1.転生
「早く救急車を!」
駅前の交差点。そこの横断歩道に血まみれで倒れている高校生の男子がいた。
(くそ・・・理不尽な才能を持った外国人の転校生にレギュラーを奪われたと思ったら、次は事故かよ)
周囲を取り囲む野次馬たちの、同情と好奇心が入り交じった視線を感じる。
(あーあ。どれだけ努力しても、結局は【才能】を持つ奴には勝てない。こんな結末なら、さっさとサッカーなんてやめておけばよかったな)
血まみれで仰向けに倒れたまま、高校生は抜けるような青空を見つめていた。そしてそれは皮肉なほどに澄み切った空だった。
(来世があるなら、次はいい大学に入れるように勉強しようかな)
高校生の男子はそう思いながらも、段々と意識が遠のくのを感じていた。
(でも・・・もし、もしサッカーの神に愛されたのなら、もう一回だけサッカーをやってもいいかな・・・)
そんなことを思いながら高校生は意識を暗闇に落としていった。そして高校生の意識が完全に暗闇へと落ちる瞬間、無機質な声が脳内に響いた。
―――あなたにサッカーの神の祝福を授けます
■■
サッカー。たった一つのボールを足だけ使って、相手のゴールに入れるスポーツ。
世界で最も人気あるスポーツであり、プロリーグを持たない国を探すほうが難しいと言われている。
20XX年現在、その競技人口は世界で約三億人。日本も例外ではなく、野球を抜いてスポーツ人口ナンバーワンの座に就いてから、すでに数十年が経っていた。
だからこそ、四年に一度のワールドカップは異様な熱を帯びる。この夜も、数えきれないほどの日本人が、テレビの前でグループステージの死闘を見守っていた。しかし・・・
「・・・今、試合終了の笛が鳴りました。サッカー日本代表、グループステージ敗退です・・・決勝トーナメントに届かず・・・」
テレビのアナウンサーが残念そうに声を絞り出しながら状況を伝えた。
サッカー日本代表はグループステージのリーグ戦を1勝もできないまま去った。
ピッチ上には結果を受け入れられない選手たちが寝そべり、悔しそうに地面を叩いている。そこにあったのは、絶望に染まった青だった。
「世界の壁は高かった・・・ここからもう一度這い上がりましょう」
アナウンサーがそう最後の言葉を放ち、日本代表のサッカーは終わった。そしてその様子は全国各地で見られていた。
「あぁくそ! やっぱり世界の壁は高いな!」
「そうねぇ・・・やっぱり日本はワールドカップに出場するのが限界なのかしらねぇ・・・」
とある家のリビングで、一組の夫婦がテレビに向かって嘆いていた。そこへドアが開き、歩き始めたばかりの一歳の息子が顔を出した。
「蹴太! どうしたの? おしっこ?」
「・・・うん」
「はいはい! じゃあスッキリして寝ましょうね! 全く、ほんとにこの子、どうしてもう言えるのかしらね。天才かしら?」
母親である神野夏美は首をかしげながらも、息子の神野蹴太をトイレに連れていき、そのまま寝室へと連れていった。
「はいはい、いい子だから寝ましょうね!」
「・・・うん」
蹴太が布団に収まったのを見届けて、夏美はリビングへ戻って行った。
(・・・行ったか?)
母親の足音が遠ざかると、蹴太は起き上がった。そして身体をほぐすように、ゆっくりと手足を伸ばした。
(やっぱり転生したとは言え、身体はまだ1歳児だな。なかなか思うように動かせん)
そう。蹴太はあの時事故にあった高校生が転生した姿だった。そして蹴太は転生した事により、人とは違うあるものが見えていた。
(やっぱりだ。ただ歩いただけでステイタスが伸びてやがる)
――――
神野蹴太
ランク:ベイビー
基本スキル
フィジカル:G011
スピード:G008
ドリブル:G000
スタミナ:G013
シュート:G000
キープ:G000
パス:G000
固有スキル
・神の祝福:ステイタスが伸びやすくなる
――――
(なんなんだ? このゲームみたいなステイタス画面は? しかもサッカーに必要なステイタスに見える・・・)
蹴太の目にはゲーム画面のようなステイタスが表示されて、そのステイタス通りに少しだけ歩くスピードが上がったような気がしていた。
(まさか死ぬ前に聞こえた【サッカー神の祝福】とかいうやつか?)
蹴太はそんなことを思いながら、寝室とリビングをつなぐ扉をそっと細く開け、父親と母親の会話を聞いていた。
「俺はやっぱり蹴太にはサッカーをやらせるべきだと思うぞ!」
「どうかしらねぇ・・・私は別にいいけど、無理やりやらせるのは反対よ」
「まぁそれは・・・よし! 今度、会社帰りにサッカーボールを買ってこよう! それをおもちゃとして渡せば、サッカーに興味持ってくれるはずだ!」
「まぁそれくらいなら」
そこまでの会話を聞いた蹴太はそっと扉を閉じ、自分の寝ていた布団へと戻って横になった。
(冗談じゃない。サッカーなんて前世でもう十分だ・・・)
まぶたの裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。
どれだけ練習しても、どれだけ戦術を学んでも、突然やってきた外国人留学生の【生まれ持った才能】の前には、これまでの努力など紙屑同然だった。
(この【神の祝福】とやらでステイタスが目に見えて伸びたとしても、結局いつかまた、あの理不尽な才能の壁にぶち当たる。あんな絶望をもう一度味わうなんて御免だ)
自分ではどうにもならない不確定要素に人生を振り回されるのはトラウマだった。そんなことを思っていると睡魔が蹴太を襲ってきたので、目を閉じて寝る体勢を整える。
(せっかくの二度目の人生だ。前世上手くいかなかったことより、勉強頑張っていい大学に入学、大手ホワイト企業に入社が勝ち組だろ!)
蹴太は今後の人生の目標を決めて、そのまま寝た。
――それから13年後。区立青下中学校、2年1組の教室。
「蹴太頼む! 夏休みの宿題を見せてくれ!」
始業式の朝。蹴太は自分の席で、小学生時代からの腐れ縁である坊主頭の白河健一に拝み倒されていた。
「・・・はぁ。全く。いいけどさ、今度なにか奢れよ」
「サンキュー!」
蹴太はカバンからノートを抜き出して健一に渡すと、ついでに尋ねた。
「そういやサッカー部どうよ? 3年生抜けて大丈夫なのか?」
「あーそれな。一応2年と1年合わせて11人はいるよ」
「11って・・・ちょうどじゃねぇか。やっぱり3年が7人抜けたのは痛かったな」
「そう! だからさぁ蹴太。幽霊部員でいいから入ってくんね? 交代できるのが一人もいないのは流石に心もとないんだよ」
「いやだよ。俺は勉強あるし」
「そこをなんとか! お前身長180以上あるし、足も速いだろ? 別に練習参加して欲しいとかじゃないしさ。大会の時の万が一のメンバーとして入ってくれるだけでもありがたい!」
「まぁ考えておくけどよ。てか、俺よりも適任がいるだろ?」
蹴太が顎で示した先の教室の入り口に、ちょうど一組の男女が入ってきたところだった。そしてその男女が教室に入ってくると、クラスの大半が二人を囲んだ。
「蒼空斗君! 杖取れたんだね!」
「明里ちゃん! おはよう!」
教室に入ってきたのは月影蒼空斗と月影明里。この中学では知らぬ者のいない、二卵性の双子の兄妹だった。
「あぁ! だいぶ元通りになってきたよ!」
蒼空斗が屈託のない笑みを向けると、彼を囲んでいた女子たちの顔がポッと赤く染まる。整った顔立ちと、どこか人を惹きつける華やかなオーラ。この中学で彼を知らない者はいない。
「月影ねぇ・・・」
健一は蒼空斗の方を見ると、難しい表情をした。
「あいつは日本のビッグクラブ、東京カイザースのジュニアユースにいたんだ。怪我する前なら、実力はお前らサッカー部以上だろ?」
「俺らより上、ねぇ・・・」
蹴太が席に座り直したその横で、健一は蒼空斗を見ながら、つい本音をこぼしてしまった。
「まぁいくら天才でも、大怪我で【終わった選手】に負けるとは思わねぇけどな・・・」
健一は小さくつぶやいたつもりだったが、奇しくもそのつぶやきは明里の耳に届いてしまった。
「ちょっと! 兄さんは終わっていないわ!」
「あっ! いや! それは・・・」
「訂正しなさいよ!」
明里は今にも健一の胸ぐらを掴みそうな勢いで睨みつけていた。そしてその剣幕に、クラスメイトたちも次々と乗っかっていった。
「そうだ! そうだ! 万年一回戦負けのお前らサッカー部より、蒼空斗の方が上手いに決まってんだろ!」
「そうよ! あんたの100倍は上手いわよ!」
―――パン、と。
教室に響き渡るほど大きく、蒼空斗が手を叩いた。すると視線が一斉に彼へと集まる。
「明里。白河君も悪気があったわけじゃない」
蒼空斗は健一のほうへ歩み寄った。
「白河君。君は確かサッカー部の新キャプテンだよね?」
「い、一応な」
蒼空斗は健一がキャプテンだとわかると、背負っていた自分のカバンを床において、そこから一枚の紙を見せた。
「俺さ、今日からサッカー部に入る予定なんだ。これからよろしくね!」
蒼空斗が健一に見せた紙はサッカー部の入部届だった。そして蒼空斗はそれをしまうと、屈託のないイケメンスマイルで健一と握手をした。
「はい! この話題は終わり! みんな、そろそろチャイム鳴るから!」
蒼空斗がクラスメイトに伝えると、クラスメイトはすぐに健一への興味をなくして散り散りになった。そしてその様子を蹴太は黙ってみていた。
(不運の天才、月影蒼空斗・・・か)
蹴太は自分の席から足を気にしている蒼空斗を見ていた。
(サッカーねぇ・・・)
蹴太は胸になにか引っかかるものを感じながらも、始業式の準備をした。




