第99話:幻霧樹海
岩竜峡谷の攻略を終えて二日。
青真達は王都の冒険者ギルドで報酬を受け取り、新たな依頼を探していた。
受付で鑑定された『岩竜の腕輪』は防御力と耐久力を底上げするC級アーティファクトで、そのまま青真が装備することになった。
これで前衛へ出る時の余裕も少しは増える。
「次はB級か。」
青真は掲示板へ並ぶ依頼書を眺める。
C級依頼を通り過ぎ、その奥に設置されたB級依頼専用掲示板。
一枚の依頼書を手に取ると、闇風とメグも自然と覗き込んできた。
『B級ダンジョン 幻霧樹海』
「霧系か。」
闇風が短く呟く。
依頼書には『地図作成困難』『遭難多数』『方向感覚喪失』と並んでいる。
メグは依頼内容を最後まで読むと、小さく頷いた。
「迷わせること自体がギミックみたいね。」
「ゲームだと一番面倒なタイプだ。」
青真は苦笑する。
ボスが強いダンジョンより、進み方が分からないダンジョンの方が時間を取られる。
マップを覚えるまでが攻略。
リベラルワールドでも似たような高難度ダンジョンはいくつも存在した。
「でも間違ってない。」
カレンは依頼書へ視線を落とした。
「迷わせることが目的なら、戦う前に消耗させる狙いでしょう。」
「そういうこと。」
青真は依頼書を受付へ提出した。
「敵より先にダンジョンへ勝つ。」
「こういう場所は焦ったら負けだ。」
受注を終えた五人はその日のうちに王都を出発する。
街道を半日ほど進むと、巨大な森が姿を現した。
空を覆う古木。
地面を這う白い霧。
昼間にもかかわらず森の奥は薄暗い。
「……嫌な空気。」
アルナは弓を握り直す。
青真は森全体を見渡した。
霧は風が吹いても流れない。
自然の霧ではなく、魔力そのものが視界を遮っている。
入口付近で闇風がしゃがみ込む。
「足跡。」
地面には複数の踏み跡が残っていた。
昨日か一昨日。
途中から走った跡へ変わり、所々に血痕も見える。
折れた枝や抉れた地面が戦闘の激しさを物語っていた。
「撤退戦だな。」
青真も地面へ視線を落とす。
魔物を倒しながら下がった形跡。
しかも足跡は途中から乱れ、最後はほとんど一直線だった。
「追われながら逃げた。」
「入口まで戻ってようやく振り切った感じか。」
その時だった。
森の奥から低いうなり声が響く。
白い霧の向こうで赤い光が次々と灯る。
一つ、二つではない。
十を超える赤い瞳がゆっくりこちらへ近付いてきた。
「エンカウント。」
青真は剣を抜いた。
右手へ魔力を集める。
淡い光が掌へ宿り、いつでもマナショットを放てる状態を作る。
「行くぞ。」
その一言と同時に、霧の中から狼型の魔物が一斉に飛び出した。
「エンカウント。」
青真が剣を構えた瞬間、狼型の魔物が一斉に霧を裂いて飛び出してきた。
前衛四匹、左右へ三匹ずつ、残りは霧の中。
その配置を見た青真は即座に口を開く。
「前は囮だ。闇風、右を見ろ。メグは中央を崩せ。カレン、一歩前。」
「了解。」
五人が同時に動いた。
最初の一匹が青真へ飛び掛かる。
未来予知。
牙が喉元へ届く軌道を見切り、半歩だけ身体を逸らす。
すれ違いざまに剣を振り抜くと、一匹目がそのまま地面へ転がった。
だが二匹目は止まらない。
「マナショット。」
左手から放たれた光弾が空中で三つに分裂する。
一発は正面の狼を撃ち抜き、一発は右へ軌道を変え、最後の一発は霧の中へ消えた。
直後、霧の奥から鈍い悲鳴が響く。
「やっぱりいた。」
青真は口元を緩める。
群れの後方で指示を出していた個体へ、未来予知で軌道を合わせて撃ち込んだのだ。
「闇風!」
「分かってる。」
闇風が地面を蹴る。
霧へ溶け込むように姿を消し、次の瞬間には後方へ回り込んでいた。
短剣が一閃。
統率役だった狼が声も上げられず崩れ落ちる。
その瞬間、群れの動きが乱れた。
「今だ、押し込め!」
青真の声と同時にカレンが踏み込む。
真正面から放たれた斬撃が前衛を押し返し、できた隙へアルナの矢が吸い込まれる。
風を纏った矢は二匹をまとめて貫き、そのまま奥の木へ突き刺さった。
「中央、燃やすわ。」
メグが魔法陣を展開する。
放たれた火球が地面で炸裂し、霧の中へ炎が広がる。
狼達は完全に隊列を崩し、それぞれ好き勝手に逃げ始めた。
「リーダー落ちたな。」
闇風が短剣を払う。
「群れは頭を潰すのが一番早い。」
青真は逃げる一匹へ駆け出した。
剣で牙を受け流し、そのまま至近距離からマナショットを撃ち込む。
光弾が胸を貫き、最後の一匹も静かに倒れた。
戦闘終了。
「……早かったな。」
アルナが周囲を見回す。
「三分も掛かってない。」
「入口の迎撃役だろ。」
青真は霧の奥へ視線を向ける。
「本命なら、こんな綺麗に崩れない。」
「入口で戦力と連携を見るタイプか。」
メグも同じ結論へ辿り着く。
「じゃあ、ここからが本番ね。」
「だな。」
青真は剣を鞘へ納めず、そのまま霧の奥へ歩き出した。
数歩進んだ、その時だった。
景色が反転する。
後ろにあったはずの入口は跡形もなく消え、四方を白い霧が埋め尽くしていた。
目印になる木々さえ同じ形に見える。
「……マップが切り替わった。」
青真が静かに呟く。
闇風も周囲へ視線を巡らせる。
「面倒なギミックだ。」
幻霧樹海――。
百華繚乱による、新たなダンジョン攻略が幕を開けた。
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