10.個の力
「ピッ、ピーッ!」
夕暮れが近づくグラウンドに、主審を務める居舘の長く甲高いホイッスルが鳴り響いた。
それは、青下中学と松野川中学による合同チーム初の、紅白戦の終了を告げる合図だった。
後半から出場した蹴太が、たった一人で戦況を完全にひっくり返し、2点目を決めた段階で吉峰チームの戦意は完全に喪失していた。
誰もが「これ以上やっても無駄だ」と悟ってしまったため、試合はそのまま動くことなく終了を迎えたのだった。
そしてピッチをゆっくりと歩いて戻ってくる蹴太の姿を見つけるなり、キャプテンの健一が泥だらけのユニフォームのまま、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「おっまえぇぇぇ! なんだよあれぇぇぇ!!!」
「おい、痛えよ。汗臭いし暑苦しいから離れろ」
「離れるか! お前、俺が誘った時『サッカーやったこと無い』って言ってたよな!? めちゃくちゃ上手いじゃねぇか! なんだよあの神がかったドリブル! なんだよあの弾丸シュート!」
健一は興奮で目をキラキラと輝かせながら、蹴太の両肩をガクガクと激しく揺さぶった。
そこへ、大量の汗を滴らせた吉峰チームのキャプテンの春樹が、ひどく真剣な表情で歩み寄ってきた。その後ろには、息を整えながらもどこか楽しげな蒼空斗の姿もある。
「神野君。一つだけ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「君は・・・本当に、サッカーをやっていた経験はないのか?」
春樹の低く押し殺したような問いに、騒いでいた健一だけでなく、周囲でダウンをしていた両校のメンバー全員がピタリと動きを止め、固唾を呑んで蹴太の口元に注目した。
「あぁ。この世界に生まれてからクラブチームに所属したことも、ちゃんとした指導を受けたことも一度もないよ。ただ、親父の遊びに無理やり付き合わされてた程度だな」
蹴太は涼しい顔で、【嘘ではない事実】を告げた。
「父親との遊びだけで、あのプロ顔負けの動きだと? 本当にいるのか、天才というのは」
春樹は信じられないというように額を押さえ、まるで自分のこれまでの努力が全て否定されたかのように、深々とため息をついた。
しかし、その顔を覆う手の下にある表情に悔しさはあっても、諦めや絶望は微塵もなかった。
「神野君。君がうちのチームに、この合同チームにいてくれて本当に良かった。君がいれば、俺たちの目標は夢想じゃなくなる。本気で手が届く」
「全国、か」
「あぁ!」
春樹の真っ直ぐで、焼け焦げるように熱い視線を受け、蹴太はふっと口角を上げた。
「俺は勉強していい大学に行くのが人生の最優先だ。だが、どうせやるからには中途半端な結果で終わらせるつもりはないな。面接のネタにもなるし、お前の夢に乗ってやるよ」
「あぁ! よろしく頼む!」
春樹は満面の笑みを浮かべ、蹴太と固い握手を交わした。蒼空斗もまた、蹴太の規格外の才能に再び闘志を燃やしたのか、鋭い目で彼を見つめて不敵に笑っていた。
「よし! お前ら、集合!」
居舘のよく通る声がかかり、全員が小走りで集まる。
「今日の試合でそれぞれの課題と、そしてとんでもない可能性が見えたと思う! 俺たち青下・松野川合同チームの目標はただ一つ! 厳しい冬を越え、来年の春季大会を勝ち上がり、全国へ行くことの足がかりとするぞ!」
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
夕日に照らされるグラウンドに、中学生たちの青春の声が力強く響き渡った。
こうして、神野蹴太の異常な才能は周囲の知るところとなり、彼らの全国への道が本格的に幕を開けたのだった。
■■
季節は巡り、桜の花びらが春の柔らかな風に舞う4月の初旬。
彼らは過酷な冬の走り込みと基礎トレーニングを乗り越え、ついに新学期を迎えていた。
「ピーッ! ピッピーーッ!」
グラウンドに高く響き渡る長いホイッスル。それは青下・松野川合同チームの、今年度最初の他校との練習試合の終了を告げる合図だった。
スコアボードに燦然と刻まれた数字は6-0。
圧倒的、という言葉すら生ぬるい、文字通りの一方的な蹂躙劇である。しかし、その6点というスコア以上に、対戦相手の選手たちは深い絶望の底に突き落とされたような顔でピッチにへたり込んでいた。
「ハァ、ハァ、なんなんだよ、あいつ! ふざけんなよ!」
「バケモノかよ! 俺たちはペナルティエリア内で、3人がかりで身体をぶつけて止めに行ったんだぞ。なのに、なんでビクともしないんだよ! 止まらないのかよ!」
対戦相手のディフェンダーたちは、自陣のセンターサークル付近で涼しい顔をして汗を拭っている神野蹴太という一人の選手を、恐怖すら混じった虚ろな目で見つめていた。
彼らは知らなかったのだ。自分たちが今日対戦した、弱小校同士の寄せ集めだと思っていた合同チームの中に、とんでもない規格外の選手が潜んでいることなど。
ただの春先の練習試合だと高をくくっていた彼らは、蹴太の常軌を逸したスピードと、何人がかりでアタリにいっても絶対にボールを奪われない異次元のボールキープ力によって、プライドごと完全にへし折られた。
蹴太は前半だけで相手ディフェンス陣を単独のドリブルでズタズタに切り裂いてハットトリックを決め、後半は自らゴールを狙わず、味方へのピンポイントなアシストに徹するという余裕すぎるプレースタイルを見せつけたのだ。
相手チームからすれば、意図的に手加減されているのがあからさまに分かるだけに、その埋めようのない実力差からくる屈辱と絶望は計り知れなかった。
「お疲れ様、蹴太。今日も完璧だったね」
「まぁな。お前もだいぶ動きが前に戻ってきたんじゃねぇか?」
ベンチに戻り、首にかけたタオルで汗を拭う蹴太に声をかけてきたのは、同じく汗だくの蒼空斗だった。
蒼空斗の顔には疲労よりも、思い切りピッチを駆け回れる喜びと、強い相手との試合を楽しんだ充実感が満ちていた。
昨年の秋、合同チームが結成されてからというもの、彼らは順当に、そして着実に居舘のもとで厳しい冬の練習を重ねてきた。
健一と話し合った末、合同チームのキャプテンになった吉峰春樹の牽引力と、居舘の熱心な指導。そして何より、神野蹴太という圧倒的な【個】の力がチームに存在することが、他のメンバーたちの「あいつに追いつきたい」という闘争心を煽り、チーム全体のレベルを強引なまでに底上げしていた。
蹴太はベンチへ深く腰掛け、スポーツドリンクで喉を潤しながら、空中に自分だけのステイタス画面を呼び出した。
――――
神野蹴太
ランク:ジュニアユース
基本スキル
フィジカルSSS1000
スピード:SSS1000
ドリブル:SSS1000
スタミナ:SSS1000
シュート:SSS1000
キープ:SSS1000
パス:SSS1000
固有スキル
・神の祝福:ステイタスが伸びやすくなる
・決定力:シュート時、ボールがゴールの枠内に収まりやすくなる
・両利き足:両足が利き足になり、ボールをコントロールできるようになる
・クイックモーション:威力は下がるが、クイックシュートを撃てるようになる
・ピンポイントクロス:対象に対してピンポイントでクロスをあげられるようになる
・精密パサー:パスミスがなくなり、精度が上がるようになる
・キラーパス:的確なスルーパスを出せるようになる
・パワーシュート:ミドルレンジからのシュートが入りやすくなる
・ヘディング:ヘディングシュートが入りやすくなる
・吸着トラップ:トラップミスがなくなるようになる
・ワンタッチ:ワンタッチでプレーができるようになる
・丈夫な身体:怪我がしにくくなる
――――
(やっぱりな。完全にカンストしてやがる)
蹴太は誰にも気付かれないように、ひどく退屈そうに小さくため息をついた。
秋から冬にかけて、チームの厳しい練習をただ普通にこなしているだけで、蹴太のステイタスはチートスキル【神の祝福】の効果で異常な速度で上昇を続けていた。
しかしここ最近、どれだけ練習で無双しても、今日の試合のように得点を量産しても、全ての数値は【1000】からピタリと動かなくなっていたのだ。
(ランクが【ジュニアユース】。つまり中学生年代の枠組みにいる限り、これが上限値ってことか。これ以上ステイタスを上げるためには、高校生になって【ユース】へとランクアップするしか無いんだろうな)
中学生としては、もはやこれ以上成長する余地がないほどの、完全に仕上がった肉体と技術。それが今の蹴太だった。だからこそ、先ほどの対戦相手が手も足も出ずに意気消沈してしまうのも無理はなかった。
「よし、みんなよくやった! 今日の試合は合同チームとしての連携もかなり形になってきていたぞ!」
居舘の明るい声が響き、選手たちがベンチ前に集合する。
「吉峰、キャプテンから見てチームの状態はどうだ?」
「はい! 過酷な冬のトレーニングの成果が出て、後半の最後まで足が止まる選手がいませんでした。神野君と月影君のホットラインも強力ですし、春季大会に向けて最高の仕上がりだと思います」
春樹が自信に満ちた顔でハキハキと答える。その頼もしい言葉に、他のメンバーも力強く頷いた。
「よし。いよいよ春の公式戦が始まる。俺たちの目標は全国だ。まずは夏のシード権を取るために、この春季大会で絶対に勝ち上がるぞ!」
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
桜の舞うグラウンドに、気合の入った青春の声が響き渡った。
そして場面は変わって、4月中旬。
蹴太達は3年生となった。とある日の昼休みの教室。蹴太が自分の席で弁当を食べながら、蒼空斗と明里と他愛のない話をしていると、廊下からドタバタとひどく騒がしい足音が近づいてきた。
「蹴太! 月影!」
勢いよく教室の後ろのドアをガラッ!と開け放ち、健一が一枚のプリントを握りしめて飛び込んできた。
「騒がしいぞ、健一。どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「これだよ、これ! ついに区市町村大会のトーナメント表が発表されたんだ!」
健一は興奮した様子で息を荒げながら、握りしめていたプリントを蹴太の机の上に乱暴に広げた。そこには参加校の名前がびっしりと書き込まれた、真新しいトーナメント表が印字されている。
「へぇ、いよいよだな。で? 記念すべき初戦の相手はどこなんだ?」
蹴太が弁当のおかずをつつきながら、全く緊張感のない淡々とした声で尋ねると、健一はトーナメント表の左端の一箇所を力強く指差した。
「ここだ! 俺たち青下・松野川合同チームの最初の相手は・・・岩下中学だ!」




