第8話:利用規約の書き換え
「ひぃ、ひぃ、ハァ……! ぜってぇ、今度こそ逃げ遅れた……!」
俺は放送室を飛び出し、屋上への階段を必死で駆け上がっていた。本当なら今すぐステルスで脱出したかったが、あいにく屋上には俺たちの「サボりセット(ネトゲの攻略ノート)」が放置されている。一条さんに回収されたら、社会的に永久BAN(退学)されかねない。
重い鉄扉を開けると、大の字の第七師団長と、竹箒を持つ一条さん、そして忠犬のような闇風がいた。
「あ、藤崎くん。来るのが遅かったわね」
一条さんが氷点下の笑顔で振り返る。その手には俺のノートが握られていた。終わった。
「説明してもらいましょうか。さっきの指示、それに『ヘイト』だの『デバフ』だのという不穏な隠語。あなたたち、裏で一体どんな怪しい組織を運営しているのかしら?」
(ただのネトゲの固定組だよ!!)
冷や汗を流しながら、俺は覚悟を決めた。
「……一条さん。あれはゲームの戦術だ。俺たちはネットゲームの仲間で、敵のバックにいるのは俺たちの宿敵ギルド『バハムート』。奴らは、この学校を現実世界で『攻略』しようとしてるんだ」
「ゲームですって……?」
一条さんは呆れたようにため息をついた。
「くだらない。現実とゲームの区別もつかないなんて……」
「くだらなくない! 現実にあいつが暴れてただろ! ゲームの知識がなきゃ、あんた今頃拉致されてたんだぞ! この学校を守りたいなら、綺麗事だけじゃもうルールが通用しないんだよ!」
「な……っ」
絶句する彼女の前に、メグがどこからともなく現れ、師団長から奪ったスマホを差し出した。
「副会長、これ敵の通信ログ。『周辺地域の制圧』って書いてあるわ。ターゲットはこの街全体よ」
不穏な文字列に、一条さんの顔が驚愕に染まる。同時に、遠くから本物のパトカーのサイレンが聞こえ始めていた。
「一条さん、あんたのステータスは本物だ。だが戦術眼がない。学校の規律を守りたいなら……俺の指揮に従え。あんたを俺たちのギルドの『前衛』としてスカウトする」
「な、何よそれ……私が、あなたみたいな生徒の部下になるというの?」
一条さんは納得いかないように顔を背けたが、竹箒の手は緩めなかった。
「……勘違いしないで。私は、学園の規律を正すために、あなたたちの戦術とやらを一時的に利用してあげるだけなんだから」
「はい、ツンデレタンク一丁上がりー」とメグが拍手し、「流石はWISTERIAさん!」と闇風が目を輝かせる。
「よし、警察(MOB)が来る前に緊急イベント『警察の目を誤魔化せ!』を開始する! 制限時間は3分だ!」
俺は即座に指示を飛ばした。「メグ、防犯訓練のサプライズ演出ってことでネットの動画を書き換えろ! 闇風はトラップの証拠隠滅! 一条さんは生徒会の権限で『超実践的ゲリラ防犯訓練』だって警察に言い切ってくれ!」
「防犯訓練……!? 無理があるわよ!」
「押し通すんだ! 現実というシステムのバグを突くんだよ!」
バタバタと足音が響き、警察官たちが屋上に突入してきた。
「警察だ! 一体何が起きて――」
「――お騒がせして、申し訳ありません」
一歩前に出たのは一条さんだった。彼女はいつもの完璧な姿勢と凛とした笑顔を向けた。
「こちらは生徒会企画の、抜き打ち防犯訓練でございます。少々演出が過ぎ、不審者役の方が階段で転んで気絶してしまいまして……」
(完璧だ……! リアル威圧ステータスが高すぎて警察が圧倒されてる……!)
メグの工作動画もあり、警察は「最近の学校は進んでるな……」と完全にヘイト(疑念)をリセットされ、納得して帰っていった。
軍師の采配と最強のタンクのハメ技により、戦後処理は完全な「合法イベント」として処理されたのだった。
放課後。静まり返った屋上で、俺はヘトヘトになって座り込んでいた。
ゲーム初心者の一条さんを抱えて次からは街の攻略とか、どんな無理ゲーだよ……。
だが、手元にある敵のチップを眺める俺の口元は、自然と不敵に歪んでいた。
仕様があるなら、バグを突いてでもハメ殺す。
このクソゲー、最後まで付き合ってやるよ。
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