5.松野川中学へ
「どういうことだ? 健一? あと4人必要って話じゃなかったか?」
息を切らして駆け込んできた健一に、蹴太は問い返した。
「あぁ! それがな、うちと同じ地域の松野川中学と、サッカー部の合同チームを作ることになったんだよ!」
「マジか!」
合同チーム。
他校同士の部活が組んで公式の大会に出場することを指しており、サッカーでは近年中学の部活で増えている形式であった。
「でもよくサッカー部の顧問がそんなの許可したな?」
「どういうことだい? 蹴太」
「なんだ? 月影は知らないのか? サッカー部の顧問はな、適当なんだよ。まぁ嫌々押し付けられたからそうなるのも無理ないけど」
「そうなのかい?」
「あぁ。だからサッカー部の1年があそこまで素行が悪かったんだよ。顧問が見てねぇから。ただ、そんなやつが合同チームなんて面倒事を承諾するのか?」
蹴太の言う通り、青下中学サッカー部顧問である国語担当教師の葛田は、ほぼ指導をせず、部活を適当に流していることで生徒達の中では有名だった。
「それがよ、蹴太。なんでも合同チームは向こうの、松野川中学の顧問からの提案らしいぜ」
「へぇ」
「練習場所は松野川中学で、大会の付き添い等は全部向こう持ちだって話みたいだ」
「なるほどな。葛田は責任を丸ごとあっちに押し付けられる。だから乗ったってわけか」
「そういうことだろうな。・・・ま、さっき葛田から聞いたんだけど、そもそも今回の万引き騒動、発端は松野川の1年らしいぜ」
「・・・なるほどねぇ」
「で、肝心の大会だけどな。今年の新人戦はどのみち出られない。だから合同チームで目指すのは、来年4月の春季大会だ」
「じゃあ、それまでは・・・」
「あぁ。ひたすら練習して、チームの形を作る。それが今年の俺達の仕事だ」
健一は、そう言って拳を握った。
「とりあえず、今日は向こうで諸々の調整があるから部活はなし。明日から放課後は、松野川中学のグラウンドで練習だ!」
健一が蹴太と蒼空斗に連絡をすると、ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴った。そしてそのまま放課後を迎えた。
「そう言えば健一。入部届ってどうなった?」
「あぁ、わりぃ。はい、これな」
蹴太は健一から入部届をもらうと、それをカバンにしまった。そしてカバンを背負うと、そのまま下校することにした。
「とりあえず、今日親から判子もらってくるわ。そんで提出してくる」
「おぅ! じゃあな!」
健一に挨拶をした蹴太は、駐輪場に停めてある自転車で帰宅した。そして普段リモートで働いている母親の仕事部屋をノックした。
「母さん、今いい?」
「ん? ちょっと待って」
3分後、扉を開けた母親に、蹴太はサッカー部に入部する旨を記載した入部届を渡した。
「蹴太・・・あんた・・・」
「まぁなんだ。色々と事情があってな。サッカー部に入部することになったわ」
「ふふっ! いいんじゃない? きっとお父さんも喜ぶわ! ちょっと待ってて」
そう言うと、母親はすぐに自分の判子を取り出して迷いなく押印し、蹴太に返した。
「はいこれ! じゃあ頑張りなさいよ!」
「まぁ、ほどほどにな」
蹴太は入部届を受け取ると、再び自転車で学校へと向かった。そして職員室の前に到着し、声をかける。
「すみませーん。葛田先生はいますか?」
「あっ、ちょっと待ってね」
職員室の扉の前で少し待っていると、バーコード頭で小太りの、メガネを掛けた小柄なおっさんが現れた。
よれたジャージの上に、皺の寄ったシャツ。全身から「すべてが億劫だ」というオーラを放っている。
「・・・なんだ?」
「葛田先生。これ、サッカー部の入部届です」
「・・・ちっ!」
(いやいや、生徒の前で舌打ちするかね?)
「お前は確か・・・神野だったか?」
「はい」
「お前、成績優秀者だろ? 部活を今からやってる余裕なんて無いんじゃないのか?」
「いえ、大丈夫です」
「本当か? 無理してないか? それともキャプテンの白河に脅迫でもされたか?」
「自分の意思で入部届を出しています」
「・・・ちっ!」
(また舌打ちしたよ、こいつ。部員が増えると面倒事が起きる可能性が増えるから、入部させたくないんだな)
蹴太が呆れていることなど露知らず、葛田は渋々といった様子で入部届を受け取った。
「わかったよ。入部を認めてやる。その代わりにやってもらうことあるから待っとけ」
「えっ?」
そのまま葛田は職員室へと戻り、数分後にA4サイズの茶封筒を持って再び蹴太の前に現れた。
「この資料を、松野川中学の居舘っていう先生に渡せ。お前が明日から世話になる松野川中学サッカー部の顧問だ。いいな?」
「・・・これって、生徒が預かっていいものですか?」
「うるせぇ! 口答えするなら入部させないぞ! さっさと届けろ!」
「・・・分かりました」
蹴太は深くため息をつきながら茶封筒を受け取り、カバンの中に入れた。そして駐輪場に戻り、自転車で松野川中学まで向かった。
(ここが松野川中学か。あんまり他の中学なんて来る機会ないよなぁ・・・)
前世でも他の中学へ行くことなどなかった蹴太は、少し物珍しい気持ちで正門の前で脚を止めた。
(・・・つーか、他校の俺が勝手に入っていいもんなのか?)
「そこの君!」
「は、はい!」
玄関の前で少し悩んでいると、急に後ろから声を掛けられ、びっくりして思わず背筋が伸びる。振り向くと、そこにはジャージを着た男性教師が立っていた。
「松野川中学の生徒じゃ無いよね? 学ランだし」
「えっと・・・そうです・・・」
松野川中学は青下中学の学ランとは違い、ブレザーの制服だった。そのため、声をかけた先生はすぐに他校の生徒だと気づいたのだ。
「もしかしてその制服・・・青下中学の生徒さんかな?」
「はい・・・そうです・・・」
「もしかして、サッカー部?」
「はい・・・一応。あの! 俺は葛田先生から、こちらにいる居舘先生へ預かりものを届けるように言われまして」
「俺に?」
「えっ? 居舘先生ですか?」
声をかけてきた三十代前半の男性教師こそが、蹴太の目当ての居舘先生だった。蹴太は急いでカバンから茶封筒を取り出して渡した。
「これは・・・青下中学サッカー部の部員名簿と、緊急連絡先の資料だ」
「えっ? そうなんですか?」
「あぁ。青下中学さんはまだ個人情報をアナログ管理しているからね。だから、直接顧問本人が届けてもらうように葛田さんには言ったんだけど・・・」
「・・・」
(あの野郎! そんな大事なもんを生徒の俺に届けさせたのか!)
「君、これを持たされて、そのまま自転車で来たんだよね?」
「・・・はい」
「すまない!!!」
居舘は、蹴太に向かって深く頭を下げた。
「えっ、いや、先生が謝ることじゃ!」
「本来これは、大人が責任を持って運ぶものだ。君に落ち度は一つもない。あとで俺から葛田さんには厳しく話しておく」
「えっと・・・はい・・・」
顔を上げた居舘は、そこでようやく表情を緩め、人懐っこい笑みを浮かべた。
「あっ、自己紹介がまだだったな。俺は松野川中学サッカー部顧問の、居舘慎太郎だ!」
「神野蹴太です。サッカー部には今日入りました」
「今日!? それは突然だね!」
「えぇまぁ。友達が人数少ないって言っていたので」
「それは友達思いだね! いいことだ! じゃあ神野君。こっちのグラウンドで今練習しているからついて来て!」
居舘はそう言うと、蹴太を連れてグラウンドへと向かった。そこには、8名の生徒がサッカー部の練習用ユニフォームを着て汗を流していた。
「ほら声出せよぉ! いち! に!」
「「「いち! に!」」」
松野川中学のサッカー部の生徒は、大きな声を出しながら入念に準備体操を行っていた。
(へぇ・・・うちの中学よりも真面目に練習してんだな。ただ声を出してるだけじゃなく、ステップの踏み方一つ見ても、基礎がしっかり染み付いてるのがわかる)
蹴太は素直に感心した。
(少なくとも、練習をやってる風で流してるチームじゃない)
「じゃあ一旦集合をかけるね。おーい! 全員集合!」
居舘の声に反応した8人は、次々に走って居舘の周りに集まってきた。誰一人として、ダラダラと歩いてくる者はいない。
「すでに伝えた通り、うちは青下中学と合同チームを組むことになった。彼はその青下サッカー部の部員、神野蹴太君だ。今日は色々あって、見学してもらうことになった。ということで吉峰!」
「はい!」
「吉峰は神野君に、うちの部の紹介をしてやって欲しい。頼めるか?」
「はい! 分かりました!」
「おし! じゃあ他のメンバーはいつものように基礎練習だ! 始めろ!」
「「「「「はい!!!!」」」」」
勢いよく散っていく部員たち。居舘もまた、彼らの指導をするために少し離れた場所へと向かっていった。
二人きりになったグラウンドの隅で、吉峰と呼ばれた生徒は蹴太の前に真っ直ぐに立った。
その表情から、先ほどのハキハキとした明るさがスッと消える。
「・・・俺らの1年を、恨んでいるかい?」
「えっ?」
「・・・本当に、申し訳なかった」
蹴太の前で彼は頭を下げた。




