4.良いエピソードトーク
「な、なんだよ健一、いきなり・・・落ち着けって」
「落ち着けるかよ! うちの1年、万引きで補導されたんだぞ!」
「・・・は?」
健一は蹴太の机に両手をついたまま、絞り出すように続けた。
「他校の1年とつるんで、どっちが多く盗れるか勝負しようって話になったらしい。それを店員に見られて、そのまま警察行きだ」
(勝負? 万引きで?)
蹴太が言葉を返す前に、予鈴が鳴った。
朝のHR。担任の男性教師は、教壇の上で一度だけ重く息を吐いた。
「えぇ、すでに知っている者もいると思うが、昨日うちの1年生と他校の1年生が万引きをして、警察の世話になった。・・・くれぐれも、みんなはこんなことをしないでくれよ」
担任の男性の先生がそう言うと、HRは終了した。そしてそのまま蹴太達は通常通り授業をこなし、給食が終わって昼休みになった。
「どうしよう・・・サッカー部・・・」
「まぁ・・・どんまい」
蹴太は珍しく落ち込む健一と、机を挟んで向き合っていた。しかし健一になんと声をかけていいか、蹴太もまとまっていなかった。
「あいつら、なんか素行が悪いとは思ってたけど、まさかここまでとは・・・」
「確かに。ただ健一を舐めてるだけかと思ってたよ」
「それもそれで問題だが・・・それよりも問題は部活だ」
「・・・よりにもよってサッカー部の1年全員が関わっているとはなぁ」
万引きに加担した1年は6名。青下中学サッカー部の1年生、その全員だった。
「顧問からはなにか言われたか?」
「昨日俺に連絡があってな。1年生は全員強制退部だ。幸い、サッカー部そのものの活動停止にはならなかったけど・・・今年の新人戦は不参加だってさ」
「そうか・・・」
「あーあ。これじゃ、結局活動停止と変わらないなぁ・・・」
学校側は、万引きしたのがサッカー部員であっても、部が主体となって行ったわけではないと判断した。おかげで部そのものへのペナルティは免れている。だが、残った部員だけでは、そもそも試合が成立しない。
「なら来年の新入生を待つのか?」
「それがなぁ・・・」
「なんだ?」
「顧問から、来年の新入部員の勧誘は自粛しろって言われた」
「・・・マジか」
「たぶん学校側としては部活動を縮小するのにちょうどいい口実になったんだと思う」
昨今、蹴太がいた前世と同じように教師のなり手は少なくなっていた。特に時間外労働必須の部活動顧問をやりたい先生は少なくなっている傾向だった。
「じゃあ健一はこのまま実質引退か?」
「まぁそうなるなぁ・・・」
健一は力なく笑うと、そのまま机に突っ伏した。
「今年こそは、せめて1回戦を突破したかったんだけどな・・・」
「・・・」
健一の足元。スポーツバッグから、スパイクの爪先がのぞいていた。毎日のように手入れされ、それでもソールがすり減って、色の抜けきったスパイクだった。
弱小校で、万年一回戦負け。それでも健一が誰よりも真面目にサッカーへ取り組んでいたことを、小学生からの腐れ縁である蹴太は嫌というほど分かっていた。
(・・はぁ。全く、世話の焼けるやつだ)
蹴太は深く、本当に大きなため息をつきながら、頭をガシガシと乱暴に掻いた。
「確か今って、残ってる2年は5人だけだよな?」
「ん? あぁまぁそうだな。だからあとせめて6人集める必要がある」
「いや、5人でいいぞ・・・俺が、数合わせに入ってやる」
「・・・おぉぉ! マジか!」
弾かれたように顔を上げた健一を見て、蹴太はほんの少しだけ口元を緩めた。
「でもなんで急に?」
「たまたま気が向いたんだよ。ずっと机に向かって勉強ばっかして、腹が出たら嫌だからな」
(お前のそのボロボロのスパイクを見せられたからだなんて、口が裂けても言うつもりはねぇけどな)
「そうか! でも5人か・・・5人なら帰宅部の連中に声をかければワンチャンあるぞ!」
「いや、あと4人だよ」
「「えっ?」」
蹴太と健一が声のしたほうを振り向くと、そこにはイケメンスマイルの蒼空斗と、その隣に明里が立っていた。
「白河君。俺、さっき入部届を出してきたよ。だからあと4人集めれば大丈夫だ」
「お、おぉぉぉぉ! サンキューな! 月影!」
「あと私もマネージャーとして入部するので、部員集めは手伝いますよ!」
「あ、ありがとう! 月影さん!」
思わぬ助っ人に、健一の声が跳ね上がる。蒼空斗はそのまま、椅子に座ったままの蹴太へ目を向けた。
「よろしくね! 蹴太!」
「・・・あぁ」
「あれ? 蹴太と月影って話したことあんの?」
「まぁちょっとな。それより健一。これからどうすんだ? 早速部員集めか?」
「そうだな。どのみち今年の新人戦には出られないんだ。来年の春季大会に間に合えばいい」
「だが、勧誘は自粛しろって言われたんだろ?」
「止められたのは新入生への勧誘だけだ。今いる帰宅部に声をかけるのは、誰も止めてない」
「屁理屈だな」
「サッカー部を潰さないためだ。文句は言わせねぇよ」
健一は不敵に笑ってみせた。
「じゃあなにか? ビラでも作るのか?」
「あーまぁそのへんは俺がやるよ。蹴太とかサッカーやったこと無いだろ? お前はまず簡単にドリブルできるようになってくれよ」
「「えっ!?」」
健一の言葉に蒼空斗と明里は揃って驚きの声を出した。それに対して健一がきょとんとする。
「ど、どうしたの? 二人共?」
「あっ、いや・・・」
「うん・・・なんでもないよ?」
「月影さん、なんで疑問形なの?」
健一がそんなことを話していると、不意に校内放送が流れた。
『2年1組の白河健一君。至急、職員室まで来てください』
「あっ、顧問からの呼び出しだ。じゃあ俺行くわ。ついでに蹴太の入部届をもらってきてやるよ」
「サンキュー」
健一はそう言うと教室から職員室へと向かった。そしてその場に残された蹴太は、蒼空斗から質問を受けた。
「蹴太、本当に初心者なの?」
「昨日も言ったろ? 俺はチームに所属した経験がないってな。もちろん、ちゃんとした指導を受けたことも無い」
「・・・」
「本当に? 私達に嘘ついてない?」
「なんでそんな嘘つくんだよ。本当に俺はサッカーを習ったことはない。何なら健一以外の同じ小学校のやつに聞いてみてくれよ」
蹴太は面倒くさそうにそう言うと、次の授業の内容の確認を行った。そして蒼空斗はそんな蹴太の様子を見て、真剣な表情を向けていた。
「蹴太」
「何だよ」
「俺がこんなことを言う権利はないし、蹴太にとっては余計なことは重々承知だ。でも言わせてもらう。蹴太は今からでもちゃんとしたクラブでサッカーをやったほうがいい」
「・・・」
「蹴太は俺に言ったよね? 俺達じゃ世界には敵わないって。でもそれは悪いけど否定させてもらうよ。君は世界に届く」
蒼空斗は本気で言っている。それだけは、蹴太にも分かってしまった。
「俺はサッカーが好きだ。だから君の類まれなる才能が羨ましい。けど、それと同時に少し怒っているよ。その才能を使わない蹴太に」
「・・・」
「君ほどの才能を、可能性の塊を俺は見過ごせない。それは分かってくれるかい?」
「・・・才能、ね」
「蹴太?」
「月影、一つだけ質問するぞ」
「何かな?」
「もしその憧れた才能が不正に手に入ったものだとしても、お前は喜ぶか?」
「喜ぶね!」
「即答かよ」
「あぁ! 正直、不正っていうのが何を指しているのか分からないけど、俺はどんな手を使ってもその才能っていうのを手に入れるよ。だって・・・」
蒼空斗の声から、笑いが消えた。
「ナンバーワンになりたいから」
「蒼空斗・・・」
「・・・」
明里が息を呑む。
そこにあったのは、明里の知るいつものイケメンスマイルではなかった。欲しいものは何を犠牲にしても掴み取るという、剥き出しの野心だった。
(こいつ・・・ただの爽やかなイケメンサッカー野郎じゃなかったか。勝利のためなら、自分の身体だろうが魂だろうが平気で差し出す、ヤバい狂人だ)
取り繕うことのない圧倒的な野心。それを隠そうともしない蒼空斗の真っ直ぐな瞳を見て、蹴太は自分でも驚くほど自然に、ニヤリと口角を上げていた。
「ん? 可笑しかったかい?」
「あぁ。爽やかなイケメンの皮を被ってるくせに、中身はとんでもなく強欲だなって思ってよ」
「ハハッ! そうかもね!」
「・・・話を戻すが、俺がクラブチームに入ったほうが良いってことだが・・・お断りだ」
「なんで?」
「俺はこの人生で、勉強を頑張っていい大学に入学からの大手ホワイト企業に入社をして勝ち組になる。その絶対目標は変わらない」
蒼空斗の放つ熱量に全く当てられることなく、蹴太は淡々と現実的な目標を語った。
「だけど、勉強ばっかしても面接で話せるエピソードは少ない」
「・・・」
「面接官ウケのいい【いいエピソードトーク】を作るために、お前とサッカーをしてやるよ」
「・・・ハハッ! それはプレッシャーだな!」
「よろしくな、天才」
「こちらこそ」
蹴太と蒼空斗はお互いに握手をした。そしてそれをニッコリと明里は見ていた。すると、廊下を走る音が聞こえて、そのまま蹴太のいる教室に急いで入ってくる男子がいた。健一だった。
「しゅ、蹴太!」
「ど、どうした? 健一」
「部活動勧誘の必要が無くなったぞ!」
「「「???」」」
蹴太だけではなく、蒼空斗と明里も健一の言葉に疑問の表情を浮かべていた。




