3.デュエル
グラウンドの端に置かれた、練習用のゴール。
「ルールは簡単だ。俺がこの位置から勝負を仕掛ける。それを5セット行って、お前は俺からボールを奪うか、ゴールを割らせなければ勝ち。それ以外ルールはない」
「うん。それでいいよ」
蹴太は足元のサッカーボールを踏みながら、向かい立つ蒼空斗にルールを説明した。そして蒼空斗もそのルールを肯定した。
「・・・ねぇ、俺からも一個いい?」
「なんだ?」
「もし俺が勝ったら、君もサッカー部入ってよ」
「・・・いいぜ。なんなら月影が1勝でもしたら勝ちでいいぞ」
「ねぇ、神野君。それはちょっと蒼空斗を舐め過ぎじゃない?」
蹴太と蒼空斗の勝負が気になって、タッチライン際から明里も二人の様子を見ていた。そして蹴太が提示した条件に困惑をしていた。
「俺は全然いいけど・・・本当にいいの?」
「あぁ。問題ない」
「・・・わかった」
お互いに条件が決まると、いよいよデュエルが始まろうとした。しかしその前に蹴太はもう一度自分のステイタスを確認した。
――――
神野蹴太
ランク:ジュニアユース
基本スキル
フィジカル:C466
スピード:C453
ドリブル:C456
スタミナ:C407
シュート:B501
キープ:C479
パス:C358
固有スキル
・神の祝福:ステイタスが伸びやすくなる
・決定力:シュート時、ボールがゴールの枠内に収まりやすくなる
・両利き足:両足が利き足になり、ボールをコントロールできるようになる
・クイックモーション:威力は下がるが、クイックシュートを撃てるようになる
――――
(俺のステイタスは基本C。恐らく俺はサッカーの強豪街クラブの選手並の能力があるはずだ)
「じゃあ、月影。始めるぞ」
「うん!」
蹴太の合図でデュエルは始まった。
まず蹴太はすぐにボールと蒼空斗の間に自分の身体を入れた。そして蒼空斗はすぐに蹴太からボールを奪うため、身体を寄せた。
だが、動かない。
(! 神野君・・・これは押し返せない!)
「どうした、月影。その程度か?」
蒼空斗は驚いた。蹴太の想像以上のフィジカルの強さに。
(神野君、思ったよりも体幹が強い! 正面からじゃ無理だな、全然競り勝てない・・・なら!)
蒼空斗は右足を軸に身体を回転させて、蹴太の左側から左足を伸ばしてボールを奪おうとした。しかしそれを蹴太は分かっていた。
「甘いよ」
蒼空斗の脚が届くよりも早く、蹴太はすぐに右のアウトサイドを使ってボールをコントロールし、ボールをキープした。そしてそのまま身体を反転。振り抜いた左足から放たれたボールが、まっすぐネットに突き刺さる。
「・・・」
蒼空斗はあまりにも一瞬のことに呆然とするしかなく、それを見ていたタッチライン際の明里も、口を開けたまま固まっていた。
「1回目は俺の勝ち。次やるぞ」
「あ、あぁ・・・」
蹴太がボールを持ってきて、すぐに2回目が行われた。そして今度蒼空斗は右側から攻めた。
(左足でシュートを打ったってことは、左足が利き足のはず! なら逆足側から詰めれば奪える!)
だが、その読みに意味はなかった。
蹴太は先ほどと寸分違わぬ動きを、左右を入れ替えて再現しただけだった。左足のアウトサイドでボールを引き、右足で振り抜く。強烈なシュートがネットに突き刺さった。
「・・・次」
3回目。蒼空斗は距離を取った。密着すればフィジカルで潰される。ならば間合いを空けて、飛び込む瞬間を待った。しかし・・・
「俺がポストプレイ得意だと思って距離を空けたか? 無駄だよ」
「え?」
蹴太はステイタスのスキルである【クイックモーション】を使い、クイックシュートを右足で放った。そしてそれに蒼空斗は反応できず、ゴールを許した。
「・・・神野君。どこかのジュニアユースにいたのかい?」
「いいや。俺はジュニアユースどころか、サッカーのチームにも所属したことねぇよ」
蹴太はそう言うとゴールからボールを持ってきて、すぐにセットをした。
「さぁ、4回目だ」
「・・・」
蒼空斗は3回目よりも少しだけ距離を詰めた。そして感じていた、蹴太の威圧感を。
(神野君・・・とんでもない威圧感だ。君ほどの同世代選手はまだ見たこと無いな・・・)
威圧感を感じた蒼空斗は・・・笑っていた。
(月影・・・笑ってんな。おかしくなったか?)
蹴太はスピードを上げそうな雰囲気のドリブルから、ボールにタッチするかのように右足を上げてスルー。そのまま右足のアウトサイドで弾き出し、蒼空斗を抜き去った。
(くっ! なんて速いステップオーバーだ!)
蒼空斗は一切無駄のない、蹴太のドリブルテクニックに翻弄されて突破を許した。そしてそのままゴールを与えた。
「リーチだぞ、月影」
「そうだね!」
(まいったね・・・これは脚どうこうじゃないな・・・仮に万全でも難しいかもしれない・・・)
蒼空斗は追い込まれても笑っていた。そしてそれを見た明里は思い出していた。
(蒼空斗のあの顔・・・サッカーが楽しくてしょうがない時の笑い方だわ・・・)
怪我をしてから、兄が心の底から笑ったことは一度もなかった。杖をついて、リハビリをして、周りに気を遣って、いつも上手に微笑んでいただけだ。
それが今、兄は笑っている。
(それにしても、神野君って何者なの・・・?)
明里が疑問に思いながら二人を見ていると、5回目のラストバトルが始まろうとしていた。
「月影、次が最後だ」
「あぁ!」
蒼空斗は4回目と同様の距離感を保った。しかしその集中力は4回目と比べ物にならなかった。
(これが月影の本気か。だけど・・・抜ける!)
蹴太は右足で大きく踏み込み、ボディフェイントを仕掛けた。蒼空斗の重心がわずかに動く。すかさず左足のアウトサイドでボールを押し出し、その横を抜き去った。
(これで終わりだ!)
蹴太はそのまま左足でシュートを決めようとモーションに入った。しかし・・・
「うぉぉぉぉぉぉ!」
背後から、気迫のこもった咆哮が響いた。
蒼空斗は己の今出せる最大の力を、治ったばかりの脚に込めた。怪我の再発すら度外視した、執念のフルスピード。そのまま身体ごと投げ出すように、蹴太の足元へ捨て身のタックルを仕掛けた。
「ちっ! お前、その脚でっ!」
(イカれてる 一歩間違えれば、また靭帯が飛ぶぞ!?)
キャリアを終わらせた大怪我すら恐れない、サッカーへの異常なまでの執念。その圧倒的な気迫に気圧され、蹴太のフォームがほんの僅かに崩れた。
飛び込んできた蒼空斗のタックルが、ボールのインパクト位置を狂わせる。放たれたシュートは、甲高い音を立ててクロスバーを激しく叩いた。
(外れたか・・・)
「まだだよ! 蹴太!」
「何?」
蒼空斗はボールが弾かれたのを見ると、すぐにボールへと向かった。そしてそのボールを大きくタッチラインに蹴り出した。
「はぁ、はぁ、これでクリアだ。俺の勝ち!」
言い終えた瞬間、蒼空斗が膝から崩れた。
「蒼空斗!」
明里が悲鳴のような声を上げて駆け寄る。蒼空斗は芝の上に座り込み、左膝を抱えたまま、荒い息を吐いていた。
「・・・おい」
蹴太の足が思わず動いていた。だが蒼空斗は顔を上げ、汗まみれの前髪の下から清々しいほどの笑みを見せた。
「大丈夫。ちょっと、無理しただけ」
「・・・馬鹿かお前は」
「1勝でもしたら俺の勝ちだったよね? だから俺の勝ち! さぁ! 一緒にサッカー部に入ろう!」
「・・・いや、今のは確実にファウルでPKだろ?」
「今回のルールにファウルの項目はないよ!」
「・・・ちっ! お前、意外と性格悪いな」
「ハハッ!」
蹴太は舌打ちをして、それでも蒼空斗に手を差し出した。その手を掴んで立ち上がる兄を、明里が慌てて支える。
「ねぇ、蹴太って本当にサッカーやってなかったの?」
「そう、それは私も気になったの。どうなの? 神野君?」
「本当だよ。クラブに入った経験は一度もない・・・まぁ、親父がサッカー好きでな。庭で無理やり付き合わされたことなら、数えきれないくらいあるが」
蹴太は自分だけステイタスが見えること以外は正直に二人へ話した。
「それでこのレベル・・・正直サッカーの神様に愛されているとかしか俺は思わないよ!」
「あぁそうかもな」
(まぁ事実スキルに【神の祝福】ってあるからな)
「・・・なぁ蹴太」
「なんだよ。てか、いつから呼び捨てになった?」
「本当にサッカー部に入ってくれるかい?」
「・・・」
「俺さ。正直、勝つためにサッカー部に入るんじゃないんだ。ただボールを触って、感覚を取り戻したかっただけなんだ」
「まぁそうだろうな。うちのサッカー部弱いし。キャプテン健一だし」
「だけど蹴太が入るなら、勝てるかもしれないって、今そう思ってる」
「・・・」
「試合の感覚は、試合でしか戻らない。それも一回や二回じゃ足りないんだ。だから蹴太。俺のわがままに、付き合ってくれないか」
「・・・考えとく」
蹴太はそれだけ言って立ち上がり、自転車を止めた場所へと戻っていった。そして家に着いてから、筆記用具を取りに行くのをすっかり忘れていたことに気づいた。
―――翌日。
蹴太がいつものように2年1組の教室へ入った時だった。
「聞いてくれよ! 蹴太ぁ!」
「な、なんだよ健一、いきなり・・・」
「1年生のバカどもがやらかしやがったぁ!」
(・・・なんか嫌な予感がする)




