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58.U15日本代表VSU15イタリア戦―――4

「さぁ! いよいよ、U―15ナショナルチャンピオンシップ・グループステージ第2節、U―15日本代表対U―15イタリア代表の、運命の後半戦が間もなく始まろうとしています! 前半戦、日本はヨーロッパの頂点に君臨するイタリアの、伝統的かつ圧倒的な脅威の守備、【カテナチオ】の前に完全に手も足も出ませんでした!」


スタジアムの熱気をそのまま叩きつけるような、実況アナウンサーの切迫し、興奮しきった声がテレビのスピーカーを通じて全国のお茶の間へと響き渡る。


画面には前半戦のハイライト映像がスローモーションで流れていた。神野蹴太の理不尽な初速がイタリアの組織的なカバーリングに絡め取られるシーン、そしてほんのわずかな日本のプレスの綻びを突き、イタリアの流れるような【死のトライアングル】からマテオ・レテギが強烈な先制弾を突き刺した絶望的な瞬間。


「スコアは0-1で、アウェーのイタリアがリード! たった1点のビハインドではありますが、相手が世界一の守備の国であることを考えれば、この1点は途方もなく重く、そして厚い壁として日本の前に立ち塞がっています! 果たして日本は、久森監督率いる若きサムライたちは、後半の45分間で、【カテナチオ】という絶対的なかんぬきがされたイタリアのゴールを自らの力で打ち破ることが出来るのかぁぁぁぁぁぁっ!」


アナウンサーの絶叫が蒼空斗の自宅リビングにもビリビリと響いていた。


窓が閉め切られたリビングの空気は前半終了時の絶望感と重苦しさを引きずったまま、ひんやりと冷え切っていた。ソファに座る健一、春樹、明里、そして蒼空斗の四人は誰一人として言葉を発することなく、画面に映し出されるピッチ上の選手たちを食い入るように見つめている。


「・・・」


健一は両手を膝の上で強く組み合わせ、前のめりになって画面を凝視していた。あれほど前半の失点時に騒ぎ、絶望の声を上げていた彼だが、今はもう叫ぶ気力すら残っていないかのようだった。ただ親友が何かを起こしてくれると信じる、祈るような、切実な思いだけがその瞳に宿っている。


春樹と明里もまた息をする音すら殺すようにして、ピッチへ戻ってくる選手たちの表情を追っていた。前半、あれほどまでに完璧に封じ込められた蹴太。コスタリカ戦で見せた理不尽なまでの無双劇が嘘だったかのように、イタリアの組織力の前に沈黙した姿は彼らに【世界】という壁の圧倒的な高さをこれでもかと見せつけていた。


(蹴太・・・どうする?)


蒼空斗はタブレット端末を握りしめたまま、友人として、ライバルとして、真剣な、そして研ぎ澄まされた表情でテレビに映る背番号9を見た。


ロッカールームからピッチへと続く暗いトンネルを抜けてきた蹴太の顔には、絶望も、諦めも、焦燥もなかった。あるのは極上の獲物を狩るための緻密な計算と、心の奥底で燃えたぎる狂気じみた闘志だけ。蒼空斗にはそれが痛いほどに伝わってきた。


(相手は君の【スピード】を個の力で止めることを諦め、組織のカバーリングでコースを限定し、絡め取ってきた。そして【フィジカル】ではキャプテンのスカモーニが正面から君を弾き飛ばした。スピードも、フィジカルも、イタリアの強固な壁の前には単独では通用しない・・・だとしたら、どうやってあのかんぬきを壊す? どうやってあの絶望的な門をこじ開けるんだ、蹴太・・・)


蒼空斗は無意識のうちに唇を強く噛み締めていた。


友が自分を含めた日本の誰も成し遂げたことのない偉業に挑もうとしている。その歴史的な目撃者になるのだという確信が、彼を武者震いさせていた。


(いけ、蹴太・・・! 君の【個】が、世界を打ち砕く瞬間を見せてくれ!)


■■


スタジアムのピッチ上。6万人の大観衆が放つ、期待と不安、熱狂と祈りが入り混じった異様な喧騒の中、U―15日本代表のイレブンはそれぞれのポジションへと散っていった。


センターサークルに立ち、ボールに右足を乗せた蹴太は自陣に構築されたイタリアの青い要塞を静かに、そして鋭く見据えていた。


(・・・待ってろよ、カテナチオ)


蹴太の漆黒の瞳の奥で、静かな、しかし決して消えることのない青白い炎が燃え上がっていた。


前半、イタリアのキャプテンであるスカモーニの圧倒的なフィジカルと、ガッティ、バストーニらによる一寸の隙もない組織的なカバーリングに完全に封じ込められた。


だが久森監督がロッカールームで言った通り、どんなに強固で完璧に見える壁にも必ず【呼吸の瞬間】がある。


(スピードは躱され、フィジカルで弾き飛ばされる・・・最高じゃないか。これほどまでに絶望的で、これほどまでにぶち壊し甲斐のある壁は他にない・・・俺が、俺の力で必ず粉砕してやる!)


蹴太は秋の冷たい空気を大きく深く吸い込み、闘志を燃やす目でイタリア代表のゴールを、そしてその前に立ちはだかる巨大なキャプテンを睨みつけた。


ピーーーーーッ!


主審の長いホイッスルがスタジアムの夜空を鋭く切り裂き、蹴太のキックオフによって運命の後半45分間が幕を開けた。


「よし、回せ!」


トップ下の九条隼人が蹴太からのバックパスを右足のインサイドで丁寧にトラップし、ボランチの国近へとボールを下げる。そして九条の顔、前半のようなどこか余裕ぶった、陽気な笑みは完全に消え去っていた。


(・・・俺がビビっているだと?)


九条はボールの行方を目で追いながら、ルックアップしてイタリアの陣形を確認した。


後半開始直後。1点をリードしているイタリアは前線から無理にプレスをかけてボールを奪いに来ることはせず、自陣にスッと引き、5バックと3人の分厚い中盤による強固な守備ブロックを形成していた。まるで日本の攻撃など蚊ほどにも感じていないような、絶対的な自信に満ちた陣形。


九条は久森監督にロッカールームで容赦なく指摘された自身のプレーを反芻していた。


『前半のお前は相手のボランチに捕まることへの恐怖から、無意識のうちにボールを受けに低い位置まで降りすぎだ』


図星だった。


(確かに前半の俺は消極的すぎた・・・神野があっさりとカバーリングに止められ、空中戦で弾き飛ばされるのを見て、心のどこかであの巨大なセンターバックどもや、空間を支配するロカテッリのプレッシャーに自然とビビってたんだな・・・)


九条は自分の足元の技術とパスセンスには少なからず自信があった。しかし世界最高峰の守備戦術と、それを体現する同世代のバケモノたちを前にして、彼の本能が【安全な場所】を選ばせてしまっていた。そのため九条は自身の不甲斐なさにギリッと唇を強く噛み締めた。


(・・・ふざけんな。俺はこんなところでビビって縮こまるために、あの地獄の合宿を生き残ってきたわけじゃない!)


九条は普段の陽気な表情を完全に捨て去り、狂気を孕んだような鋭い眼差しでイタリアのゴール方向を睨みつけた。


(相手のインサイドハーフの背中、あの狂気的に狭いバイタルエリアで前を向けだって? 巨大なセンターバックが俺を潰しに襲いかかってくる? ・・・上等じゃねぇか! 俺のパスでお前らが誇るそのカテナチオっていう分厚いかんぬきに、致命的なヒビを入れてやるよ!)


九条は国近からボールを再び預かると、これまでのように安全に横や後ろへパスを散らすのではなく、前を向いて一気に中央へのドリブルを開始した。


「九条が仕掛けたぞ!」


「押し上げろ!」


九条の予期せぬ前への推進力に国近と三國が指示をだし、日本の選手たちも連動してポジションを上げる。そして九条がイタリアの陣地、強固なブロックの網目の中へと足を踏み入れた瞬間だった。


「!」


獲物が自ら罠に飛び込んできたとばかりにイタリアの右ウイングバックのウドジェと左ウイングバックのディマルコが、恐ろしいほどのスピードと圧力を伴って左右から同時に九条へと襲いかかってきた。息を呑むような強烈なプレスだった。


「九条!」


九条が完全に囲まれ、ボールを失うと悟ったU―15日本代表の左インサイドハーフ、外丸直樹が左サイドのスペースへ走り込みながら大声でパスを要求した。


その外丸の声と動きにプレスをかけにきていたウドジェの視線と重心が、ほんの一瞬、コンマ数秒だけ外丸の方へブレた。


(いける!)


九条のパスセンサーと空間把握能力がその微細な隙を絶対に見逃さなかった。


九条はウドジェが外丸へパスが出ると確信して意識を外に向けたその瞬間、パスを出すフェイントを入れながらウドジェの股下へとボールを鋭く通した。


「!?」


ウドジェが驚愕の表情をする。


(ちっ! こいつ、前半はビビって逃げ回ってたくせに!)


九条は股下を通したボールを追って、ウドジェの脇を強引にすり抜け、縦への突破を成功させた。


「しゃぁぁぁっ! 抜けた!」


スタンドの日本サポーターから大歓声が上がる。


そのまま九条はスピードに乗ってイタリアの強固なカテナチオの中央、バイタルエリアへと突き進んでいく。久森の指示通り、相手のセンターバックを釣り出すために。


だが・・・


「っ!」


九条がバイタルエリアに侵入しようとした直前。目の前に巨大な青い壁が二枚、音もなく立ち塞がった。


イタリアの右インサイドハーフのバレッラと左インサイドハーフのペッレグリーニ。


彼らはウイングバックが突破された直後のカバーリングとして、すでに完璧なポジショニングで中央のスペースを埋めていた。


(くそっ! バイタルエリアに入るどころか、少しでも深く切り込むことすらできねぇ!)


二人の屈強なイタリア人ミッドフィルダーの威圧感と¥、一切の隙もない距離の詰め方に、九条は前進を諦めざるを得なかった。これ以上持ち込めば確実にボールを奪われ、前半と同じ致命的なショートカウンターの餌食になる。


九条は苦し紛れに左サイドでフリーになっていた外丸へパスを出した。


「外丸、頼む!」


しかし外丸がボールを受けた瞬間、すでにディマルコがポジションを戻し、激しいプレスをかけてきていた。


「くっ!」


外丸は中へ切り込むことも、縦へ仕掛けることもできず、仕方なく後方のボランチ、国近へボールを下げる。


「国近!」


国近がボールを足元に収める。


(くそっ! パスコースが徹底的に潰されてやがる!)


国近はボールを受けた瞬間にルックアップし、前線の蹴太や九条、右サイドの横畑へのパスコースを探した。しかしイタリアの守備陣は選手同士の距離感が完璧に保たれており、攻撃へとつながる楔のパスを入れるポイントはことごとく青いユニフォームによって消し去られていた。そこに無理に縦パスを入れれば確実にインターセプトされる。


国近はすぐに縦パスを出すことを諦め、右サイドの三國へボールを預けた。


結局日本代表は左右へボールを渡しながら、イタリアのブロックの外側でゆっくりとビルドアップすることしかできなかった。


後半のボール保持率は日本が圧倒しているが、それはイタリアに【持たされている】だけの無意味な時間だった。そして最前線に張っている蹴太もまた、イタリアの絶望的な守備力に激しいフラストレーションを溜め込んでいた。


(・・・このボランチ、ふざけんな。空にカメラの目でもついてんのかよ!)


蹴太がボールを引き出そうと動く先々、パスコースの延長線上には必ずと言っていいほどイタリアのボランチ、背番号10のロカテッリが幽霊のように姿を現し、パスコースを塞いでいた。


そのため蹴太は後半開始から10分が経過しても、ほとんどボールに触れることすらできず、前線で完全に孤立し、抑え込まれていた。


(明らかに俺を警戒してパスの出所と俺の動き出しを完璧に予測し、インターセプト出来るギリギリの位置取りをしてやがる。しかも俺だけじゃない。他の九条や横畑の動きも完璧に把握しながら、中盤のフィルターとして機能してやがる!)


蹴太は中盤と最終ラインの間、バイタルエリアのわずかな隙間をウロウロとしながら、焦りを募らせていた。


いつでも相手のペナルティエリアに切り込めるよう、準備は終えている。だがボールが来なければストライカーはただの置物。ここでは何も仕事が出来ないと、蹴太は痛感していた。


(・・・久森監督の言っていた通りだ。俺が単独で突破しようとしてもカバーリングで潰される。九条がパスのタイミングを計ってから出そうとしても、ロカテッリに読まれてコースを消される)


蹴太はピッチ全体を見渡しながら、唯一の突破口を模索した。


(俺と九条が互いの動きを一切見ずに完全に呼吸が合った瞬間にボールを放り込む・・・口で言うのは簡単だが、練習じゃあ、ただの一度もそんな無茶なことなんてやってねぇ。正真正銘の、成功率数パーセントの博打だ)


蹴太は不敵に笑みを浮かべた。


(やるしかねぇな。あの狂ったカテナチオをぶち壊すには、常識の範疇のプレーじゃ絶対に不可能だ)


蹴太は意を決してスッと前線のポジションを下げ、中盤の密集地帯へと足を踏み入れた。九条との距離を近づけるために。そしてその蹴太の意図的な動きを見た九条もまた、蹴太の覚悟を悟り、腹を括った。


(神野・・・俺とお前は代表合宿を除けばあのフットサルの大会で一緒にプレーしただけの関係だ。颯太みたいな長年連れ添ったツートップならともかく、アイコンタクトすらなしに一発でタイミングを合わせる? 普通に考えれば絶対に無理だ。狂気の沙汰だ)


九条はイタリアのプレッシャーを受けながらピッチを走り、ボールを捌きながらもなぜか自然と、どうしようもない笑みがこぼれていた。


(だけど! 俺は信じるぜ。お前のあの常識外れの理不尽なスピードと力なら・・・俺が頭の中で思い描く、カテナチオを切り裂く【理想のゴール】を必ず体現してくれるってな!)


九条は走りながら頭の中で瞬時に計算し、イメージを構築する。


自分があの分厚いカテナチオのブロックを粉砕するパスを出すなら、どのタイミングで、どのコースへ、どれだけの強さで蹴り込むべきか。そしてそのためにはイタリアの守備陣の隙をどうやって作り出すか。


九条隼人の脳内で無数のシミュレーションが駆け巡り、一つの解が弾き出される。


(神野! 俺はお前の【個】を信じる! お前も俺のパスを信じて走れ!)


九条は決意を孕んだ目で、前線から降りてきた蹴太を一瞬だけ見つめた。そして蹴太もその九条の視線を真正面から受け止めた。


(九条・・・やる気か・・・よし、乗ってやるよ)


蹴太も完全に覚悟を決めた。


目を閉じ、深く息を吐き出し、周囲の喧騒を完全に遮断して、自身の感覚を極限の極限まで研ぎ澄ませた。


(ただの【瞬間最高初速】でぶっちぎるだけじゃだめだ。単純に速いだけならさっきみたいにコースを限定されて、ガッティのカバーリングの餌食になるだけだ。本物の世界の壁を破壊するには、もっと人間の限界の理不尽な動きが必要だ・・・)


蹴太は目を開き、イタリアのゴールを、そしてその前に立ちはだかる巨大な城壁、キャプテンのスカモーニを真っ直ぐに見据えた。


その蹴太の全身から立ち上る、隠しきれない殺気と闘志。それはイタリアのディフェンスリーダーであるスカモーニにビリビリと伝わっていた。


(あの日本人のストライカー。さっき完全に潰されたというのに目が死んでいない。このまま大人しく終わる気はないようだな)


スカモーニは最後尾から蹴太の動きを警戒し、すぐさま両脇のセンターバック、ガッティとバストーニにイタリア語で鋭く指示を飛ばした。


「フェデリコ、アレッサンドロ。注意しろ。日本のストライカーがそろそろ動くぞ」


「「了解(シィ)」」


ガッティとバストーニが低く身構えながら短く応える。


イタリアのセンターバック陣は事前のミーティングと映像の分析で、神野蹴太対策を極限まで万全にしていた。


あの日本人のスピードは個人の身体能力での対応は極めて困難。だからこそ戦術で、組織でカバーする。一人が抜かれるコースを限定し、もう一人が即座に死角からカバーに入って刈り取る。彼らにはカテナチオを体現する者としての絶対的な自信と誇りがあった。


(来るなら来い日本のストライカー。お前のその薄っぺらい【個】など、我々の歴史と組織の前に木っ端微塵に粉砕してやる!)


スカモーニもまた氷のような冷徹な瞳で蹴太を見つめ返した。そして、いよいよ後半18分。長く、息の詰まるような膠着状態が続いていた試合が大きく動く瞬間が訪れた。


((!!))


九条と蹴太。二人の直感がピッチ上で完全に同調した。


イタリアの左右のインサイドハーフ、バレッラとペッレグリーニが、日本のサイド攻撃に対応するために前線へ激しくプレスをかけ、そこから自陣のブロックへと戻ろうとした、その瞬間。


ほんのコンマ数秒。二人のインサイドハーフの戻りが遅れ、イタリアの中盤のフィルターと最終ラインの間にボール一個分が通るかどうかの、極小の【隙間】が生まれた。


久森がロッカールームで予言した、【呼吸の瞬間】。


「国近ぁっ!」


九条が喉を裂けんばかりの絶叫でボールを要求した。


「っ! あぁっ!」


ボールを保持していた国近は九条のその只事ではない声の気迫に押され、走り出す九条の足元へ向けて、絶妙なタイミングと強さの縦パスを打ち込んだ。


九条は自陣の右サイドの手前でボールを完璧にトラップし、そのまま一気にスピードを上げて前を向いた。


「横畑! カバーしてくれ!」


「了解!」


九条は単独で突っ込むのではなく、右インサイドハーフの横畑と並走しながらイタリア陣地へとドリブルで侵入していく。


そこへ素早く戻ってきたイタリアの左ウイングバックのディマルコと左インサイドハーフのペッレグリーニが九条を潰そうと激しいプレスをかけてくる。


「もらった!」


ディマルコが足を投げ出す。だが九条は全く慌てなかった。


ディマルコの足が届く直前に横畑へショートパスを出し、そのまま自身はディマルコの裏のスペースへ走り抜ける。横畑はダイレクトで九条へリターンパスを返す。


見事なワンツーのパスワーク。二人のコンビネーションがイタリアの強烈なプレスを一枚、完全にひらりと剥がした。


「抜けられた!」


「くそっ、戻れ!」


九条はそのままイタリア陣地深く、バイタルエリアの手前までドリブルで突進していく。それにイタリアの巨大なセンターバック、バストーニの視線が一瞬ボールホルダーである九条へと引き付けられる。


(神野・・・俺はもうお前の動きを見ないぞ!)


九条はドリブルのスピードを緩めることなく、頭の中で完璧なゴールへの青写真を描き出していた。


(俺が今、頭の中に描いているこの分厚いカテナチオを切り裂くための最高で最強の理想のゴールシーン! お前のその理不尽なスピードで俺のパスの軌道に追いつけ! そして示せよ! 世界を黙らせる、お前の【個】を!)


九条は前方の蹴太の動きを確認することなく、そして相手のセンターバックが自分に寄せてプレッシャーをかけてくるよりもコンマ一秒早く、自身の左足をまるで刀を振り抜くかのように鋭く一閃した。神野蹴太という、自分達の【最強の矛】を完全に信じ切って。


その九条の左足から放たれたボールはイタリアのセンターバック、スカモーニとバストーニの間、ボール一個分しか通らない極小の【継ぎ目】へ向けて、空気を切り裂くような凄まじいスピードとスピンを伴って一直線に突き進んでいった。


そして九条がドリブルでイタリア陣地に迫り、左足を振り抜こうとしていたまさにその頃。

蹴太もまた、自身の前方に立ちはだかる屈強な相手キャプテン、スカモーニと対峙していた。


(九条・・・お前もこの【隙】を感じ取ったんなら、絶対にそこにパスを出してくるよなぁ!)


蹴太はボールを持つ九条を一切見なかった。


九条がパスを出すモーションに入るよりも早く、蹴太はイタリアのディフェンスラインの裏、スカモーニとガッティの間のスペースへ向けて、相手陣地を切り裂くような圧倒的なスピードで走り出したのだ。


「!?」


ボールを見ていない蹴太の突然の異常な動き出しに、スカモーニが驚愕の表情を浮かべる。だが彼はイタリアの誇るディフェンスリーダー。すぐに蹴太の進行方向を塞ぐように巨体をスライドさせて立ちはだかる。


(スカモーニ! 俺はさっきお前に力負けした。だがな、サッカーは力比べのプロレスじゃねぇぞ!)


蹴太は立ち塞がるスカモーニの巨体に対し、全くスピードを緩めることなく、固有スキル【瞬間最高初速】を発動させた。一歩目からトップスピードに到達するチート級の加速。


ドンッ!という芝が爆ぜるような音と共に、蹴太は前半の突破と同じようにスカモーニの右側を一気に自身のトップスピードで抜きにかかった。


(また同じ手か! フェデリコ!)


スカモーニは抜かれることを前提に蹴太のコースを右側へと限定し、背後のガッティにカバーを任せた。蹴太の身体がスカモーニの横を風のようにすり抜ける。


(おらぁっ! ここからは俺が刈り取る!)


カバーリングに入っていた右センターバックのガッティは、九条から放たれた鋭いスルーパスの軌道と蹴太の凄まじいスピードを同時に視界に捉えていた。


ガッティは蹴太がボールに追いついてトラップする瞬間に身体を激しく寄せ、好きな身体の向きでプレーさせないよう、完璧なタイミングマークについたと思われた。


だが・・・


(・・・来てない・・・だと!?)


ガッティ自身のイメージとの乖離があることに気づき、目を見開き、足が一瞬止まる。


そこに本来トップスピードで飛び込んでくるはずの蹴太の姿は影すら無かった。蹴太はガッティのマークが届く位置から、まだ【一歩】手前にいたのだ。


「ふっ!」


(こいつ! 俺をトップスピードで抜いた直後にここまで一瞬で急減速できるというのか!?)


振り返ったスカモーニが蹴太の人間離れしたボディコントロールに、顔を青ざめさせて戦慄した。


蹴太はスカモーニを【瞬間最高初速】で抜き去った直後、全身の筋肉を軋ませて急激にブレーキをかけ、ガッティがマークを仕掛けてくるタイミングをあえて【ズラした】のだった。そしてガッティのマークが空振りし、巨体が芝生の上を無様に滑っていくのを嘲笑うかのように。


ダンッ!


蹴太、その残された一歩の距離を使い、再び【瞬間最高初速】を発動させた。


急減速からのゼロからの爆発的な再加速。


人間の関節と筋肉の限界100%を使用したような理不尽な挙動。蹴太はガッティの裏のスペースへと、一気に抜け出した。


これで立ちはだかるセンターバックは完全にゼロ。蹴太は完全にフリーの状態でペナルティエリア内へと侵入を果たした。そしてここで蹴太は初めてボールの方向へと顔を向け、後ろを振り向いた。


(・・・完璧だぜ、九条!)


蹴太が思い描いていたイタリアのディフェンスラインの裏、その絶好のスペースへ、九条の放った左足からのスルーパスがドンピシャのタイミングで強烈なバックスピンを伴って到達していた。


九条のイメージと蹴太の理不尽な動き出しが、見もせずに完全にシンクロした瞬間。しかしイタリアの守備は甘くない。


蹴太がボールに追いつく直前、猛スピードでカバーにきた左センターバックのバストーニと前に飛び出す判断が異常に早いGKドナルーマの二人が、蹴太のシュートコースを塞ごうと左右から同時に迫り狂ってきていた。


(時間がない・・・俺の【吸着トラップ】と【ワンタッチ】のスキルを使ってボールを足元に収めていたらシュートを撃つ前にこの二人の巨体に挟まれて、確実にボールを奪われるかブロックされる・・・なら・・・選択肢はこれ一つだな)


久森監督の言葉が脳裏をよぎる。


『トラップしてタメを作っている時間はない。ノーステップで脚を振るくらいの異常な速さで、ゴールネットを射抜け』


蹴太は後方から飛んでくるボールのスピード、回転、落ちてくる軌道をコンマ数秒の世界で極限まで正確に計算し、測り切った。


蹴太はボールをトラップすることを完全に放棄した。


トップスピードで走り込みながら身体の軸を斜めに大きく傾け、浮いているボールに対して、ドンピシャのタイミングで右足を鋭く、コンパクトに振り抜いた。


ノーステップからのダイレクト・ボレーシュート。


ドゴォォォォォォォンッ!!!


蹴太の右足の甲、ボールの芯を寸分の狂いもなく完璧に捉えた。


「ぶち抜いたぜ、世界最強の・・・カテナチオ」


蹴太の足元から放たれたボールは前に飛び出してきたGKドナルーマの真横を、彼が腕を上げるよりも早くすり抜けていった。そしてカバーに入ろうとしたバストーニがスライディングで足を伸ばすもボールはすでにその遥か先を通過している。


ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


見事と言う他無い弾丸のようなボレーシュートがイタリアのゴールネットに突き刺さった。


【U―15日本代表 1―1 U―15イタリア代表】


後半開始23分。


絶対的な自信を持っていたイタリアのキャプテン、スカモーニが呆然と立ち尽くし、九条の狂気のパスと神野蹴太の理不尽極まりない【個】の力が完全に噛み合ったその瞬間。


ついに若きサムライたちが欧州の世界に誇る絶対的な盾、カテナチオの門を見事に打ち砕いたのである。

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