2.月影蒼空斗
夏休み明けの最初の登校日は午前中で授業が終わり、部活動が無い生徒は下校し、部活動がある生徒は各自教室でお弁当を食べて臨むことになっていた。
「健一、サッカー部は午後あんの?」
「いや。ないよ」
「そうか・・・てっきり新人戦のために練習すると思ってたぞ」
「今日は任意だからなぁ。全員がやりたいって言うならやるつもりだったけど、誰もやる気ないから無しだなぁ」
「まぁ、うちは弱小だもんな」
「そうそう! てか、この辺りで本気のサッカーをやるなら街クラブに入るか、実力のあるやつはジュニアユースに行くって」
本気でサッカーの上を目指す中学生年代は、部活ではなく街クラブに所属する。それが今の世界では当たり前になっていた。
「てか、俺は練習より昨日発売したサッカーゲームをやらないといけないからな! どのみち練習は不参加だ!」
「あっそ・・・」
そんな会話をしながら、蹴太は健一と別れて家に帰った。
蹴太の家は共働きである。しかし母親は普段リモートだが、この日に限って出社をしなければいけないため、朝母親が用意した弁当を食べた。そして早めの受験対策のために予習を自分の部屋で行おうとした。
(・・・しまった。筆箱を忘れたか)
蹴太がカバンを探しても、筆記用具を入れていた筆箱が見当たらなかった。そのため、ため息をつきながら仕方なく自転車で学校へと引き返していった。
(午後部活動の練習ができるからっていっても、やっている部活はないか)
駐輪場へ向かう途中、グラウンドが目に入る。強制でもないのに練習に励む猛者がいるかと思えば、そこには誰の姿もなかった。
(うちは別に部活動強豪の中学じゃないしな。さて、とっとと教室に行って・・・ん?)
蹴太は自転車を駐輪場に向かわせようと思ったところで、ふとグラウンドの隅に目が行った。するとそこにはストレッチをしている男子とそれを見守っている女子がいた。
(月影蒼空斗と妹の明里か・・・)
蹴太は二人の様子が気になったので、自転車を押しながらそっと近づいた。すると明里が蒼空斗に手渡すところだった。
「ありがとう・・・明里・・・」
「うん・・・」
蒼空斗は明里からボールを受け取るとそれを足元に転がした。そして右足でそっと触れ、そのまま右足でリフティングを始めた。
「どう? 蒼空斗・・・」
「うん・・・簡単なリフティングくらい、余裕でできると思ったんだけどな・・・」
蒼空斗がそう言うとボールが右足からこぼれ、明里の足元まで転がっていった。たった数十回のリフティングだった。
「・・・今までは無意識でもリフティング出来てたんだけどなぁ」
「蒼空斗・・・」
「いや、分かっていたさ。あの怪我で俺の脚はもう今までのようには動かない。それこそ今の俺は、この中学のサッカー部で一番下手かもしれないな」
「そんなこと無いわ! 蒼空斗は世界一よ!」
蹴太はそんな会話をしている二人をただじっと見ていた。
(月影蒼空斗。小学生の頃からその天才ぶりを発揮して、東京カイザースのジュニアユースへ昇格。そこから中1で早々にユースに絡んで、このまま東京カイザースのユース昇格は確実だと言われていた。あの試合までは)
蒼空斗への期待は本物だった。将来は日本代表の10番を必ず背負う。誰もがそう信じて疑わなかった。
(中1の初戦で前十字靭帯断裂に開放骨折。それでジュニアユースを退団、昇格の話も白紙か・・・不運な天才、ねぇ)
蹴太はじっと蒼空斗の様子を見ていた。いや、じっと見過ぎた。その視線に気づいた蒼空斗が、蹴太に対して手を振った。
「おーい!」
(あっ、バレた)
すぐにグラウンドからいなくなる予定だったが、じっと見てしまったことにより、自分の存在を蒼空斗に認識された蹴太は、そのまま自転車を止めて二人のところに向かった。
「どうしたの? 神野君?」
「いや、筆記用具忘れたから来た。んで、たまたまグラウンドにいたらあんたらがいたってわけ」
「そうなんだ! あのさ、もし時間あるならちょっと協力してくれない?」
「悪い。俺、この後勉強あるから」
「ちょ、ちょっと!」
蒼空斗の誘いを即答で蹴太が断ると、蒼空斗の妹の明里が怒った顔で蹴太を呼び止めた。
「なに?」
「ちょっとは協力してくれてもいいでしょ! 同じクラスメイトなんだから!」
「いいよ、明里。神野君の邪魔をするわけにはいかない」
蒼空斗は困った表情で妹を制すると、今度はグラウンドを走る準備を始めた。
「・・・なぁ月影」
「ん? なんだい? 神野君?」
蹴太は走り込みをしようとしていた蒼空斗を呼び止めた。そして蹴太は自分の考えていることを伝えた。
「どうしてそこまで頑張れるんだ?」
「・・・」
「お前だって分かってるだろ? その脚、以前みたいにはたぶん戻らないぞ」
「ちょ!」
「待って、明里」
蒼空斗は今にも蹴太に掴みかかりそうな明里を止めた。そして真剣な目で蹴太を見返した。
「そうだね。俺もそう思うよ」
「!」
蹴太の言葉に驚いたのは明里だった。そして明里は一度蒼空斗の脚を見ると、悲しそうな表情を浮かべた。
「じゃあなんでサッカーに固執する? 今なら別の道を歩めるはずだけど?」
「サッカーが好きだから」
「!」
今度は蹴太が驚きの表情を浮かべた。蒼空斗が蹴太の問いに即答で答えたからであった。そしてその言葉が蹴太に突き刺さる。
「・・・サッカーは残酷だぞ。どうやったって無理なことがある」
「例えば?」
「どんなに頑張っても俺達じゃ世界には敵わない。俺達が10年かけた努力なんて、あいつらにとってはただの日常だ。しかも、もっと短い時間でそこに辿り着く」
「・・・」
蒼空斗は蹴太の言葉をただ黙って聞いていた。
(そうだ、思い出したくもない。あれだけ練習したのに、転校してきた外国人の規格外の才能にはかすりもしなかった。どれだけ努力しても、圧倒的な才能の前に理不尽にねじ伏せられる、あの絶望を!)
脳裏で、前世の記憶がフラッシュバックする。
圧倒的な力の差を見せつけられ、ピッチの芝を噛んだあの日の悔しさが、蹴太の胸の奥で黒い炎となって蘇った。そして気づけば、蹴太の言葉には抑えきれない熱がこもっていた。
「どんなに努力しても超えられない壁ってのはある! そんな壁に無謀な挑戦をして絶望するくらいなら! 別の道を探したほうがよっぽどマシだろ!」
叫んでから、蹴太は自分でも驚いていた。
なぜ、こいつがこれほど気に障るのか。今、はっきりと分かってしまった。
前世、蹴太はサッカーをやっていた。それこそ血を吐くように一生懸命努力をした。
しかし結果は付いてこなかった。文字通り、才能という名の壁に挑戦して無惨に砕け散ったのだ。
だからこそ、大怪我を負い、残酷な現実を突きつけられてもなお、サッカーを愛そうとする蒼空斗の姿が、過去の自分と重なってひどく苛立たしかった。
「・・・なぁんだ」
「あん?」
「神野君ってサッカー好きじゃないのかと思ったよ!」
「いや、俺は・・・」
「君も俺と同じでサッカーが好きなんだ! 俺達、仲良くなれそうだよ!」
「・・・なんでそうなるんだよ」
蒼空斗はそう言うとイケメンスマイルで蹴太へと近づいた。そしてポケットからスマホを出してきた。
「ねぇ! SNSの連絡先交換しない?」
「・・・」
蒼空斗はキラキラした目でスマホの画面を蹴太に見せていた。そして蹴太は黙ってそれを見ると、蒼空斗をスルーして移動し、足元に転がっていたサッカーボールを拾い上げた。
(だったら、教えてやる。圧倒的な【壁】ってやつを)
蹴太は自分のステイタスを確認した。
――――
神野蹴太
ランク:ジュニアユース
基本スキル
フィジカル:C466
スピード:C453
ドリブル:C456
スタミナ:C407
シュート:B501
キープ:C479
パス:C358
固有スキル
・神の祝福:ステイタスが伸びやすくなる
・決定力:シュート時、ボールがゴールの枠内に収まりやすくなる
・両利き足:両足が利き足になり、ボールをコントロールできるようになる
・クイックモーション:威力は下がるが、クイックシュートを撃てるようになる
――――
(14年。サッカーボールなんて大して蹴っていない。ただ息をして、生きてきただけだ。それなのに、勝手にこんな【サッカー専用】のスキルまで備わっている・・・本当にふざけた才能だ。自分でも吐き気がするほど残酷だと思うぜ)
蹴太はステイタス画面を消すと、足元にあったボールを無造作に拾い上げた。そして、かつて【天才】と呼ばれた目の前の少年に、冷たい視線を向ける。
「月影。超えられない【理不尽な壁】ってやつを、俺が直接教えてやるよ」
「?」
「俺とサッカーのデュエルをしろ」
「えっ?」
蹴太の唐突すぎる提案に、蒼空斗は目を丸くした。横にいた明里も絶句している。
勉強のために取りに来たはずの筆箱のことなど、すでに蹴太の頭からは完全に消え去っていた。
「ちょ! それは流石に蒼空斗を舐め過ぎじゃない? いくら蒼空斗が怪我明けだからっていっても、素人には負けないわよ!」
明里の言う通りだった。傍から見れば、サッカー部でもない素人が、元天才に挑む滑稽な構図にしか見えないだろう。
しかし、蹴太は明里の言葉を無視して、ただ冷たく蒼空斗を見つめていた。
「・・・どうなんだ、月影」
挑発的な視線を受け、蒼空斗も驚きの表情から一転、かつての【天才】としてのプライドとやる気に満ちた笑みを浮かべた。
「いいよ、やろう!」
二人はそのままサッカーゴールのある場所へと向かって行った。




