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第62話:ルミナス

重厚な黒死蝶の扉が、不気味な軋み声を上げて左右に開かれた。

滑り込んだ玉座の間は、サーバーの中枢というよりも、世界の終わりを体現したような異空間だった。天井は剥き出しのバグコードが血管のようにのたうち回り、禍々しい紫黒の光を放っている。


その最深部、ひときわ巨大な玉座に、一人の男が深く腰掛けていた。

――ブラッドチェイン・ギルドマスター。『黒死蝶の第五師団長』。

その頭上には、レベルの表示すらノイズで歪み、読み取ることすらできない。奴は俺たちが入ってきたというのに、頬杖をついたまま視線すら動かさなかった。


「……ここまで来たか、虫ケラどもが。だが、私を不快にさせた代償は重いぞ」

ギルマスが冷酷に指を鳴らす。

その椅子の影から、音もなく一人の男が進み出てきた。

純黒のコートを纏い、手には細身で美しい銀のレイピア。整った容姿の冷徹な瞳が、俺たちを値踏みするように見下ろす。

ブラッドチェイン・サブマスター――『聖霊術師エレメンタラールミナス』。レベル40。


「マスター、この者たちのデータはギルから送られたもので全てです。これ以上の時間を割く必要はありません。ここで私が間引きましょう」

ルミナスがレイピアを静かに構える。


その身から放たれるプレッシャーに、俺は息を呑んだ。奴の武器にもスキルにも、これまでの幹部たちが纏っていた不快なバグのノイズが一切ない。

不正なチートに頼らず、本来のゲーム仕様である「四大精霊術」の極致だけでレベル40まで上り詰めた、本物の天才魔法戦士の佇まいだ。


「グリッチ無しでその圧迫感か……! みんな、気を引き締めろ!」

俺は即座に『意念伝達』を起動。全員の脳内を直結し、戦闘ログの共有を開始した。


「ふん、その『見えない通信』も、私の精霊たちの前では無意味だ。――踊れ、『シルフィード』『イフリート』」

ルミナスの細身のレイピアが一閃。

瞬間、風の精霊シルフィードが視認不可能な『風の斬撃』を無数に放ち、カレンの足元を切り裂く。カレンが防戦一方になった僅かな隙を突き、ルミナスの背後から炎の魔人イフリートが巨大な『火球』を生成、爆音と共に俺たち目掛けへ着弾させた。


「くっ……! なんて手数の多さだ!」

ルシウスが光の盾で爆炎を強引に引き受けるが、ルミナスの猛攻は止まらない。


「次だ。――『ウンディーネ』『ウォーノーム』」

間髪入れずに水の精霊ウンディーネが顕現し、あらゆる防御スキルを貫通する超高圧の『アクアカッター』を放つ。ルシウスの白銀の盾が、凄まじい水圧の刃にギチギチと悲鳴を上げた。さらにルミナスのレイピアが床を突いた瞬間、土の巨人ウォーノームが拳を叩きつけ、俺たちの足元の床を激しい『地割れ』と共に完全破壊した。


足場を奪われ、落下モーションのシステム硬直バインドがかかる。完璧なまでの精霊術のローテーション。だが――。

(――全員、ここだ! ウォーノームの地割れエフェクトの終了時、ルミナスのレイピアに0.2秒の硬直が入る! メグ、その亀裂をオブジェクトで埋めろ!)

(任せて――!)


メグの『人形創造クリエイトゴーレム』が発動。崩落していく地割れの深淵を埋め立てるように、巨大な土人形が下からせり上がり、俺たちの足場を物理的に完全修復した。


「何っ、この状況から足場を復元しただと!?」

ルミナスが驚愕に顔を顰め、シルフィードの風でバックステップを踏もうとする。

(逃がすかよ。カレン、着地地点に引き寄せ!)


「これで、チェックメイトよッ!!」

レベル35に上がったカレンの『飛翔斬撃』が、ルミナスの着地予測座標へと炸裂した。猛烈な真空の渦が巻き起こり、空中を飛び退いたルミナスの身体を、強引に中心へと吸い寄せて拘束する。どれだけ完璧な四大精霊術とPSを持っていこうと、空中でシステム的な拘束バキュームを受ければ回避行動は不可能だ。


「な、に……動きが、完全に読まれて……!?」

「終わりだ、サブマスター」

自由を奪われたルミナスの死角から、ルシウスの聖なる光を纏った大振りの一撃と、闇風の隠密による双剣の突きが、同時に奴の胸部を貫いた。


「ガハッ……馬鹿な……グリッチに頼らぬ私の精霊術が、1歩も動けず、完璧に、ハメ殺される、だと……!?」

ルミナスは驚愕に目を見開いたまま、その身体を綺麗なポリゴンピースへと変え、光の塵となって完全に消滅した。

四大精霊の固有術を操る天才魔法戦士すら、1ミリの遅延もない『4人ハメ』の前に無傷で完全圧勝。


「やった……!」

メグが歓声を上げ、カレンも剣を引き抜いて息を吐く。

だが、俺の背筋には、かつてないほどの冷たい戦慄が走っていた。


パチ、パチ、パチ、と。

静まり返った空間に、乾いた拍手の音が響く。

玉座に座るギルドマスター――第五師団長が、底知れない笑みを浮かべて俺たちを見下ろしていた。


「実に見事だ、百華繚乱。我が右腕の命と引き換えに……素晴らしいデータが取れた。お前たちの『意念伝達によるハメ技の仕様アルゴリズム』、今この瞬間に、私のシステムへ完全に学習コピーさせてもらったぞ」

ギルマスの全身から、サーバーそのものを停止させかねない、圧倒的な漆黒のオーラが膨れ上がり始めた。

読んでいただきありがとうございました!もし面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援してもらえると励みになりま

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