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48/62

48.U15日本代表VSU15コスタリカ戦―――1

「さぁ! いよいよU―15ナショナルチャンピオンシップ、開催国である日本代表の初陣が始まります!」


スタジアムの尋常ではない興奮と熱気をそのまま伝えるかのように、テレビ中継のアナウンサーの裏返りそうなほど熱を帯びた声が、リビングのスピーカーからビリビリと響き渡った。


満員に膨れ上がった6万人収容の巨大な競技場のスタンドは、サムライブルーのユニフォームを着たサポーターたちで隙間なく青一色に染め上がり、地鳴りのような大歓声が巨大な渦を巻いている。そしてテレビ画面にはピッチへの入場口で整列し、決戦の時を待つ日本代表のイレブンの緊張した面持ちが映し出された。


「今年のU―15日本代表を率いるのは、すでに飛び級でユースチームでも活躍し、【世界に届く傑物】と評されている世代屈指のディフェンダー、ヤンセン・大河君です!」


カメラがグッと寄り、日本代表の青いユニフォームの左腕にキャプテンの証である黄色い腕章をギュッと巻き直すヤンセン・大河の姿が画面いっぱいに大写しになる。その一切の怯みも迷いもない、自信に満ちた鋭い眼光がスクリーン越しに放たれると、スタジアムの歓声は爆発したように一段と大きくなった。


「本日の対戦相手はコスタリカ代表です! 日本が入ったグループAにはこの後、ドイツ、イタリアという優勝候補筆頭の超大国が控えています。ゆえにこの初戦で勝ち点3を逃せば、事実上、グループステージの敗退が濃厚になるという絶対に負けられない背水の陣! 果たして若きU―15日本代表は初戦の尋常ならざる重圧をはねのけ、勝利を掴むことが出来るのか!? 運命のキックオフは間もなく、19時です!」


■■


スタジアムのピッチ。


眩いばかりの強烈な光りに照らされた、手入れの行き届いた緑の芝生の上。大観衆の視線を一身に浴びながら、円陣を組んだ日本代表のイレブンがキャプテンであるヤンセンを中心に最後の戦術確認を行っていた。


「いいか! 相手の陣形は事前のミーティング通り【5-4-1】だ!」


ヤンセンの太く低い声が6万人の大歓声にかき消されないように力強く響く。


「基本は自陣に深く引いて強固なブロックを作る、いわゆる引きこもりの陣形だが、気をつけろよ。あいつらはただ亀のように守るだけじゃない。奪った瞬間に両サイドのMFとワントップへ一気に展開してくる! 前線に意図的に広大なスペースを作って走り込ませる、鋭いカウンターを徹底して狙う陣形だ!」


ヤンセンは円陣の中から顔を上げ、自陣にすでに分厚い壁を構築して陣取るコスタリカの選手たちを鋭く睨みつけた。


「中盤の連中は相手のクリアボールが常にロングボールとカウンターの起点になることを最大限に警戒しろ! そしてFWの二人! 鷲谷、武雄! 相手は5バックで中央のスペースをガチガチに固めてくる。止まって足元でボールを受けるな! 泥臭く走り回って、相手のディフェンダーの陣形をかき乱せ!」


「「おう!」」


スタメンのツートップを任された鷲谷と武雄が重圧を振り払うかのように力強く頷く。


「いくぞ! 絶対に勝つ!」


「「「「オォォォ!」」」」


ヤンセンの魂を揺さぶるような掛け声で円陣が弾けるように解け、日本とコスタリカのイレブンは、それぞれの持ち場であるポジションへと散っていった。そして、スタジアムの巨大な電光掲示板の時計が運命の19時を指し示す。


センターサークルに立つ鷲谷が主審の方へ鋭い視線を送る。主審が左腕の時計を確認し、右手を高く上げ―――


ピーーーーーッ!


大歓声を鋭く切り裂くように試合開始を告げるホイッスルが夜空に吹き鳴らされた。


最初のキックオフは日本。鷲谷がボールを後ろの武雄に軽く蹴り出し、武雄がそれをボランチの国近涼真へと下げた。世界との果てしない戦いがついにスタートした。


「よし!」


国近がボールをしっかりと足元に収め、顔を上げる。


同時に前線の鷲谷と武雄の二人が、一気にコスタリカのディフェンスラインの裏のわずかなスペースを目指して鋭いスプリントを開始した。


(事前の情報通り、本当に待ちの体勢だな・・・なら、遠慮なく行かせてもらう!)


国近はコスタリカのワントップである背番号9の【アンソニー・コントレラス】が、パスコースを限定しながらゆっくりとプレスをかけに自分へと向かってくる動きを視界の端で確認した。


アンソニーが完全に間合いを詰める前、国近は自慢の精密な右足を一切の無駄を省いたコンパクトなモーションで振り抜いた。低い弾道の矢のような鋭いロングパスが中盤を完全に省略して、一気に最前線を走る鷲谷の足元へと送られる。


「もらった!」


鷲谷は抜群のボールコントロールでその強烈なパスをピタリと足元に収め、反転して前を向こうとした。


しかし。


(うわっ! はやっ!)


鷲谷が前を向くより早く巨大な肉の壁が二枚、あっという間に眼の前に塞がった。


コスタリカのセンターバック、キャプテンマークを巻いた【フランシスコ・カルボ】と【オスカル・ドゥアルテ】の二人だった。5バックの中央の要を担う彼らのカバーリングと寄せの速度は、日本の普通の中学生のそれとは次元が違うほどに恐ろしく速かった。


(こいつ、ちびだな。日本のFWはこんな子供しかいないのか?)


オスカルは鷲谷を見下ろしながら、鼻で笑うように不敵な笑みを浮かべた。


彼は中学生でありながらすでにヤンセンと同じくらいの190センチ近くはあるであろう、恵まれた強靭な体格をしていた。そのため170センチにも満たない小柄な鷲谷にとっては、文字通り【そびえ立つ越えられない壁】となって眼の前に立ちはだかっていた。


(身長とフィジカルでまともに当たって勝てないのは、百も承知さ!)


鷲谷は冷静だった。無理に突破を試みてボールを失い、相手のカウンターの餌食になるような愚かな真似は絶対にしない。


オスカルの息が掛かるほどの強烈なプレッシャーを受けながらも、身体を上手く半身にしてボールをキープすると、右サイドのタッチライン沿いを猛スピードで駆け上がってきていた右インサイドハーフの横畑海夏人へと的確なパスを逃した。


「サンキュー!」


パスを受けた横畑はそのままのスピードを殺すことなく右サイドをドリブルで駆け上がる。


(流石に簡単にはゴール前へ行かせてくれないよねぇ・・・)


横畑がペナルティエリアの角に差し掛かろうとした時、その進路を完全に塞ぐように、コスタリカの左サイドバック、【ロナード・マルリータ】ともう一人のセンターバック【ファン・パブロ】が立ちはだかった。さらに中央からはキャプテンのフランシスコも素早くカバーに入り、横畑は一瞬にして完全に数的不利な状況に追い込まれた。


(ここは無理に突っ込んでロストするところじゃない)


横畑は素早く状況を判断し、ドリブルを急停止させると後方でサポートに来ていたボランチの国近へと安全にボールを戻した。


「落ち着いて回せ!」


国近は右サイドバックの青星や相方の三國とボールを細かく交換しながら、ピッチ全体の状況を観察し、最適解を思案する。


(やはり5バックでスペースを完全に消してきている。陣形を崩してまで無理にボールを奪いには来ない。だが、こちらが少しでも焦ってバランスを崩して攻め込めば、複数人で一気に囲い込んでボールを奪い、あの前線の広大なスペースへカウンターを仕掛ける気だ。さて、この強固なブロックをどう切り崩すかな)


国近は相手の陣形全体の重心をじっくりと見極め、もう一度センターサークルを超えた、やや左寄りの位置でボールを受け取った。


「鵜飼!」


国近のその鋭く短い一言で、左サイドバックの鵜飼朝陽が弾かれたように一気に加速して左サイドのタッチライン際をオーバーラップしていく。


国近は朝陽のトップスピードを一切殺さない完璧なタイミングと強さで、前方スペースへ向けてボールをパスした。


「よし!」


朝陽はパスを足元で受け取って止めることなく、そのままの勢いでボールを前へ大きく押し出し、一気に左サイドを駆け抜ける。しかしその対応にコスタリカの右サイドのMF【ジョエル・キャンベル】が、チーターのような猛スピードで対峙してきた。


(この日本人、速いな。だが絶対に抜かせない!)


ジョエルは持ち前のバネのような高い身体能力を活かして、朝陽の動きにピタリと食らいつく。


「なら、これだ!」


朝陽はジョエルと対峙した瞬間、縦へドリブルで仕掛けると見せかけて重心を揺さぶり、すぐに左足で中央へ短いパスを出した。


そのパスはフォローに上がってきていたボランチの三國へと渡る。ボールを手放し、身軽になった朝陽は一瞬の隙を突いてさらにギアを一段階上げ、ジョエルのマークを完全に振り切って左サイドの奥深くへと駆け抜けた。


「鵜飼!」


三國は朝陽の動き出しのスピードに合わせて、ダイレクトで柔らかな浮き球のパスをディフェンスラインの裏のスペースへ送る。事前の戦術練習で何度も繰り返した、完璧なワンツーパス。


朝陽は三國からのボールをペナルティエリアのすぐ外側で受け取り、一気にコスタリカのゴールへ向かって突っ切ろうとした。


「させるか!」


しかしすぐにコスタリカの右サイドバック、【ケシェル・フラー】とセンターバックのオスカルが危険を察知して距離を詰めてくる。さらに後方からは、先ほど抜いたはずのジョエルが驚異的なスプリントでリカバリーして迫ってきていた。三人掛かりの分厚い包囲網。


(よし! 見事に釣れた!)


朝陽の狙いは最初からこれだった。自分の突破力で相手の強固な守備陣を過剰なまでに引きつけること。


朝陽はペナルティエリアへ侵入すると見せかけ、右足のアウトサイドで自分の右斜め後方のバイタルエリアへ向けてふわりとしたパスを出した。そこにフリーで走り込んでいたのは先ほどパスを出したボランチの三國だった。


三國は完全にフリーの状態でボールを受けると、さらにワンタッチで中央の密集地帯の中へ、針の穴を通すようなグラウンダーの鋭いパスを打ち込んだ。


(よし! 完璧な形だ! 抜け・・・)


そのパスの先。コスタリカのキャプテン、フランシスコがボールを見た一瞬の裏を突き、ペナルティエリア内のわずかなスペースへと走り出したのは武雄颯太だった。


武雄の足元に、ボールが収まろうとする。


だが。


「くそっ!」


武雄がボールに触れる直前、コスタリカのゴールキーパーである【ヘイセル・ナバス】が、まるで狙っていた獲物に飛びかかる野獣のような俊敏さで前へ飛び出してきた。


ヘイセルの異様に長い腕が武雄の足元に滑り込むようにして飛び込み、ボールを掻き出し、そのまましっかりと両手でキャッチした。


「ちっ!」


武雄が決定機を逃し、悔しげに舌打ちをする。


「どんまいだ! すぐに戻れ! 強烈なカウンターが来るぞ!」


国近が前線に残った選手たちに大声で指示を飛ばす。


日本代表の選手たちはすぐさま自陣へと全速力でスプリントして戻り、守備のブロックを形成する。


ボールをキャッチしたヘイセルは前線の状況を確認するや否や、素早い低弾道の前転スローイングで右サイドバックのケシェルへとボールを渡した。


(ふっ! 日本の守備は戻りが速いが、隙はある!)


ケシェルは不敵な笑みを浮かべると、ドリブルで運ぶことなく右足で大きくロングフィードのパスを前線へ蹴り出した。


そのボールは日本の最終ラインと中盤の間、センターサークル付近にぽっかりと空いた絶妙なスペースへ正確に落ちる。そこにはコスタリカのワントップ、アンソニーがポストプレーの準備をして待ち構えていた。


(よし、いいボールだ。ここから一気に前を向いてゴールへ向かって、さぁ1点目・・・)


「おっと! そう簡単に行かせるわけにはいかないよ!」


「!?」


アンソニーがボールをトラップし、前を向こうとしたその瞬間、背後から文字通り巨大な影が覆い被さってきた。ヤンセン・大河である。


「まぁ、俺の日本語が通じてるかわからんがな!」


ヤンセンは、アンソニーがボールの置き所をほんの数センチ誤った一瞬の隙を見逃さず、背後から長い足を鋭く伸ばして、いとも簡単に足元からボールを掠め取った。


「ナイス、ヤンセン!」


カットされたボールはカバーに入っていた同じセンターバックの窪田へと渡る。


窪田はボールを受けるとすぐに顔を上げ、右サイドを猛然とオーバーラップしてきていた青星へパスを送った。


「任されたで!」


青星はボールをトラップすると、先ほどの合宿の時のように何も考えずに感情任せに突っ込むのではなく、しっかりと前線と周囲の状況を見据えながら一気に右サイドを駆け抜ける。しかしその青星の前にコスタリカの左サイドMFである【ジュリソン・ベネット】が立ち塞がった。


(こいつ! めっちゃ速いな!)


青星はジュリソンの予想以上のスピードに驚愕した。


ジュリソンは青星のドリブルのコースを完全に読み切り、強靭なフィジカルで身体を激しく当てて強引にボールを奪いにかかる。


「くそっ!」


青星は合宿で久森監督に【クビ宣告】を受けたあの最悪の記憶を頭の隅で思い出していた。無謀な突破でボールを失い、チームを危機に陥れたあの軽率なプレーを。


(俺はもう、アホなプレーはせぇへん!)


青星は強引なドリブル突破を諦め、ジュリソンに背中を向けて倒れそうになりながらも泥臭くボールのキープに専念した。


(ちっ! しぶとい奴だ! 奪えん!)


ジュリソンがボールを刈り取れずに苛立ちを見せる。


「青星!」


そこへ右インサイドハーフの横畑が素早くヘルプに駆けつけた。


「頼むで!」


青星は身体を張ってキープしたボールを横畑へパス。横畑は無理に前を向かず、すぐに中央のボランチ、国近へとパスを戻して陣形を落ち着かせた。


(よし。相手のMF陣はカウンターを狙ってかなり前掛かりに出てきている。守備のブロックにわずかなズレが生じている。攻めるなら、ここだな)


国近はピッチ全体の戦況を一瞬で把握し、素早い動作でコンパクトに足を振り抜いた。低い弾道の鋭い縦パスがコスタリカの最終ラインの手前で待つ鷲谷へとピンポイントで渡る。


「ナイス国近! このまま反転して・・・」


鷲谷はボールを柔らかくトラップし、一気に前を向いてゴールへ迫ろうとした。


ドンッ!


しかしそこには再び、巨大な絶望の壁が立ちはだかっていた。センターバックのオスカルである。


(なめるなよ、日本のちびっ子。お前みたいな軽量級のアジリティだけで、世界に通用すると思わせるかよ)


オスカルは190センチ近い筋骨隆々な分厚い身体を前面に使い、ボールではなく鷲谷の身体そのものを削るように、まるでダンプカーのような激しいチャージでぶつかった。


ガツンッ!


「うわっ!」


まともに交通事故に遭ったかのような圧倒的なフィジカルの差。鷲谷は紙切れのようにもろく吹き飛ばされ、激しく芝生の上に転倒する。


しかし主審の笛は鳴らない。ノーファウルの判定。


日本では確実にファウルを取ってもらえるコンタクトも、世界基準のレフェリングでは【正当なチャージ】として流されてしまう。


オスカルは転がる鷲谷を冷たく見下ろし、奪い取ったボールをすぐさま駆け上がっていた左サイドバックのロナードへパスを出した。


「切り替えろ! 横畑! 青星!」


国近が即座に守備陣形を整えるために鋭い指示を飛ばす。


横畑はボールを持ったロナードのプレスへ向かい、青星は近くにいるジュリソンのパスコースを警戒する。だがロナードは横畑が寄せてくる前に左足で大きくボールを蹴り出した。


それは日本のディフェンス陣が左サイドに寄っている隙を突いた、右サイドの広大なスペースへの大きなサイドチェンジのパスだった。


(いいパスだ、ロナード!)


右サイドの広大なスペースでジョエルがボールをピタリと足元に収める。


大きく片側によっていた日本の守備陣を嘲笑うかのような、鮮やかなサイドチェンジ。


「させないよ!」


しかし日本の左サイドバック、鵜飼朝陽が持ち前の圧倒的なスプリント力でいち早くこのピンチに対応し、ジョエルに猛烈なプレスをかける。


(ほんと異常に速いな。この日本人は)


ジョエルは舌を巻きながらも冷静だった。


朝陽が猛スピードでプレスに来ることで日本のディフェンスラインと中盤の間に、わずかなスペースが生まれる。ジョエルはその空いたスペースへ向かってダイレクトでパスを出した。


「OK!」


そこに駆け込んできたのはワントップのアンソニーだった。


完全に日本のマークを外し、ペナルティエリアの手前でフリーの状態でボールを受ける。


(よし! これでまずは1点、いっ・・・)


アンソニーが右足を振りかぶり、シュート体勢に入った。


「残念! ここは俺の管轄なんでね、通行止めだ!」


バァンッ!


アンソニーがシュートを放とうとしたまさにその瞬間、真横から弾丸のようなスライディングタックルが突き刺さった。ヤンセン・大河だった。


ヤンセンの長い足がボールだけを正確に捉え、タッチラインの外へと大きくクリアする。


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


ヤンセンのその気迫あふれる完璧なクリアに国立競技場を埋め尽くす日本のサポーターから、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。


試合開始13分。スコアは0-0。

お互いの長所と戦術がぶつかり合う、息詰まるような攻防。世界を知るコスタリカと日本のエリートたちが互角の死闘を繰り広げていた。


ギックリ腰のため、しばらく一話ずつの投稿になります。

(趣味なので、許してください・・・)

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