表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/62

16.VS明石SC―――1

青下・松野川合同チームのロッカールーム。


試合開始を前に蹴太はベンチに深く腰を下ろし、自分だけに見えるステイタス画面を静かに空中に表示していた。


――――

神野蹴太(かみのしゅうた)

ランク:ジュニアユース

【基本スキル】

フィジカル:SSS1000

スピード:SSS1000

ドリブル:SSS1000

スタミナ:SSS1000

シュート:SSS1000

キープ:SSS1000

パス:SSS1000


【固有スキル】

・神の祝福:ステイタスが伸びやすくなる

・決定力:シュート時、ボールがゴールの枠内に収まりやすくなる

・両利き足:両足が利き足になり、ボールをコントロールできるようになる

・クイックモーション:威力は下がるが、クイックシュートを撃てるようになる

・ピンポイントクロス:対象に対してピンポイントでクロスをあげられるようになる

・精密パサー:パスミスがなくなり、精度が上がるようになる

・キラーパス:的確なスルーパスを出せるようになる

・パワーシュート:ミドルレンジからのシュートが入りやすくなる

・ヘディング:ヘディングシュートが入りやすくなる

・吸着トラップ:トラップミスがなくなるようになる

・ワンタッチ:ワンタッチでプレーができるようになる

・丈夫な身体:怪我がしにくくなる

――――


(・・・ステイタスに変化はなし。今の俺は、中学生という枠組みの中ではこれ以上数値的には成長しないってわけか)


蹴太は己の異常な数値を見つめながら、冷静に自分の状況を分析していた。


(今までの経験から行くと、高校生・・・つまりユース年代になればステイタスの表記はまたGに戻るはずだ。だけど、身体に染み込んだ感覚自体は決して消えなかった。つまり、俺の才能(ステイタス)ってやつは、木の年輪みたいなもんか)


ランクが上がるとステイタスがゼロにリセットされて弱体化するわけではない。新たなステージが解放され、これまで積み上げたものはそっくり内側に蓄積されていく。表示上の数値がGに戻っても身体が覚えた高度な感覚だけは決して消えない。まるで一年ごとに輪を重ねて太く、強靭になっていく木の年輪のように。



だからこそ蹴太は、たとえ現在の数値がカンストしていようと、決して驕ることはなかった。


(才能・・・ねぇ)


蹴太は冷たいロッカーの壁に背を預け、天井をぼんやりと見上げた。


神から与えられた規格外の才能。それに乗っかって、これまで格下のチームを無慈悲に蹂躙してきた。だが・・・


(今の俺は、ちゃんと【俺自身の力】で戦えているんだろうか・・・)


前世の蹴太はどれだけ血反吐を吐くような努力をしても、圧倒的な才能を持つ転校生にレギュラーを奪われ、絶望を味わい、その果てに不慮の事故で命を落とした。


それが今や、完全に逆の立場だ。神から授かった才能(ステイタス)という圧倒的な暴力で、必死に汗を流す相手の努力ごと薙ぎ倒している。かつて自分を絶望の淵に追いやった側に、今の自分がなっている。


その事実が、時折ふと胸の奥に小さな棘のようにチクチクと刺さる。


「? どうしたの、蹴太? 難しい顔をして」


隣に腰かけた蒼空斗が、不思議そうにその横顔を覗き込んでくる。


「いや・・・なんでもねぇよ。それより、気合い入れるぞ」


「そうだね。明石SCは今までのチームよりも断然強いからね」


二人がそんな言葉を交わしていると、居舘がパンッと大きく手を叩いてメンバーの注目を集めた。


青下・松野川合同チームのシステムは変わらず、攻撃的な【4―3―3】。しかし居舘は一部ポジションを変更した。鵜飼への対策として、通常左インサイドハーフの蒼空斗を右サイドハーフで使うことにした。本人もそれを了承し、準備をしていた。


そして居舘はいつも以上に相手のサイドからの攻撃を警戒するよう、厳しい顔で繰り返し念を押した。


(鵜飼朝陽・・・さて、どんなもんかな)


居舘の説明を耳の端で聞き流しながら、蹴太は本日の敵将であるその男のことを静かに考えていた。


そしてその頃、明石SCもまた、別のロッカールームで張り詰めた空気の中でミーティングを行っていた。


「システムはこれまでと変わらず、【4―1―3―2】だ。中盤で常に数的優位を作って、向こうの9番には絶対にボールを触らせるな」


「「「「「はい!!!!」」」」」


「よし。じゃあ鵜飼」


「はい」


「いつものように、左サイドはお前の戦場だ。あの広いエリアを存分に使いこなせ」


「はい!」


「ではいくぞ」


明石SCの選手たちはまるで戦場へと赴く精鋭の戦士のような顔つきで、ピッチへと歩き出した。


■■


ピーッ!


主審の長い笛がグラウンドに鳴り響き、明石SCのキックオフで試合の幕が開いた。


開始直後から、明石SCは目まぐるしいパス回しで青下・松野川合同チームを完全に翻弄した。


トン、トン、トンッ。


小気味よいパスの音が連続して響き、ボールが選手間を滑るように巡る。速く、正確で、そして一切の淀みがない。まるであらかじめ全員の動く軌道が線で結ばれていたかのような、洗練されたパスワーク。これまで戦ってきた中学の部活相手とは、根本から次元が違った。


(ちっ! 流石に、今までのようにはいかないか)


蹴太が最前線からボール保持者へと鋭くプレスをかける。だが明石SCは焦る素振りすら見せず、それを嘲笑うかのように涼しい顔をしてワンタッチで別の味方へとボールを逃がした。


追っても、追っても、幻のように掴めない。



最終ラインで身構える健一の額にも早くも冷たい汗が滲む。


(なんだよ、この一体感・・・一人捕まえたと思っても、次から次へとフリーのやつが湧いてきやがる!)


ベンチで戦況を見つめる明里も、その表情を険しくしていた。相手の術中に完全にハマっている。誰の目にもそれは明らかだった。


(向こうのボランチ・・・やっぱりすごいな。俺よりもずっと冷静にピッチ全体を見ているし、パスの選択がエグい)


同じポジションだからこそ、春樹はその絶望的な技術と視野の差を痛いほど理解していた。


前半5分。開始から一度もまともにボールを奪えないまま、青下・松野川はじりじりと自陣深くへと押し込まれていく。


そんな中、明石SCのボランチから、左サイドバックの朝陽へと鋭く正確なパスが通った。


(! 速ぇ!)


パスを受けた瞬間、朝陽はぽっかりと空いた左サイドのスペースを、爆発的なスピードで駆け上がった。低い姿勢からの一歩目が異常に鋭い。あっという間にトップスピードへと到達し、風のように芝を切り裂いていく。


その前に立ち塞がったのは、朝陽をケアするためにあえて右インサイドハーフに配置転換されていた蒼空斗である。


(来たか・・・)


(抜かせないよ!)


朝陽が持ち前のドリブル技術で1対1を仕掛ける。緩急を織り交ぜた鋭い切り返し。蒼空斗も必死に食らいつくが、一瞬の初速の差で結果は朝陽に軍配が上がった。


(よし、抜け―――)


だがその突破の先で。青下・松野川の右サイドバックの中村がすかさず鋭いスライディングを繰り出し、ボールを間一髪でタッチラインの外へと弾き出した。


(なるほど。もとから、月影君一人に俺を対応させる気はなかったか。しっかり組織で守ってる)


朝陽は冷静に状況を読み、口の端をわずかに上げた。


明石SCのスローインからリスタート。ボールは再び朝陽の足元へと収まる。


(サイドチェンジするか・・・!)


朝陽がルックアップし、右サイドへ大きく展開しようと右足を振り上げたその刹那。不意に視界の端をよぎった影に反応し、振り上げかけた足をピタリと止め、すっと足裏でボールを引いた。


(ちっ! 気づいたか)


中央から猛然と距離を詰めていた蹴太が舌打ちをする。


パスを出すために朝陽がボールを落ち着かせる、その一瞬の隙を狙って刈り取ろうとしていたのだ。だが朝陽は目の端でその殺気のような動きを捉え、寸前でボールをキープしてみせたのだ。


前半10分。ついに蹴太と朝陽がピッチ上で正面から対峙した。


(いくらこいつが凄くても・・・今まで無名だったってんなら!)


朝陽が自信のある個人技で蹴太の重心を崩し、抜きにかかろうとする。しかし・・・


(!)


仕掛けるより先に朝陽はピタリとドリブルを止め、安全なセンターバックへとボールを下げた。


(ちっ! 仕掛けてくりゃ刈り取れたのに!)


蹴太は残念そうに舌打ちし、再びゆっくりと中央の定位置へと戻っていく。


一方の朝陽は大きく息を吐き出し、今しがた対峙した瞬間の恐ろしい感覚を噛み締めていた。


(・・・負ける、と思った。くそっ! 俺のフェイントに全く重心がブレない。抜けるイメージが微塵も湧かなかった!)


だが朝陽はすぐに首を振って冷や汗を飛ばし、思考を切り替えた。今は個人のプライドで無駄なチャレンジをする時ではない。チーム全体で、あの『9番の怪物』を封じ込めるのだと。


一方の蹴太も、たった一合の短い対峙で、相手の力量を正確に測り取っていた。


(引き際の判断が的確だな。あそこで熱くなって無理して仕掛けてくりゃ、簡単に刈り取れたのにそれをしない。ただ足が速いだけの猪突猛進な選手じゃねぇってことか)


前世で数えきれないほど見てきた、強かで賢い【本物の選手】の匂い。蹴太の口元が知らず知らずのうちに緩んでいた。


そして前半14分。青下・松野川のボランチ、春樹はピッチの中央で激しい焦りを募らせていた。


(くそっ! 明らかにポゼッションが低い! 中央は完全にあっちの支配下だ。月影は徹底して警戒され、神野へのパスコースはもっと厳重に消されてる!)


明石SCの【4―1―3―2】。二枚のFWがこちらのセンターバックをピン留めして釘付けにし、その裏で三枚の中盤が常に数的優位を作る。おまけに蒼空斗が朝陽の上がりをケアするために低い位置へ引っ張られ、中盤の底は春樹がほぼ一人で広大なスペースを見なければならない。


走らされ、削られ、パスの選択肢を奪われる。完全に緻密に設計された罠だった。そして焦っていたのは春樹だけではなかった。


明石SCはパスミスが極端に少なく、たまにこちらのボールになってもすぐさま囲み込まれて中央で刈り取られてしまう。じわじわと、首を締められるような苦しい展開。青下・松野川のホームでもアウェイでもない中立の会場に、明石SCを応援するサポーターの組織だった声援だけがやけに大きくグラウンドに響いていた。



タッチライン際で腕を組む居舘の表情も硬い。この苦戦は想定していた。だが、相手の完成度は想定を遥かに上回っていた。


(まずいな・・・俺と蹴太が完全に試合の組み立てから切り離されてる。これだけ労力を割いて俺らを消しに行っても、全く全体のバランスが崩れないほどチームとしての戦力に差があるってことか)


蒼空斗は荒い息を吐きながら、努めて冷静に分析していた。開始からずっと、自分と蹴太という二枚の刃を徹底して試合から遠ざける試合運び。並のチームには不可能な芸当だ。


(今こっちで対抗できるのは吉峰君くらいか・・・本格的にまずいな)


その危機感はそのまま春樹のものでもあった。


(月影も神野も一旦はパスの考えから外そう。だったら左サイドから攻める!)


相手のプレスをかいくぐり、ようやく保持できたボールを、春樹は左ウィングの中山へと素早く付けた。中山がそれをトラップで収める。しかし・・・


(寄せ、早っ!)


中山がボールを持った瞬間に右サイドバック、センターバック、そして右インサイドハーフが一斉に群がるように襲いかかってきた。


三方向からの猛烈なプレスに、伊野はたまらずボールをロストしてしまう。こぼれ球は明石SCのセンターバックからボランチへ、ボランチからFWへと、鮮やかに、そして無慈悲に繋がれていく。


(させない!)


すかさず春樹がディフェンスに戻る。だがFWはそれを待っていたかのように、ワンタッチで左の広大なスペースへとはたいた。まるでそこに味方が走り込んでくることが最初から分かっていたかのように。


そのボールを、後方から猛然とオーバーラップしてきた朝陽がスピードを一切殺すことなく華麗にトラップで収める。


対峙するのは右サイドバックの中村。1対1。しかし朝陽の滑らかで力強い個人技の前に中村はいとも簡単に振り切られた。だがすぐさま蒼空斗がバックアップに走り込む。これ以上、ゴール前へ持ち込ませはしないと迫った。だが、朝陽が選んだのは強引な突破ではなかった。



(・・・俺は点取り屋のFWじゃない)


自ら仕掛けて栄光を掴む選手ではない。ならば、味方のストライカーを最も輝かせる一手を選ぶ。朝陽が走り込みながら右足を振り抜いたのは、中央へと通す高く精確なアーリークロスだった。


ふわりと美しい弧を描いたボールにピタリと反応したのは、ゴール前へと猛スピードで詰めていた明石SCのFWだった。


ドンッ!


相手ディフェンスの頭上を越え、叩きつけるような強烈なヘディングがゴール右隅へと突き刺さる。


バサァッ!


キーパーが一歩も動けないまま、ネットが無情に揺れた。


【明石SC 1―0 青下・松野川合同チーム】


前半23分。


中村の突破対応、蒼空斗のバックアップ、中でのマークの受け渡し。こちらも決して悪い守備ではなかった。それでも上回られた。全員の完璧な連動から生まれた、文句のつけようのない、あまりにも重い一点だった。


「くそっ!」


最終ラインの健一が、悔しげに芝を蹴り上げる。ゴールキーパーの中野が力なくボールを拾い上げ、味方の顔には隠しきれない動揺と焦りが滲んでいた。


【格上】。その二文字がじわりとチーム全体に重くのしかかる。


「下向くな!」


その沈んだ空気を切り裂いたのはキャプテンの春樹だった。


「まだ前半だ! たかが1点、まだ十分にひっくり返せる! 全員集中を切らすな!」


必死に声を張り上げ、崩れかけたチームの心を繋ぎ止める。だがその内心では、彼自身が痛いほど理解していた。このままの展開ではじり貧だと。


そんな中、前線に取り残された蹴太は遠くで揺れる自陣のネットをただ静かに見つめていた。


格上との真剣勝負。前世で焦がれ、どれだけ努力しても届かなかった【才能の壁】。その冷酷な厳しさがじわりと肌を刺す。


だが、その胸に湧き上がってきたのはかつてのような絶望や恐怖ではなかった。


自嘲じみた笑みが口の端に浮かぶ。


胸の奥深くで抑えきれない純粋で静かな闘志が、確かに熱を帯びて燃え上がっていくのを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ