第90話:刃虎
王都への旅が始まって三日目。
青真達は街道から少し外れた森の中を進んでいた。王都へ続く近道らしく、多少危険ではあるが数日ほど短縮できるらしい。冒険者達もよく利用するルートだと聞いていた。
木々は高く生い茂り、昼間だというのに森の中は薄暗い。鳥の鳴き声と風に揺れる葉の音だけが周囲に響いていた。
「思ったより静かですね」
カレンが辺りを見回しながら言う。
「静かな方が助かるだろ」
青真が肩を竦めた。
「俺はそろそろ野営にも慣れてきたぞ」
「最初の日は寝不足でしたよね」
「それは言うな」
即座に返され、メグが吹き出した。
異世界生活も徐々に板についてきていた。街を出た当初こそ不安もあったが、今では魔物との戦闘にも慣れ始めている。
だが。
闇風だけは表情を崩していなかった。
「……妙だな」
小さく呟く。
「何がだ?」
青真が尋ねる。
「気配が薄い」
闇風は森の奥へ視線を向けた。
「魔物がいないわけじゃない。だが何かがおかしい」
その言葉に全員の警戒心が高まる。
闇風の勘はよく当たる。
今までも何度も助けられてきた。
青真も未来予知を発動する。
数秒先。
十秒先。
だが特に異常は見えない。
「気のせいじゃないのか?」
「だと良いんだがな」
闇風は短く答えた。
その時だった。
風が吹く。
葉が揺れる。
次の瞬間。
黒い影が木の上から飛び出した。
「来るぞ!」
闇風が叫ぶ。
ほぼ同時。
巨大な虎が青真へ飛び掛かった。
全身を覆う漆黒の毛並み。前脚から伸びる爪は剣のように長く鋭い。
刃虎。
ブレードタイガー。
C+級魔物。
「速っ!?」
青真が咄嗟に身体を捻る。
未来予知が無ければ首を飛ばされていた。
鋭い爪が頬を掠める。
浅く血が流れた。
その直後。
さらに二つの影が飛び出す。
「三体!?」
メグが目を見開く。
刃虎は三体。
しかも完全な奇襲だった。
一体はカレンへ。
一体は闇風へ。
残る一体は青真とメグを狙っている。
「散開!」
青真が叫ぶ。
カレンが剣を抜く。
闇風が短剣を構える。
戦闘が始まった。
カレンへ襲い掛かった刃虎は凄まじい速度だった。コボルトやハイウルフとは比較にならない。
爪が振るわれる。
カレンは受け流す。
だが衝撃で数歩後退した。
「重い……!」
速度だけではない。
筋力も強い。
普通の騎士なら一撃で叩き伏せられているだろう。
しかしカレンもA級相当。
即座に反撃へ移る。
剣閃。
銀色の軌跡が森の中を走る。
刃虎の肩が裂けた。
だが敵は止まらない。
怒りの咆哮を上げながら再び飛び掛かってくる。
一方。
闇風は木々の間を駆けていた。
刃虎が追う。
だが距離は縮まらない。
「速いな」
珍しく闇風が呟く。
敵の速度は想定以上だった。
しかし。
次の瞬間。
闇風の姿が消える。
刃虎の背後。
短剣が閃く。
鮮血が舞った。
だが致命傷ではない。
刃虎も即座に反転し爪を振るう。
闇風は再び距離を取った。
完全な一進一退だった。
そして青真達。
「メグ!」
「分かってる!」
炎弾が放たれる。
刃虎は回避。
速い。
異常なほど速い。
青真は未来予知を発動し続けていた。
見えている。
だが身体が追い付かない。
疾風の指輪のおかげで何とか避けられている状態だった。
「ちっ!」
青真は右手を突き出す。
「追尾弾!」
青白い光が放たれる。
刃虎が回避。
だが光弾も軌道を変える。
命中。
轟音。
刃虎が吹き飛ばされた。
しかし。
立ち上がる。
「硬いな!」
青真が舌打ちする。
C+級。
伊達ではなかった。
数分後。
ようやく決着が付く。
カレンが一体を斬り伏せる。
闇風が一体の首を裂く。
最後の一体は青真の炸裂弾とメグの炎魔法の連撃で倒れた。
「はぁ……」
青真が息を吐く。
思った以上の強敵だった。
単体なら問題ない。
だが三体同時となると話が変わる。
「これが王都周辺か」
メグが苦笑する。
「今までより確実に強いですね」
カレンも頷いた。
その時だった。
闇風の表情が変わる。
鋭い目が森の奥を見据える。
「……待て」
低い声。
全員が息を呑む。
「どうした?」
青真が尋ねる。
闇風はゆっくり答えた。
「気配だ」
「一つじゃない」
「二つでもない」
嫌な予感が走る。
青真も未来予知を発動した。
そして。
顔色が変わる。
「おい……嘘だろ」
森の奥。
大量の魔物。
ハイウルフ。
コボルトウォリアー。
そして。
刃虎。
十を超える魔物達がこちらへ向かっていた。
「囲まれたな」
闇風が短剣を握る。
青真達は背中合わせに陣形を組んだ。
だが。
数が多すぎる。
森の奥から無数の赤い瞳が現れる。
そして。
魔物達が一斉に飛び出した。
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