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13.次なる舞台へ

「俺たちは勝てた・・・勝てた!」


健一は芝生のピッチの上に大の字になって倒れ込み、天に向かって泥だらけの拳を突き上げていた。健一のユニフォームは土と汗で汚れきっていたが、その表情はこれ以上ないほど晴れやかだった。


「マジで勝てたな・・・」


ボランチとしてチームをコントロールし、見事な同点弾と逆転弾を決めたキャプテンの春樹も膝に手をついた。ユニフォームの裾でとめどなく流れる汗を拭いながら、自分の思いを自然と口に出していた。


その瞳には、神野蹴太という絶対的な才能に頼らず、自分たちの力だけで強敵を打ち破ったという確かな自信が宿っている。


両チームの選手がピッチの中央で整列し、互いの健闘を称え合って握手を交わした。


岩下中学の選手たちは悔し涙を浮かべていたが、青下・松野川の選手たちの目は真っ直ぐに次を見据えていた。


そしてピッチを後にした青下・松野川チームは、ロッカールームに戻るなり、再び爆発したような大歓声に包まれた。


興奮冷めやらぬメンバーたちが互いのプレーを称え合う中、ベンチの端でその様子を静かに見守っていた蹴太のもとへ蒼空斗が歩み寄ってきた。


「勝ったな!」


蒼空斗は、いつもの涼しげなイケメンスマイルではなく、少年のような無邪気な笑顔で右手の拳を突き出した。


「あぁ。信じてよかった」


蹴太もまた、口角を少しだけ上げ、蒼空斗の拳に自分の拳を軽く合わせた。


コツン、という小さな音が、二人の間に通い合う奇妙な信頼関係を表しているようだった。


そしてメンバーが一通り喜びを爆発させ、ロッカールームの熱気が少し落ち着いた頃。ホワイトボードの前に立った居舘がパン、パンと大きく手を叩いて注目を集めた。


「まずは初戦突破、おめでとう! これもお前たちが去年の秋から必死で練習してきた成果だ!」


居舘の力強い言葉に、メンバーたちは真剣な表情で黙って顔を向ける。


「だが! ここからだぞ! 市区町村大会はトーナメント戦だ。次のリーグ戦である支部大会に行くには、あと3回戦って勝たなきゃならない。絶対に行くぞ!」


「「「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」」」


居舘の気合を入れる言葉に、メンバーたちはロッカールームが揺れるほどの大きな返事で応えた。誰もが次の試合に向けて、さらなる闘志を燃やしていた。


その後、居舘の指示で入念なクールダウンと試合後のストレッチを行い、この日の活動は解散となった。


■■


試合後の帰り道。


春の少し冷たい風が吹き抜ける中、蹴太と健一は自転車を押しながら近くのコンビニエンスストアに立ち寄り、アイスを買って公園へと向かった。


「いやぁ! マジで勝てて良かったよ!」


健一はベンチにどかと腰を下ろすと、アイスの袋を勢いよく破りながら満面の笑みを浮かべた。


蹴太も自分の買ったアイスをかじりながら、健一の隣に座る。


「そういやお前、顔面大丈夫か?」


蹴太がジロリと健一の顔を見ると、健一は慌てて赤く腫れた鼻の頭をこすった。

「大丈夫、大丈夫! 鼻血はでてねぇからな!」


「・・・かっこよかったぜ」


「えっ?」


予想外の言葉に、健一はアイスを食べる手を止めて間抜けな声を出した。


「お前が顔面で相手のシュートを止めたところだよ」


蹴太は視線を空に向けたまま、淡々と事実を述べるように言った。その言葉には嘘偽りのない本心がこもっていた。


「いやぁ! 俺にはあぁやって根性見せることしか出来ないからな!」


健一は照れ隠しのように頭を掻きむしった。


蹴太や月影みたいに足元が上手いわけじゃないし、春樹みたいにチームを引っ張る戦術眼もない。だからこそ身体を張るしかないのだと、健一はいつも思っていた。


「ふっ! お前はいつもそうやって言うよな」


蹴太が鼻で笑うと、健一はムッとして言い返した。


「な、なんだよ」


「お前は適当にやってるようで、一番真面目にサッカーに取り組んでたのは知ってるからな」


「蹴太・・・」


健一は驚いたように目を見開いた。


「1年の時や合同チームになる前も、練習が足りないって思った時はいつも一人でこの公園に来てドリブルの練習してただろ?」


「なんだ。知ってたのかよ」


健一は少し恥ずかしそうに視線を落とし、頭を掻いた。


「ゲームだなんだと適当な理由をつけてはぐらかしておきながら、お前は誰も見ていないところで隠れていつもボールを蹴っていた。全く、心底尊敬するよ」


才能がないと自覚しながらも、言い訳をせずに泥臭い努力を続けること。それは、前世で才能の理不尽な壁に絶望し、サッカーから逃げ出した蹴太には決して出来なかったことだ。



居舘から「努力と才能は共存している」と教えられた今の蹴太にとって、健一のその背中は、なによりも眩しく、そして尊いものに映っていた。だからこそ、蹴太は前世からの呪縛を解くように、心から素直な尊敬の念を口にした。


健一は顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべると、ごまかすように残っていたアイスを一口で全て口の中に放り込んだ。


「俺もお前に、ちゃんとお礼言えてなかったな。サッカー部に入ってくれて、本当にありがとう」


健一はベンチに座ったまま、蹴太に向かって深く頭を下げた。『お前がいなかったら、俺たちはここまで来れなかった』。健一のその言葉には、親友への心からの感謝が込められていた。


すると蹴太は、少し困ったような顔をして立ち上がり、健一の短い坊主頭をガシガシと無造作に撫で回した。


「痛っ! やめろって!」


「勘違いすんな。別にお前のためじゃねぇよ。俺のためだ。高校受験の面接で話す【いいエピソード作り】のために入部しただけだ」


蹴太はわざとらしいほど冷たい言い回しをしてそっぽを向いたが、陽に照らされたその耳がほんの少しだけ赤くなっているのを、健一は見逃さなかった。


「ハハッ! そういうことにしておくよ」


健一は嬉しそうに笑い、蹴太もつられて小さく笑みをこぼした。


二人はアイスのゴミを公園のゴミ箱に捨てると、再び自転車を押しながら家路についた。そして話題は自然と今後の市区町村大会のことへと移っていく。


「あと3回か」


蹴太が前を見据えたまま言うと、健一が頷く。


「あぁ。市区町村は参加チームが多いからな。それに俺達は幸いこの大会では当たらないけど、街クラブも参加しているし」


近年、国全体のサッカーの実力を底上げするため、そして中学生年代の競技環境の均一化を図るために中学校の部活動の大会に、地域の街クラブが参加するシステムが導入されるようになっていた。


本来、本気で上を目指すような実力のある選手たちは、部活ではなく街クラブに所属する。


街クラブには部活のような【春季大会】という概念はなく、代わりに通年でU―15のサッカーリーグ戦を行っている。しかし、一部の強豪サッカークラブは、より多くの実戦経験を積ませるため、部活の春季大会への参加が任意で許可されていた。


「だが、勝ち進んで支部大会のリーグ戦に入れば、確実に当たるな」


蹴太の冷静な分析に、健一は真剣な顔で頷く。


「あぁ。でもそこを勝ち抜かないと東京大会の本戦には進めないし、夏の全国予選を有利なシード枠で戦えなくなるからな」


春季大会は、あくまでも夏の大会のためのシード権を獲得するための前哨戦だ。たとえここで負けたとしても、最上位学年の引退はない。本当の勝負は夏なのだ。


しかし、夏の過酷な連戦を少しでも有利に進めるためには、シード権はどうしても欲しいと、蹴太も願っていた。


(街クラブには、才能のあるエリートが集まってる。前世の俺がどれだけ努力しても届かなかった『壁』のような連中がな・・・だが!)


蹴太は不思議と恐怖や絶望を感じていなかった。今の自分には、望まなかったにしろ圧倒的な力がある。そして何より、顔面を犠牲にしてでも勝利をもぎ取る健一のような、頼もしい仲間がいる。


「まぁでも心配するな。次からは俺が出る。んで、出るからには確実にゴールを奪ってやる」


蹴太は自転車を止め、強い意志を込めた瞳で健一に伝えた。ただの面接のエピソード作りから、純粋な勝利への渇望へ。蹴太の心の中で、何かが確実に変わり始めていた。


「・・・そうだな! 頼りにしてるぜ!」


「あぁ!」


二人は固く拳を突き合わせ、それぞれの家へと帰っていった。そして迎えた、青下・松野川の市区町村大会の2回戦目。


ロッカールームは、初戦の時のような重苦しい緊張感はなく、確かな自信と熱気に満ち溢れていた。


青下・松野川は、前回と同様の攻撃的なシステム【4-3-3】で挑む。


無論、メンバー配置は大きく変わっている。前回の試合で中央を務めた山本の位置、センターフォワード(CF)には蹴太が入り、田中の位置だった左インサイドハーフ(LIH)には蒼空斗がスタメンに復帰した。


「・・・行くか」


ベンチに座り、スパイクの紐をキツく結び直した蹴太は、静かに、しかし熱い闘志を燃やしながら立ち上がった。


そして居舘の号令とともに、青下・松野川のメンバーたちが気合の入った声でピッチへと向かっていく。そのピッチには、初戦を勝ち上がった両チームを応援する熱い声援が響いていた。


■■


ピーーーッ!


主審のホイッスルが鳴り響き、青下・松野川のキックオフで試合が始まった。


そして試合は、開始直後に大きく動く。


キックオフのボールを最初に受けたボランチの春樹が、前線の状況を瞬時に確認する。


(初戦とは違う。今の俺たちには絶対的な矛がある!)


春樹は迷うことなく、最前線に張っていた蹴太の足元へ鋭く正確な縦パスを供給した。


「来たぞ! 止めろ!」


相手チームのディフェンダーたちが、一気に蹴太に寄せてプレッシャーをかける。


しかし、蹴太は焦ることもなくボールの軌道を見極めると、固有スキル【吸着トラップ】を発動。春樹からの勢いのあるパスを、まるで足元に磁石があるかのように無音でピタリと収めてみせた。


そこからの動きは、まさに蹂躙だった。


「なっ! 速い!?」


カンストした【スピード】と【ドリブル】のステイタスがいかんなく発揮される。


中学生の動体視力や反応速度を遥かに凌駕する圧倒的なステップ。蹴太は細かいタッチで二人、三人とディフェンダーを無力化し、瞬く間にペナルティエリア内に侵入した。



そして飛び出してきたキーパーの動きを冷静に見極めると、間髪入れずに固有スキル【クイックモーション】を発動。振りかぶりのないコンパクトなシュートがキーパーの反応よりも早く、軽々とゴールネットを揺らした。


試合開始から、わずか5分の出来事だった。神野蹴太という圧倒的な【個】の力が、相手チームの戦術も気合もすべて粉砕した瞬間だった。


「まずは1点目」


一番に駆け寄ってきた春樹や健一たちにもみくちゃにされながら、蹴太は不敵な笑みを浮かべた。


そこからの試合は、終始青下・松野川のペースとなった。


前半の蹴太の圧倒的な活躍で2-0とリードした青下・松野川中学合同チームは、後半に入っても決して攻撃の手を緩めなかった。


そして、後半のピッチで輝いたのは、蹴太のシュートスキルだけではなかった。


「月影!」


相手ディフェンスが蹴太を警戒し、複数人でマークについた瞬間、蹴太の視界にはディフェンスラインの裏へ走り込む蒼空斗の軌道がはっきりと見えていた。


蹴太は固有スキル【キラーパス】と【精密パサー】を複合発動させる。


針の穴を通すような絶妙なグラウンダーのスルーパスが、密集するディフェンダーたちの間をすり抜け、完璧なスペースへと通った。


「サンキュー、蹴太!」


完全にフリーで抜け出した蒼空斗が、怪我のブランクを全く感じさせない華麗なボールタッチでキーパーを躱し、冷静にゴールネットを揺らす。


さらに数分後、今度はサイドを深くえぐった蹴太が、中をチラリと確認して固有スキル【ピンポイントクロス】を発動。


鋭くカーブのかかったボールは、走り込んできた春樹の頭へ寸分の狂いもなく合わせられて春樹がそれをダイレクトでゴールへ突き刺した。


自らゴールを奪う【決定力】だけでなく、周りを活かす完璧なパサーとしても君臨する蹴太。


チート級のスキルを持つ彼がピッチにいるだけで、青下・松野川の攻撃は無限のバリエーションを生み出していた。そして―――。


ピーッ! ピッピーーッ!


後半のアディショナルタイムが終わる頃には、スコアボードに【5-0】という残酷なまでの点差が刻まれていた。青下・松野川中学合同チームの、完全なる圧勝劇だった。


初戦の泥臭い勝利で【チーム】としての結束を固め、そこに神野蹴太という圧倒的な矛が加わった青下・松野川中学合同チームの進撃は、もう誰にも止められなかった。


その後も彼らは、残りの市区町村大会のトーナメントを圧倒的な力で危なげなく勝ち上がり続け、夏のシード権を懸けた次なる舞台である【支部大会のリーグ戦】への出場を難なく決めたのであった。

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