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44/61

44.変わる者

青星俊への事実上の【クビ宣告】とそれに抗う必死の土下座による残留契約。


ピッチ上に波乱と極度の緊張を巻き起こした久森監督の非情な宣告から少し時間が遅れ、試合開始から15分。白チームのキックオフという形で紅白戦はリスタートを迎えた。


先ほどの流れるような2失点、そして青星の顛末を目の前で見せつけられた白チームの選手たちは、すでに浮ついたエリート意識を完全に捨て去っていた。


彼らを束ねるキャプテン、ボランチの国近涼真は自陣でボールを保持しながらも、その目を鋭く光らせて全体のバランスをコントロールしていた。


「焦るな! まだ20分も経ってない! ゆっくり、丁寧に、まずは1点ずつ返していくぞ!」


国近の冷静な声が、白チームの焦りを鎮める。


国近は相手のプレスを華麗なキープ力でいなしながら、無理に前へ急ぐことなく、ゆっくりとビルドアップを始めた。白チームは左右のインサイドハーフと国近を中心にボールを左右に揺さぶりながら、じりじりとセンターサークル付近まで前進していく。


(さて・・・どう崩すか・・・)


国近はボールを足元に置きながら鋭くピッチ全体を見た。


当然、最も警戒すべきは神野蹴太。国近の視界の端には常に神野蹴太の位置がしっかりと捉えられていた。そして現在蹴太はピッチの中央から、やや国近から見て右サイドに寄っている。


(ならば、逆だ)


国近は蹴太から最も遠い左サイドに開いていたインサイドハーフの山田賢人へとグラウンダーのパスを展開した。しかしその山田に素早く迫る影があった。紅チームの右インサイドハーフ、横畑海夏人だった。


(さっき朝陽君に躱されたけど・・・こっちの選手なら絶対に抑えられる!)


横畑は甘いマスクの下に闘争心を燃やし、すぐさま山田の前に立ち塞がった。朝陽の圧倒的なスプリントに対応した時と同じように、コースを限定して簡単には前へ進ませない絶妙な守備を見せる。


だが山田もまた代表に選出された実力者である。横畑に強引な勝負は挑まず、状況判断を早く行い、即座に中央のトップ下である外丸直樹へとパスを通した。


(よし・・・こいつになら・・・)


蹴太はボールが外丸に渡ったのを確認すると、右サイドから徐々に中央へとプレスの角度を変えながら迫っていく。しかし外丸もまたリスクを冒さず、すぐに安全な位置にいたボランチの国近へとボールを戻した。国近はそれを受け取り、再びゆっくりとボールを保持して周囲を窺う。


(・・・誘ってやがるな)


蹴太の目がスッと細くなった。


今、国近が行っているのは蹴太を誘う【釣り】。


蹴太という前線の強烈なプレッシャーをあえて自分に引きずり出し、中盤にスペースを作る。そして国近の足元から一気に前線のエース・武雄颯太へ縦パスを突き刺す。そのビジョンが蹴太の目にははっきりと見えていた。


(いいぜ、乗ってやるよ)


蹴太はあえて国近の誘いに乗り、ボールを追いかけて真っ直ぐにプレスをかけた。


(来たな!)


国近は蹴太が自分に食いついたその瞬間を見逃さなかった。


軽いドリブルでボールの置き所を微調整すると、大きく足を振り抜くようなモーションは一切見せずに足の甲で弾くようにしてボールを鋭く蹴り出した。


「マジかよ!」


蹴太はそのパスの軌道を見て思わず目を見張った。


蹴太の持つ固有スキル【クイックモーション】に近い、極限まで予備動作を削ぎ落とした動き。それをシュートではなく、パスに特化させた高度な技術。


これまでに何千、何万という反復練習を血の滲む思いで積み重ねてきた者だけが習得できる、職人技のようなパスだった。


その力強い縦パスは蹴太と中盤のプレスの網を一瞬で切り裂き、一気に前線で張る武雄の足元へと届いた。


(よし、通った!)


国近からの縦パスを、背を向けたまま受け取った武雄は、すぐさま紅チームの二人のボランチ、塩村竜也と石高誠也と対峙する形になった。


(・・・俺の持ち味はあいつみたいな理不尽な突破力じゃない。俺は、周りを使って最後に仕留めるストライカーだ)


武雄は冷静だった。


二人に囲まれる前に背後から追従してきていたトップ下の外丸にボールを預ける。そしてパスを出した直後に一気にスピードを上げ、ボランチ二人の裏のスペースへと駆け抜けた。

外丸もまた武雄の動き出しに合わせてダイレクトで浮き球のパスを返す。急造チームでありながら、代表レベルの選手同士だからこそ成り立つ安定したワンツーパス。


(・・・でも、このまま簡単に行かせてくれはしないよな)


抜け出した武雄の前に巨大な壁がそびえ立った。ヤンセン・大河である。


ヤンセンは武雄が裏へ抜けるのを待っていたかのように、絶妙な間合いで待ち構えていた。無闇に飛び込まず、かといって距離を空けすぎず、ファウルにならないギリギリのプレッシャーで武雄の自由を奪っていく。


そのあまりにも完璧なカバーリングに武雄は強引なシュートを諦め、仕方なく横の味方へパスを選択しようとした。だがそれすらもヤンセンの手のひらの上だった。


「ちッ! 読まれてる!」


「そんな顔するなよ、颯太。お前の裏抜けの技術は相変わらずすごいぜ?」


武雄が苦し紛れに出したパスはヤンセンの事前のコーチングによってパスカットを狙っていたもう一人のセンターバック、谷崎明によってあっさりとインターセプトされた。


「よっし!」


ボールを奪った谷崎はすぐさま左サイドバックの有馬貴大へとボールを渡した。


(俺だって、見せ場を作ってやる!)


有馬は先ほど蹴太を侮っていた自分への情けなさを振り払うように、左サイドを猛然と駆け上がる。しかしその前に白チームのMFである浜出と三國が立ちはだかった。数的不利を悟った有馬は無理な突破を諦め、中央の九条へとパスを戻した。


(さぁって、どうするかな・・・)


ボールを受けた九条は一瞬でピッチ全体の状況を脳内にマッピングした。


右には横畑がいるが、すぐ近くにはあの鵜飼朝陽が張り付いている。あの鵜飼ならその距離を一瞬で詰めてボールを奪うことができるだろう。


そして中央には最大の武器である蹴太がいるが、白の国近が絶妙な位置取りで蹴太へのパスコースを完全に殺している。


(ならば、選択肢は一つ!)


九条は有馬から受けたパスを足元に止めることなく、ダイレクトで同じ左サイドのインサイドハーフ、佐々木雅人へとスルーパスを通した。


(おし! 俺もあの【公立】のやつに負けてらんねぇ!)


佐々木は白チームのインサイドハーフである山田が有馬のカバーに気を取られている隙を突き、裏のスペースへと一気に走り込んだ。


パスを足元に収め、ペナルティエリアへ侵入しようとする佐々木。だがそこへ立ちはだかったのは白チームの右サイドバック。


先ほど久森監督に【クビ宣告】を受け、土下座をしてまでこのピッチに残ることを誓った男、青星俊だった。


(こいつはさっきの神野の件でメンタルはもう死んでるはずだ。俺がここでトドメを刺して、スタメンを勝ち取る!)


佐々木は自信満々にドリブルで青星を抜きにかかった。


(・・・俺はアホや)


対峙する青星の頭の中は驚くほどクリアになっていた。


(代表に選ばれたことに舞い上がって、肩書きにこだわって、自分の本当のプレーを忘れとった)


佐々木のフェイントに青星は微動だにしなかった。


(俺の持ち味はエリートぶった綺麗なお遊戯やない! 泥臭さやないか! 泥臭く、走って、走って、走って、相手に食らいついて死ぬ気でボールを刈り取る! 俺に出来るのはそれだけや!)


「おらぁぁっ!!」


青星は顔を泥で汚した鬼気迫る表情で佐々木とボールの間に自分の身体を強引にねじ込んだ。


ガツンッ!!


ファウルギリギリの激しいチャージ。佐々木がたまらず体勢を崩す。その執念と捨て身の肉弾戦、見事に佐々木からボールをもぎ取った。


(こいつ! さっきまでの腑抜けたディフェンスと全然違う!)


驚く佐々木を尻目に青星はボールをキープし、ヘルプに来たセンターバックの中村へと確実にパスを通した。


(あいつ・・・)


少し離れた位置から蹴太は青星のプレーを静かに見ていた。


先程までの肩書きをひけらかすエリート思考からは考えられない、必死で泥臭いプレー。その姿に蹴太の脳裏に浮かんだのはどんなに技術で劣っていても決して諦めない、親友である健一の背中だった。


(なんだよ。お前もそういう泥臭いことができるタイプかよ)


蹴太は青星を見直したように少しだけ口角を上げた。そして試合は開始から27分が経過しても中盤での激しい主導権争いが続いて膠着状態が続いていた。


(さて、どうするか。こっちはなんとかしてあのヤンセンを攻略しないといけない)


国近はセンターサークル付近でボールを待ちながら思案する。


(ヤンセンの立ち位置とカバーの範囲からして、右側からの突破はほとんど不可能に近い。ならば左側から一点突破で攻めるのが得策だ)


しかしそれでも国近の中には不安要素があった。


(ちっ、仮に最終ラインを抜いてシュートまで持ち込んでも、ゴールには大童子がいる。あいつから点を取るのは至難の業だ)


紅チームのGKである大童子清隆。中学生離れした大柄で筋骨隆々な守護神。その圧倒的な腕力と反応速度は並のシュートでは簡単に弾き返されてしまう。


(それに加えて、前線にはあの神野だと? どう考えても紅チームに戦力が偏りすぎだろ、久森監督!)


国近は内心で舌打ちをしながらも少しでも可能性の高い左サイドからの攻撃を選択した。そして外丸からパスを受けた国近は左サイドバックへ視線を送った。


(頼んだぞ! 鵜飼!)


国近がボールを託したのは明石SCのキャプテン、鵜飼朝陽。


朝陽はボールを受け取る、持ち前の走力を活かしてすぐさまオーバーラップを開始する。しかしそれに対応するのは紅チームの横畑。


「鵜飼!」


国近の短く鋭い声。


「!」


朝陽はその一言だけで国近の意図を完全に理解した。


朝陽はドリブルで仕掛けると見せかけ、すぐさま中央の国近へボールをリターンパスして、自身はボールを持たないフリーの状態で一気にスピードを上げて横畑の横をすり抜けた。そしてボールを受けた国近は素早く足を振り抜き、横畑の裏のスペースへ抜け出した朝陽の足元へ、寸分の狂いもないグラウンダーのスルーパスを出した。


(さすが国近君!)


朝陽は横畑を完全に置き去りにしたスペースを全速力で駆け上がる。


それに対応するため紅チームの右サイドバック鈴木とセンターバックの谷崎が慌ててスライドしてくる。しかし朝陽はそのままペナルティエリアの横をえぐるように深く切り込み、ゴール前へマイナスのクロスを折り返した。


(・・・神野と出会う前の俺なら、あそこで無理にでも自分でドリブル突破して、シュートまで持っていこうとしてたかな?)


朝陽は自らの【エゴ】をチームの勝利のために捨て去った。そして見事なチャンスメイクを見せた。


朝陽の素早く正確なクロスに反応したのは、やはりエースの武雄だった。


武雄はヤンセンのマークを外すように一瞬だけ後退し、ボールを胸でトラップ。ボールが落ちるのを待たずに右足を振り抜いて、強烈なボレーシュートを放った。


「ふんっ!」


「くそっ!」


だがその完璧なタイミングのシュートの前に大童子が立ち塞がった。


驚異的な反応速度での横っ飛び。大童子の分厚い手がボールを捉え、片手で強引に枠の外へ弾き出した。そしてその弾かれたこぼれ球をヤンセンがしっかりと足元に保持する。


「ナイスだ! 清隆!」


ヤンセンは大童子を讃えながらボールを持つと、すぐさま前線の九条へと鋭い縦パスを打ち込んだ。そして九条はヤンセンからのボールをワンタッチでピタリと足元に置くと、一切のタメを作ることなく前線へと鋭いスルーパスを放った。


「来るぞぉ!」


国近が叫ぶ。


そのパスの先には白チームのトップ下・外丸の裏を完璧なタイミングで抜け出した、神野蹴太がいた。


蹴太は飛んできたボールを【吸着トラップ】で音もなく足元に収めると、そのまま【ワンタッチ】のスキルを繋げ、一気に前を向いてゴールへと迫る。


(どう止める! パスコースを封じるか! シュートを警戒するか! いや、俺から奪いに行くか!)


国近は必死に後退しながら、脳内で様々な選択肢をシミュレーションする。しかしどうしても先ほど見せつけられた、あの理不尽な【瞬間最高初速】による突破が脳裏にこびりついて離れない。


(ここはまだペナルティエリア外だ! なら、イエローカード覚悟のファウルで止めるしかない!)


国近は覚悟を決めた。ここで抜かれれば終わり。国近は蹴太のシャツを掴んででも止めるつもりで決死のタックルへと飛び込んだ。だが蹴太が選んだのは国近の想定を完全に上回る全く別のカードだった。


(・・・右へ!)


蹴太はドリブルで強引に突破すると見せかけて、左足をボールの下へ滑り込ませた。そして固有スキル【ピンポイントクロス】を発動。


放たれたボールは決死のタックルに飛び込んだ国近の頭上をふわりと越え、右サイドの広大なスペースへと美しい弧を描いて飛んでいった。そしてそこには白チームのディフェンス陣の裏をかき、全速力で駆け上がってきていた横畑海夏人がいた。


「ナイスパス!!」


蹴太の完璧なクロスを受けた横畑は誰もいない右サイドを悠々と駆け抜け、そのままペナルティエリアへ侵入。


飛び出してきたGKの動きを冷静に見極め、左足を振り抜いて確実なシュートをゴールネットに突き刺した。


バサァッ!!


【紅チーム 3―0 白チーム】


試合開始35分。


神野蹴太という極大の【個】の力から生み出された強烈な引力が、白チームの守備を完全に中央へ釘付けにし、そこから生まれた鮮やかなアシスト。


試合の行方を完全に決定づける、紅チームの3点目が決まった瞬間だった。

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