤンセンに腕をガッチリと掴まれた蹴太はそのままズルズルと、日本の自陣で歓喜の輪を作って泣き崩れている選手たちの集団へと引きずり込まれていった。
「神野ぉぉぉぉぉっ!! お前、試合が終わった途端にどこへ行こうとしてたんや!」
集団に放り込まれた瞬間、待ち構えていた右サイドバックの青星が顔中を涙と鼻水と汗でグシャグシャにしながら、蹴太の首に飛びつくようにして激しく抱きついてきた。
「うおっ! きったねぇ! 離れろ!」
「主役がおらへんと、全然盛り上がらへんやないか! お前はほんまに最高のストライカーや! 愛してるでぇぇぇっ!」
青星に無理やり抱きつかれた蹴太は露骨に嫌な表情をしながら、その腕を力任せに無理やり引き剥がした。しかし周囲の選手たちも今日ばかりは冷静さを完全に失っていた。
九条、国近、三國、外丸、そして大童子。ピッチにいたメンバーたちが一斉に蹴太を取り囲む。
「おい、いくぞお前ら!」
ヤンセンの合図と共に屈強な腕が何本も蹴太の身体の下に差し込まれる。
「は? おい、やめっ!」
「「「「せーのっ!!」」」」
蹴太の抗議の声は歓喜の雄叫びにかき消された。次の瞬間、蹴太の身体はふわりと宙に浮き、スタジアムの眩いライトが照らす夜空へと高く高く放り投げられた。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「神野! 神野! 神野!」
空中で無重力状態を味わいながら、蹴太は眼下に広がるチームメイトたちの弾けるような笑顔と、スタジアムを埋め尽くす青い波を見た。
(ちっ!)
蹴太は空中で盛大に舌打ちをしたが、その口の端がほんのわずかに、彼自身も気づかないレベルで緩んでいた。
数回の胴上げの後、ドサッと芝生の上に下ろされた蹴太は不機嫌そうに乱れたユニフォームの襟を直した。
「ハハッ! そんなにふてくされないでよ、神野」
左サイドバックの朝陽が爽やかな笑顔を浮かべながら蹴太の肩をポンと叩いた。
「日本が、アンダー世代の俺達とはいえ、これほど圧倒的な強豪国を公式戦で破って、グループステージの突破が確定的になったなんて、歴史的な快挙なんだよ。きっと今頃、スタジアムの外の日本中はお祭り騒ぎですごいことになってると思うよ」
「・・・ちっ。面倒くせぇ」
蹴太は朝陽に言われた【外の騒ぎ】を想像し、自分を待ち受けているであろうマスコミの過熱報道や、街中での無駄な喧騒をリアルに思い浮かべ、今度こそ心の底から面倒くさそうに、大きく深い舌打ちをした。
そしてスタジアムの熱狂が最高潮に達する中。
ピッチサイドのインタビューエリアでは試合直後の興奮をそのままお茶の間に届けるべく、中継局の女性ピッチリポーターがマイクを握りしめてカメラに向かって声を張り上げていた。
「放送席、放送席! そしてテレビの前の全国の皆様! こちらは強豪U-15イタリア代表を撃破したばかりの熱気冷めやらぬピッチサイドです! 見事な歴史的逆転劇を飾りました、U―15日本代表の久森涼介監督にお越しいただきましたぁ!」
リポーターの甲高い、興奮しきった声。
しかしその視線の先に立つ久森涼介は先ほどまでの死闘が嘘だったかのように、乱れ一つない完璧なダークスーツ姿に身を包み、まるでこれから近所のコンビニにでも行くのかというほどに平坦で、面倒くさそうな表情を浮かべていた。彼の周囲だけ、スタジアムの熱気から完全に隔離されているかのようだ。
「久森監督! 欧州の頂点、強豪U-15イタリア代表に対して、見事な逆転での大金星、本当におめでとうございます!」
リポーターが満面の笑みでマイクを向ける。
「・・・はい」
久森の答えはわずか二文字。声のトーンは限りなく低く、感情の起伏はゼロだった。
「これで日本は死の組と呼ばれたグループステージの突破をほぼ確実にしたと言っていいと思いますが、この歴史的勝利についての、今の率直なご感想を教えてください!」
リポーターは久森の塩対応にもめげず、さらにテンションを上げて質問をぶつける。「選手たちがよく頑張ってくれました」「日本の誇りです」といった、模範的で感動的なコメントを引き出すために。
しかし久森の口から出たのはリポーターの期待を粉々に打ち砕く言葉だった。
「感想ですか・・・特にないですね」
「えっ?」
全国ネットの生放送。数百万、いや数千万人が見ているであろうカメラの前で、見事なまでの「特にない」発言。リポーターはプロとしての愛想笑いを一瞬忘れ、素っ頓狂な裏返った声を上げてしまった。
しかし久森はそんなリポーターの動揺など露ほども気にせず、淡々と言葉を続ける。
「我々にとっては、世界王座へ至るためのただの【通過点】に過ぎませんから。それにまだ最終節には優勝候補のドイツ戦が控えています。イタリアから一勝をもぎ取ったくらいで、ここで浮かれて喜んでばかりいるようではこの先の世界との戦いでは話になりません」
「えっと・・・はぁ・・・」
完璧すぎる正論。しかしテレビ的な【お祭りムード】を完全に凍結させる氷のような発言。リポーターの額に冷たい汗がツーッと流れ落ちる。
彼女が助けを求めるようにカメラの後ろのスタッフに視線を向けると、ディレクターが顔面を蒼白にしながら、【別の話題を振れ! 戦術の話だ!】と書かれたカンペを必死に叩いていた。
「そ、それでは! ズバリ、今日の歴史的勝利の最大の要因は監督の目から見て何だったと思われますか!?」
気を取り直し、戦術的な、あるいはチームの絆といった美しい話題へと誘導しようとするリポーター。
「個の力」
しかし久森は1秒の迷いもなく即答した。
「えっと・・・こ、個の力、といいますと? チームの団結力や監督の素晴らしい戦術ではなく?」
「U―15イタリア代表は個の力の勝負ではなく、伝統的な【組織の力】の勝負を我々に挑んできた。強固なブロック、徹底したカバーリング。まぁ、それが彼らのスタイルであり、必ずしも間違いとは言いませんが」
久森はそこで一拍置き、カメラを、いや、その向こう側にいる世界の強豪国たちを見据えるようにして鋭い眼光を放った。
「今日の試合においては間違いなく、その組織の網を【個の力】で強引に引き裂いて挑んだ我々の方が強かった。それだけの話です」
「・・・」
ピッチリポーターは、その言葉を聞いた瞬間、顔に貼り付けた営業スマイルを完全に凍りつかせたまま、綺麗に固まった。
今回もまた世間が飛びつき、ワイドショーで繰り返し流されるような【日本の一丸となった美しいチームワーク】や【全員で掴み取った感動の美談】などは、一言たりとも飛び出さなかった。あるのは、剥き出しの才能と才能のぶつかり合いを肯定する、徹底した実力主義の宣言のみ。
現場の空気が北極の氷点下レベルにまで冷え切ったのを確認したスタッフから、トランシーバー経由で【インタビュー・アーリーエンド! 切れ切れ!】という悲鳴のような指示が飛ぶ。
「あ、あはは・・・あ、ありがとうございます! 徹底した【個】の追求が実を結んだということですね! 以上、U―15日本代表の久森涼介監督でしたぁ!」
リポーターが半ば強制的にインタビューを打ち切ると、久森は「ようやく終わったか」とばかりに小さく息を吐き、カメラに一瞥もくれることなく、すたすたと足早にその場を立ち去り、ロッカールームへと消えていった。そしてリポーターは次の準備をする。
「さぁ、気を取り直してまいりましょう! 続きまして、本日チームを救う同点弾、そして歴史的な逆転決勝ゴールを決めた、本日のマン・オブ・ザ・マッチ! 背番号9・神野蹴太くんに来ていただきましたぁ!」
久森監督のインタビューで完全に事故りかけた空気を必死に立て直すべく、リポーターは声をワントーン高くして次のゲストをカメラの前に呼び込んだ。
現れたのは、先ほどまでチームメイトに胴上げされていた神野蹴太だった。しかし彼の顔には【マン・オブ・ザ・マッチ】の称号に喜ぶ様子は微塵もなく、非常に嫌そうな、まるで今から説教でも受けるのかという不機嫌なオーラを全身から発散させながら、とぼとぼと歩み寄ってきた。
「神野くん! 本日も前回のコスタリカ戦に並び立つ、いやそれを凌駕するレベルの大活躍! 本当におめでとうございます!」
リポーターがキラキラとした瞳でマイクを向ける。
「どうも」
蹴太は目線すら合わせずにぶっきらぼうに答える。
「では! 本日の大ヒーローである神野くんに聞きたいと思います! 今回も日本中が感動する素晴らしいチーム一丸となっての大逆転勝利となりましたが、この勝利を呼び込んだ最大の要因とは、神野くん自身はズバリ何だと思いますか!?」
今度こそ、「みんなのサポートのおかげです」といった謙虚で中学生らしい、美しいコメントを引き出そうとするリポーター。
「そうですね・・・」
蹴太はマイクを向けられたまま少しだけ眉間にシワを寄せ、面倒くさそうに斜め上を見て考え込んだ。そしてゆっくりと顔を上げ、カメラのレンズを真っ直ぐに見据えてハッキリと言い放った。
「監督からの理不尽な要求と精神的な脅し、ですかね」
「っ!?」
ピッチリポーターの表情が先ほどの久森の時以上に、さらに一段階深く、完全にフリーズした。
全国ネットのゴールデンタイムの生放送。数千万人が視聴しているスポーツの祭典で、中学生の口から飛び出した「理不尽な要求」「精神的な脅し」という、スポーツ界のコンプライアンスを根底から揺るがすような物騒すぎるワード。
「か、神野くん、それは・・・一体、どういう?」
動揺を隠しきれず、声が震えるリポーター。しかし蹴太はそんな彼女のパニックを完全に無視し、淡々と、かつ流暢に暴露を続ける。
「ハーフタイムのロッカールームで相手の一瞬の隙を突いて、パスの出し手である九条と受け手である俺とで、お互いの動きを一切見ずにゼロコンマのタイミングでコンビプレーを決めろとかいう、プロでも難しいような【理不尽】な戦術を丸投げされましてね。おまけにもしここで負けたら、前節で大勝して世間の期待を煽った分、お前らへの世間からのバッシングは想像を絶するほどひどいものになるぞ、なんて【脅し】をかけられたんですよ。まぁそんなこと言われたらこっちも意地でも勝つしかなかったんで、結果オーライですけどね」
リポーターは蹴太のその悪びれる様子のない、監督のパワハラすれすれの裏話を淡々として暴露するような回答を聞き、完全に魂が抜けたような顔で背後のスタッフを確認した。
ディレクターは顔面を土気色にし、両手で大きな【×】マークを作りながら、今すぐ放送を物理的に切れと言わんばかりの激しいジェスチャーを送っていた。もはや放送事故レベルであった。
「あ、あははは! そ、そうですか! 監督の愛のある熱い指導と厳しい発破が実を結んだということですね! 素晴らしい師弟関係です! あ、ありがとうございました! 以上、見事な逆転弾を決めました、神野蹴太くんでしたぁぁぁっ!」
リポーターが半泣きになりながら強引に解釈をねじ曲げてインタビューを強制終了させると、蹴太はカメラに背を向けて、今度こそロッカールームへと引き上げていった。
そしてその頃、蒼空斗の自宅リビングの大型テレビで今まさに繰り広げられたばかりの監督とエースストライカーによる【美談クラッシャー&毒舌すぎるインタビュー連発劇】の一部始終を見ていた健一は、腹を抱えてフローリングの床を転げ回りながら、ゲラゲラと大爆笑していた。
「ガハハハハハハッ!! ひーっ、腹痛てぇ! 最高だぜ、蹴太の野郎! あいつ、絶対に天然というか、世間体とかカメラの向こうの大人たちの都合とか、一切気にしてねぇだろ! 今どき全国ネットのゴールデンタイムの生放送使って、自分たちの監督のことを【理不尽】だの【脅し】だのって堂々と言い放つ中学生がどこにいんだよ! あいつ、もしかして久森監督に対して本気で反乱でも起こすつもりか!?」
健一は涙を流しながらテレビ画面を指さし、息も絶え絶えに笑い転げている。
「・・・笑い事じゃないわよ、本当に。あんな放送事故みたいなインタビューを聞いたら、サッカー協会の偉い人たちやスポンサーが今頃青い顔してひっくり返ってる頃よ。やっぱり、強引にでも試合後のインタビューの受け答えくらい、無難な定型文を言えるように事前に練習させておくべきだったわ」
隣で見ていた明里は両手で自分の額を押さえ、まるで問題児を抱える保護者のような呆れ果てた表情で深々と溜息をついた。
その横で春樹は自分のスマートフォンを片手に、SNSのリアルタイム検索のタイムラインを高速でスクロールしながら、苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、明里の言う通りインタビューの内容は色んな意味でヤバかったけど、世間の反応は全然気にしてないみたいだよ。むしろ、あのふてぶてしさが【大物すぎる】ってウケてる。ネットのトレンドは今、完全に神野蹴太一色に染まってるよ。【日本の救世主、爆誕】だとか、【あのヤンセンを超える傑物ストライカー】だとか、【令和の化け物】だとかって、文字通り賞賛の嵐でもの凄いことになってるからね。プレーで全てを黙らせたってことさ」
春樹の言葉に、これまで静かにテレビを見つめていた蒼空斗が深く頷いた。
「そうだね。世間の評価は当然そうなるよ。あの欧州最強と謳われたイタリア代表のカテナチオを、個の力と九条君との完璧なコンビネーションで完全に打ち砕いたんだから。蹴太の力は、もう誰にも疑いようがない」
蒼空斗はそう言いながらも、手元のタブレット端末をスワイプし、今大会のグループステージのもう一つの試合結果の速報ページを開いていた。
「・・・でも、さっきのインタビューで久森監督も言っていたけど、グループステージはまだ終わっていない。最終節はあのドイツと当たるんだ。グループステージの突破自体はこれでほぼ確実になったけれど・・・ここまで来たら僕たちが見据えるべきは、ただの決勝トーナメント進出だけじゃない。グループを首位で突破し、大会の上位4ヵ国に入ることを明確に視野に入れていると思うよ」
タブレットの画面には先ほど終わったばかりの【U―15ドイツ代表 対 U―15コスタリカ代表】の試合結果が表示されている。
スコアは予想通りの力の差を残酷なまでに見せつけるように、4-0でドイツの圧勝だった。初戦でイタリアを下したドイツはコスタリカをも粉砕し、圧倒的な破壊力を見せつけている。
(これでお互いに2勝を挙げた日本とドイツが揃ってグループステージ突破を決めて迎える最終節、日本対ドイツの直接対決。この試合の結果次第でグループ1位通過が決まる。そしてその先のトーナメントの組み合わせ、上位4カ国へのシード権にも大きく影響してくるはずだ。ドイツも初戦のイタリア戦から温存していた戦力があるのかもしれない。あるいはここに来てさらにチームの調子を上げてきている。次戦は間違いなく万全の状態で日本の前に立ち塞がる・・・)
蒼空斗の頭の中でドイツのプレースタイルや戦術の分析が始まりかける。
だが、蒼空斗はふとテレビ画面に視線を戻した。そこには勝利の歓喜に沸くスタジアムの光景がリプレイ映像として流れていた。
(・・・いや、今はこれ以上、先のことを考えるのをよそう。ドイツの分析はまた明日からでいい。これだけの激闘を勝ち抜き、世界の壁を一つ越えたんだ)
蒼空斗はそう心の中で呟き、タブレットの電源をパタンと音を立てて切った。
外はすっかり秋の夜の闇に包まれ、静寂に満ちていたが、彼らの心の中とテレビの画面の向こう側の世界は、若きサムライたちが巻き起こした熱狂の炎でまだまだ眩いほどに明るく燃え盛っていた。
今だけは日本の、そして友の輝かしい勝利の余韻にただ静かに浸っていたかった。




