第69話:幻惑の第二部隊
第三部隊隊長ガルムの撃破から十分も経たないうちに、玉座の間には再び異様な気配が満ちていた。
崩壊した騎士たちの残骸の向こうから、新たな一団が現れる。
先頭に立つ男を見た瞬間、俺は思わず眉をひそめた。
「……なんだ、あいつ」
黒いローブ。
細身の体躯。
騎士というより魔術師に近い。
腰には短剣が一本。
だが最も印象的だったのは、その顔に浮かぶ笑みだった。
まるで最初から勝利を確信しているような、不快な笑み。
「神権騎士団第二部隊隊長、モルド」
男は大仰に礼をした。
「第三部隊が敗北したと聞いて来てみれば……なるほど。確かに少しは楽しめそうだ」
「ガルムの仇討ちか?」
カレンが剣を構える。
だがモルドは鼻で笑った。
「仇討ち? 馬鹿馬鹿しい」
その言葉に周囲の騎士たちですら一瞬表情を曇らせた。
「弱い者が死ぬのは当然だろう? 私は結果にしか興味がない」
「最低な野郎ね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
モルドは楽しそうに笑う。
その上空ではアルゴが静かに戦場を見下ろしていた。
【解析進行率:63%】
嫌な数字がまだ上がっている。
「さて」
モルドが杖を掲げた。
「まずは挨拶代わりだ」
瞬間。
空間に無数の魔法陣が展開された。
「幻惑結界」
紫色の光が広がる。
次の瞬間、景色が変わった。
「なっ……!?」
メグが息を呑む。
俺も思わず目を見開いた。
玉座の間が消えている。
代わりに現れたのは見覚えのある街並み。
現実世界の東京だった。
「これは……幻覚か!?」
「ご名答」
モルドの笑い声が響く。
さらに異変は続く。
カレンの姿が二人に見える。
闇風が三人に増えている。
敵味方の識別が狂い始めていた。
「面倒な……!」
ルシウスが舌打ちする。
その直後。
影の中から黒い狼が飛び出した。
続いて巨大な蛇。
さらに空を飛ぶ鳥型モンスター。
「使い魔!?」
メグが叫ぶ。
「その通り」
モルドが愉快そうに頷く。
「第二部隊は正面戦闘などしない。効率が悪いからな」
狼が襲いかかる。
蛇が足元へ絡みつく。
鳥が上空から急降下する。
数では大したことがない。
だが幻覚と組み合わさることで厄介さが何倍にも膨れ上がっていた。
「青真!」
カレンの声。
だが振り向いた瞬間、カレンが五人に見えた。
未来予知を使う。
だが未来予知で見える未来まで歪んでいる。
「くそっ!」
俺は舌打ちした。
その時だった。
「見つけた」
モルドが呟く。
その視線が向いた先。
メグだった。
「後衛支援担当。人形創造。なるほど」
嫌な予感が走る。
「メグ! 離れろ!」
俺が叫ぶ。
しかし一歩遅かった。
足元に展開された魔法陣が発光する。
「えっ――」
黒い鎖が地面から飛び出した。
ガシャン!!
メグの両腕と両脚を拘束する。
「きゃあっ!?」
「メグ!」
カレンが駆け出す。
だがその前に。
モルドの姿が掻き消えた。
転移。
次の瞬間にはメグの背後へ回り込んでいた。
そして。
短剣がメグの首元へ突き付けられる。
戦場が凍り付いた。
モルドは歪んだ笑みを浮かべる。
「動くな!妙な真似をすればこの娘の命はない!」
「卑怯者が……!」
カレンの殺気が爆発する。
ルシウスも剣を握り締めた。
だがモルドはまるで気にしない。
「素晴らしいな、仲間というのは」
その顔には勝者の余裕しかなかった。
「実に扱いやすい」
「離せ……!」
メグが叫ぶ。
しかし拘束は解けない。
モルドは俺を見る。
「軍師殿」
嫌らしい笑み。
「貴様は賢いのだろう?」
「……」
「なら計算してみろ」
短剣がさらに首元へ近付く。
「私を倒す確率と、この娘が死ぬ確率をな」
沈黙が落ちた。
戦場の主導権は完全に奪われている。
だが。
俺は静かにモルドを見据えた。
そして小さく息を吐く。
未来予知の奥で。
たった一つだけ。
勝利へ繋がる可能性が見えていた。
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