6.サッカー部
「俺は松野川中学サッカー部でキャプテンをしている、2年の吉峰春樹です」
頭をあげた春樹は真っ直ぐに自己紹介をした。
「俺は青下中学の神野蹴太。一応、昨日サッカー部に入ったばかりの新参者だけど、よろしく」
「今日サッカー部に・・・そうか・・・」
春樹は蹴太の言葉を聞くと一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作った。しかし、蹴太はそのわずかな変化を見逃さなかった。
「あの・・・なんか迷惑でした?」
「えっ? あっ、いや! ごめん! そうじゃないんだ・・・」
「そうか・・・」
「ごめんごめん! じゃあ、せっかく来てくれたんだからうちのサッカー部を紹介するよ」
そう言うと、春樹は蹴太を連れてサッカー部が練習しているエリアへ向かった。そこでは居舘が生徒の基礎練習をしっかり見守っており、時折的確な指示を飛ばしていた。
「へぇ・・・しっかり練習してるんすね」
「まぁね・・・」
「うちのサッカー部に見せてやりたいですよ。まぁ、どちらかと言うと顧問にですけど」
「・・・あのさ、聞いてもいいかな?」
「えっ、まぁどうぞ」
「青下中学のサッカー部ってまともに練習していないって聞いたけど、どうなの?」
「あーそれは・・・半分ホントで半分嘘だな」
「そうなのかい?」
「不真面目なのはうちのクソ顧問と、強制退部になった1年生だな。健一・・・うちのキャプテンとか残ってる2年生は、わりと真面目に練習してたと思うぞ。勝てねぇけど」
「そうなんだ・・・それを聞けてよかったよ」
蹴太から青下中学サッカー部の事情を聞くと、春樹はすこしだけ安堵した表情を浮かべた。
「吉峰は勝ちたいのか?」
「・・・そうだね。できることなら勝つだけじゃなくて、全国で一番を取りたいよ」
蹴太の問いかけに春樹は少しだけ言葉を探した後、はっきりと「一番になりたい」と伝えた。しかし、それを聞いた蹴太には一つの疑問が残った。
「そんなに本気で勝ちたいなら、街クラブにでもいけばいいじゃねぇか」
「・・・そうだよね。普通はそう思うよね」
「?」
「うちは母親しかいないんだ。しかも俺の下に2人、妹と弟がいる」
「・・・悪い」
「いいよ、別に。気にしてらんないからね」
この世界でサッカーを本気でやりたい子どもは、まず街クラブのセレクションへ行く。それが当たり前になっている。だが街クラブは、Jクラブ下部のジュニアユースと違って、月謝も遠征費も用具代も、すべて家庭が負うのだ。
「俺は親に金銭的な負担をかけられない。だからセレクションも受けなかった・・・その代わり、この部活で全国の頂点を目指すって決めたんだ」
「・・・」
「俺が新キャプテンになったタイミングで、同じ2年生たちもそれに賛同してくれて、練習量を増やそうって話になって・・・そしたら、あんなことが起きた」
「例の集団万引き事件か」
「そう。あいつら、半分は俺への嫌がらせだったらしい。『練習がきつくなったのは、お前のせいだ』ってね」
「なるほどな」
「その事件のせいで、当時の顧問は責任を取って辞めちまったんだ。部自体も活動停止になりかけたんだけど、そこに今の居舘先生が新しく顧問を引き継いでくれたんだよ」
「へぇ。あの先生が」
「うん。それで俺が『それでも俺は本気で全国の頂点を目指したいんです』って伝えたら、居舘先生は笑わずに『その覚悟があるなら俺も本気で付き合おう』って賛同してくれたんだ」
「なるほどな。松野川中学からの合同チームの提案は、その1年生の不祥事への贖罪と、お前らの想いを無駄にさせないための配慮もあったってわけか」
「うん。だから、そっちの部員にも迷惑をかけて本当にごめん」
そんな会話をしていると、居舘が二人を呼んだ。蹴太と春樹は足早に居舘のもとへと向かった。
「吉峰、うちの部の説明ありがとうな!」
「いえ! 説明っていう説明はしてないですけどね」
「と、まぁこんな感じでうちはやっているんだ。明日からよろしくね! 神野君!」
「はい、よろしくお願いします」
蹴太は居舘に頭を下げるとそのまま松野川中学を後にした。そして帰宅し、夕飯の時間を迎える。
「聞いたぞ蹴太! サッカー部入るんだってな!」
「あぁ。まぁ成り行きだけどな」
「まさかあんなに俺がサッカーするように促してもやらなかった蹴太がサッカー部とは・・・親父としては感慨深いものがあるなぁ」
「いや、別にそこまでじゃねぇだろ。中学最後の春季大会と夏の全国中学校サッカー大会の2大会だけ出るんだよ」
「それでもいいさ! 男子たるもの、一度はサッカーをやっておかないとな!」
「はいはい」
テンションの上がる父親の話を適当に聞き流しながら夕飯を食べ終え、その日は終わった。そして次の日。
いつものように授業が終わって放課後になると、ジャージに着替えた蹴太は校門前へ向かった。そこにはすでに月影兄妹以外のサッカー部員が集まっていた。
(こいつらがサッカー部か・・・)
青下中学のサッカー部員たちはあくびをしたり、退屈そうに空を見たりして時間を潰していた。そこへ蒼空斗が到着する。
「蹴太。早かったな」
「おぅ。あれ? 妹の方は?」
「明里は白河君と一緒に顧問の葛田先生のところに行ったよ」
二人が話していると、他の部員たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。
「マジで月影蒼空斗が入ったのか・・・」
「知っているか! マネージャーとして明里ちゃんも入ったらしいぞ!」
「そうそう! 俺さ、合同チームで活躍したら明里ちゃんに告白しよっかなぁ!」
そんな緩い会話が繰り広げられている中、キャプテンの健一とジャージ姿の明里が荷物を持って姿を現した。
「わりぃ、遅くなった」
「あれ? 葛田は?」
蹴太は当然顧問も引率して来るものだと思っていたが、その姿がないことに疑問を持った。
「葛田は来ないってさ。なんでも『向こうの顧問が全責任を取るって言ってるから、俺がいなくてもいいだろ』ってさ」
「なんだよそりゃ。無責任過ぎないか?」
「全くよ! 初日くらい顔を出すのが普通でしょ! というか、あの人絶対私のこといやらしい目で見ていたし!」
葛田が来ない理由を聞いて明里が不満げに頬を膨らませ、健一はやれやれと肩をすくめた。
「まぁ葛田があぁなのは今に始まったことじゃないし。とりあえず全員チャリ通だろ? カゴに荷物入れて向かおうぜ」
健一の号令で全員揃って駐輪場へと向かい、そのまま自転車で松野川中学まで移動した。校門の前では居舘がすでに待っていた。
「おーい! 青下のみんなぁ!」
全員が居舘の前で自転車を止めると駐輪場へと案内された。そしてその場で軽く顔合わせが行われる。
「俺は松野川中学サッカー部の顧問をやっている居舘慎太郎だ。よろしく!」
「よろしくお願いします! 青下中学サッカー部キャプテンの白河健一です!」
「よし! じゃあ白河君! うちのメンバーにはすでにグラウンドで話してあるから、すぐに向かおう!」
青下中学のメンバーは居舘の後ろについて行き、グラウンドを目指した。そして到着後、荷物を置いて松野川中学のメンバーと正式な顔合わせを行った。
「よし! 全員揃ったな。じゃあまずうちから自己紹介を行ってくれ!」
居舘の言葉に合わせて、松野川中学のサッカー部員がハキハキと挨拶をした。次に青下中学のメンバーの番となる。
「白河健一です! ポジションはDFです! 主にCBをやってます!」
既存メンバーの自己紹介が進み、次は蒼空斗の番になった。
「月影蒼空斗です! ポジションはMF! 主にトップ下や左インサイドハーフ、あとは左ウィングもやっていました!」
蒼空斗が名乗ると、松野川中学の部員たちからどよめきが起こった。
「月影ってあの? 天才・月影蒼空斗か?」
「本人だよ、絶対! 俺は雑誌で見たことあるし」
「怪我して選手生命終わったって書いてあったけど、プレー出来るようになったんだな」
「ほらほら! まだ青下中学さんの自己紹介が終わってないぞ!」
ざわつく部員たちを注意した居舘は青下中学のメンバーに謝り、自己紹介の続きを促した。そして、ついに蹴太の番が回ってきた。
「神野蹴太。昨日サッカー部に入ったばかりの新参者です。一応、希望ポジションはFWでお願いします」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのは他でもない健一だった。
「おい蹴太、待て待て待て! FWって一番花形だぞ!? そもそもお前、サッカーやったことない素人だろ?」
松野川の列から、堪えきれずにプッと小さな笑いが漏れた。無理もない。昨日部活に入ったばかりの初心者が、チームの勝敗を背負うストライカーを志願したのだ。しかし、蹴太はその空気を一切意に介さなかった。
(点を取るのが一番手っ取り早い。面接で話すエピソードとしてもな)
ただ淡々と、冷めた目で前を見据えている。そしてその滑稽な光景を蒼空斗と明里だけが、黙って眺めていた。
「ねぇ蒼空斗。言わなくていいの?」
「うん」
蒼空斗は、心底楽しそうに笑っていた。
「言わないほうが面白いだろ?」
ここから、神野蹴太のサッカー人生が始まった。




